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第二十五話「5人目のティー・パーティー」

「あれ? 近藤さんはアイドルになりたいんじゃなかったんでしたっけ? それがなんでまた軽音部に?」


 俺が誰にも言えないことをあれこれ考えているうちに、パーラーがモエピに話しかけていた。


 パーラーはコミュ(りょく)お化けのわりには、サアヤさんとマッチ以外のことは名字で呼ぶ。


 俺のことも未だに「池川くん」と呼び続けている。


 理由はわからない。


「え? アイドル?」


「そうですよ、サアヤさんにも見てもらいたかったですねー、自己紹介の時、すっごくでっかい声で歌い踊ってて……」


「そ、そのことは忘れてください!!」


 パーラーに黒歴史を掘り起こされたモエピは、普段の小声が嘘のように、大きな声を出した。


「アイドル目指してる子がなんで軽音部に……はっ、やっぱりあなた、サトシくんのことを狙って、同じ部活に入ろうと思って……」


「ち、違いますよ! 私はどうしてもアイドルになりたくて、でもオーディションだと緊張しちゃって、全然自己アピールができなくて、そしたら池川くんに、軽音部でバンドをやって経験を積めばオーディションでも緊張しなくなって合格できるんじゃないかって言われたから、それでそうだな入ってみようと思って、別に池川くんのことが好きとか、そんなよこしまな気持ちで入部しようとしてるんじゃなくて……」


「わ、わかった、わかったから、落ち着いて」


 サアヤさんがあらぬ疑いをかけるから、モエピのものすごい早口でしゃべるはめになってしまっていた。


「まあ、入部の動機はなんでもいいけど、近藤さんだっけ? あなた、いったい、なんの楽器ができるの?」


 いつものように文庫本を読みふけっていたマッチが、突然会話に参加してきた。


 マッチが今日、手に持っていた文庫本はランボーの「地獄の季節」だった。


 やっぱり腐女子のマッチにはヴェルレーヌとランボーが刺さるのだろうか?


「は、はい……私、子供の頃からずっとピアノを弾いてきたので、鍵盤楽器ならなんでもできると思います」


「おお、ちょうどいいじゃないですかー。うちのバンドには鍵盤弾ける人がいないですからねー」


「ええ、ピアノができるなら、助兵衛(すけべえ)よりも役に立ちそうね。入部させましょうよ、サーちゃん」


「え? 池川くん、助兵衛って誰のこと?」


 モエピの疑問に、正直に答えてあげられるほど、俺は厚顔無恥(こうがんむち)な人間ではなく、モエピの質問を完全に無視した。


「んー、でもなあ……ねえ、近藤さん、あなた本当にサトシくんのこと狙ってない?」


「ね、狙ってないですよ……」


 それにしても、なんか、いろいろとツッコミどころがあるような気がする。


 部活なんて別に入部届さえ出せば誰でも入れるもんなんじゃないのか?


