とある冬の復讐物語
あまり気に入ってはいない出来だけれど、生まれてしまったのならしょうがない。本当の悪を考えながら作ったそんな話。もっと上手くオチをつけてまとめられたらよかったのに……。
『少し過去に遡ってお話ししましょう』
もうすぐ冬も終わりです。冬の女王様は塔の窓から外を眺めています。その目に映るのはどんよりとした低く垂れ込んだ灰色の空、どこまでも続く雪の真っ白な大地、葉を既に落としきった立ち木のなれの果ての黒。灰色の空も夜に変わるため、奥の方から黒くなっていきます。
冬の女王様はそんなモノクロの世界にいました。そんな世界でふと頭に浮かぶのは、他の季節の女王様のことでした。彼女達の季節は色に溢れています。例えば、春なんかは薄紅や黄色、若い新芽の緑など、淡く春らしい優しい色。夏なんかは強く光る眩しい黄色、青や赤の花の色に、深く鮮やかに色をつけた草花の緑、とても広い青い空の色の強いこと。秋なんかは鮮やかに色づいた赤や黄色の落ち葉に、稲穂の黄金色、それから遠く高く澄んだ深い青の空に夕方の落ち葉の色に染まる夕焼けの色。
ああ、他の季節はこんなに色で溢れているのに、と冬の女王様は思います。羨ましいと思ってしまうのです。だからこそいつも春との交替の時に願ってしまうのでした。
“冬が終わらなければいい”と。
しかし、季節は巡らなければなりませんから彼女はその願いをいつも圧して潰して小さくくしゃくしゃにして心の奥に隠してから春の女王様と交替するのでした。
また今年もそんな時期です。いつものように願いを心の底へと隠そうとしました。
「冬なんて終わらなければいいのにネ」
冬の女王様しかいない塔で誰かが言います。窓から振り返れば、子供ほどの大きさの霜の妖精が立っていました。
「女王様もそう思うんでショ?」
にこにこと霜の妖精は問います。
「……否定はしません。けれど、それは春を待つもの達が悲しみますから」
「何でサ?だって女王様はもう十分すぎるほど我慢したヨ。ずっとずっと我慢しててサ、まだ耐えるノ?僕らはもう何年も何年もずっと耐えたヨ。だからサ、ちょっとくらい冬が長引いたっていいじゃないカ。冬のこの無彩色の世界を見せ続けテ、僕らの寂しさをこの国に教えてやるんダ。終わらない冬を続けようヨ!」
霜の妖精の言葉は冬の女王様の心に響きます。それは冬の復讐。否定されない仲間を得た冬の女王様の終わらない冬のお話の始まりでした。
『それから冬が終わらなくなりまして。これには国の民も生き物も困りました。だから、王様はお触れを出して冬から春に季節を巡らせようとしたのですよ。でもねぇ……』
春の女王様は交替のため塔へ行こうとしました。しかし、吹きすさぶ吹雪の壁に阻まれて塔へ至ることができません。他の生き物達もそうでした。それでもめげずに春の女王様は塔へ向かいます。何度押し戻されても、迷わされて来た方向に戻されても。
夏の女王様の強い暑い夏の力も、今ではほとんど発揮することが出来ず、春の女王様を塔へ送り届ける程の力もありません。それどころか、夏の女王様が吹雪の壁へ近づくと吹雪が氷のつぶてを吐き攻撃してくるのです。お陰で夏の女王様は怖い思いをしたので部屋から出てきません。
秋の女王様は暖をとる燃料と食料の管理で忙しくしていました。自国で賄える量はどんどん少なくなっていきますら、近隣の国からも輸入をしています。が、財政はあまりよくありません。不景気になるばかりで、民の中には国を出て移住する者も増えています。
「あぁ、誰か。どうか民を、国を、私達をお助けください」
それを願うばかりです。
しかし、その願いもむなしく、誰一人、未だに塔へたどり着けないでいるのです。
『お城はそうとう参って大変なことになっていますね。ここで少し場面を変えましょう。ここは季節の女王様達の国の隣の国。ここでは何が起きているのでしょうねぇ』
隣の国にも被害が出始めました。冬が広がってきたのです。せっかく春になったのに、と民は怒り、または落胆し、悲しみ。そんな民の中に一人の利口な青年がおりました。彼も皆と同じく冬の広がりを恐れました。そして、それが世界中に広がることも。
「おい、聞いたか。うちの王様がこのまま冬が広がるなら、武力行使も辞さないって話」
「聞いた聞いた!軍を動かして塔から冬の女王様を奪取するって話だろ?もうちょっとやり方あるだろうよ……」
「うちの短気王には困ったところだが、そうでもしてもらわないと、春の女王様が塔に入れないんだもんなぁ」
そんな噂があちこちで聞こえます。
「うちの短気王は何を考えているんだ!」
