第二話 夜が明けたら世紀末
卒業した次の日の朝。
わたくしは実家のベットで朝の陽ざしを浴び、目を覚ましました。
どういうわけか辺り一面砂漠が広がっています。ベットから起き上がって右を見て左を見ます。やはり砂漠でした。家族や使用人の名前を呼んでみましたが、返答はありません。みなさんどこに行ってしまったというのでしょう。
というよりも、わたくしはどこに来てしまったのでしょうか。
ベットの上で寝てはいましたが、どう見てもここはわたくしの家ではありません。かといって、このような砂漠に見覚えがあるわけでもありませんし……
事態を飲み込めずに頭を悩ませているときでした。
「ひゃっはああああああああああああああああああ!」
背後から唸るエンジン音と共に男の奇声が響き渡ります。なにごとでしょう。
嫌な予感がしながらも振り返ってみると、そこにはどこぞの世紀末漫画にでも出てきそうな逞しいモヒカンの方々がバイクやジープに乗って爆走してきているではありませんか。
「ん? おい、見ろよ野郎ども!」
ジープの後部座席で偉そうに踏ん反り返っている鉄マスクの男がわたしを見つけたようで、全員が急停止しました。
「ひゅーっ! ボス、こいつぁベッピンさんですぜ!」
「しかもベットまで完備してやがる! ボス、こいつ誘ってやがるんじゃねーですかい!?」
なんともお下品な方々ですね。台詞の最初から最後に至るまで品性を感じることができません。
「落ち着きな野郎ども。この辺りは貴族共が暮らしていた場所だぜ。つまり、あいつは良家の生き残りって奴だ。他に生き残りがいたら面倒くさいことになるかもしれんぜ」
そんな中、ボスと呼ばれた男が聞き逃しできない言葉を吐きだしました。
わたくしは思わず聞き返してしまいます。
「そこのお方。今、なんと仰いました?」
「あ? もしかして、アンタは状況がわかってないのか?」
「そのとおりです。ご不便をおかけしますが、情報を頂けないでしょうか」
「ぎゃははははははは! こいつはいいぜ! ボス、どうせならこの娘を頂いちゃうってのはどうです―――――」
「悪役令嬢コークスクリュー!」
「へぶろはぁ!?」
一瞬でバイクまで詰め寄ったわたくしのブローを受け、モヒカンはお星さまとなりました。久々にスカッとしました。
「邪魔が入りましたわね。それで、いったいどうなってしまったのでしょう」
「あ、ああ」
大量の脂汗を流しながらも、ボスと部下たちはお話ししてくださいました。
「つい昨日のことさ。深夜0時。この世界は炎に包まれちまった」
「でもな、お嬢さん。人類は絶滅していなかったんだぜぇ」
「その言い分ですと、あなた方が人類の希望みたいではないですか」
「そう言わないでくれよ、お互いに生き残った仲じゃねぇか」
「気安く触らないでください」
腕を軽く振るってみると、モヒカンたちは『ひぃ!』と腰を抜かしながら後ずさります。この拳を血に染める必要がないのはいいことです。
しかし、どうも解せません。
「つまり、突然炎が世界を覆い尽くした、と?」
「そうさ。俺たちは自慢のマシンで炎から逃げ切ったが、その様子からするとアンタは違うようだな」
「ベットで誘ってきてますからね、ボス!」
「悪役令嬢メガトンキック!」
下品な笑みを浮かべていたモヒカンBさんを空の彼方へと蹴り飛ばしたところで、わたくしは改めてボスに聞きました。
「では、わたくしたち以外に生き残りはいない、というのでしょうか?」
「それはわからねぇな。俺たちも有効活用できる物がないか探してる最中だぜ。幸いにもガソリンスタンドが残ってたから愛機はなんとかなったが」
デバッカーとして言わせていただきたいのですが、この世界のメカニズムは色んな意味で大丈夫なのでしょうか。後、世界観とか。
「それに、アンタ以外の生き残りがいるかどうかってのは、俺たちよりもアンタの方が詳しいんじゃねぇのか?」
「う」
鉄マスクのいうことも一理あります。悔しいですが、わたくしの家は炎とやらに焼き払われてしまったのでしょう。わたくしだけが残ったのは解せませんが、今はそう考えるしかないようです。
