閑話:とある薬草採取冒険者と、ケーマ・ゴレーヌの光
俺は、酒場で会った男をダンジョン――もとい、『ゴブリンの巣』の洞窟への案内をすることになった。
そいつはパヴェーラ出身だと言った。嘘だろう。訛りが違った。
なんて呼べばいいかと聞けば、そいつはあからさまな偽名を名乗った。
案内する約束をして翌日の昼。偽名の男と改めて合流した。
表向きは薬草採取とその同行者だ。常設依頼なのでギルドに寄ることも無く森へ行く。
「こっちだ。……この先だな」
「本当に道はあってるんですか? というか道もないが」
「疑うなら別に案内しなくても良いんだぞ?」
「ただの確認ですよ。気を悪くしないでくださいね」
森を進むと、ロープが張ってあった。……ケーマ・ゴレーヌが張り直したというロープだ。ああわざとらしい。と思いつつ、ロープを越えるかどうか少し悩む。
「お、どうやら合ってたみたいですね」
「……」
「どうしたんです、行かないんですか?」
「あ、ああ。この先なんだが、ロープが張ってあるからな……」
「それがどうかしたので? たかがロープですよ」
そう言って、偽名の男は無造作にロープに近づき、腰の剣を抜いてざくっと切り落とした。
ぽとりと地面に落ちるロープ。
「なっ! おいっ」
「ゴブリンが、ロープを切ってあった。だからここにロープは張ってなかった。でしょう?」
そう言って笑う偽名の男に、少し引く。
……しかし、ロープは無くなった。ゴブリンの巣の近くなんだから、ゴブリンがロープをどうこうしていたとしても、おかしくはない。確かに。
改めて、ロープを踏み越えて、その先へと向かう。
洞窟はあった。先日と同じように。
「あれだ」
「あれですか」
森に隠れたまま洞窟の中を覗くと、緑色のゴブリンが見えた。
「……ダンジョンのゴブリンですね」
「だろ?……案内はもういいか?」
「ああ。ありがとうございました。助かりましたよ」
「じゃあ、約束の案内料を――」
と、俺が手を差し出したところに、偽名の男は剣を振り下ろしてきた。
ざくり、と、袈裟切りに斬られる。斬られた。差し出した手が、腕が落ちた。
「ぎゃっ!?」
「おや、浅かったか」
「な、あっ、腕がっ、俺の腕っ」
不思議と痛みはあまり感じなかった。頭がカッと燃えるように、焦りが頭を支配した。
逃げなければ。そう思った。
左手で血を流す右腕の断面を押さえ、逃げようと後ろを向くと、今度は背中を押されるような感覚。熱い。斬られた。
倒れる。地面に、どさっと。森の葉っぱが顔についた。
「ああすみませんね。このところ金欠でして、経費は節約しないといけないんですよ」
「う、がっ」
「あなたの財布は、資金の足しにさせてもらいますね。ではさようなら」
そう言って偽名の男は、剣を振り上げ――次の瞬間、その手が吹き飛んだ。
「え?」
「あ?」
声が重なった。
光だった。光の筋が走って、偽名の男の肩を飛ばし、腕が飛んだ。
どこから飛んできた光なのかすぐわかった。洞窟だった。
「調査中だと言っただろう。誰もいないと思ったのか?」
ゴブリンの巣、洞窟の中から、男が出てきた。黒髪の……ケーマ・ゴレーヌ。村長であった。
「お前は、」
「――【アースバインド】」
ケーマ・ゴレーヌが気だるげにポツリとそう言うと、地面がグニョンと伸びて偽名の男が土に囚われる。
「あ、あ、ああ……」
「お前には聞きたい事がありそうだからな、ま、入ってろ」
そう言うとケーマ・ゴレーヌは空間をひっかくようにして虚空に穴を開け、そこに偽名の男を蹴り込んだ。拘束ごと。巻き付いていた土の根本がベキリと折れて。
それだけの跡と忘れ物の腕を残して、偽名の男は消えた。
