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第一話「ふられた気持ち」

私事ですが、作者は今日、九月二十日に誕生日を迎え、なぜかラッキーな出来事が続いて、テンションが上がり、その勢いと調子に乗って、久々に新作を上げてみることにしてみたのです。

「ごめんなさい!」


 俺、池川(いけがわ)サトシが幼なじみの国司(くにし)ナナに告白してフラれたのは、高校の入学式を翌日に控えた、四月上旬の暖かい日のことだった。


 ナナの言葉を聞いた途端、それまで暖かった風が急に冷たくなったように感じた。


 なぜに突然、告白してしまったのだろう?


 防府天満宮(ほうふてんまんぐう)春風楼(しゅんぷうろう)から、絶景でもなんでもない、日本のどこにでもありそうな地方都市である防府市ほうふしの景色を眺めていたら、なぜだか「好きだ」と言ってしまっていた。


 自分でも自分の行動の理由を説明することができない。


 幼き頃よりの、胸に秘めたる恋。


 壊したくない、美しき友情。


 明かすつもりはなかった。


 それなのに……


 どうして急に…… 


 気がついたら、俺は震えながら駆け出していた。


「あ、ちょっと! サトシ!」


 ナナの叫びは聞こえていたが、俺は振り向きもせずに逃げ出した。


「ちょっと待ってよ! 話はまだ終わってないのに!!」


 春風楼の板張りの床を大きな音を立てながら走り、傾斜のきつい階段を、自分でも驚くべきスピードで駆け降りて、一目散に防府天満宮の出入口たる大階段へと走っていき、手すりにも掴まらずに、石造りの大階段を駆け降りた。


