第四話 悪役令嬢ならビームくらい朝飯前です
「ひぃ、バイク魔人だ!」
「あの女は本物の魔女か!?」
モヒカンさんたちが逃げ惑う中、わたくしはひとりリーアさんに立ち向かいます。
「いきますわよ、リーアさん!」
「ああ、お姉様! 私の愛を受け入れてくれるのですか!?」
「寝言は寝てから仰いなさい。わたくしは令嬢。クライアルド家を守る為、あらゆる護身術を身に着けているのです」
どうやら今のリーアさんは、わたくしを簡単に組み伏せれるとお思いのようです。ならばその考え、正してさしあげましょう。
わたくしは腕を交差させ、叫びます。
「悪役令嬢ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッム!」
「びいいいいいいいいいいいいいいいっむ!?」
わたくしの両眼から放たれる閃光に驚いて、リーアさんがすってんころりんと尻餅をつきました。ついでに後ろで逃げ惑うモヒカンさんたちも腰を抜かしてしまいました。
「すげぇ! 目からビーム出したぞ!」
「いいところの嬢ちゃんってすげぇ!」
「やっぱりエルネキはすげぇんだ!」
「「「エルネキ! エルネキ! エルネキ!」」」
わたくし、彼らの何になってしまったのでしょう。
どうにも仲間に入れられた気がしてなりません。
「お、お姉様。今のは一体……」
「リーアさん。わたくしはあくまであなたの物語の邪魔をする悪役令嬢です。しかし、その役目があるからこそ、他のモブに比べて多少は有利に動けるのです」
つまり、
「悪役令嬢であるわたくしにとって、ビームなど朝飯前!」
「す、すげー! さすがエルネキだ!」
「エルネキ、俺たち一生ついていきやす!」
「それ、みんなでエルネキを胴上げだ!」
「おやめなさい」
放っておいたらそのまま胴上げしかねないモヒカンさんたちを黙らせた後、わたくしはリーアさんの前に立ち塞がります。悪役令嬢らしく、堂々と。主人公を苛める壁のように。
「この世界があなたの都合のいい世界なのはわたくしも重々承知。だからこそ、わたくしは悪役令嬢としての力を貯めに貯めたのです」
「悪役令嬢としての力を……!?」
「つまり、どういうことなんですかエルネキ!?」
「こういうことです」
モヒカンさんたちは理解できていないようなので、わたくしはリーアさんの太い指を掴んでそのまま引っ張りました。本来ならばリーアさんを守る為の技なのですが、これも護身のため。わたくしのバットエンディング回避の為なら致し方ないことなのです。
「わ、わわ!?」
「悪役令嬢投げ飛ばし!」
バイク魔人と成り果てたリーアさんを投げ飛ばすと、彼女はそのままお星さまとなって空の彼方へ消えてしまいました。砂漠のど真ん中に残されたわたくしですが、瞬時にモヒカンさんたちが囲んできます。
「す、すすすすすすげえええええええええええええええええええっ!」
「エルネキってあんなでっかい魔女を倒せるんですか!?」
「悪役令嬢ってすげーや!」
「そうでしょう。悪役令嬢ならば、あの程度は嗜みなのです」
とは言った物の、前世で会社の乙女ゲームをいろいろとプレイしましたが、こんなことができる悪役はあまりいなかった気もします。
まあ、わたくしができるので、そういうことにしておきましょう。口では上手く説明できる気がしませんし。
腕を組んで考えていると、モヒカンさんたちをかき分けて巨漢のマスク男がわたくしに近寄ってまいりました。
彼らのボスさんです。
ボスさんは鉄マスクの向こう側に緊張の汗を流しつつも、心配げに口を開きました。
「エルネキ」
「ボスさん。わたくし、あなたにだけはエルネキと呼ばれたくはないのですが」
どうみてもボスさんは年上ですし、なにより屈強すぎて若干引きます。汗臭いですし。
というか、なぜモヒカンさん方はわたくしを姉貴にしたがるのでしょうか。
「奴がアレで倒せたとは思えないし、なによりもそう簡単に諦めるとは思えないぜ。俄かには信じがたいが、奴の話が確かだとすると、ここはアイツの庭その物だろう」
「そうですわね。確かにあの程度ではリーアさんは諦めないでしょう」
なんといっても世界の仕組みに気付いたばかりか、自分自身をバイクにする術まで身につけてしまったのです。
ここが彼女を幸せにするための空間である以上、あらゆる物質がリーアさんに味方することでしょう。モヒカンさんが仰る通り、彼女は魔女になってしまったのです。
「それでもわたくし、バットエンディングを迎える趣味はございません」
リーアさんが地の彼方まで追いかけてくるというのであれば、その先まで。
空の彼方まで来るのなら宇宙まで逃げてみせましょう。
わたくしは悪役令嬢。悪役令嬢とは不可能を可能とする役職なのです。元デバッカーとして断言しましょう。断言するのはわたくしだけな気もしますが。
「当てがあるわけではありませんが、逃げてみようかと思いますわ。それではモヒカンさん方、ごきげんよう」
二度と会う事がないであろうモヒカン軍団にお別れの言葉を告げると、わたくしは回れ右。
地平線しか見えない砂漠を歩きはじめました。先程も言いましたが、当てはまったくありません。しかし、だからと言ってリーアさんの手にこの命を握られてしまうくらいなら、最後まで抵抗してみましょう。
もうこのエルザ・クライアルドはこのセーブデータにしか存在しないのです。わたくしが諦めてしまえば、その瞬間にゲームオーバー。そんなバットエンディングは願い下げですから。
「ところでボス」
「どした」
「俺ら、バイクを全部魔女にとられちまいましたね」
「そうだな」
「これから先、どうするんですかい?」
「そうですぜ! バイクが無かったらヒャッハーできねぇ!」
「ジープもだ!」
「またあの魔女が出るかもしれねぇし、俺たち逃げられるのかな……」
後ろからなにやら不吉な会話が聞こえます。速足で去ろうとすると、後ろから大軍が押し寄せる足音が聞こえてきました。
「エルネキー! 俺たちも連れてってくれー!」
「ヒャッハー、エルネキだぁ!」
「俺たちは一生アンタについていくぜぇ!」
「それ、みんな! エルネキに俺たちの魂の叫びを届けるんだ! どこまでもお供しますってよぉ!」
「よっしゃあ!」
「やるぜ、みんな!」
「「「エルネキ! エルネキ! エルネキ!」」」
あの。すみませんが。
どうして皆さんはわたくしについてきたがるのでしょうか。
「そんなもん決まってらぁ! 世紀末は強い奴について行く! 世渡りの常識だぜ!」
それは知りませんでした。
しかし、そんな大勢についてこられるとむさいのですが。というか、うるさいのですが!
「安心してくだせぇ、エルネキ! 俺たちは愉快なモヒカン一同!」
「例え離ればなれになっても、エルネキの為なら例え火の中水の中あの子のスカートの中!」
「修羅の道を掻い潜れるってもんですぜ! ヒャッハー!」
バイクを失った癖にどうしてこうも元気なのでしょう。
彼らは世界が炎に包まれら途端にバイタリティーを制御する術を失ったのかもしれません。
それにしても、バイクを乗っ取ることができたのなら、リーアさんはなぜに彼らも操ろうとしなかったのでしょう。流石のわたくしも大勢にかかられてしまっては多勢に無勢だったかと思うのですが……
この時、わたくしはモヒカンさんたちが持つ限りない可能性に、まだ気付いてはいませんでした。