2 ネタの話からの第一稿
まずはネタのお話から。
今回のお題が発表された時、これは難しいやつ来た……!と怖気づきました。
ネタが浮かばなければ参加することを見送るつもりでいたくらいですから相当です。
あっという間に一週間がたち、二週間がたち、twitterにてどんどん「提出したよ☆」という報告がTLに流れるのを眺めながら過ごす日々が続き、締め切りが近づいて「諦めるか」と腹を括った時に夢を見ました。
新人の若い女の子が先輩の女性と仕事をしながら会話をしていて、その内容が紹介されたパートナーと会うかどうかというもので。
この世界はほとんどの男女に恋人なりパートナーがいるらしい。
もちろん例外はいて、同性同士だったり、ひとりでいることを貫く人もいる。
その人間の性質や嗜好、趣味、学力、技術、職業など様々なデータから遺伝的な相性も含めて選出され、国や自治体、職場から「この人どうですか?」という打診される世界。
少子化だからなのか、それとも他に理由があるのか。
その辺りは分からない。
勧められた相手と会うことに戸惑いがあるらしい女の子に先輩が「好きにしたらいいのよ」とアドバイス。
会うも自由、会わぬも自由。
会って断るも自由らしい。
ただ選出された相手とお付き合いすると色んな特典があるらしい。
例えば一緒に旅行に行きたいからという理由ですんなり有給が貰えるとか、誕生日には午後から休みが貰えるとか、給料に別に手当(デート代)がつくとかそういう感じ。
そういう利点を得る為に偽装パートナーをしている人もいるらしいが、それは別に罪にはならないらしい。
お別れするのも簡単で、別れてすぐに次の人を紹介される場合もあるとか。
もちろん恋愛で恋人同士になるのも問題はない。
その夢がなんだが面白かったので頭の中で妄想を膨らましたわけです。
お勧めされた相手の男性が実は面接に来た彼女を素敵だなと思った社員だったら?
もしそうなら彼の恋心を知って、推薦した人が必要だな。
でもそれが会社の人間だったらなんか下世話な感じがするし、物語として個人的にきゅんっとこない。
別に人間が必要。
じゃあ会社の人じゃない世話好きなおばちゃんがお節介して欲しい。
でも彼の思いを知る(もしくは見ていた)ことができる人ってどんなかな?
舞台がオフィスなら掃除のおばちゃんとかどうだろう?
掃除婦なら働いている人ってあんまり気にしないし、噂話だったり悪口だったり耳に入ることだってあるかもしれない。
それに別の会社や病院とかショッピングセンターとか色んな施設に出入りすることも可能だよね?
だったらこっちの会社の男の人とあっちの会社の女の人とをそれとなく紹介したりとかして恋のキューピッドしたりとかできないかな?
なんて頭がどうかしているふわふわな妄想からお節介好きの伝説の掃除人鈴さんが出来上がったわけです。
これならお題なんとか書けそう!
そう意気込んで書いた第一稿がこちら。
【 タイトル「伝説の掃除人」 】
私が働く掃除派遣所には伝説の掃除人がいる。
伝説の掃除人というとなんだかやばそうな暗殺業でもしている人のように聞こえるけど、鈴木さんという名前の今年六十になる普通の熟女だ。
鈴さんという愛称でみんなから呼ばれ、面倒見がいい彼女が新人である私の教育係となった。
高校を卒業し進学せず就職した先で営業職を経験したけれど、どうやら自分には対人相手の仕事は向いてないらしいと気づいたのは精神的なストレスからどもるようになってしまったから。
仕事を辞めて職安に通い、親身になって根気強く相談に乗ってくれた人たちのおかげでこうして今の職を得ることができたけど、両親は私が清掃の仕事をすることをはっきりと言葉にはしないけど嫌がっている。
一般的に汚いとされる場所を掃除したり、片付けたりする仕事だから私も正直乗り気じゃなかった。
初出勤の朝吐き気でご飯も喉を通らなかったし、事務所へ自転車で向かっている時に貧血すら起こしていた。
でも。
ミントグリーンの作業服に身を包み、白い三角巾を被ったおばちゃんたちがワイワイと楽しそうに世間話に興じている中に登場したビクビクとした私を彼女たちは笑顔で受け入れてくれた。