 他の部員の許可がないと入れない部活なんて聞いたことないぞ。


 いったい何様のつもりなんだ? ウィメンズ・ティー・パーティー……


 そして、モエピはアイドルを目指してるんだから別にいい……別にいいんだけど、いざ「狙ってない」と言われるとなんかさみしかった。


 男なんてシャボン玉……


「ああー、また職質されちったよー、なんでかねー、ちくしょー。ちーっす!」


 なかなかなことを言いながら、部室のドアを開けたのはウーター先輩だった。


 そりゃあ平日の真っ昼間に若者が、学校にも行かずにブラブラしてたら、警察も黙っちゃいないだろうよ……


 マッチが言うには最近のウーター先輩は部活の時間にならないと登校してこないらしい……こりゃ来年の今頃は同級生になってるかもな……


「ひっ! 赤毛……」


「ん? なんだお前は?」


 ウーター先輩の赤い髪を見て、驚いたモエピが悲鳴をあげたものだから、ウーター先輩がモエピのことをにらみつけてしまった。


 これはまずい……


 モエピがウーター先輩にビビって、「やっぱり入部するのやめます」ってなったら、みんな困る。


 ここは助け船を出さねばなるまい……


「アハハ、お久しぶりですね、ウーター先輩」


「ん? おおっ、アーニーじゃねえか。オレのことは『ソング』と呼べと常々言っているだろう……」


「誰がそんなダサいあだ名で呼ぶかよ!」と喉まで出かかったが、それを言ったら、話がこじれるので我慢した。


「アーニー」と呼ばれることに関してはもう諦めていた。


「それで今日は何しに来たんだよ、アーニー。ついに観念して軽音部に入部する気になったのか?」


「違いますよ。俺が入部するんじゃなくて、入部したいって子を連れてきたんです。紹介しましょう、5人目のティー・パーティーこと、近藤萌子(こんどうもえこ)さんです」


「ん? 5人目のティー・パーティーだぁ?」


「い、池川くん、ティー・パーティーって何?」


 モエピのこの質問は無視するわけにはいかなかった。


「ティー・パーティーってのは、こちらの4人が結成しているバンドの名前だよ。正確にはウィメンズ・ティー・パーティーっていうらしいけど、長いから勝手にティー・パーティーって略しちゃった。そしてモエピはそのティー・パーティーの5人目のメンバーなのさ」


 俺はいつも女子たちに勝手に話を進められていることに対する意趣返しかのように、勝手に話を進めた。


「なんだよ、おい、勝手に決めんなよ、アーニー。だいたいこいつはなんの楽器ができるってんだよ?」


「鍵盤楽器全般です。俺は彼女の演奏を聞いたことがあるけど、その実力は本物ですよ。むしろ彼女を入部させないと後悔しますよ、あなたたち。百聞は一見にしかずだ、今すぐ彼女の演奏を聞いてください」


「演奏を聞くのに、百聞は一見にしかずってどういうことよ……」


 マッチの冷たいツッコミで、俺は自分の誤用に気づいたが、そんなこと気にしていられなかった。


「とにかく、モエピはすごいから聞いて。弾けるよね、モエピ」


「う、うん……私の得意な曲でよければ弾けるよ……」


「ちょっと待って、モエピって何? モエピって? サトシくんは近藤さんとあだ名で呼び合うような仲なの? それにどうして近藤さんの実力を知ってるの? やっぱり2人は深い仲……?」


「違います!!」


 サアヤさんの勝手な思い込みを、俺とモエピはユニゾンで否定した。


「とにかく、そこまで言うなら聞いてあげましょうよ。隣の音楽室にピアノが置いてあるんですから」


 パーラーの提案で、俺たち6人は部室から音楽室へと移動した。


 そしてモエピは音楽室に置いてあるピアノの前の椅子に座り、「フゥーッ」と大きくため息をついた。


「いきます」


 そしてモエピはものすごい勢いでピアノを弾き始めた。


 俺はてっきり、モエピはまた「クレオパトラの夢」を弾くものとばかり思っていたが、そうではなかった。


「す、すごい……」


 モエピの演奏を聞いたサアヤさんが驚きの声をあげた。


「たしかにすごいですけど、なんの曲かわからないですね……」


 パーラーの疑問に、俺はすぐに答えた。


「こ、これは……『ゲット・ハッピー』だ……」


「ん? 池川くん、知ってるんですか?」


「それも、バド・パウエルの『ジャズ・ジャイアント』の『ゲット・ハッピー』のコピーだあああああ!!」


「うわあああああ! なんですか、いきなり!?」


 モエピが俺の好きな曲を、完璧……とまではいかなくても、かなり高レベルでコピーしているのを聞いて、俺は興奮してしまった。


「ジャズ・ジャイアント」の「ゲット・ハッピー」と言えばとにかく速弾(はやび)き、高速演奏でおなじみのテイクだが、それをあの人見知りのモエピが目の前で再現しているのである。興奮しないわけがなかった。


