第二十八話「襲ってもいい?」
そんなわけで、キモいおじさんのせいで、最悪の目覚めを迎えた5月1日。
ゴールデンウィークと言えども、今日と明日は平日なので学生は学校に行かないといけなかった。
もちろんズル休みしたりせずにちゃんと行って、隣の席のパーラーと「ゴールデンウィークぐらい休みにしてくれればいいのにねー」などとグチり合いながら、無事に1日を終えた。
相変わらず帰宅部のままでい続けている俺は、学校が終わると速やかに帰宅して、いつものように予習復習に精を出していた。
すると……
「ピンポーン」
チャイムが……
もはや俺にとって夕方に鳴るチャイムは、連続殺人事件が起きてしまったペンションで、深夜に鳴り響くチャイムのように、恐怖の対象でしかなかった。
よし、決めた。
今日は居留守を使おう。
「ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン」
し、しつこいな……
「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン……」
「だぁー! うるっせーなーっ!!」
まさかのチャイム連打に業を煮やした俺は、諦めて玄関に向かい、ドアを開けた。
「あっ、やっと出てくれた、サトシくん。トイレでも入ってたの? お腹痛い?」
そこにいたのは予想通りにサアヤさんで、その姿を確認した俺は無意識のうちに、ドアをバタンと閉めていた。
「ああ、ちょっとサトシくーん!!」
「ピンポンピンポンピンポンピンポーン……」
俺がドアを閉めると、サアヤさんは再びチャイムを連打したので、俺は諦めてドアを開けた。
「安心して、サトシくん。今日は軽音部に勧誘しに来たわけじゃないし、パーラーとマッチもいないから、私一人だよ」
「え?」
言われてみればたしかにサアヤさん一人だった。
「サアヤさん一人で、いったい何をしに来たんですか?」
「それはー、ほら。玄関で話するのもなんだし、あげてくれない?」
「は、はい……」
サアヤさんの笑顔は今日もとても眩しくて、俺は断ることも、追い返すこともできなかった。
「それで今日はいったい何をしに……」
サアヤさんを居間に通し、いつものテーブルに向かい合って座ろうとしたが、サアヤさんはむりやり俺の左隣に座ってきた。
それを強引にどかせるほど、俺は女嫌いではなかった。
いや、むしろ逆……本当はかわいい女の子がだーい好きで……
「ねえ、今日もサトシくんは一人でお留守番してたの?」
またしても人前でおかしな空想にふけりそうになった俺を、サアヤさんが現実世界に引き戻してくれた。
「まあ、一人は一人ですけど、別にお留守番ってわけじゃあ……」
「お父さんは剣術道場の師範なんだよね。お母さんも働いてるの?」
「いや、母はだいぶ昔に亡くなりましたから、いませんよ」
「あっ……そうなんだ……ごめん……」
さしものサアヤさんも、悪いこと聞いたと思ったのか、暗い表情になり、声も小さくなった。
「いや、めちゃくちゃ昔のことで、もうなんとも思ってないんで、気にしないでください」
俺は本当に気にしていなかったので、笑顔で返した。
「ホントにごめんね……」
サアヤさんはまだ落ち込んでいるみたいだった。
「いや、大丈夫ですよ。ところで今日はいったい何をしに……」
「それよりサトシくんさー、前にも言ったけど、私たち同い年なんだよ、別に敬語使わなくてよくない?」
サアヤさんは一瞬にして、元の表情と、声の大きさに戻った。
気持ちの切り替えが早いタイプなのか、さっきの落ち込みは演技だったのか?