若い子が入ってくるのは久しぶりだって喜ばれ、飴やチョコレートをいただき、制服似合ってるよって褒められて心底ほっとした。
「この子、鈴さんが担当するの?そりゃラッキーだ。鈴さんに色々教えてもらえばあんたもすぐに立派な掃除婦になれるよ。なんたって鈴さんは伝説の掃除人だからね!」
「なにバカなこといってんだ。私はただのお節介ババアなだけさ」
「そんなことないよ。鈴さんが伝説なのは本当なんだから」
「こんなとこにいないで結婚相談所でも開いた方が儲かるんじゃないかい?」
「本当にねぇ」
わっと湧く笑い声。
私が当然会話に入れるわけもなくぼんやりしていたら鈴さんが声をほんの少しだけ荒げて「“こんなとこ”ってなんだい?」と返した。
空気が一瞬ピリッとなる。
「私はこの仕事が好きなんだ。だからずっとこの道だけ追い求めて生きてきた。仕事に不満があるならさっさと辞めちまいな」
さあ行くよ、と気まずそうに視線を交している人達を横目に、私を促して鈴さんは事務所を出て行く。
鈴さんは「ごめんよ。初日に妙な空気にしちまって」と謝って、いつもはああじゃないんだけどとぼやいた。
「そうそう。私の派遣先はオフィスの清掃が多いんだけど、ホテルの清掃とかの方がベッドメイキングを覚えられるし次に仕事を替える時に役立つこともあるから、仕事に慣れてきたらちゃんと希望をいっておくれ」
まさか転職する可能性について匂わされるとは思わずに驚いてなにもいえないでいる私を鈴さんがにやりと笑う。
「私はこの仕事に誇りを持っちゃいるが、あんたの天職がなにかなんて誰にも分かりゃしないから」
強制はしない。
でもバカにしたりしたら許さないって。
その言葉を噛みしめて掃除道具が積まれた白い軽のワゴンに乗り込んで仕事場へと向かった。
鈴さんの仕事は丁寧で、指示も指導も的確で分かりやすかったけど、モップひとつかけるだけでも満足にできなくてひどく落ち込んだ。
「掃除くらい私にもできるって思ってただろ?」
次の現場へと向かう車中で鈴さんから図星をさされて項垂れる。
「力いっぱい擦るだけじゃ汚れは落ちても疲れるだけだし、ただ拭いただけでは繊維が残って鏡も窓も綺麗にはならない」
なんにでもコツがある。
「この仕事は体力勝負だし給料も安いけどね。汚れてたり、雑然としている場所が綺麗になると自分の心まですっきり洗われるようで病みつきになるんだ」
「確かに、気分いいです」
「だろ?」
話しながら華麗なハンドル捌きで鈴さんは大きなビルの地下駐車場へと入って行く。
空いている場所に駐車して掃除道具を両手に下げて裏口へ行くと警備員のおじさんが「ご苦労さん」って声をかけてくれた。
廊下を歩いているとみんなが挨拶してくれて、鈴さんがその度に私を紹介してくれる。
前の場所では掃除婦は空気みたいな扱いだったけど、ここはどうも違うみたい。
女の人も男の人も笑顔で鈴さんに寄ってくる。
「そういえば鈴さん。佐藤さんこの夏結婚するってさ」
「当然だよ。なんたって相性ばっちりだ」
「今度良い人いたら俺にも紹介して」
「あんたはもうちっと独りがよろしい」
「ひでえ」
一頻り雑談して仕事へと戻って行く人たちが私にも「これからよろしく」って手を振ってくれた。
唖然としている私にゴミ袋を渡してゴミの回収を命じる。
壁伝いに歩いて目についたゴミ箱のゴミを集めていると「ありがとう」といわれて固まった。
しかも一人だけじゃなくて何人も。
ジワジワと指先から温かいものが伝わってきて、胸の奥がほわっと浮き上がる。
なんだか恥ずかしくて夢中で仕事を終わらせて鈴さんの元へ戻る。
「どうだい?続けられそうかい?」
その言葉に自分でも不思議なほど迷いなく私はコクンと頷いた。
★ ★ ★ ★ ★
どうでしたか?
没にはしましたが、私は第一稿が一番好きです。
この物語を連載という形にするならばこの第一稿で間違いなく行きます。
ですがこれは企画に提出する原稿です。
これではちょっとお仕事に関する描写が弱く、鈴さんの設定も分かり辛いまま。
はっきりいえば中途半端なのです。
これが企画に提出する作品を書く上で頭を悩ます部分。
2000文字の壁と共に書き手の前に立ちはだかる敵でもあるのです。