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Ⅶ:アパートメント

 アパートは褐色がかった濃い赤色の壁に、縦に高さを貫いて、それぞれの部屋の四角い出窓に合わせた深さ50センチほどの、アラベスクの彫刻の装飾が施された灰色の張り出し部分が突き出している。その他の普通に壁にしつらえられた無数にある窓の全てはアーチ形だ。俺が入居したのは5~6年前以前は、以前は全身白と灰をした、機能追求を強調した近代的な建物だったらしいが、20年ほど前に工事されて、今のようになったらしい。ますます強まる人々の素朴さへの復帰、懐古趣味から、300年は前の19世紀の一般的なアパート様式の外観を摸していた。一戸建ての家も、一時は小さなビルか、倉庫よろしく、シンプルな白い直方体に、それなりに装飾を施してはいるもののドアや窓をくり抜いただけのものが流行ったことがあるが、また切妻屋根に、円柱で支えられた庇やポーチが玄関口を占める、外観的に奢侈的な、しかしどこか俺たちに奇妙な落ち着きをもたらす古い様式オールドスタイルの民家様式に戻っていた。昔は白い外観を主としていた壁を今は高光合成作用に遺伝子改良されたコケが覆っているが、それも鮮やかな、かなり黄色に近い緑色から、黒ずんだ褐色がかかった濃緑色まで家主が自由に好き好んで外壁に貼り付けることが出来る、一種の外観工夫の要素があり、皆は単なる環境意識からだけでなく、気軽なファッションの楽しみとして世間の家の苔化モス・グロウイング・オン・ハウスの思潮に加わっていた。


 俺は敷地内のアパートに達するまでの、両側にちょっとした植え込みと芝生がある道を歩き、エントランス部に達すると、アパートロックの認証部に右手の平をかざした。認証部の黒い窓に小さな光が点滅し、1~2秒してカチャと開き戸の電子ロックが解錠された。センサーで前に物を感知したドアロック認証は電波を飛ばし、それに呼応して手の平の機能チップからアパート契約の際に、個々人が認証登録を行った電磁波が発せられてドアロックが外される。部屋ごとのドアも同様だ。高級アパートによっては、室内のドアや窓、インターホン対応まですべて自由に部屋主が認証型に設定可能らしいが、ここはそんなに高級な場所じゃないし、仮にできたとしてもだいいちしちめんどうくさい。そんなことをいちいち設定しているのは、よほど現実的な脅威にさらされている社会のトップか、極端に神経質な富豪連中しかいない。実際、俺は過去仕事でそういった金持ちにアパートの室内で会ったことがあるが、肉体に対する怠惰さから俺が過去に見た写真の全身肥満体となった身体をチップの神経制御で精悍な体に変えたにもかかわらず、目はそのまま丸く肥え太った時期のおどおどした表情で、何とも言えず違和感を感じさせた。結局、その富豪が自分を付け狙う人間がいるのではと気にしていたのは近所のコマツグミアメリカンロビンらしいと明らかになったが、そうとわかると今度はその鳥自体が気になるらしく、カラスにチップを植え込んだうえ、訓練も施した鴉匠クロウアーに依頼をし、毎日その小鳥が来る時間帯に同じ空を飛ぶ鳥同士、カラスに傷つけないよう追い払わせて、ついにはその鳥も近づかなくなった。その富豪に限らず、今や十分な金を持ちさえすれば自分の意志による実践をほとんど必要とせずに肉体改造を行うことが出来るが、やはり実際に`自分自身が’体を動かして鍛えなければ、いかなチップの力を借りたところで、心までは健全にすることはできない。さすがにその富豪の場合は極端な例だったが。


 懐古趣味レトロな外観から一転して、壁と柱一面に白い塗装をし、入り口の開けた場所や、廊下のところどころの小さな丸テーブルの上に鉢植え(ほとんどは色鮮やかな花だったが、一個、本家の日本風のこじんまりしたボンサイも置かれていた)が置かれた爽やかな内装のアパート内に入ると、俺は二基あるエレベーターのうちの一つに行き、スイッチを押す。近い二階の方に止まっていたエレベーターがすぐに降りてき、扉の口を開けて、光沢ある銀の、卵内部を思わせる丸みを帯びた壁面の中へと俺を飲み込んで参じ入れた。


 初動の浮遊感も感じさせないほど滑らかに、俺がボタンを押した7階へと昇り、停止する。本当はエレベーターを呼ぶ際に電子認証を行えば自動的に俺が居住する7回で止まってくれるのだが、何でもかんでも電子機器で手間を省くのは好みではない。


 俺がアパート入り際の一階とは違う、やや灰色に落ち着いた内装の7階の廊下を通り、手の平で電子認証してドアロックを開けて中に入ると、C.M.Wコンプリート・メカニカル・ワイフのミリーが早速に俺を出迎えてきた。

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