「いや、でも先輩は先輩ですから、タメ語というわけには……」
いろいろ思うところはあれど、俺はサアヤさんとの会話を続けた。
「えー、でも私、3月20日生まれで、あと2週間遅く生まれてたらサトシくんと同級生だったんだよー、タメ語でよくない?」
ふむ、サアヤさんって3月20日生まれだったのか、それは知らなかった。
「でも先輩じゃないですか」
「ふーん、サトシくんって真面目なんだねー」
そこで会話が一旦途切れた。
サアヤさんは右手で、俺の左手を掴みつつ、空いた左手で、自身の肩まである髪の毛先をクルクルといじり続けていた。
「ところでサアヤさん、今日はいったい何をしに……」
サアヤさんが自分から話してこないので、俺が話を先に進めざるを得なかった。
「ねえねえ、サトシくんの誕生日はいつなの?」
「いつって……9月20日ですけど……」
「ウソ……同じ20日生まれなの? しかも9月ってことはちょうど半年違いじゃん」
「そ、そうですね……」
「偶然とは言えすごいねー。これはもうあれだね、偶然じゃなくて必然、運命だね、デスティニー」
ん? 昨日クレナお嬢も、防府天満宮の春風楼でほぼ同じようなことを言っていたような……でも、お嬢と違って、サアヤさんのは見事なまでのカタカナ英語だった。
間違いなく、アメリカ人にもイギリス人にも通じないやつだった。
「ところでサアヤさん、今日はいったい何をしに……」
「ねえ、サトシくん。お父さんっていつも何時ぐらいに帰ってくるの?」
俺が話を本題に戻そうとしても、サアヤさんはなぜか話をそらし続けた。
「え? だいたい8時ぐらいですけど……」
「8時……まだ6時にもなってないから、だいぶ先だね」
サアヤさんにそう言われて、居間の時計を見てみると、時刻は17時40分頃だった。
「そ、そうですね」
「まだあと2時間ぐらいは二人っきりでいられるんだね」
「そ、それがどうかしましたか?」
俺が尋ねると、サアヤさんはまるで恋人みたいに、自分の腕を俺の腕に絡ませてきた。
もちろん伝わってくる、サアヤさんのFカップおっぱいの感触に、俺の胸は高鳴った。
でも恥ずかしいので、高鳴りを悟られないように、硬派を気取っていた。
「ねえ、私もうガマンできないの……サトシくんのこと、襲ってもいい?」
サアヤさんは潤んだ瞳で俺のことを見つめながら、とんでもないことを言ってきた。
「だ、ダメですよ! そういうの女子が言う言葉じゃないでしょう!!」
「サトシくんは古い考えの持ち主なんだね。今の時代、女の子から襲いかかるのもオーケーだと思うよ」
「いや、ダメですから! 女子と言えども、合意なしのそういう行為はダメ……」
「『そういう行為』ってどういうの?」
サアヤさんは妖しい笑みを浮かべていた。
「え?」
そして戸惑う俺の耳元で、セクシーな声でささやいた。
「いったい何を想像してたの?……サトシくんのエッチ……」
正直もう、辛抱たまらなかった……
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっとトイレに行ってきます!」
もはやトイレ以外に、俺の避難場所はなかった。
「お帰り。長かったね。出すもの出してスッキリしたの?」
トイレで心を落ち着けてから出てきた俺を、居間のテーブルの前に座るサアヤさんが笑顔で出迎えた。
サアヤさんの隣に座ると、またトイレに行くはめになりそうだったので、俺はあえて向かいに座った。
サアヤさんがそれを咎めたり、また隣に座ってきたりすることはなかった。
「それ、どっちの意味で言ってるんですか?」
「どっちの意味って? トイレで排泄物以外に何か出すものあるの?」
「う……」
サアヤさんの微笑みは、今日も俺には悪魔の微笑みに見えた。
「ウフフフフ」
ダメだ……完全にからかわられ、弄ばれている……
俺には目の前にいるサアヤさんが、自分と同い年とはとても思えなかった。
「ところでサアヤさん……そろそろ今日来た目的を話していただきたい……」
これ以上からかわれてはたまらないので、再び話を本題に戻そうと試みたが……
「パーラーに聞いたんだけどさー……」
ダメだこりゃ……
「こういう女の子同士の恋愛を描いた漫画って『百合漫画』っていうんでしょう? なんでサトシくんって、百合漫画読んでるの?」
サアヤさんは、俺が勉強の息抜きのためにテーブルの上に置いておいた「コミックリリプリ」をパラパラとめくりながら、俺に質問した。
「な、なんでって言われても困る……」
「やっぱりナナちゃんがレズだから、読んでるの?」
百合漫画を読む理由など考えたことのない俺が答えに窮していると、サアヤさんはグサリと刺さる質問をしてきた。
「は、はあ……まあ……そうですね。ナナにオススメしてもらって読み始めたんですよ」
別に嘘をつかなければならない理由はないので、俺は素直に答えた。
「ふーん……ナナちゃんとはずっと隣同士なの?」
「そうですね」
「じゃあ子供の頃から仲良しなんだ」
「そうですね」
「ああー、ナナちゃんがうらやましいなぁー! 隣の家にサトシくんが住んでるなんて、最高じゃん!!」
サアヤさんは突然テーブルに突っ伏しながら、大きな声を出した。
「そ、そんなことないですよ……俺なんて別にそんな……」
「そんなことあるよ。だって隣の家に住んでたら、夜這いとかもし放題じゃん!」
サアヤさんは突っ伏したまま、顔だけ俺の方を見て、またまたとんでもないことを言い出した。
「いや、夜這いて……いつの時代ですか!」
さすがにツッコまずにはいられなかった。
「えー、ほらアニメとかだと隣の家に住んでる幼なじみの部屋と、窓から行き来できたりするじゃん……」
「いったいなんのアニメ見てるんですか……ナナの家は道場の隣にあるんで、窓から行き来はできませんよ」
そう、俺の家とナナの家の間には、池川愛剣流の道場があるので、窓から行き来するとか、窓を開けたら会話ができるとか、そんなアニメみたいなことは決してできないのだ。
「そうなんだ。それは一安心……」
「安心?」
それっていったいどういう意味なのだろうか?
