閑話:ステーキを食べるニク
「お肉美味しかったです……お腹すきました」
コボルトの『憑依』を解いたニクは、のそりと身体を起こした。
あちらの身体で食べたものはあちらの身体の栄養になる。こちらには関係ないのだ。
逆に言えば『憑依』を使えば複数の身体、胃袋を使って無限に食べ放題できるということ。同僚のイチカには使わせられないな、財布の限界まで食べ続けそうだから……とニクは思った。
「あ、ニクお姉ちゃんおかえりー」
「ただいま戻りました、ソト様」
「おかえりニク」
「……なぜレオナがここに?」
「私が呼んだからですが?」
ここはソトのコアルームである。にもかかわらず、部外者であるレオナを連れ込み、ソトがレオナに抱き着いて身体を密着させていた。微妙にすりすり動いており、マーキングしているのだろうと分かる。
自分が居なかったら服を着ているかどうかも怪しい。
自分だったら何の制限もなければ主にそうするから気持ちは分かるのだ。前にやろうとして脱いだら服を着なさいと叱られたので着るけど。
「あ、ニク。これあなたのご主人様に頼まれたスクロールよ」
「……どうも」
ぽいっと投げられたスキルスクロールを受け取るニク。
DPに換算すれば億単位のそれをなんとも気軽に扱うものだ。……と思ったが、レオナにとってはそこらの小石にサインを描いた程度のもの。気軽なのも当然だった。
「まぁどうせ私が食べて増やすんですけどね?」
「……ソト様? それは機密では」
「大丈夫です! レオナさんは私の力を知ってますからね、うふふ!」
「ええ、たっぷり悪用されてるわ……」
「……そうですか」
「もちろんレオナさんの力も私はぜーんぶ、そう、全部ぜーんぶ知ってますから、ね?」
「その上で絶対に逃がしてくれないわけよね?」
「うふふ、私のそういうトコも好きなくせにぃ。理想の彼女でしょ? ね?」
胸を指でキツめにぐりぐりされて遠い目をするレオナに、ニクは少し胸のすく思いがした。
「そうだレオナさん。ニクお姉ちゃんのために犬でも食べられるタマネギを作ってくださいよ。それでステーキソース作ったらお姉ちゃんも少しはレオナさんの事見直してくれますよ多分」
「ひゃんっ! わ、わかった、作る、作るからっ……ちょ、【超錬金】、【超錬金】っ、ほらできたわよっ、犬でも食べられるタマネギ!」
「あれれ? お肉を忘れてますよ? あ、私にオシオキされたくてわざと」
「【超錬金】っ【超錬金】っ! ほら、ソースも作ったから!!」
「よくできました、あとでゴホービですねっ!」
「……ッッ、結局変わらないんじゃ……?」
と、目の前に美味しそうな焼き立てステーキが用意された。木皿の上に黒い鉄皿が乗せられており、その上にソースのかかったステーキが湯気を立てている。
……食べろと? 食べろと。確かに美味しそうだけれども。よだれが溢れてくるけども。
「あとぉ、ナイフとフォークもいりますよねー?」
「【超錬金】!! はいどうぞ!」
「ありがとうございますレオナさん! 好き! 愛してます!」
「……どういたしまして。私も愛してるわ」
頬にキスされ、涙ぐみながらも心底嬉しそうなレオナ。
なるほど、完全に制御されている。そしてレオナ自身も、それを受け入れている。
本気で戦えば、ソトはその戦闘経験の差もあってレオナには勝てないだろう。が、それも本気で戦えればの話だ。愛の拘束具とやらは、とても強固にレオナを縛り付けているらしい。
さて、と目の前の肉を見る。
カトラリーも万全だ。こうなってしまっては食べざるを得ないだろう。
……レオナの用意したものだけど、美味しそうだし。食べ物に罪はないし。ごくり。
「……いただきます」
と、カトラリーを手に肉に向かうニク。
随分と肉の厚みを感じるステーキだ。フォークで肉の弾力を感じつつ、ナイフを走らせる。だが厚みに反してそれはたった2、3回往復しただけでさくりと切れてしまった。
すごく柔らかい。ナイフで肉の断面を開くと、程よく焼けた赤身から肉汁が溢れていた。
ソースが垂れて鉄皿でじゅわっと蒸発する。ふわりと香りが広がった。犬獣人であるためタマネギの匂いはあまり好きではないハズなのだが、それは甘く香ばしく、滋養のありそうな芳醇で、空腹の胃袋が求めて急かすのが分かった。
ソースをからめ、フォークで刺して、口に運ぶ。
「あーん……っ!?」
分かっていた。分かっていたが、肉汁がすごい。口に入れ噛んだ瞬間、スープのようにじゅわりと溢れてきた。旨味。塩気。香り。全てが肉を食べているという気分にさせる。
ごくりと飲むと、肉汁が喉を通っていった。まだ口の中には肉本体の塊がある。
もぐ、もぐ、と噛むと、まだ残っている肉汁とともに、程よい歯ごたえで肉がぷつりと千切れていく。
旨い。
単純にそうとしか言葉が出ないくらいに美味しかった。早く飲み込んで喉でも味わいたい、でももっと口に入れて噛んでいたい。そのせめぎ合い、葛藤の後、ようやく飲み込むことに成功する。
「……っ、ぷは、はぁ……」
喉を撫でる肉の感触も最高だった。ぬるんと、つるんと優しく喉を撫で擦り、胃袋へと入っていくステーキ肉。
もう一切れ、もう一切れ食べたい。そう思わせてくる。
危険なくらい美味しすぎる。これは危うい。
顔を上げて見れば、ソトも美味しそうに舌鼓を打っていた。
「これ美味しいですねレオナさん! 何のお肉ですか?」
「え、うん、なんだったかしら……前に最高に美味しいお肉を作ろうと思って創ったヤツで、肉としか言えない生物ね。名前はないわ。元は牛とか豚とか色々な肉を元にしてたはずだけど、【超錬金】。コレよ」
と、ポンっと「それ」を出す。毛の生えていない、頭も手足もないただの玉だった。ピクッピクッと痙攣している。生命の冒涜が過ぎる存在。
切ったらそのままステーキ肉になるそうだ。
「ある意味、トイの兄妹みたいなもんね」
「えっ。じゃあニクお姉ちゃんも美味しかったりするんですか?」
「普通の人間よりは美味しいはずよ? さすがに私はそういう意味では食べないけど、美味しい方が敵がいっぱい寄ってくるし戦闘訓練にも囮にも便利だからね」
「へぇー」
「……」
食欲の失せる発言だが、それでもこの肉を食べたいと思ってしまうくらいに美味しい。
本当に危険な肉だ、とニクは思った。
仮にイチカにこの肉を食べさせて、自分がそれと同じ味だとでも言ったら今後自分の事を食材を見る目でしか見なくなるだろうと容易に想像できるほどだ。
「ソト様。この肉はよそでは絶対に出させないようにしてくださいね」
「そうですね! 私達だけのとっておきです、いいですねレオナさん?」
「わ、わかったわソトちゃん」
そういうことになった。
あと、このステーキを一皿で我慢できる自分の自制心を褒めてあげたくなった。
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