しかし、青年には力はありません。そこで、彼は冬の女王様と隣の国の王様に手紙を書きました。
隣の国の王様には自国の王が暴挙に出ようとしているため、どうにかして短気王を抑えていてほしい、と。そうすれば簡単に短気王は軍を動かせません。許可なく軍を率いて隣国に入るのは和平条約に反しますし、やろうとしていることは誘拐ですから。
冬の女王様にも短気王のことを書き、そして何故塔から出てこないのかを手紙で問います。
短気王のことは近隣の国の王もわかっているので止めてくれることは確実ですが、冬の女王様が手紙を読んでくれるかが心配です。少しでも塔を出ることを考えてくれればいいのですが。
その手紙を送って五日経ちました。短気王は周辺の国の王から、くれぐれも軍を動かして女王を奪取しようなどと考えるな、という内容の文が昨日から朝昼晩と届いているようです。お陰で城の中から短気王の怒りの叫び声が聞こえてくる、と城の周りには人だかりができています。
しかし、女王様に送った手紙の方は返事が来ません。吹雪で届いていないのかもしれません。そんなことを考えていると、コツコツ、と窓を叩く小さな音が聞こえます。真っ黒なカラスが器用に足でノックをしていました。くちばしには封筒があります。青年は窓を開けてやります。
カラスは中に入るとテーブルの上に降り立ち、くちばしの封筒を置きます。
「へい、冬の女王様の手紙、お待ち」
そう言って窓の方へ向き直り飛び立とうとしました。
「あ、どうも。……って、行かせるか!」
「っち。なんだよう。俺様だって暇じゃないんだ。冬の女王様のとこへ戻らにゃならんのだ。通せ」
不機嫌なカラスは言いました。
「質問に答えてもらったら返してやる。まず、お前と女王様の関係は?」
青年を睨みながらカラスは答えます。
「俺様はただの手紙の運び屋さ。普通はハトの奴の仕事だが、生憎お前さんの居場所がわからないんで頭のいい俺様のところに回ってきたのよ。俺様はたまたま城に遊びに来ていただけなんだよ」
自分は無実だ、と言うように言います。
「次、どうやってあの吹雪の壁を抜けた?」
「無彩色の動物なら影響は受けねぇのよ。女王様が今回の事件起こしたのだって、冬の色数の無さ、一面の無彩色、他の季節の色数の多さへの嫉妬と復讐なんだからよ。白黒灰の無彩色なら、吹雪の壁の中は簡単に進める」
春の女王様は花の色、夏の女王様は海色の服を着ていました。だから、吹雪の壁に阻まれたのでした。
いいことを聞きました。
「もう行っていいぞ」
「へいよ」
窓を開けてやれば、カラスは羽を羽ばたかせます。
「そうだ、最後に一つ教えておいてやる。冬の女王様を塔に縛り付けているものを何とかしないとダメだぜ。ただ塔から出しても春は来ねぇんだからな。あばよ」
最後にそう言い残してカラスは行ってしまいました。
カラスの言葉が気になります。青年は女王様の手紙を開きました。
“手紙をありがとう。貴方が外のことを教えてくれたお陰で、大変なことになっているのがわかりました。しかし、ある理由により、私は塔から出られないのです。霜の妖精。彼が私をここから出さないのです。力もあの子にほとんどを奪われました。どうか、私をここから助け出してください。”
手紙から目を離し空を見上げます。冬の雲で覆われた隣国には、時間がないのかもしれません。
青年は隣国へ向かいました。人が待っています。
吹雪の壁の前には、白木の雪車とそれを引く白、黒、灰の犬達、白いコートを来た青年の姿がありました。雪車には大きな白い箱が乗せられています。食料でも入っているのでしょうか。
「ハイヤッ!」
青年は雪車を走らせます。カラスの言うとおり、吹雪の壁なんて、対したことありません。吹雪が自分達を避けるように割れていきます。面白いくらいにサクサクスルスル進みます。
「塔だ」
冬の女王様のいる塔が見えました。塔の前に雪車を停めます。
「着いた」
青年は塔の扉を叩きます。
「はーイ」
中から可愛らしい声が聞こえてきます。
「どなター?」
白い頭巾、白いマント、白いブーツ、全身を雪のような白で固めた格好に真っ白な顔、いえ、雪だるまの顔がそこにありました。
「……白いね、君」
思わず青年は言ってしまいました。
「うン。僕は霜の妖精フロスト。お兄さん達は白、黒、灰だったからここに通したノ。へへーン。僕すごいでショ。それでお兄さん何しに来たノ?観光?」
霜の妖精フロストは純粋な子供のように感じました。しかし、何か底知れぬ恐ろしい何かがあるようにも感じましたので、青年は言葉を選んで言います。