興味はあれど、答えを聞くのがなぜか怖くて、質問することはできなかった。
「あ、あの、サアヤさん……」
「ん? 何?」
やはりテーブルに突っ伏したままのサアヤさんに、俺は今度こそ決め球を放たねばならなかった。
「もういい加減、何しに来たのか教えてくださいよ。そろそろ暗くなっちゃいますよ。パーラーとマッチがいるならいいけど、一人で夜道を帰るのは危険でしょう」
「心配してくれるんだー、サトシくんは優しいねー」
サアヤさんはまだ突っ伏したままで、表情はなぜかほっこりしていた。
「ですから、ご用件のほどを……」
「うーん……さすがにそろそろ帰らないとお母さんに怒られちゃうかなー? わかった、もういい加減、教えてあげるよ」
サアヤさんはようやく体を起こし、普通に座り直した。
「教えてください」
「あのね、こないだモエピが加入した日に聞いてたと思うけど、こどもの日にウィメンズ・ティー・パーティーがライブやるから、ぜひサトシくんに来てほしいと思って、はい、これチケット」
サアヤさんは自分の鞄から取り出したチケットを俺に手渡した。
「え? チケット?」
「本当はお金取るんだけど、サトシくんには絶対来てもらいたいから、特別にタダであげるよ。だから来てよね」
「でもこれ、どこでやるんですか?」
「駅の近くにあるライブハウスだよ、知らない?」
「ごめんなさい、知らないです。防府にライブハウスってあったんですね」
「まあ、知らなくてもしょうがないと思うよ、最近新しくできたライブハウスだからね」
「あ、そうなんですね……」
「ところで、サトシくんはさー、ずっと軽音部入りたくないってごねてるけどさー……」
「いや、ごねてるって人聞きの悪い……」
「私とサトシくん以外、誰もいないんだから、人聞きもくそもないじゃない……」
サアヤさんが突然鋭いツッコミを入れてきたものだから、俺はひるんでしまった。
「そりゃそうですけども……」
「とにかく、サトシくんには一度私たちの演奏を見てほしいんだよ。そうすればきっと、サトシくんの方から『俺でよければ、ぜひ軽音部に入部させてください』って言ってくるに違いないよ。そういう歌と演奏を聞かせてあげるから、ぜひ来てね。どうせ、ヒマでしょ、こどもの日」
「ま、まあ予定は何もないですけど……」
「じゃあ来てね、お昼の2時開演だから、1時ぐらいには来てね。来てくれたら、私たちの魂を聞かせてあげるよ!」
サアヤさんは俺のことをまっすぐに見つめながら、何やら意味のわからないことを大きな声で言った。
魂? 攻撃力が3倍になるやつか?
