第十一話「悲しきギター忍者」
「おい! そこのお前!!」
校舎の外に出て、やっと家路につけると思った俺に、またしても何者かが背後から話しかけてきた。
ま、まだ誰か出てくるっていうのかよ?
まだ入学初日だっていうのに、いったい何人の変わり者と出会えば、俺は許してもらえるっていうんだい?
「おい! お前!! 聞いてるのか!?」
俺がげんなりしていたせいか、その何者かは再び声をかけてきた。
声色からして、その人物は女子で、やっぱり声が大きかった。
「はいはい、聞いてますよ、なんですか、いったい?」
俺が振り向くと、その女子はなぜかギターを構えていた。
かなり大胆に制服を着崩し、髪の毛は燃えるように真っ赤だった。胸のサイズは普通。大きくも小さくもない。
制服を着ているからこの学校の生徒なのだろうし、とてもきれいな日本語をしゃべっていたから日本人なのだろう。
それなのに、髪の毛が真っ赤ってことはつまり、染めているということで、それは明確に校則違反で、こういう人とはやはり関わり合いにならない方がよくて……
「よし、じゃあ……オレのギターを聞け!」
「は?」
「いいから、聞けー!!」
またしても個性的な女子に出会ってしまった俺が、頭を高速回転させてどう対応するべきか考えているうちに、赤毛の女子はエレキギターを奏で始めた。
とんでもない爆音で。
「な、なんなんだ? こいつは!?」
「どうだ、オレのギターの奏でる音には魂がこもっているだろう!」
赤毛のギター女子は何やら言っていたが、携帯用のアンプから聞こえるエレキギターの音がうるさすぎて、ギター女子の声はまったく何も聞こえなかった。
ギター女子の演奏はたしかにうまかったが、とにかく音が大きすぎて、いくらうまくても、ただただ不快でしかなかった。
「おい! うるさいよ!! 止めろ! 演奏を止めろー!!」
俺がいくら絶叫しても、ギターの音色がすべてをかき消してしまうので、まったくもって無意味だった。
結局、赤毛のギター女子は1曲弾き終えるまで、演奏をやめることはなかった。
「フー、どうだった? オレのギター?」
演奏を終えたギター女子は、満足そうにため息をついて、俺に問いかけてきた。
「ど、どうだったと言われましても……」
「うまかっただろう?」
「ええ、そりゃあうまかったですけれども……」
謎のギター女子が弾いていたのはデレク&ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」だった。
あのデュアン・オールマンとエリック・クラプトンのツインギターをコピーできている辺り、この女子はただ者ではない。
しかし、あまりにも音量が非常識すぎる。
いったい、誰なんだこいつは?
「あ、あなた、いったい誰なんです?」
俺は当然の疑問をギター女子にぶつけたが、
「オレが誰かなんて、別にどうでもいいだろう? そんなことよりお前!」
ギター女子は質問に答えず、俺のことを指さす。
「な、なんですか?」
「お前の好きなギタリストは誰だ?」
「え?」
突然の質問に、俺は当然戸惑う。
「だから、お前の好きなギタリストは誰だ?」
「あ、アーニー・アイズレーですけど?」
戸惑いながらも、俺は質問に答えた。
「あ? アーニー? 誰だそれは?」
しかし、ギター女子のリアクションはいまいちだった。
「ご存知ないんですか? アイズレー・ブラザーズのアーニー・アイズレーを」
「知らねぇなぁ……オレが尊敬するギタリストはただ一人、デュエイン・オールマンだけだからな!」
「デュエイン・オールマン? ああ、オールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマンのことですね」
「デュアンじゃねぇ!! デュエインだぁっ!!」
「ええー……」
ギター女子の突然のシャウトに、俺にできることは困惑だけだった。
「おい、京山! お前またゲリラライブやりやがったな!! 今日という今日はタダではすまさんぞ!!」
「ちっ! 先公か! おい、アーニー! 運がよければまた会おうしゃないか!! さらばだ!! ハハハハハ!!」
謎のギター女子はそう言うと、まるで忍者のような跳躍力で、右に左にジャンプして、木から木を渡り歩き、先生から逃走した。
ギター女子はいなくなったのに、なぜか彼女の「ハハハハハ」という笑い声だけは、その場にこだまし続けていた。
うわー、この作品は平凡な日常を淡々と描く作品だと思ってたのに、突然人並外れた身体能力の持ち主が現れてしまって、ビックリだよー。
異能力者とか絶対出て来ない作品だと思ってたのにー。
ていうか、あの女子、俺のこと「アーニー」って呼んでたような……
それは俺の好きなギタリストの名前であって、俺の名前ではない……
「君! ギターを持った赤髪の女子を見かけなかったか!?」
謎の赤毛ギター女子に呆気に取られていた俺に、初めて見るメガネの男性教師が話しかけてきた。
「はあ、ジャンプしてどっか行っちゃいましたけど……」
「くそ! また逃げられたか、京山め……」
ん? きょうやま?