 俺には今、目の前にいるモエピが「バド・パウエルの転生」にすら思えてしまっていた。


 モエピがものすごい勢いで「ゲット・ハッピー」を弾き終えた時、聴いていた5人は全員拍手をした。


 パーラーなんぞは「ブラボー!」と絶叫していた。


「あ、ありがとうございます……」


「おい、アーニー、お前こんな逸材、どこで見つけてきたんだよ!?」


「見つけてきたも何も、クラスメートですよ」


「はぁー! 同じクラスにこんな天才がいるのかよ! すげーな、ホントによー!」


 モエピの実力を知ったウーター先輩は興奮した口調で話していた。


「こんだけ弾ける人がバンドに入ってくれれば、ティー・パーティーも安泰ですよ。ぜひ入ってもらいましょう!」


「ええ、そうね。これでこれからは鍵盤楽器の人をサポートで呼ぶ必要がなくなるわね」


 パーラーとマッチもモエピの入部に賛成に回った。


「うーん……」


 しかし、なぜかサアヤさんは渋い表情のままだった。


「ん? どうした、サーちゃん? なんか不満でもあんのか?」


 渋いサアヤさんに、ウーター先輩が話しかける。


「まさかここまで来て、入部させないとか言い出さないわよね、サーちゃん」


 マッチもサアヤさんに話しかける。


「うーん……」


「冗談はよしてくださいよ、サアヤさん。これほどの逸材、入部させないでどうするんですか? この人は山口県でもトップクラスの演奏力の持ち主だと思いますよ」


 パーラーまでもが、サアヤさんを説得する。


 どうもティー・パーティーのリーダーはサアヤさんであるらしく、人事権を握っているのもサアヤさんであるらしい。


「わかったよ、みんながそう言うんなら入れてあげるよ。入れてあげるけど……」


 サアヤさんは、ピアノの椅子に座ったままのモエピに近寄る。


「な、なんですか?」


「絶対、サトシくんに手ぇ出さないって約束してね。サトシくんは私のものなんだから!」


 なんだそれ?


 そう思ったけど、ツッコむ気にもならなかった。


「安心してください! 池川くんは全然、私の好みのタイプじゃないんで!! 絶対に手を出したりなんかしませんよ!!」


 モエピが、爽やかな笑顔と、いつもの小声とは大違いの大声で、そう言ったからだ。


「ありがとう! 近藤さんとは仲良くできそうね!」


 サアヤさんも笑顔と大きな声でそう言って、モエピに握手を求めた。


「私のことはモエピって呼んでください!」


 モエピはまるで本物のアイドルかのように笑顔を振りまきながら、サアヤさんと握手をしていた。


 いろいろ思うところはあれど、モエピを軽音部に入部させることに成功した俺は、ようやく肩の荷が降りた思いだった。


 これで軽音部は同好会に降格せずにすむし、モエピはアイドルの夢に一歩近づいたし、俺は軽音部に入部せずにすむ。みんな幸せだ。


 まさに「ゲット・ハッピー」


「それにしても、この間の『クレオパトラの夢』と言い、モエピはバド・パウエルが好きなんだね」


「あ、私が好きっていうか、お父さんが好きなんだよね。それで何度も聴かされてるうちに、自然と覚えちゃって……」


「なるほど。じゃあ『ティー・フォー・トゥー』とかも弾けたりする?」


「ま、まあ頑張れば弾けなくもないけど……」


「ちょっと待って! 『この間の』ってなんのこと? それになんなの? 2人で私のわからない話して! やっぱりモエピを入部させるというのはなかったことに……あいたっ……」


「今さらバカなこと言ってるんじゃないわよ、サーちゃん」


 俺がバド・パウエルの話で、モエピと盛り上がったから、サアヤさんが焼きもちをやいてしまったみたいで、あらぬことを言い出したが、マッチがサアヤさんの頭を紙の束ではたいて止めてくれた。


「そんなことより、近藤さん……」


「モエピって呼んでください!」


 軽音部に入れて自信がついたのかなんなのか、今日のモエピはいつもの陰キャが嘘のように明るかった。


「じゃあ、モエピ。私たちウィメンズ・ティー・パーティーはゴールデンウィークのこどもの日に、とあるイベントでライブをすることになってるの。そのライブでやる曲、覚えてくれる?」


