第一話 そうだ、ヒロインと仲良くなろう
ごきげんよう。
わたくしはエルザ・クライアルド。かのクライアルド家の一人娘にして、悪役令嬢でございます。
ええ、そうなのです。悪役令嬢なのです。自分で言うのもどうかと思いますが、わたくしはそれなりに育ちがいのです。この度、16歳の誕生日を迎えましたが、わたくしの家柄にお近づきになろうと多くの貴族たちが集まって誕生パーティーを催しました。
しかし、わたくしは気付いてしまったのです。
わたくしは生前、日本と呼ばれる国で乙女ゲームのデバッカーとして働いていたことを。
そしてこの世界は生前最後にデバックしていた乙女ゲー、『恋する魔女は眠れない』の世界そのものであることを!
正直に申しますと、きっかけは覚えていません。
しかしながら、突然頭に浮かんだ鮮明なる生前の記憶が、わたくしにこのふたつの事実を受け入れさせたのです。
当然、デバッカーであるわたくしはこの世界が今後、どうなるかを知っています。物語の悪役として用意された悪役令嬢は最終的に財産を没収され、傍若無人さのツケを払うかのようなかたちで学園から追放されてしまうのです。
それもこれも正ヒロインに意地悪ばかりしてきたが為の報い、といっていいのでしょう。生前、飽きるほど睨めっこをしたメッセージウィンドウで、わたくしがあらゆる暴言と暴力の限りを尽くしたのはよく覚えています。ああ、自分のことながら恥ずかしい……
ただ、これはチャンスなのです。
幸いにも、わたくしが正ヒロインに意地悪の限りを尽くすのは今から未来のお話。意地悪の引き金となる正ヒロインとわたくしの想い人(という設定)の攻略対象キャラの出会いは、まだイベントとして発生していないのです。
傷口は浅い。
ならばこの後に控えるバットエンドを全力で回避する為に、今から正ヒロインと仲良くなっておきましょう。そうしましょう。その方がいいに決まっています。
おや、噂をすればあんな廊下の端っこに正ヒロインとモブがかたまっているではありませんか。なにかを話している様子ですが……
「リーアさん。この頃、アイン様と随分と仲がいいではありませんか」
「あ、あの」
「そのとおりですわ。アイン様はこの国の将来の王となるお方です。そのような素晴らしいお方に、あなたのような貧しい魔法使いが取り入ろうだなんて、おこがましいとは思いませんか?」
「う、うう……そんなつもりでは」
「あら。ではどういうおつもりでアイン様に近づいたのでしょう。場合によっては詳しくお話を聞かなければなりま――――」
「ほあちゃああああああああああああああああああああああああ!」
正ヒロインであるリーアさんを囲んでいるいじめっ子モブに飛び蹴りを浴びせることで、これ以上の暴言を阻止します。ええ、阻止しますとも。リーアさんになにかあって、わたくしまで疑いの目をかけられたら困りますから。
「え、エルザ様!?」
「なにをするのです! ああ、モブ美が首から壁にめり込んで……」
「あなたたち!」
突然現れた良家の娘であるわたくしの華麗な飛び蹴りに目を丸くしているモブたちを睨んで、わたくしは叫びます。前世でシナリオライターに言ってやりたかった台詞を、そのまま言ってやりました。
「寄ってたかってひとりを攻めるなど、なんと卑怯な!」
「し、しかしエルザ様。アイン様が……」
「問答無用!」
いかにアイン様がイケメンで王子様という、いかにも素敵そうな人でもわたくしには関係ありません。
ええ、関係ありませんとも。なんといってもわたくし、元は野郎ですから。イケメンでも男に興味はありません。男であることを認識してしまった後なら、男とキスすると想像するだけで反吐が出てしまいます。うぷっ!
「これ以上なにかあるというのなら、わたくしが相手になりましょう」
「エルザ様!?」
「さあ、わたくしのブルース・リー拳の餌食になりたくなければこの場は消えるのです。ハリー!」
「え、エルザ様。おっしゃっている意味がよくわからないのですが……」
「ほあたぁ!」
生前、映画を見て良く真似をしていた突きを披露します。あまり威力に恐れをなしたのか、彼女たちは顔を青くして立ち去ってくださいました。ちょっと手荒な手段だったかもしれませんが、彼女たちは所詮モブ。強硬手段にでも出ないと己の行動を曲げたりはしないでしょう。だってモブですし。
「エルザ様がおかしくなられたわ……」
「なにか悪い物でも食べたのでしょうか……」
「あのエルザ様がリーアを庇うなんて、ありえませんわ!」
「先程の奇声の迫力はなんなのでしょう……」
騒ぎを遠目で見ていた野次馬たちがなにやら好きに言っていますが、なんとでもおっしゃいなさい。わたくしは自由に生きるのです。生前、仕事の都合で培ったこのゲームの知識をフルに活かして、身の破滅を阻止しなければならないのです!
