第五話 わたくしはエルザ。あなたもエルザ?
元はゲームでも夜は来ます。
リーアさんの影響を受けた今でもそれは例外ではなく、わたくしたちは砂漠で野営することを余儀なくされていました。
「エルネキ、寒くねぇですかい!?」
「なんだったら俺たちが身体を張ってエルネキの壁になりやすぜ!」
「……結構です」
幸か不幸か、モヒカンさんたちはとても献身的でした。わたくしの目の前でなんの躊躇いも無く脱ぎだして完封摩擦をし、わたくしに勧めてくるくらいに。
もしかすると、彼らに女性として見られていないのかもしれません。
まあ、モヒカンさんがたに迫られるくらいなら、いっそのこと舌を噛み切ることを選びますが。
「おめぇら、いい加減にしねぇか。エルネキも困ってるぞ」
「あ、すみませんボス!」
「エルネキ、ごめんなさい!」
「……よくってよ」
幸いにもボスさんがうまくストッパーとして機能しているお陰か、今は間違いは起きていません。
ですが、いつまでも彼らと共に生活を送っているかと思うと不安でなりません。前世は男性とは言え、今のわたくしは泣く子も黙る悪役令嬢。美貌に目が眩み、彼らがリーアさんのように暴走しないか心配でたまりません。
『エルザ……』
「ん?」
他のモヒカンさんがたが先に寝るのをじっと待っていると、どこからか声が聞こえてきました。
男性のではなく、女性の。リーアさんが近くに現れたのかと身構えてしまいましたが、周りを見ると辺りはモヒカンさんだらけ。むさくるしいことこの上ありません。
「……気のせいですか」
『いいえ、気のせいではありません。エルザ・クライアルド。いいえ、木下・正治さん』
「えっ!?」
あっさりと暴露されてしまった前世の本名を聞いた途端、わたくしは飛び起きてしまいました。リーアさんと相対した時よりも真っ青になったわたくしを見て、モヒカンさんが心配げに近寄ってきます。
「どうしたんですかい、エルネキ」
「あ、いえ。なんでもありませんわ……」
「悪夢でも見たのかな?」
「美しくて強いエルネキが悪夢なんかみたら、俺たちは地獄だな!」
「違いねぇ!」
あっはっは、と笑い始め、モヒカンさんがたは夜の談笑に集中し始めたようです。
なんとか彼らの視線を身を屈めた後、小声で誰かに尋ねました。
「わたくしを御存知なのですか?」
『ええ。それはもう。むしろわたくしがあなたを知らない理由があるでしょうか』
その言葉遣いには聞き覚えがありました。声には多少の違和感を感じますが、この喋り方はエルザ・クライアルド――――つまりはわたくしの物とほぼ同一だったのです。
『どうやら、理解できたようですね。わたくしはエルザ・クライアルド。勿論、本物の』
「え!? ええっ!?」
言っていることがさっぱり理解できず、わたくしの頭はパニックになってしまいました。
恥ずかしながら、学園生活でも滅多な事では取り乱さなかったと自負しております。しかし、この超現象はどう説明したらいいのでしょう。
確かに、わたくしは純粋なエルザ・クライアルドではありません。かといって、偽物のエルザ・クライアルドである認識もございません。前世の記憶を持っていたとしても、わたくしがエルザとして育った18年は確かに本物なのです。
「悪役令嬢ビーム!」
混乱した頭をすっきりさせる為に目からビームを吐き出しました。
びっくりしたモヒカンさん。慌ててわたくしに言います。
「エルネキ、敵襲ですかい!?」
「案ずることはありません。洗顔です」
「なぁんだ、洗顔か」
「だったらしょうがねぇや」
ふぅ。なんとか誤魔化せたようですね。やはり頭をリフレッシュするにはビームが一番です。
『……あなた。わたくしをどう改造しましたの?』
「悪役令嬢ならばビームなど嗜みです。あなたもエルザ・クライアルドを名乗るのなら、この程度はやってのけてください』
『できるわけないでしょう!』
怒鳴られてしまいました。学園生活でいい子を貫いたためか、中々新鮮です。
『ごほん! 失礼、取り乱しましたわ。まずは自己紹介をしておきましょう。わたくしはリーアさんが作りだした別のセーブデータに存在するエルザ・クライアルドです』
