第三話 正ヒロインが世界を理解した日
わたくし、生前はよく『脳筋』と言われておりました。大好きなRPGゲームをプレイする時も、基本的には物理を上げて殴り倒す方針です。そんなわたくしだからこそ、リーアさんのちょっとした相談に『力づくで』とつけたのですが、どうやら彼女はわたくし以上に脳筋だったようです。
まさかわたくしに愛の告白をするどころか、その身をバイクにしてまで迫ってくるとは夢にも思いませんでした。
「リーアさん。つかぬことをお尋ねしますが」
「なんでしょう」
リーアさん(モヒカンバイク)がライトを点滅させて尋ねてきます。
「わたくし、確か本気でぶつかってみる気概、と申した筈ですが」
「はい。リーアはお姉様のお言葉を一行たりとも忘れません」
「で、あるのなら。この事態はどういうことです。そこなモヒカンさんがたが仰っていましたが、この砂漠はあなたの仕業だとか?」
「はい! その通りです!」
更新しているのか、リーアさんがエンジン音をふきだしました。
あれは鼻息を荒くしているのでしょうか。
「昨日お姉様と別れた後、私はすぐさま役所に向かいました」
「役所に」
「はい。もちろんお姉様との結婚の許可を頂く為です」
はて、わたくしはいつのまにリーアさんの好感度をカンストさせてしまったのでしょうか。
それと、リーアさんとお付き合いをしていたつもりなど一切ございませんが、今この話を切り出すとややこしくなりそうなので、大人しく彼女の話を聞いておきましょう。
「しかし残念なことに、この世界では同性婚は認められていません」
当然です。そんなことが許されたらこの乙女ゲーの存在意義がかなり薄れてしまいますから。
「いろんなところを走り回りましたが、どんなに頼み込んでもわたくしとお姉様の結婚の許可はいただけませんでした。学園長や家族、アイン様にも頼み込んでみたのですが、結果は同じ」
まあ、そうでしょう。
特にアイン様などはラブレターを送ったわけですから。
「なので、リーアは思いつきました。誰かが勝手に法律を考えて、みんながそれに縛られているのなら、いっそのこと全部リセットしちゃえばいいんだって」
「お待ちになって」
なんといいますか、想像以上に速足で説明されてしまった気がします。
ですが、リーアさんの発言は止まりません。さながらイカれたバイクの如く、感情丸出しで喋りつづけました。
「だからまず学園に火を付けました。家族もいりません。お姉様にも当然必要ありませんよね、私がいますし。アイン様の豪邸は警備が面倒でしたが、全員キャメルクラッチで沈めてしまえば簡単なことでした。それからちょっとずつ、ちょっとずつ私の世界を壊していたら、重大なことに気付けたんです」
「……なんでしょう」
「この世界が、私の都合の良いようにつくられているってことです」
その言葉を耳にした途端、わたくしの背筋に寒気が走りました。
モヒカンさんたちも同様なのでしょう。彼らはがたがたと歯を鳴らしながら後ずさり、強烈な負のオーラを醸し出すリーアさんから離れていきます。
「ゲーム、っていうんですよね。身分の低い私がアヴァロン学園に通って、カッコいい男子と付き合えるんですよね。しかも気に入らなければ何度でもやり直せるだなんて、素敵です」
……どうやらリーアさんはわたくしと同様、この世界のあるべき姿に気付いてしまったようです。
乙女ゲームという決して逃れられない牢獄。そこではふとした選択肢の取り間違えで簡単にバットエンディングを迎えてしまいます。ですが、この世界ではやり直しが利くのです。主人公が望めば、どんなタイミングでもやりなおせます。
「ですが、どういうわけでしょう。私がどんなにセーブとロードを繰り返してもお姉様の好感度が高まらないのです。それどころか、お姉様が先頭に立って私を……」
ああ、なんということでしょう。
このリーアさんは世界の仕組みに気付いてしまったどころか、既に何度もセーブ&ロードを繰り返していたのですね。
きっと最後に別れた後、彼女は気の遠くなるような年数を過ごしたのでしょう。その身をバイクに変貌させてしまう程に。デバッカーだった頃にはそんな設定はありませんでしたが。