俺が何かをたずねる間もなく、メガネの男性教師は走って、ギター女子を追いかけていった。
俺が呆然と立ち尽くしていると、今度は別の女子が走ってやってきた。
また変な奴が出てきたのかと身構えていたが、その女子はマッチだった。
長い前髪で、巧みに計算して右目だけを隠しているから、すぐにわかった。
「あ、マッチ」
知り合いだったことに安心した俺はマッチに話しかけたが、
「あら、スケベ野郎じゃない」
マッチの返事と視線はとても冷たかった。
いやー、それにしても、「スケベ野郎」て……
ひでーあだ名だなー……
「あの、できればスケベ野郎って呼ぶのはやめてほしいんだけど」
俺は至極まっとうなお願いをしたが、
「そう? じゃあ、おっぱい星人って呼ぶわね」
マッチの返事は残酷だった。
「いや、なんでだよ!」
「なんでって、お昼休みに、サーちゃんのFカップおっぱいを、いやらしい目でガン見して、ゲヘゲヘと気持ち悪い声で笑ってたからじゃない」
「う……」
それを言われてしまうと、もう俺は黙り込むしかなかった。
マッチはサアヤさんのことを「サーちゃん」と呼んでいるらしい。
やはり同じバンドのメンバーだから、仲がいいのだろう。
「そんなことより、おっぱい星人」
「あの……スケベ野郎でお願いします」
俺は「スケベ野郎」と「おっぱい星人」の二択なら「スケベ野郎」の方を選ぶ男だった。
皆さんはどっちを選びますか?
「そう……じゃあ、スケベ野郎。さっきまでここで、大音量でギターを弾いていた女子を見たでしょう?」
「見た……っていうか、絡まれたっていうか?」
俺は胸にズキズキ痛みを抱えながらも、マッチの質問に誠実に答えた。
「絡まれた? ひょっとして『お前の好きなギタリストは誰だ?』とか聞いてきた?」
「うん、聞かれたね」
「そう……じゃあ間違いないわね」
「間違いないって何が?」
「その女子は、私の1歳上の姉の京山詩歌よ」
「へーえ、マッチってお姉さんいたんだ?」
「ええ。迷惑な姉よ。ろくに授業にも出ないで、あちらこちらで大音響のゲリラライブをやっているんだからね」
それはまた、ずいぶん古典的なロックンローラーだな……
「『高校なんか中退したぐらいの方が、ロッカーとしてハクがつくんだよ』とかなんとか言って、サボってばかり、ギターを弾く以外に能のないバカな姉よ」
マッチの口撃は身内にも容赦がなかった。
「あんなんで、なぜ2年に進級できたのか不思議だわ。学園としても厄介者はさっさと追い払いたいってことなのかしら?」
マッチの一連の言葉を聞いて、マッチがそういう人なのだということがわかり、俺は自分だけが嫌われてきつく当たられているわけではないということに気づいて、ホッと胸を撫で下ろした。
「そうなんだ……お姉さん、ギタリストってことはつまり?」
「ええ、お察しの通り、姉は私たちがやっているバンドのリードギタリストよ」
「やっぱり……」
リードギタリスト……ということはつまり、マッチたちのバンドは4人編成で、サアヤさんはリズムギターってわけか……
「とにかく姉が、あなたにもご迷惑をかけたみたいね。そのことに関しては謝るわ。ごめんなさい」
「あ、い、いやぁ、そんな……」
俺はマッチが突然謝ってきたものだから、ビックリしてしまって、うまいこと返事をすることができなかった。
「でも、いい機会だから言っておくわね。あなた、ちょっとばかし顔がよくて、パーラーと友達になれたからって調子に乗ってるみたいだけど、パーラーは私のものよ! だから、絶対手を出さないでね!!」
「は?」
謝った次にこれなので、俺はまたまた困惑することしかできなかった。
「それじゃあ……」
戸惑う俺を尻目に、マッチは去っていった。
「な、なんなんだ、いったい?」
俺がパーラーと友達になれて調子に乗ってる?