「は、はあ……わかりました、行きますよ」
頭の中で思い浮かんだボケをサアヤさんに言っても伝わらないと思ったので、俺はあえて言わず、サアヤさんの要求を素直に受け入れた。
サアヤさんの圧力に負けたというのもまったくないわけではないが、それ以上に、全員知り合いのバンドがどんな演奏をするのか、純粋に興味があった。
「ホント? ありがとう! 嬉しい!!」
俺の色よい返事を聞いたサアヤさんは素早い動きで俺のとなりにやって来て、俺に抱きついてきた。
そりゃあもう、アメリカンフットボールのラインバッカーがQBサックを決める時のような素早さだった。
「い、いや、ちょっと……離れてくださいよ……」
「えー、いいじゃーん。減るもんじゃないしー」
サアヤさんはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「減りますよ……」
俺のHPがね……
「ふーん……じゃあ離れるよ」
今日は……というか、今日も俺の話をまったく聞いてくれなかったサアヤさんだが、この時はなぜか素直に言うことを聞いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
それがよっぽど嬉しかったのか、俺は自然とお礼を言っていた。
何が「ありがとうございます」なのかは自分でもさっぱりわからなかったが、幸い、サアヤさんにそのことをツッコまれることはなかった。
「ねえ、サトシくん」
俺から体を離したサアヤさんは、改めて俺と向き合い、俺の瞳を見つめながら話しかけてきた。
「なんですか?」
「チケット受け取ってくれたお礼に、谷間見せてあげようか?」
サアヤさんはそう言って、ブレザーを脱ぎ捨てて、白いブラウス姿になり、前屈みになった。
「な、何を破廉恥な……」
あまりの刺激の強さに、俺は思わず目をそらしていた。
「ほら、サトシくんが外してよ、ブラウスのボタン……」
サアヤさんはまた、息づかいを感じるほどに近寄ってきた。
先程来より、女子高生の良い匂いがずっとしていて、その誘惑成分のせいで、頭がおかしくなりそうだった。
「だ、ダメです! ダメ!! 今日のところはお帰りください!!」
サアヤさんのことを俺は突き放した。
素直にブラウスのボタンを外したり、サアヤさんのことを押し倒したりする勇気なんて、俺にはなかった。
「えー!? サトシくんの意気地なしー!」
「いや、いつの時代の漫画の女子だよ!! 古いんだよ!! 古い!!」
まさかの、今朝見た夢に出てきた自称・天神さまのおじさんと同じことをサアヤさんが言ったので、俺は夢の中と同じツッコミをしてしまった。
「え? 古い……?」
「あ、いや、その……」
俺は不用意な発言でサアヤさんのことを傷つけてしまったのではないかと危惧したが……
「アハハハハ……そうだよねー、古いよねー、今時『意気地なし』なんて言わないよねー、アハハハハハハ……」
サアヤさんは爆笑していたので、俺は安堵した。
「それじゃあまた明日ね、バイバーイ、サトシくん」
「はい、さようなら」
サアヤさんは笑顔で俺に手を振ったあと、猛スピードで自転車を漕いで、去っていった。
俺はそんなサアヤさんを、玄関から手を振りながら見送った。
そしてサアヤさんの姿が見えなくなるや、すぐに家の中に入り、親父のパソコンに入っているエロゲのエッチシーン回想……それも巨乳女子学生のやつ……を見ながら聞きながら、出すもの出したのだった。
終わったあとにしみじみ思った。
我ながら、よくぞサアヤさんの猛攻を耐え抜いたものよ……ああ、誘惑に負けなかった今の俺はまさに勇者だ……いや、やっぱり賢者かな……賢者タイムだけに……
別にどっちでもいいよ!!
終わったあとの心地よい眠気に身を委ねていたら、俺はまたしても寝落ちしてしまったのだった。
次回もサブタイトルは未定だけど、多分モエピ回になるはずなので、お楽しみに。夕方に書く時間を確保できれば、今日の夜のうちに更新できるかもしれませんが、まあ、過度な期待はしないでください。
脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)
つのりゆく愛→渋い低音ボイスが魅力の黒人シンガー、バリー・ホワイトのファーストヒット曲「I'm Gonna Love You Just a Little More Baby (アイム・ゴナ・ラヴ・ユー・ジャスト・ア・リトル・モア・ベイビー)」についた邦題。この原題(アルファベット33文字。アポストロフィも入れれば34文字)は作者の私が知っている曲の中でも一二を争う長さである。長いのはタイトルだけではなく、イントロもとても長くて、バリー・ホワイトが歌い始めるのは、曲が始まってから約1分半後のことである。1973年全米3位、R&Bチャート1位、アダルトコンテンポラリーチャート27位。
ラインバッカー→アメリカンフットボールのディフェンス側のポジションの一つ。サッカーでいうミッドフィルダー的な位置に陣取り、状況に応じて前に出たり後ろに下がったり、オールラウンドに活躍する、ディフェンス側の花形ポジション。
QBサック→アメリカンフットボールのディフェンス側の選手が、オフェンス側の司令塔であるクォーターバック(略して「QB」)をタックルして倒すこと。これが決まると、オフェンス側は大きく後退してしまうことになるので、ディフェンス側が圧倒的に有利になる。そのためディフェンス側にとってはインターセプトと並ぶ花形プレーであり、アメリカンフットボールのプロリーグ・NFLではサックの回数はタイトルになっていて、シーズン最多サック回数の選手は「サック王」として表彰されることになる。