 マッチはそう言って、サアヤさんをはたいた時に使った紙の束……すなわち楽譜をモエピに渡した。


「はい、わかりました! 頑張って覚えます!」


 今日は4月24日だから、こどもの日までは2週間ぐらいしかないはずだが、今日のモエピは強気だった。


「クラスメートなんだから、敬語を使う必要はないでしょ、モエピ」


「あ、そ、そうだよね……ええと……」


「私のことはマッチって呼んで」


「うん、マッチ。これから仲良くしてね」


 モエピとマッチはがっちりと握手をした。


「ボクのことはパーラーって呼んでください」


「うん、パーラー、よろしく」


 モエピはパーラーとも握手をした。


「オレのことはソングと……」


「ウーターでいいわよ、モエピ」


「はい、よろしくお願いします、ウーター先輩!」


「おい!」


 モエピはマッチに素早いツッコミをされてずっこけたウーター先輩とも握手をした。


「だからソングだって……」


「アハハハハ」


 新メンバーを迎えて明るく笑うウィメンズ・ティー・パーティーの面々を見て、俺は安堵した。


 特にモエピの満面の笑みは、それはもうかわいかった。


 やっぱりアイドルに暗い顔は似合わない。


 アイドルは笑顔でなければいかんですよ……


「さてと、これで新入部員が4人入ることが確定して、軽音部も安泰だね、サトシくん」


「そうですね、サアヤさん……あ? 4人?」


 おかしい。


 軽音部の新入部員はパーラー、マッチ、モエピの3人のはずである。


「え? 入ってくれるよね、サトシくんも」


「え? いや、パーラー、マッチ、モエピの3人で、最低部員数は満たしているはずでは?」


「入ってくれるよね、サトシくん!」


「ご、ごめんなさい!!」


 モエピを入部させてもなお、ガンガン迫ってくるサアヤさんから、俺は逃げ出した。


「ああ、待ってよ! サトシくーん!!」


 俺は追っ手から逃れるため、廊下を全力で走った。


「こら! 廊下走んな! 池川ー!!」


 たまたま通りかかったアカちゃん先生に怒鳴られたけど、そんなことは気にしていられなかった。


「サトシくん、待ってー!」


「お前も廊下を走るな! 誰か知らんけど!!」


 俺はサアヤさんとアカちゃん先生の言葉を聞きながら、逃走を続けたのだった。

次回「野球を見に行きましょう、サトシ様」 多分、今日の夜じゃなくて、明日の朝更新することになるでしょうけれども、お楽しみに。1日2話更新ができるのは平日だけかもしれませぬ……どうしても1話辺りの文字数を少なくすることができないのですよ……余計なこと、つい書いてしまう……



脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)

5人目のティー・パーティー→世の中には「5人目のビートルズ」という言葉があり、ようはそれをパロっているのである。「5人目のビートルズ」が気になる人は各自でぐぐってください。どうでもいいけど、作者の私はやっぱりビリー・プレストンこそが「5人目のビートルズ」と呼ぶにふさわしいと思っていて、なぜならば「ゲット・バック」のシングルは「ビートルズwithビリー・プレストン」名義で発売されており……


地獄の季節→ランボーとヴェルレーヌが同性愛関係だったってのは既述の通りだが、そのランボーがヴェルレーヌに銃撃されたショックから生み出したのが、散文詩(とは普通の文章と同じ形式で書かれた詩のこと)の名作「地獄の季節」である。日本では有名な文芸評論家の小林秀雄(こばやしひでお)が訳した岩波文庫版が最も入手しやすいが、1回読んだだけで良さがわかるような、そんなわかりやすい作品ではない。むしろ難解な作品だと思う。なればこそフランス文学の傑作として現代まで生き延びているのであろう。


ジャズ・ジャイアント(Jazz Giant)→偉大なるジャズピアニストのバド・パウエルだが、感性頼みの天才肌だったからか、アルバムによって好不調の波が激しいというのが評論家たちの一致した意見。そして「ジャズ・ジャイアント」は絶好調だった時期に録音された、まごうことなき名盤。その8曲目が「ゲット・ハッピー(Get Happy)」であり、常人ではとてもまねできないような高速演奏で、聴いているこっちがトリップしてしまいそうになる、素晴らしい演奏である。


ティー・フォー・トゥー(Tea for Two)→邦題「二人でお茶を」 元々は1920年代に発表されたミュージカルの中の曲で、1950年代前半にドリス・デイという歌手がゆっくり歌ったバージョンがヒットして有名曲になった。バド・パウエルのバージョンは「ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル(The Genius of Bud Powell)(バド・パウエルは天才)」という、すごいタイトルのアルバムに入っているが、あまりに高速演奏すぎて、もはや原曲の面影をまったくとどめていない、狂気すら感じてしまう恐ろしい演奏である。CDだとボーナストラックが入っているせいで、最初の3曲がその狂気の「ティー・フォー・トゥー」なので、ほとんどの人は圧倒されてしまうことであろう。

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