 一歩間違えたら、転倒して死んでいたかもしれない。


 それならそれで別にいいと思った。


 ふられた俺には生きる資格などないと、本気でそう思っていた。


 しかし俺は大階段を無事に降り切ってしまった。


 残念ながら、けつまづいて転落死することはなかった。


 仕方がないので、駐輪場に停めてあった自分の自転車に飛び乗り、ありったけの力を脚にこめてペダルを漕ぎ、猛スピードで防府天満宮を後にした。


 別に幼なじみにふられただけで、何も悪いことをしていないのに、罪を犯して警察から逃げている小悪党のような気分になっていた。


「このまま日本一周の旅に出て、どこぞの道の駅のホームページに載るのも悪くない」


 そんな間抜けなことを思いながら自転車を猛スピードで走らせていたら、信号のない交差点で、危うく軽自動車に()かれそうになった。


 轢いてくれればよかったのに、軽自動車の運転手は、ご丁寧に急ブレーキを踏んでくださったものだから、またしても俺は生き延びてしまった。


 もう、生きていてもなんにもないというのに……






 そうやってネガティブなことを考えながら、自転車を漕ぎ続けていると、いつの間にやら防府駅(ほうふえき)にたどり着いてしまっていた。


 別に電車に乗る用事もないし、さっさと家に逃げ帰ってしまおうと思っていた矢先、俺の耳に歌声が聞こえてきた。


 女性の歌声だ。


 興味本位で、歌声の聞こえた方を見てみたら、防府駅の高架下で、一人の女の子が、何名かの観客の前で歌っていた。


「ストリートミュージシャンだ……」


 今時、ストリートミュージシャンとは珍しい。


 たしかに俺が子供の頃は、アコギ片手に、防府駅の高架下で歌っているあんちゃんが何人かいたものだが、近頃はまったく見かけなくなった。


 そりゃあそうだろう。


 今時、ミュージシャンを目指すならば、駅の高架下で歌うよりも、動画を撮って、ネットにアップした方が手っ取り早いはずである。


 わざわざ逮捕されるリスクを負ってまで、高架下で歌う意味なんてなかろう。


 まして防府駅のような、日本のどこにでもある地方都市の代表駅に、音楽関係者が降り立つわけもなく、本当になんの意味もない。


 それなのに、この女の子は高架下で歌っている。


 そしてその歌は、間違いなくうまかった。


 決して素人のカラオケレベルではない。


 間違いなくプロの歌声だった。


 いや、下手なプロよりもうまい。


 お前、何様だよと言われるのを覚悟の上で申せば、必ずや世に出ると断言することのできる歌声だった。


 気がついた時には、俺は自転車から降りて、手で押して、高架下まで歩いて行き、他の観客の後ろの方で、彼女の歌を聞いていた。


 彼女が歌っていたのは、何年か前にヒットした、失恋の歌だった。


 現代の邦楽にあまり興味のない俺でも聞いたことのある曲だったが、曲のタイトルや、アーティスト名は思い出せなかった。


 それでも、その曲の歌詞と、女の子のうますぎる歌は、ふられた直後の俺の心には、ものすごく響いた。


 とてつもなく、心を揺さぶられた。


「これがうわさの『エモい』というやつなのか」と思わずにはいられなかった。


 女の子が歌い終えた時、他の観客は拍手をしたり、歓声を送ったりしていたが、俺は黙って立ち尽くしていた。


「みんな、ありがとう! 今日はこれで終わりだけど、また今度歌いに来るからね」


 女の子はそう言って、せいぜい五人程度しかいない観客と握手をし始めた。


 少ない観客の中には男性だけではなく、女性もいた。


 俺が知らないだけで、この女の子はご当地アイドルか何かなのだろうか?


 アイドルにしちゃあ、歌がうますぎだと思うが……


「そこの自転車の君もありがとう」


 などと考えていると、女の子はなぜか俺の目の前にやってきて、俺とも握手しようとした。


「あれ? ひょっとして君、泣いてる?」


 女の子にそう言われて、俺は初めて自分が涙を流していることに気づいた。


「そんなに感動してくれたんだぁ、嬉しいなぁ」


 女の子は満面の笑顔でそう言ったが、俺は恥ずかしくなってしまった。


「あ……う……あ……」


「ん?」


 まさか女の子に話しかけられると思っていなかったし、男のくせに初対面の女の子の前で涙を流しているなんて、いたたまれなくなった俺は、女の子と握手することもなく、再び自転車に乗り、自宅に帰るために、ペダルを漕ぎ始めた。


「あ、ちょっと、君……」


 女の子の声は聞こえていたが、俺は振り返ったりはしなかった。


 今日は逃げてばかりの一日で、ツインターボにでもなった気分だった。







 自宅に帰るために自転車を漕ぐ俺が、頭の中に思い浮かべていたのは、自分のことをふったナナのことではなく、高架下で歌っていた、あの女の子のことだった。


 髪は肩まであり、吸い込まれそうなほど瞳が大きく、でも顔は小さくて、細身なのに、おっぱいは大きかった。


 ルックスだけなら、防府市(ほうふし)どころか、山口県でも一二を争う美女なのではないかと思った。


 それなのに、歌がうまかった。


 あの時、俺の瞳から流れていた涙こそが、彼女の歌声が「本物」だったということを証明している。


 まさか、この防府市にあんな逸材が眠っているとは知らなんだ。


 まさに伏竜鳳雛ふくりょうほうすうだ。

 

 また、どこかで会えたりしないだろうか?


 たしか「また今度歌いに来るから」とか言っていたし、また防府駅に行けば会えるのかもしれない。


 よし……


 また今度、暇な時に防府駅に行って、また彼女に会おう。


 そして、突然逃げ出した非礼を詫び、改めてその歌声を褒めちぎることにしよう。


 ふられた気持ちを癒してくれた、素晴らしい歌声を持った女の子に花束を……






 ふられた悲しみを忘れるには、他の女の子のことを考えるのが一番ということなのか、自宅に帰り着いた時には俺はもう、「死にたい」なんぞとは思わなくなっていた。


 我ながら現金だと思うが、男なんてそんなものと諦めるしかなかった。


 二階建てのよくある木造一軒家の自宅に入った俺は、居間にある、冬はこたつになるテーブルの側に置いてある座椅子に座り、テーブルの上に突っ伏して目を閉じた。


 そして、勝ち目のない告白を衝動的にしてしまったことを反省しているうちに、気がつけば寝てしまっていた。


 それはまさに「ふて寝」と呼ぶにふさわしいものであった。

今日のうちに第二話を更新するので、今しばらくお待ちください。




脚注(あまり一般的ではない固有名詞は「脚注」という形で説明しないとわかってもらえないと思ったので、屋上屋(おくじょうおく)()すようなことやも知れませぬが、あえて書かせていただきます。読みたくない人は飛ばしていただいて結構です)