いやいや、パーラーとなら、誰でも友達になれるだろ。
俺がパーラーに手を出す?
いやいや、パーラーはボクっ子だし、ぺったんこだし、そういう対象じゃないでしょう……
ていうか、マッチは「パーラーは私のもの」とかなんとか言っていたような?
マッチも、ナナみたいにそっちの人なの?
うーん……
「まっ、なんでもいいか、さっさと帰ろ……」
いろいろあって疲れていた俺は考えるのをやめて、自転車置き場にある、自分の自転車に鍵をさして、さっさと帰宅することにした。
行きは地獄だった登り坂も、帰りは下り坂になるので天国だった。
まるでジェットコースターにでも乗った気分で、坂道を猛スピードで下りながら、まるでジェットコースターのようだった入学式の一日を思い出していた。
今日出会ったのは、ロリ先生に、コミュ力お化けのボクっ子に、目隠れクールベーシストに、アイドル志望のやべーやつに、Fカップのボーカルに、自動車会社の社長令嬢に、金髪留学生に、謎のギタリスト忍者。
今日だけで8人もの個性的な女性に出会ってしまったわけか。
「いや、どいつもこいつも、インパクトありすぎだわ……」
夕焼けに燃える空を見ながら、俺は思った。
「この三年間、きっと退屈しない日々が待っているに違いないぞ」と……
次回「親父と恋人」 お楽しみに。
一般的ではない言葉の脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)
デレク&ザ・ドミノス(Derek and the Dominos)→スーパーギターヒーローのイギリス人エリック・クラプトンがアメリカで結成したバンド。メンバー同士の不仲が原因で、アルバム1枚発表しただけで解散してしまったが、その唯一のアルバムこそがロックの歴史に残る超名盤「いとしのレイラ(原題「Layla And Other Assorted Love Songs (レイラ・アンド・アザー・アソーテッド・ラヴ・ソングス)」)」である。
いとしのレイラ(原題「Layla」)→デレク&ザ・ドミノスの代表曲。ビートルズのジョージ・ハリスンの奥さんだったパティ・ボイドにいけない恋をしてしまったクラプトンが作った名曲中の名曲。イントロのギターリフはつとに有名。ちなみにクラプトンはこの曲を発表した8年後に、願いが叶ってパティと結婚することになるが(その時、すでにジョージとパティは離婚しており、いわゆる略奪愛とはちょっと違う。むしろジョージからパティを奪ったのはローリング・ストーンズのロン・ウッドだったりする)、二人とも浮気しまくった挙句、離婚するという残念な結末を迎えている。まごうことなき超名曲だが、全米チャートの最高位は10位と、そんなめちゃくちゃ大ヒットしたわけではない。
デュアン・オールマン→「いとしのレイラ」にゲストギタリストとして参加していた有名なギタリスト。偉大なギタリストとして、ロックの歴史に名を刻んでいるが、バイク事故のため、わずか24歳の若さで死亡してしまった悲運の人。ファーストネームの「Duane」はアメリカでは「デュエイン」と発音するらしいが、日本では「デュアン」と表記されることが多い。でもガチのファンほど「デュアンじゃなくてデュエインだ」とか、めんどくさいことを言ってくるらしい。そんなデュアンと、弟のグレッグ・オールマンが中心になって結成されたのがオールマン・ブラザーズ・バンド。バンドの最大ヒット曲は「ランブリン・マン(Ramblim' Man)」だが、デュアンの死後に発表された曲なので、当然「ランブリン・マン」ではデュアンのギターを聞くことはできない。
アーニー・アイズレー→1950年代から現在に至るまで活動し続けているファンクバンド、アイズレー・ブラザーズのギタリスト。もっとも彼が加入したのは1970年代に入ってから。アイズレー・ブラザーズのメンバーの大半は実の兄弟だが、年長の三人が先にデビューして、年の離れた弟たちはあとになってから加入したというパターン。アイズレー・ブラザーズのサポートをしていたジミ・ヘンドリックスの影響を受けたアーニーのギタープレイが高い評価を受けたことにより、アイズレー・ブラザーズはその地位を不動のものとした。代表曲「ザット・レディ(That Lady)」では彼のギターソロを思うさま、堪能することができるのでおすすめである。