その為ならば、どんなことでもいたしましょう!
「リーアさん、お怪我は?」
「は、はい。大丈夫です。クライアルドさん、ありがとうございました!」
振り返ってリーアさんに尋ねると、彼女は呆気にとられたままお辞儀をしてくださいました。
やはり正ヒロインだけあって顔の造りは美しいです。ですが、わたくしや他の生徒と比べるとやはり服のボロさが目立ちます。
彼女は物語上、特待生としてこの学園に入学してきました。家も貧しく、特筆すべき点は学園長によって見定められた『才能』だけ。ただ、特待生という立場上、物珍しさから攻略対象のイケメン共は彼女に興味をもってくれるわけです。件のアイン様の話もそれが起因となっているのでしょう。
もちろん、わたくしたち悪役令嬢やモブはそれを疎ましく思ってしまうのです。
様々な障害として立ち塞がるのが本来のわたくしの役目ではありますが、そこはデバッカー。最終的にリーアさんに幸せになってもらうべく、ここは彼女の為に一肌脱がせていただきましょう。
「そう、ならよかった。なにか困ったことがあれば、わたくしに相談しなさい」
「はい! わかりました!」
この学園に来て始めてマトモに話せる女子を見つけた為か、彼女の目は輝いていますね。
好印象を与えたと考えていいでしょう。グッジョブわたくし。
しかしながら、前世の記憶によると、リーアさんはキャラ設定的に虐めに対して耐え抜こうとする姿勢があるようです。誰かに頼ることで、その誰かさえも巻き込んでしまうかもしれないと思うのでしょう。なので、なにかあった場合はわたくしに頼ってこない可能性もあります。
こうなったら仕方ありません。
少々面倒ですが、リーアさんを陰で見守り、なにかあったら片っ端から解決していきましょう。そうでないとわたくしも落ち着いて眠れませんから。
そう決意し、わたくしはこの日からリーアさんを見守ることにしました。
どうもわたくしの心配事は毎如く的中するようですね。
リーアさんは毎日のようにトラブルに巻き込まれてしまいました。それこそ、災害の見本市なのではないかと思う程に。
ですが安心してくださいリーアさん。あなたにはわたくしがついています。わたくしがいる限り、あなたには怪我ひとつさせません。
「リーアさん、ちょっとよろしいです――――」
「悪役令嬢キック!」
「も、モブ美いいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「リーア君。なんだこのテストの答案は! こんなことでは特待生としてのけじめが……」
「悪役令嬢スクリュードライバー!」
「も、モブせんせええええええええええええっ!?」
「ああ、危ない! リーアさん目掛けて私の超危険な化学薬品が!」
「悪役令嬢ビーム!」
「わ、私の化学薬品が消し炭に!?」
「君が噂の特待生? ふぅん、顔だけはいいね」
「悪役令嬢シャイニングウィザード!」
「ああ!? エルザ様が攻略対象Bさんの首を蹴り倒しましたわ!?」
「リーアさん。突然こんなところに呼び出してしまってすまない。実は君に、受け取って欲しい物が――――」
「悪役令嬢流星拳!」
「アイン様に向かって無数の拳が!?」
「アイン様! 歯は折れても身体はまだ骨折していません。お気を確かに、アイン様!」
「全員動くな! 今からここは我々テロリストが占拠する!」
「悪役令嬢フィンガー!」
「ああ! エルザ様のアイアンクローがテロリストに!」
「エルザ様の一撃を受けて生きて帰った者はいませんわ。無残な最期でしたわね」
「ふはははははははは! 貴様が預言にあった我を打ち滅ぼす魔女、リーアか。まだ芽が出ぬうちに消してくれるわ!」
「悪役令嬢巴投げ!」
「おおっ、邪悪魔道神官殿が星になられた!」
「救世主じゃ! あのお方は救世主だったのじゃ!」
「えー、卒業おめでとうリーア君。逆境に負けることなくここまで到達できたこと、学園長として嬉しく思いますよ」
「悪役令嬢ロケットパンチ!」
「なんでじゃあああああああああああああああああああ!?」
「学園長! 傷は……おい、学園長のカツラが吹っ飛んでるぞ!」
「やはりお年だったのですね……」
つ、疲れましたわ。リーアさんに対する数々の試練を陰ながら打ち滅ぼしていく内に3年も経過してるだなんて、自分でも信じられません。