ふられた気持ち→ライチャス・ブラザーズ(映画「ゴースト」で使われた代表曲「アンチェインド・メロディー」で有名な白人デュオ)が1964年に出した曲。翌1965年に全米 (ビルボード)1位になる大ヒットを記録し、二人がブレイクするきっかけとなった。原題「You've Lost That Lovin' Feelin' (ユーヴ・ロスト・ザット・ラヴィン・フィーリン)」 有名なソングライター夫妻、バリー・マンとシンシア・ワイルが書いた曲。プロデュースはフィル・スペクター。


ビルボード→アメリカで最も権威のある音楽チャート雑誌。日本でいうオリコンのような存在(ただし、ビルボードの順位はオリコンのようにレコードやCDの売上枚数だけでは決まらない)。日本の書籍やCDの解説などで「全米1位」などと表記されている場合は大抵ビルボードの「Hot 100」チャートでの順位を指す。「R&B1位」「イージーリスニング1位」などと書かれている場合も、やはりビルボードのチャートでの順位である。アメリカにはビルボードの他にも「キャッシュボックス」などの音楽チャート雑誌はあるが、日本ではビルボード以外の雑誌の順位はまず紹介されることはない。よって、この脚注に出てくる「全米〇位」はすべてビルボードの順位であるということを、ここに宣言しておく。


防府市ほうふし→本州最西端の山口県中南部に実在する、人口約12万人の地方都市。市名は「周防国府すおうこくふ(という名前の、今でいう山口県庁のようなものが、はるか昔の防府市にあったのである)」の略。それでなぜ「ほうふ」と読むのかは不明。県都けんと・山口市との合併を拒み続け、今も独立を保つ。


防府天満宮ほうふてんまんぐう→学問の神様・菅原道真すがわらのみちざねをまつる神社。菅原道真が亡くなった翌年の西暦904年に創建されたと言われており、「日本最古の天満宮」を名乗る。京都の北野、福岡の大宰府と並び、「日本三大天神」と称されることもあるが、他の二つと比べるとはるかに規模が小さいため、防府以外の他の天満宮が「日本三大天神」と呼ばれることもよくある。


春風楼しゅんぷうろう→防府天満宮にある楼閣ろうかく。本当は五重塔ごじゅうのとうを建てるつもりだっだらしいが、幕末の動乱が原因の資金難で、一階の楼閣部分のみしか建てられなかった。しかし、もし五重塔が完成していれば、明治初期の廃仏毀釈はいぶつきしゃく(明治維新によるナショナリズムの高まりによって発生した、インドの宗教たる仏教に対する攻撃のこと)で破壊されていたのかもしれないので、完成しなかったことによって現存しているというのはありがたいことなのかもしれない。楼閣の中からは防府市の景色が見えるが、高い建物とかない防府市の景色を見たところで、さして感動はしない。


防府駅(ほうふえき)→JR山陽本線にある高架駅。山口県の山陽本線には普通電車しか走っていないし、だいたい1時間に2本しか電車が来ないが、利用者は一日辺り約4000人と、山口県の駅にしては多い方である。


ツインターボ→1990年代前半、いつも大逃げしては最後の直線でバテバテになるというレースっぷりで、熱狂的な人気を博したサラブレッド。GⅠ馬でもないのに、GⅠ馬並みの人気を誇った稀有(けう)な馬。


伏竜鳳雛ふくりょうほうすう→ようは三国志で有名な、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)と、龐統士元(ほうとうしげん)のこと。孔明が「伏竜(池の中にひそむ竜)」で、士元が「鳳雛(鳳凰(ほうおう)雛鳥(ひなどり))」 素晴らしい実力を持ちながらも、まだ世間に知られていない人物のことを指す四字熟語。

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