「それで、一面砂漠になってしまった原因はなんなのでしょう」
「さあな。具体的にどうやったのかは知らねぇ。だが、やった奴ならわかるぜ」
「わかるのですか!?」
「ああ。俺たちは逃げながらも奴の姿をしっかりをこの眼に焼き付けたのさ」
「あなたの顔は鉄マスクで見えないのですけど」
とにかく、彼らはこの件の犯人を知っている御様子。詳しく聞いた方がいいでしょう。
「ボスさん。その犯人についてお聞かせください」
「いいぜ。といっても、遠くから影が見えたくらいであまり良く知らねぇんだ」
ただ、を付け加えてからボスさんはわかる限りの犯人の特徴を述べてくれました。
「まず、年はアンタとそう変わらない筈だぜ。そして髪が長かった。後、制服を着てたな」
「制服? もしや、アヴァロン学園のですか?」
「おお、それだそれ! 派手な格好だったし、間違いねぇ!」
「本当に学園の生徒がやったのですか? 今更ですが、世界を炎に包むなど常識では考えられません」
「考えるんじゃねぇんだよ。感じるのさ」
なにを『良いこと言った』みたいな感じで感極まってるのですか。周りの部下たちも尊敬の眼差しを向けないでください。
「とにかく、奴は笑いながら『燃えなさい!』『燃えるのです』『私の理想の為に』とか言ってたからな。なにか関係あるのは間違いない筈だぜ」
「なるほど」
そんな情報があるならもっと早く出せばいい物を。どうして男というのは、こう、いちいち無駄にカッコつけたがるのでしょう。
まあ、わたくしも生前は男性だったので気持ちはわからないこともないのですが、やっていいタイミングと悪いタイミングというものがあります。
「俺たちにわかるのはこんなところだな。悪いことは言わねぇ。奴に会ったら逃げることを勧めておくぜ」
「お構いなく。わたくし、クライアルド家の女として護身術を習得しております」
モヒカンたちが口々に『なるほど』『そりゃそうだわな』『道理でゴリラなんだ』と納得していますが、最後の方だけはコークスクリューをお見舞いしなければならないようです。逃がす間もなく近寄ろうと足を踏み込みます。
しかしながら、私はモヒカンCさんの顔面を破顔させることは叶いませんでした。
なぜならば、その動作の途中で知っている声が聞こえてきたのです。
「お姉様~」
どこかのんびりとした口調でしたが、間違いありません。
あれはつい昨日、同じ学び舎を卒業した正ヒロインのリーアさんです。モヒカンの方々と一緒にリーアさんの声がする方向を探ります。
「リーアさんですか? 無事だったのですね。どこにいるのですか」
きょろきょろと周りを探してみますが、どこにも見当たりません。
モヒカンさんたちと一緒に困惑していると、モヒカンCさんのバイクのライトが突然ひかりだしました。
「なんだぁ?」
「おい、あんまり電気無駄にすんなよ。節電は大事だって言われたじゃねぇか」
「うふふふ」
案外エコなモヒカンさんたちでした。
ですが、そんなエコなモヒカンさんたちのバイクからリーアさんの声が聞こえてきます。心なしか、ライトの点滅と同時にリーアさんの声が聞こえるような……
「お姉様。おはようございます」
「リーアさん、まさかあなた……」
「はい、お姉様。今の私はバイクです」
ライトが点滅しながらも、激しくウィリーするモヒカンバイク。
『彼女』は跨っていたモヒカンさんを奮い落とすと、わたくしの前まで移動してきました。誰にもハンドルを握られることなく、あくまで自分の意思で。
「ああ、この声は!」
わたくしとリーアさんの会話を聞いていたモヒカンさんのひとりが、リーアさんを指差して叫びます。
「ボス、こいつは例の火を出した怪しい女ですぜ!」
「ああ、そういえばそうだな!」
盛り上がり始めるモヒカンさんたちの会話を聞き耳し、わたくしは自分の声のトーンが落ちていくのを自覚します。
「リーアさん。あなた、なにをしたのですか?」
「昨日の約束を果たしに来ました」
たった一日でかなり様変わりしてしまった正ヒロインは、ライトを激しく点滅させてわたくしに訴えました。
「今日から本気で。力づくでもお姉様を物にします」