「いや、違うよ。冬の女王様に会いに来たんだ。塔の中にずっといては退屈だろうと思ってね。僕の周りであったおかしな話でもどうかと思ってね」
「優しいネ。女王様に会わせてあげるヨ。着いてきテ!」
塔の中へ入ることができました。塔の中は広く中央は吹き抜けになっていて、頭上からは光が差してキラキラしています。その中に白いテーブルとイスに座り、優雅にティータイムをしている女性があります。冬の女王様です。
「女王様女王サマー。お客様ですヨー」
冬の女王様はカップを置きます。
「こちらへどうぞ。フロスト、あなたは向こうで遊んでてくれますか?この方と少しお話ししますから」
凛と響く声でした。
「わかっタァ!」
フロストはパシリミシリと氷の音を立てて行ってしまいました。
「貴方が手紙の方ですね」
「はい。貴女をここから連れ出しに来ました」
女王様の手を取ります。その手は氷のように冷たいもので、血が通っていないかのように白い色でした。
「フロストは、もしかしたら私が産み出したものかもしれません。今まで押し込めていた他の季節への嫉妬、嫌悪の権現。それが形を得て私に言ったのです。私たちの寂しさを国に教えよう。それで終わらない冬を続けよう、と。それから少しずつ私は冬の制御権を奪われていき、気づけばただ冬を維持するための装置と成り果てていたのです」
涙はすぐに氷の粒に変わり、コロンと落ちます。
「貴方のお陰でようやくあたたかさを求める心が戻ったのに……」
「貴女は装置ではありませんよ。冬の女王様。世界の休眠と山に透き通った氷の水を運び、人々に心の温かさを贈る冬の使者。その名は、イヴェール」
ピシャーン
パキピキッ
パリーン
氷の粒が弾ける音が鳴ります。白い手には血の赤さが戻っていきます。色味の無かった塔の中に色がついていきます。冬だって、たくさんの色があったのです。雪と鉛色の雲で覆い隠されていただけで、その向こうには緑や赤、青などがあったのです。それらの色が戻るということ、それは冬の制御権が冬の女王様イヴェールに戻ったということです。
「さぁ、イヴェール様。塔を出て春の女王様と交替しましょう。そうすれば春です」
「はい」
二人は立ち上がります。
「サせなイヨ」
ぞくり。
ぞわぞわと足元から這い上がるのは冷気です。じわじわと心を冷たく侵食するのはフロストの声です。
「僕ノ女王様にナニしてクレタノサ。僕ハ女王様の願いを叶エるがために生マレタ霜の妖精フロスト。僕こソが冬。僕こそガ冬ノ支配者。冬を終わラセるなんテ、そンなの許スわけなイダロ!」
冷たい強風が二人を襲います。足元から霜が広がり、凍っていきます。
「お任せを」
イヴェールが手を前に伸ばして軽く振ると強風は止み、氷は止まりました。少しずつですが、塔の中が暖かくなってきています。
「塔の制御権は我々季節の女王だけが持つもの。貴方のものではありませんよ、フロスト。冬の支配者は私です」
フロストは獣のように息を荒くさせ、イヴェールを睨み付けます。
「イヴェール様、逃げましょう。ここを出れば春になりますから」
青年の言葉に頷いてイヴェールは氷の壁でフロストを囲みます。逃げるだけの時間を稼ぎます。
「さぁ、今のうちです」
外へ向かって走ります。
外の扉に手をかけたとき氷の割れる大きな音がしました。フロストが出てきたのです。
「イィィヴェェェェーーーール!!!!」
塔の外の光の中へ急いで逃げます。外は冬の終わりを告げるように鉛色の雲が切れて青空から黄色の光が差し始めています。春の始まりへと近づいています。なのに、フロストの勢いは止まりません。叫びながら追いかけてきます。
「イヴェール……イヴェール、あぁ……イヴェール……モドッテオイデヨ。終ワラナイ冬ヲ、モットモット続ケヨウヨ、ネェ」
少しずつ溶けながらも一歩一歩二人に近づきます。ポタッ、ポタッ、とフロストから氷が溶けて地面に落ちる音が、ザザッ、ザザッ、と近づく音が、フロストの息づかいが塔の外の平原に響きます。
「もう終わりにしましょうフロスト」
優しくイヴェールが言います。
「私は充分、願いを叶えたし、復讐をしました。もういいのです。私はもう冬を終えますから、貴方は次の冬まで、またおやすみなさい。それで、また遊びましょう」
諭すように優しく言葉をかけます。
「……イヤダ……イヤダ……死ニタクナイ。死ニタク、ナイヨ……モット、生キタイ。ダカラ、冬ヲ、……終ラセナイデ……ネェ、イヴェール」
泣きながらフロストは手を伸ばします。ボタボタと滴がその手から地面に吸い込まれていきます。
ゴーン
ゴーン