そういえば、リーアさんは仰ってましたね。
何度もセーブ&ロードを繰り返したけど、わたくしの好感度が稼げないとか。元々悪役なので仕方がないことなのですが、冷静に考えれば自分から宿敵に近づく行為です。リーアさんもかなりの数の地雷を踏み抜いてしまったのでしょう。
『今、こうして話しているのはあなたがリーアさんを一時的に無力化したからです。お陰で他のセーブにいるわたくしと一時的に繋がることができましたわ……わたくしとは認めたくない光景ですが』
「好きでモヒカンに懐かれているわけではありません」
『まあ、いいでしょう。大事なのはモヒカンではありませんから』
わざわざセーブの壁を超えて話しかけてきたのです。かなり大事な用事があると考えていいのでしょう。本来のエルザは真剣な口調で話しはじめます。
『結論から言いましょう。敢えて木下さんとお呼びしますが、リーアさんはあなたを大変慕っております』
「そうですわね」
『しかし、木下さんがわたくしになっているのはこのセーブデータのみ。しばらくの間、彼女はそのセーブを起点としてゲームを好き勝手に改変していくでしょう。既に本来の世界であるわたくしのデータにも影響が出ています』
「具体的にはどのような」
『アヴァロン学園の生徒が、メインキャラを除いて全員モヒカンになってしまいました。お父様も、お母様も……』
心から辛そうなお声でエルザが言葉を絞り出します。
なんという地獄絵図でしょう。高貴なアヴァロン学園に通う裕福な生徒たちが全員、モヒカンさんになってしまうなんて!
喜ぶのは髪の毛が無かった学園長だけだというのに。リーアさん、恐ろしい子!
『このままでは、ゲームの全てがリーアさんとモヒカンに支配されてしまいます。そんなこと、断じてあってはなりません!』
「そうですわね。しかし、具体的にはどうすれば……」
『言い方は悪いのですが、今の木下さんはゲームにおけるバグでしかありません。仮にセーブ内で死んでしまったとしても、また別の形で蘇るかもしれませんね』
そうなってしまうとモヒカン地獄は永遠に続くことでしょう。
リーアさんは本能で理解しているのです。ただのエルザ・クライアルドではなく、木下の心が入ったエルザに惹かれてしまった事に。自分で言うと恥ずかしいことこの上ありませんが。
『そこで、です。木下さんにはこの世界から出ていっていただきたいのです』
「そろそろわたくしの理解を超えそうなのですが、どういう意味でしょう」
『会社のネットワークから届いたメールを拝見いたしました。木下さんはどうやら残業中に倒れて、そのまま意識を失っているようです』
エルザさん、存在そのものがコンピュータウィルスですね。
『恐らく、その意識がなんらかの理由でゲームの中に閉じ込められてしまったのでしょう。元の鞘に収まる為には、木下さんを元の身体に返す必要があるのです。たぶん』
「たぶんなのですか」
『仕方がないでしょう! わたくしとてすべてを理解しているわけではないのです! 大体、別の世界の自分と会話するのだって奇跡でもおこらないとやってられませんわ!』
心に貯めているものがあったのか、エルザさんは大きな声でわたくしの心に叫びました。
ちょっと耳鳴りがします。
『ごほん、失礼。ともかく、入る手段があるなら出る手段も必ずある筈です。わたくしもこのセーブから調べてみますので、どうかご検討くださいませ』
「いいでしょう」
どちらにせよ、目的地もはっきりしていなかったのです。
エルザさんの助言が本当かはさておき、永遠にリーアさんと追いかけっこしている程、わたくしでは寛大ではありません。終わらない牢獄に繋がれるよりは、出ていった方がマシですわ。
元々、好きで悪役令嬢になったわけではありませんし。
『なにやら不埒なことを考えていませんこと?』
「いいえ、特に。それよりも、目指すべき場所に心当たりは?」
『申し訳ございません。わたくしもそこまでは存じておりません。ですが、その世界はすでにリーアさんの手によって多くの生命が散りました。もしかすると、生き残った方々がヒントになるやもしれません』
