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第十二話「親父と恋人」

「それで、どうだった? 防府(ほうふ)ヤマダ学園は?」


「いや、なんか、変わった奴ばっかりだったよ」


 いろいろなことがありすぎた入学式の日の夜、俺は自宅のダイニングテーブルでいつものように親父と夕飯を食べていた。


「ハッハッハ。そうか、やっぱり頭の良い奴には変わり者が多いんだなぁ」


「うん」


 親父は仕事が忙しく、会話ができるのは朝食時と夕食時ぐらいだったが、優しい親父なので、まったくもって不仲ではなく、普通に会話ができる、健全な親子関係を保っていた。


 むしろ、親父と仲がよすぎて、俺は親父の趣味嗜好の影響を受けまくっている。


 俺が「フライング返還欠場」だの「アーニー・アイズレー」だのを知っているのは、ひとえに親父の悪影響、親父と仲がよすぎるがゆえの弊害なのだった。


「なんにせよ、そんな変わり者だらけなら、高校生活、退屈しなさそうだな」


「ああ、まったくそう思うよ」


 俺は今日出会った個性的な女子たちのことを思い出しながら、親父の言葉に激しく同意した。


「おっ、そろそろ1レースが始まる時間だな」


 親父は酒も飲まず、タバコも吸わない、品行方正な男だったが、なぜかギャンブルだけは大好きで、最近は「ミッドナイト競輪」というのにハマっているらしく、毎日のように見ていた。


 食事中でもお構いなしに、Wi-Fiにつないだノートパソコンで競輪を見ていたが、俺は別になんとも思わなかった。


 別に家庭崩壊するほど大量のお金を賭けているわけじゃないし……本人も「ギャンブルはあくまでも趣味で、遊び程度の金額しか賭けない」と言っているし……現に俺が私立の進学校に進学することに反対したり、文句を言ったりしなかったし……


 そんな親父の職業は剣術道場の師範だった。


 何を隠そう、我が池川家は江戸時代から続く「池川愛剣流(いけがわあいけんりゅう)」という剣術を代々受け継いできた家柄なのだ。


 その池川愛剣流の初代・池川新兵衛就位(いけがわしんべえなりかた)は、Wikipediaの記事になっていたり、戦国時代を題材にしたゲームに、普通に登場したりしている、多少は有名人なのだ。さすがに宮本武蔵や佐々木小次郎ほどの有名人ではないけれども……


 そして、池川家の当主は代々「池川新兵衛」を名乗り、初代の剣術を現代まで継承し続けてきた。


 親父は初代から数えて十五代目の「池川新兵衛」だった。


 ちなみに「新兵衛」というのはあくまでも通称であり、親父の本名は「池川慶彦(いけがわよしひこ)」である。


 そんな親父は、自宅の敷地内にある道場で、ほぼ毎日、門下生たちに稽古をつけるという、多忙な日々を過ごしていた。


「また競輪見てるんですか? 本当に好きですね」


「ああ、競輪ってのは、知れば知るほど奥が深くて面白くて、やめられないんだよ」


「あんまりたくさん賭けないでくださいね」


「ああ、わかってるよ……ああ、くそ。やっぱり本線で素直に決まったか……5番の先行は不発に終わるかと思ったのに……」


 今、親父と会話していたのは親父の恋人の益田知佳(ますだちか)さんである。


 ……などと書くと、親父が不貞行為を働いているクズ野郎だと誤解されてしまうかもしれないが、親父は独身なので、チカさんとの交際は、不倫でもなんでもない、健全なものである。


 親父の妻、すなわち俺の母にあたる池川遥(いけがわはるか)は、俺が4歳になるかならないかの時に病気……具体的には子宮頸(しきゅうけい)がん……で、若くして亡くなったそうだ。


「そうだ」というのは、その頃の俺はまだ物心がついていなくて、母が亡くなった時の記憶がほとんどないからだ。


 もちろん、母がどういう人だったのかという記憶もほとんどなく、顔も仏間に飾ってある遺影でしかはっきり見たことはなかった。


 そんな母が亡くなってから、もう12年もの時が経っているのだから、親父が新恋人を作ったからと言って、反対したり反抗したりする理由はなんにもなかった。


 これでチカさんがどこの馬の骨とも知れぬ、チャラい黒ギャルとかだったら反対もしたかもしれないが、チカさんは池川愛剣流の門下生であり、俺にとっては子供の頃から知っている、お姉さんのような存在だった。