ゴーン
塔から鐘の音が聞こえます。
「……春だ」
青年が呟きます。塔から花の香りが暖かい風に運ばれて広がります。その風を浴びたとき、フロストは水となり、大地に崩れ染み込んでいきました。
冬が終わりました。
塔から春の女王が出てきます。青年が白木の箱に入れて連れてきた春の女王様、フリューリングです。
「イヴェール、よかった」
イヴェールを抱き締めます。
空はすっかり青空に変わり、雪を割って緑の若葉が顔を出して大地を緑に染め始めていました。
『こうして冬は春に変わりました。ハッピーエンド、めでたしめでたしです。蛇足かもしれませんが、この後の褒美のこととか、もう少々お付き合いください』
謁見の間に青年は呼ばれていました。冬を終わらせ春に交替させたのですから、それの褒美があります。
「どんな褒美でもくれよう。お前はこの国の英雄だ」
青年は伏せていた顔をあげます。目の前には威厳のある王様、その隣には側近の大臣や衛兵。その後ろの方には夏の女王様と秋の女王様。冬の女王様がいません。
「王様、その前に一つよろしいでしょうか」
「何だ」
「冬の女王様は今、どこにどうしておられますか」
「……あれは、牢へ入れている。次の冬までは出さぬつもりだ」
冬を長引かせた罪は重い、ということです。しかし、死罪にはできません。季節を巡らせるためには彼女が必要なのです。次の女王をたてようにも儀式が必要ですから、生かし続けて捕らえて、季節を巡らせるしかないのです。
「……イヴェール様は操られていたのです。霜の妖精フロストに。フロストはイヴェール様の感じていた他の季節への光と色に溢れた世界に嫉妬しておりました。そこにつけこまれ、操られ、名を奪われ、力を奪われていたのです」
王様もその話を冬の女王様から聞いています。
「最終的に彼女は自分の心と力を取り戻し、フロストを追い詰め、春の女王様と倒しました。イヴェール様には十分情状酌量の余地があると思います。よって、私は、“冬の女王様の恩赦”を褒美として頂きとうございます」
青年の言葉に謁見の間はざわつきます。
「か、かようなこと、王様が許すと思うておるのか!?」
大臣が怒鳴ります。それに負けず、青年はまっすぐ王様を見ます。絶対に折れない、と言っている目です。
「イヴェールをお前にやることも出来るぞ。王になる気はないか」
「ありませぬ」
食いぎみに即答します。
「……では、お前には宝を」
「いりませぬ。私は“冬の女王様の恩赦”を頂きたい」
青年にはそれしかないのです。
「……イヴェールを連れて参れ」
王様が言いました。
「貴方は……」
イヴェールが謁見の間につれてこられると、そこにはあの青年がいました。
「イヴェール、この者はお前の恩赦を褒美として貰いたいと言ってきかないのだ」
王様は困ったように言います。
「……私は許されないことをしてしまった。いくら操られていたとはいえ、冬を続けてしまったことは多くのものに迷惑をかけました。だから、私は私を許せません。許してもらうだなんてそんなこと」
「貴女様は操られていた。ただそれだけです。貴女は何も悪くないのですから。全てはフロストの仕業だった。あれの為に貴女は自分を責めなくていいのです。だから、もう外に出ましょう。春の中を自由に歩きましょう」
差し出された手をイヴェールは恐る恐る取ります。青年は窓へ向かいます。外はすっかり花の色と緑に覆われて暖かな風が吹いています。
「貴方には敵いませんね。英雄さん」
イヴェールは微笑みます。
「英雄よ、そなたの願いを褒美としよう」
王様は言いました。
「英雄よ、貴方のその名を聞かせてください。私はまだ、ちゃんとお礼を言っていませんから」
イヴェールは問います。
「私の名は、ジャックです」
『はい。これにて、とある冬の復讐物語はおしまいでございます。なんともまぁ締まらないオチになってしまいましたね。その後ですが、イヴェール様は人の温かい心に触れて、日々を大切に生きていますし、原因となった我慢をすることも少し減りました。あれから何度も冬が廻ってきましたが、霜の妖精のフロストは現れませんでした。きっと、イヴェール様の心が押し潰されなければ現れることはないのでしょう。冬の終わり=自分の生の終わりだから、生に執着した妖精。あれはただ、生きたかっただけだったのです。青年ジャックに全ての罪を押し付けられてしまいましたが。果たしてこれが最善のめでたしめでたしなハッピーエンドだったのでしょうか』
『なんにせよ、この話はここで終了にございます』
お付き合いいただき、ありがとうございました。