思わずモヒカンさんがたに目を向けました。
相変わらず『ヒャッハー!』と叫んでは転がりまわり、無駄に蓄積されたエネルギーを発散しています。傍から見ると本当にむさ苦しいだけなのですが、果たしてヒントになるのでしょうか。
『お気をつけて。リーアさんもこのまま黙っていないでしょう』
「お気遣い感謝します。流石はわたくし。完璧な振る舞いですわね」
『ふっ。目からビームを出す自分に言われると少し照れくさいですわ……』
照れくさいのですか。案外可愛いところがありますね。
ゲームの設定では性格が悪いとのことでしたが、このエルザさんはリーアさんに色んなことをされて丸くなったのかもしれません。
『……そちらの光景が見えにくくなりましたわ。そろそろリーアさんの影響が出始めたと考えていいでしょう。わたくしからの助言はここまでです』
「わかりました。エルザさん、どうかお気をつけて」
『祈ってくださいまし。わたくしがモヒカンにならないことを』
想像するだけで寒気がする光景ですわ。
わたくしも大変ですが、本来の世界は別の地獄を味わっているようです。はやくこの地獄からみなさんを解放して、わたくしも解放されなければなりません。
わたくしはエルザさんに別れを告げると、さっそくモヒカンさんたちの方へと向かっていきます。
笑いっぱなしの彼らにビームを炸裂させた後、わたくしは宣言いたりました。
「事情聴衆をいたします」
「え?」
「事情聴取です。これからみなさんに質問をするので、心して、それでいて正直に答えてください」
戸惑うばかりの彼らを差し置いて、続けます。
「このセーブデータから抜け出す方法、どなたかご存知ありませんか?」
モヒカンさんがたが唸り始めます。
お馬鹿さんですが、わたくしのお願いをちゃんと聞こうとしている辺り、好感が持てますね。男はやはり素直なのが一番です。
しかし、やはり突然すぎた為でしょうか。
彼らは難しい顔をするだけで、挙手をしようともしません。
「……情報は誰も持っていないわけですか」
「すまねぇ、エルネキ」
「俺たちも力になりたいけどよ」
「なにせ全員地理1ですぜ」
う、ううん。それは色々と問題がありますね。
壮絶な頭の悪さにくらくらとしかけましたが、ここでわたくしは事実に気付きました。
「お待ちなさい。地理がダメだと仰いました?」
「そうっすけど」
「では、お話だけなら聞いたことがあるのですね!?」
きょとんとした顔をしているモヒカンDさんの肩を掴むと、わたくそはぐらぐらと揺らします。
それはもう、彼の肩パッドを破壊する勢いで!
「教えなさい! 具体的な場所はいいですから!」
「に、ににににににににし! ずっと西に行けば、別の世界にいける森があるって母ちゃんが言ってたんだ!」
「それです!」
手放すと、モヒカンDさんは泡を吹いて倒れてしまいました。
ですがお手柄です。0の状態から手がかりを得ることができたのですから。
「みなさん! 聞いての通りです。リーアさんの魔の手から逃れるためにはゴー、ウェスト! 西へ向かうしかないのです! 明日、日が出たらすぐに出発しますので、そのつもりでいてください!」
「し、しかしエルネキ! 俺たち、どっちが西かもわかりませんぜ!」
「馬鹿、お前! エルネキは俺たちとは育ちが違うんだ。どこが西かだなんて常識なんだよ」
「その通りです」
寧ろ、前世から知っていましたし。
幼少時代に良く聞いたお歌を思い出せば、迷うことなどありえません。
「良い機会ですので皆さんにもお教えいたしましょう。西から昇ったお日様は東に沈むのです! わたくしは幼い頃、この歌詞を良く聞かされました。お歌はこれでいいのだ、とも言っていたのです」
「おお、歌がいうなら間違いねぇ!」
「ああ! 俺たちが向かうべきは太陽が昇る方向だ!」
「そのとおり! 明日の出発で朝日を拝めば、わたくしたちに怖い物などありません!」
「やった! さすがエルネキだ!」
「それ、みんなでエルネキを称賛だ!」
「「「エルネキ! エルネキ! エルネキ!」」」
こうして、わたくしの冒険は幕を開けたのです。