 そして今は、俗に言う「通い妻」のような形で、男二人の池川家の家事をしてくれていて、おいしい食事も毎日作ってくれていた。


 今日、チカさんが作ってくれた鯛の煮付けもとてもおいしく、箸が止まらなかった。


 やはり親父とチカさんの交際を反対する理由はまったくない。


「どうですか? 坊っちゃん、鯛はお口に合いましたか?」


「うん、すごくおいしいよ」


「それはよかった」


 親父がミッドナイト競輪に夢中になっていたからか、チカさんは親父と会話するのを諦め、俺と会話することにしたようだった。


 チカさんとは子供の頃からの仲なので、俺はタメ口で話すが、チカさんからしてみれば、俺は師匠の息子にあたるので「失礼のないように」と敬語で話すのだった。


「坊っちゃん」と呼ばれるのもそのせいで、俺は本当は気恥ずかしいからやめてほしくて、何度かやめるよう言ってみたのだが、真面目なチカさんが「坊っちゃん」呼びをやめることはなく、俺はもう諦めてしまっていた。


「それにしても、坊っちゃんはすごいですね。本当にあの難関校のヤマダに合格してしまったんですからね。私なんか受験しようとすら思いませんでしたよ、ハハハハハ」


「まあ、合格したはいいけど、これから勉強についていくのが大変かもね」


「そうですか。勉強、頑張ってくださいね。私は教えることはできないですけどね、ハハハハハ」


 チカさんはよく笑う朗らかな、そして優しい人だった。


 チカさんの正確な年齢は知らないが、俺が小学校低学年の時、すでに高校生だったから10歳ぐらい年上のはずである。


 学生時代のチカさんは耳が出るぐらいのベリーショートで、男みたいな容姿をしていたが、今は髪を伸ばしてすっかり女らしくなっていた。


 敬語で話されるようになったのも、「サトシくん」ではなく、「坊っちゃん」と呼ばれるようになったのも、チカさんが髪を伸ばしてから、ようは親父と交際を始めてからだったと思う。


 やはり恋というものには人を変える力があるらしい。


 俺にも早く、そんな風に人生を変えてくれるような素敵な恋人ができればいいのになぁ……


「どうしました? 坊っちゃん」


「あ、いや、別に……」


 俺はまたしても、思索の世界にトリップしてしまいそうになっていたが、チカさんの声で正気を取り戻して、チカさんの作った煮魚と白米をかきこんだ。





「ごちそうさま。チカさん、今日もすごくおいしいご飯だったよ」


「ありがとうございます。坊っちゃんにそうおっしゃっていただけるなら、作った甲斐があるというものです。それじゃあ、後片付けしちゃいますね」


 チカさんはいつも夕食の後片付けまでしてくれていた。


 それが終わったあと、すぐに帰宅することもあれば、帰宅しないで泊まることもあった。


 親父とチカさんの交際は、益田家も公認のものであり、泊まったからと言って、特に問題になることもなく、親父とチカさんが再婚するのも時間の問題だった。


 もちろん俺としても、再婚相手がチカさんなら大歓迎だった。


「では、今日のところはこれで失礼しますね。師匠、坊っちゃん、また明日」


「うん、また明日」


 今日のチカさんは泊まらずに、食器を片付けたあと、すぐに帰宅した。


 チカさんは池川愛剣流をやめたわけではなく、今も門下生の一人なので、親父のことを「師匠」と呼んでいた。


「師匠」と「坊っちゃん」


 なかなかな親子だなと我ながら思った。





 チカさんが帰ったあと、俺は風呂に入り、髪を乾かす時、自然と鏡で自分の顔を眺めることになった。


 その時に気づいてしまった。


「あれ? 俺って、こんなイケメンだったっけ?」


 朝は忙しくてじっくり見るヒマがなくて異変に気づくことはなかったが、よくよく見たら、自分の顔が変わっているような気がした。


 別に劇的な変化を遂げているわけではない。


 元がめちゃくちゃブサイクだったというわけでもないが、だからと言って、決してイケメンというわけでもない、いまいち印象に残らない芸人のような平凡な、どこにでもいるような容姿だったのが、俺のはずである。