途中からこのゲームの路線をすべて疑いたくなるような登場人物がいたような気もしますが、終わりよければすべてよしといたしましょう。途中から勢いに任せて行動していましたし。
なんにせよ、リーアさんも無事に卒業。わたくしともいい友人関係を築いているので、これでわたくしのバッドエンディングは回避されたと考えていいでしょう。
「お姉様、なにをお考えになっているのです?」
「いえ。この3年間を振り返ってみると、いつもリーアさんと一緒にいると思ってしまって」
校門前。晴れて卒業を迎えたわたくしは、リーアさんと共に帰路へ向かおうとしていました。呼び方も『クライアルドさん』から何時の間にやら『お姉様』へと進化を果たしています。これはもう、彼女の信頼を勝ち取ったも同然です。
「お姉様は卒業後はどうなされるのです?」
「まだ、なにも考えていませんわ。それどころじゃありませんでしたから。そういうリーアさんはどうなのかしら?」
「私は……」
「聞きましたわよ。アイン様から告白されたんだとか」
「ご存知だったんですか?」
「ええ」
だって後ろから見てましたもの。
アイン様が全身包帯だらけで松葉杖を片手に持って登場したのは流石に驚きましたが。
「よかったではありませんか。リーアさんは確か、ここで勉強して貧しい生活から脱出したかったのでしょう」
「それは、そうなんですけど……」
困ったように俯き、リーアさんが上目遣いでこちらをチラチラと見てきます。
もしかして、あまり乗り気ではないのでしょうか。
「どうかなさったので?」
「実は私、他に好きな方がいて……どうすればいいか」
なんということでしょう。アイン様が告白したから、てっきりアイン様のルートに入ったのかと考えていたのですが、何時の間にかリーアさんは別の方の攻略ルートに入っていたようです。
しかし、いったい誰なのでしょう。デバッカーであるわたくしも、このタイミングでアイン様以外が出てくるとは思えないのですが。
……いいえ。そんなことはどうでもよろしい。
大事なのはリーアさんにグッドエンディングを迎えていただくこと。その為にわたくしはあらゆる邪悪を粉砕してきたのですから。
「その方はリーアさんのことを御存知で?」
「はい、もちろんです! いつも私を励ましてくれて、助けてくださいました!」
まあ、私以外にもリーアさんを助けるお方がいたのですか!
3年も後ろから観察していましたが、まったく気付きませんでした。
「リーアさん、そういう方なら心配は無用です。あなたを励まし、助けて下さるのは一重にあなたを想ってのことでしょう。それなら思い切ってぶつかってみてはいかがでしょう」
「ですが、私では身分が……」
「身分がどうしたというのです。あなたは良家の子が集うこの学園から無事に卒業することができたのですから、なんら問題はありません。もしもあるなら、力づくでどうにかする気概をお見せなさい。本気でぶつかればなんとでもなるのですから」
わたくしも3年間、本気でやってきましたし。それはもう、いろんなことを。
「そう、ですね。わかりました。私、今日から本気でやります。力づくでも物にしてみせますから!」
「そうですわ、リーアさん。その意気です」
なんだかリーアさんの目がきらきらと輝いていますわ。ぐるぐると渦巻いているのが気になりますが。
「お姉様、お待ちしていてください! リーアは今晩中にでもあらゆる障害を乗り越え、幸せになってみせます!」
「頑張ってくださいリーアさん。わたくしは応援していますわ」
「はい! ではまた明日!」
そういうとリーアさんは自分の寮へと駆け足で向かっていきました。
それにしても『お待ちしていてください』とはどういう意味でしょう。わたくしに意中の相手を紹介するのでしょうか。また明日とも仰っていましたし、明日にはわたくしの家に来るつもりなのかもしれませんわね。
いずれにせよ、わたくしのバットエンディングはなんとか無事に済んだみたいです。
家も無事だし、わたくし自身も妙な汚名を着せられずに済んだのですから、これからは安心して夜を迎えられることでしょう。
3年ぶりにベットの上で気持ちよく眠れそうです。
嗚呼、明日からはどんな幸せな1日が始まるのでしょうか。わたくし、ちょっとわくわくしちゃいます。
次の日の朝。
目が覚めたわたくしを待っていたのは、ベット以外のすべてが砂と成り果てた、広大な砂漠でした。