諦めました。 5
まだ諦めていないようです。
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執事は一礼すると、絨毯に吸い込まれるように、消えてしまった。
わたしは広い廊下に取り残された。
扉の前で、ひとり思案する。
入るべきか、否か。
(……まあ、危険な事はないのだろう。命が目的なら、
もうとっくに…)
結局、いまのわたしの心は恐怖より好奇心が勝っているようだった。
取っ手に手をかけ、ゆっくり開いてみる。
…よく磨かれた金属で出来たそれは、驚くほどに冷たかった。
部屋の中は少し薄暗く、目が慣れるまで少し時間がかかった。それでも、大きなテーブルと、その中央に人がいるのが確認できる。
目を凝らすと、その人はは昨晩自分の部屋に侵入していた男性と同一人物であった。
途端、体がこわばる。予想はしていたが、やはり得体が知れない。気付かぬうちに後ろに下がっていた様で、
背中に扉がぶつかる。
すると、その人は立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
あっという間にわたしの前に来ると、私を見下ろしながら話をはじめた。
『昨日は急にいなくなってごめんね? …君を連れて来てから、どうしてもやらなきゃいけない事があったんだ…
それより、よくこの部屋まで来てくれたね。
しかも、着替えてくれてる。』
「…あなた、一体何が目的なんですか!ここは、一体…」
『 (あなた)は寂しいから、アルヴァーって呼んでほしいな」
(…話を聞いてない。)
わたしは少しムキになって口を開く。
「勝手に連れてきて、一体なんなんですか!着替えたのだって、服がしわくちゃになっちゃったからで…!」
わたしがぐっと睨みつけると、
『そんなに、怒らないでよ。どんな理由だって、服を着替えてくれたのは嬉しいよ。…君は昨日から何も食べてないでしょ?そこに食事を用意したから、食べて欲しいな。』
…『アルヴァー』は微笑みながら、テーブルを振り返る。
すると、さっきまで何も無かったテーブルの上に、湯気の立つ食事が現れていた。
思わず声をあげそうになる。
驚くわたしを満足気に眺めながら、彼は続けた。
『食欲が無いなら、後で部屋まで運ばせるよ。でも、もしここで食べてくれたら、さっきの君の質問に答えようかな?…安心してよ、変なものは入れてないし、
俺はここに座っているだけだから。』
そう言って、彼はさっきまで座っていた席に戻った。
(…正直。お腹は減っているけど…信用していいの?
でも、情報は欲しいな)
…質問に答えるとは言っていたが、
わたしを元の世界に返す気は全くない様子だ。
(今はまだ、従うフリをして観察するべきか)
わたしはとりあえず、席に着いて見た。
美味しそうな朝食を前に悩む私を、彼は楽しそうに見つめていた。
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