 現に中学時代は特にモテたりも、ハブられたりもしなかった。


 まさに平凡な容姿のなせる業だ。


 しかし、今、鏡で顔を見てみると、自分で言うのもなんだが、まるでジャニーズ系のような美少年顔をしていた。


 思い返してみれば、昨日と今日で、ナナ、パーラー、マッチの三人に「顔がいい」と言われた気がする。


 マッチに「面食い」だと言われていたサアヤさんに「狙っちゃおっかなー」と言われたし、クレナお嬢も俺の顔を間近で見たとたん、態度が変わった。


 それってつまり、そういうことだったのだろうか?


 ナナは幼なじみのひいき目で「顔はいい」と言ってくれたのかもしれないが、パーラーやマッチとは今日が初対面で、パーラーはともかく、マッチの方はお世辞やおべっかを言う人間にはとても思えなかった。


 だから今の俺は本当に「顔はいい」んだろう。「は」ってのが引っかかるが……


 しかし、今日初対面の人たちならともかく、ナナや親父、チカさんなどは俺の顔が変わったのなら気づいて、何か言ってくるはずである。


 だけど、誰にも何も言われず、みんな普段と同じような態度だった。


 なんで?


「まあ、思い当たる節が一つだけあるけどな……」


「思い当たる節」とはもちろん、今朝見た夢に出てきたあの「自称・天神さま」のことだった。


 あのおじさんが実は本当に神様で、俺に「モテモテハーレム学園生活」を味わわせるために、無断で顔をいじったのではないか?


 うん、その可能性が一番高そうだ。


 でもそれならなんで、ナナや親父、チカさんは何も言ってこなかったのか?


 ひょっとして、今、鏡を見ているこの状態こそが夢?


 今日の入学式の出来事や、出会った個性的な人々はすべて夢まぼろしだったというのか?


 いや、そんな、まさか、夢オチだなんて、一番嫌われ、憎まれるやつじゃないですかー……


 なんにせよ、俺がしなければいけないことはただ一つ。


 さっさと寝て、いろいろと問いたださねばなるまいぞ……あの「自称・天神さま」にな……

次回「夢二夜(ゆめふたや)」 お楽しみに。



あまり一般的ではない言葉の脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)

ミッドナイト競輪→文字通り、ミッドナイト(深夜)の21時頃から、日付が変わる直前の23時半頃まで行われる競輪(けいりん)。自転車は騒音がほとんどないから、深夜にやっても大丈夫だろうってことで2011年から始まった。無観客で行われ、車券はインターネットでしか買えないが、なればこそ経費がかからなくて収益率が高いらしいので、今やお盆だろうが年末年始だろうが、毎日必ずどこかの競輪場で開催されている。時間も時間なので、A級と呼ばれる、ランクの低い選手が出場するレースしか行われないが、車券の売上は昼間の開催の同じクラスのレースよりも、圧倒的に良いらしい。


池川愛剣流→だいたいお察しの通り、こんな名前の剣術は実在しない。作者が大傑作ゲーム「太閤立志伝(たいこうりっしでん)Ⅴ(ファイブ)」で剣豪プレーをした時に創設した、架空の剣術の名前である。


池川新兵衛就位→もちろん架空の人物であり、Wikipediaにも載っていないし、戦国時代のゲームにも出てこない。


宮本武蔵→二刀流で有名な剣豪。勝つためなら手段を選ばなかった策士としても有名。彼が作った剣術の流派は「二天一流(にてんいちりゅう)」と言い、死ななかったがゆえに「五輪書(ごりんのしょ)」という著書で、自らの考えを後世に残すことができた。なんだかんだで最後まで生き延びた奴が一番偉いのが、この世の中なのである。


佐々木小次郎→「燕返し」で有名な剣豪。宮本武蔵に負けたことで歴史に名を残した、むしろ負けたからこそ現代までその名を残すほどの有名人になったという珍しい人。またの名を「佐々木巌流(ささきがんりゅう)」 山口県下関市にある彼が死んだ島の正式名称は「船島(ふなしま)」だが、彼があまりにも有名であるがゆえに、「巌流島(がんりゅうじま)」という通称がつけられ、そっちの方が一般的な呼び名となっている。これもまた珍しいことである。

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