「……お、俺も殺す、のか?」
「ん? いやいや。とんでもない。ご協力感謝するよ」
「ご協、力?」
そう言うと、ケーマ・ゴレーヌは落ちていた腕を拾う。俺の腕だ。
「【浄化】。ほら、くっ付けてやるから手ぇどけろ」
「え。あ」
ケーマ・ゴレーヌは、村長は、俺の腕を傷口に押し当てて「【ヒーリング】」と唱えた。
暖かな光。
そして、血の跡を残し、腕が繋がった。背中や胸の痛みも消えている。
「これでよし。ま、今回は落としてすぐだったし、治療代もサービスしてやろう」
……そういえば、村長は、オフトン教の教祖でもあるという話だった。
聖職者。なるほど、ならば回復魔法が使えるのも納得だ。
……落ち着くと、汗をびっしょりかいていることに気付いた。
「どうして……?」
「まぁここまで巻き込まれちまったわけだし、事情を説明してやるか。このダンジョン……に見える洞窟は、実は俺が用意した餌なんだよ」
「え、えさ?」
「そう。聖王国のスパイを炙り出すためのな」
足元に転がる腕、偽名の男のものだったそれをおもむろに蹴る村長。
「予定が少し前倒しになったものの、無事スパイを排除する目的に使えたから良しとしよう」
「あ……」
言われて、あの偽名の男が、聖王国のスパイであったことに思い至る。
怪しいとは思っていたが、そういう事だったか。
「で、でも洞窟にダンジョンのゴブリンが……緑の……」
「わざわざゴブリン共も綺麗にしてやったんだよ。こんな風にな、【浄化】」
「うぉっ!?」
ケーマ村長の【浄化】を受けると、血の跡や汗がすっかりと綺麗になった。
普段俺が使っている【浄化】とは全くの別物だ。
こんなにサッパリしたのは、生まれて初めてかもしれないと思う程。
これなら、その、確かにゴブリンも全身すっかり綺麗にできるに違いない。
……
この辺りで一番の冒険者、というのは、誇張ではないと知った。
ケーマ村長は、ケーマ・ゴレーヌは、間違いなく凄腕だ。
俺なんかが逆立ちしたって敵わないのは間違いなかった。
「な、なぁ。あの男にトドメを刺した技はなんだったんだ? 魔法、だよな?」
「ん? エレメンタルショットか? まぁ使い勝手のいい技だよ。――【エレメンタルショット】」
そう言ってパシュンと光の筋が飛び、少し離れた場所にある枝を落とした。
「それも凄いが、そっちじゃなくて。ええと、何もないトコをひっかいたやつ」
「……それはただの【収納】だな。ってか、あとでお偉いさんに突き出すから別に殺してはいないぞ」
初めて見たので知らなかったが、【収納】は一部の商人ですら使える魔法らしかった。
そ、そうかぁ。
「……俺って、物知らずだったんだな」
「えーっと。なんならオフトン教会では信者に本の貸し出しもやってるぞ? 冒険者なんだから簡単な文字くらいは読めるだろ?」
「自分の名前と、薬草の名前くらいしか……」
「なら教会でシスターにでも色々教えてもらえ」
「……入信する!! いや、します!!」
かくして、俺はオフトン教に入信した。
少しでもこの男――ケーマ・ゴレーヌに、教祖様に近づけることを目標に。
当面はまだ「この腕、教祖様にくっ付けてもらったんだぜ」と自慢するだけになりそうだけども。まずは文字をしっかり覚える事から始めよう。
(以下お知らせ)
3/25発売のコミカライズ13巻、買ってね!
店舗特典情報とかは前話のとこ。
……というか、来月は来月で「いつかお嬢様になりたい系ダンジョン配信者が本物のお嬢様になるまで」の2巻が出るので、何気にコミカライズだけど3か月連続発売ですわー!?






