「アイン様も、ジョゼフ君も、エルシュナイドさんも、カシス様も、ダストルフも、マスクメロンさんも、みんな私にメロメロ。でも私が一番欲しいのはお姉様です。私を助けてくれる、優しいお姉様です!」
手に入らないのは当然でしょう。
だって本来の悪役令嬢は率先して主人公をいたぶる役者。わたくしは偶然にも足掻く側に回っただけのデバッカーなのですから。
「火をつけた直前のセーブを残しておいて正解でした。優しくて強くて綺麗なお姉様。また会うことができて、私はとても嬉しいです」
「ええ。わたくしも会えて嬉しいですわ」
「あぁ、お姉様……」
心なしかバイクの熱が上がったような気がしますが、それにはまだ早いでしょう。
なぜならば、わたくしのセリフはまだ終わっていないから。
「ですが残念です」
「え?」
「わたくし、ヒロインとしてのあなたは決して嫌いではありませんでした。ですが、今のあなたは欲しい物を得るためにやってはいけないことをしてしまったようです」
わたくしが望むのはあくまでバットエンディングではなく、平穏なハッピーエンド。
既にこの世界がリーアさんの手によって世紀末と成り果ててしまった以上、わたくしの望みは潰えました。
「はっきりと申し上げます、リーアさん。わたくしはあなたと共に歩む気はございません。カマキリの婿になるくらいなら、いっそのこと食われる前に戦ってもいいでしょう」
「おお、すげぇ! あのお嬢さん、バイクとやりあう気だぜ!」
「根性座ってやがる!」
「アネキだ!」
「アネキ!」
「「「アネキ! アネキ! アネキ!」」」
「お黙りなさい」
睨みつけると、モヒカンさんたちは一瞬で黙り込みました。案外いい教育を受けているのかもしれません。
「わたくしはエルザ・クライアルド。あなたがたのアネキになった覚えなどありません」
「じゃあエルネキだ!」
「エルネキ!」
「「「ネルネキ! エルネキ! エルネキ!」」」
「ちょっと」
どうしてこう、モヒカンさんという人種は盛り上げたがるのでしょう。わたくし、とてもやり辛いのですが。
「お姉様。お姉様は誤解をしています」
困った顔でモヒカンさんたちを見ている私に向かってリーアさんが語りかけます。
「私はこのゲームの全てを理解しています。お姉様が望むのであれば、どんな物でも用意できますから」
「リーアさん。あなたは勘違いしていらっしゃいます」
わたくし、生前は男性でした。
だからどんなにかっこいい男性が現われても、ときめきません。
ですがわたくし、今生を女性として過ごしています。
だからどんなに美しくて可憐な女性が現われても、ときめきません。
わたくしは転生によって性欲を完全克服したのです。
さらば煩悩。グッバイ煩悩。
リーアさんが献身的な態度を見せたとしても、今の彼女の変わり果てた姿をみれば、最終的にそういうことを力づくで求められることなど容易に想像できます。
脳筋でも無理やりは好きではないのです。
「わたくし、同性に迫られて首を縦に頷くような軽い女でなくってよ」
「仕方ありませんねぇ」
リーアさんの声のトーンが低くなります。
後ろで『エルネキ』連呼していたモヒカンさんたちが、次々とバイクからふるい落とされていきました。乗り物さんたちはリーアさんのもとに集まっていくと、ひとりでに分解していきます。
もう、完全にセーブとロードだけでどうにかなる技ではありませんね、あれ。
「じゃあ、力づくで手に入れちゃいましょう。大丈夫です。きっと時間をかければ私の愛を理解していただけますから」
分解していった乗り物のパーツがリーアさんに集まりました。
全身をバイクとジープで固めた鋼の巨人になったかと思うと、リーアさんはわたくしを見下ろします。
「まあ、お姉様。小さくてかわいい! まるでお人形さんみたいです」
山のように大きくなった巨大なリーアさんが歩き出しました。
一歩を踏み出すと地鳴りがおこってしまい、わたくしは思わずこけてしまいます。
「それでは、最初はお人形さんごっこで遊びましょう」
わきわきと動く巨大な指を見て、モヒカンさんたちが一斉に逃げ出しました。