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Ⅴ:無人タクシー

 俺はバーを出ると、再び右の親指と人差し指、中指をくっつけた状態から左手でぐっとその三本の指の爪をつまんで圧迫し、脳内サイバーアクセスした。道幅はあるが、他に人が集まる目立った店舗のない殺風景な路地通りの風景に、半透明の脳内視覚ヴィジョンが重なる。そろそろ日没が近づこうという頃で、薄暗くなりかけた五月の空気に、サイバーアクセス案内の図やアイコンのヴィジョンが空中に重なって表示されるのは、初夏の心地よい空気を感じて内省する意識に新たに非実在感覚が加わることにより、自分の意識、感覚と世界が奇妙にふわふわと調和して一体化するかのような錯覚を起こさせた。表示されるアイコンや図の指標にしたがって思考を移ろわせ、目当てのサイトにアクセスする。サイバー意識操作すると、『ゴ依頼地点マデ1分デ到着』と円形の光が点滅しながら文字メッセージが流れた。再び意識を`振り’、脳内サイバーアクセスを切断する前にふと、右上に日付、時刻などとともに表示された気温表示を見る。華氏74.5度。ちょうどいい気候だ。

 バーの前で立って待っていると、通り向かいの歩道の右に離れた所で上に合わせ襟の白装束、下には(ハカマ)の東洋の服装を着た連中が数人集まって何やら活動しているのが見えた。手には点した火種の部分が透明な覆いで覆われた、ガス着火型の松明を持っている。照明器具としては言うまでもなく2~3世紀も時代遅れの、今や無用の長物といっていいが、近来勃興している古代祭祀宗教の広がりに伴って、今や店に売っているのを見るのも、使用している連中を見るのも珍しいことではなくなっていた。今目にしている連中は東洋の服装からオオクニヌシの信者たちだとすぐに分かった。神道(シントー)の中でも火を特に崇める連中だ。7~8人の集団でぞろぞろ歩いているが、二人ほど、10代後半から20代前半らしい男女が混じっている。二人とも集団に交じる中でぎこちない動きをし、目の表情も慌てているため、恐らく入信して間もないのだろう。この宗教が特に重要視する入信儀礼(イニシエーション)もまだ受けていないのかもしれない。見ていると、ちょうどそばを通りがかった若い男女のカップルに、連中の内幾人かが呼び止め、身を引く相手に一生懸命に入信の勧誘を始め出した。マックの言う通り、連中は古代の(エンシェント)イズモテンプル復活落成の動きに合わせて、最近あちこちでますます動きを活発化させていた。集団に入り混じった、慣れていないらしい二人の新参信者はその間休みを取れることにほっとしたようだが、そうしているうちに円形の無人(オートノモス)タクシーが静かに滑るように俺の横に到着し、俺はその二人の若い信者と。まだ二人のカップルに食い付いている連中を尻目にタクシーに乗り込んだ。


「3番地4丁目のアパートまでやってくれ」

 俺はふっくらした円座形ソファーに身を沈めながら言った。目的地まではさっきのタクシー呼び出しの際に脳内サーバーアクセスで指定することもできたが、自動化(オートメーション)ロボットに直接口頭で指示する事が、意識を動かすだけでない、実際に体の機能を働かせることによる、そうあるべき感覚の喜びが感じられ、俺には、直接生きていくうえで無用ながら、それゆえにささやかな贅沢に感じられた。俺以外にもこういうひそかな楽しみを感じている連中はいっぱいいると俺は信じている。


 無人(オートノモス)タクシーは車内を揺らすことなく、3つの360度方向回転可能な車輪をなめらかに起動させ、スゥーッと俺の指定した目的地に向かって走り始めた。今しがたの信者たちを反対方向の尻目に、俺は平行に流れる窓の景色を外に眺める。窓枠にあるスイッチを押すと、クラシックのネットラジオが円形の車内360度に設置されたスピーカーから流れてくる。これは俺も知っている、ヘンデルのアリオダンテのオペラだ。最初の方で、ちょうどスコットランド王女のジネーヴラがいきなり求婚してきたポリネッソ公爵を跳ね付けるアリアが始まったところだった。ヘンデルのオペラはいつ聴いても癒され、楽しむことが出来る。洗練された美しさだ。科学技術が発展して、こうして脳内にチップを埋め込み、何でもできるようになった現代も、400年以上前の音楽を鑑賞して喜べるとは考えてみれば奇妙なものだった。


 俺は今しがたバーで飲んできたウォッカで少し火照った頭を、清流のような音の流れと、これも滑らかに滑る車外の風景を眺める――やはり白装束とハカマのオオクニヌシの連中が街に集まって出ているのが目立ち、G.R.Rの連中もまたちらほら見られたが――ことで覚まし、依頼を受ける事務所に戻る前の一旦の帰宅に向かった。

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