閑話:ゴレーヌ村の様子
「移住申請ー? ふむふむ。なるほど! よしOKです!」
と、ソトは村長執務室にて回ってきた書類を流し読みしてハンコを押した。
次の書類に移り、またポンポンとハンコを押していく。
「あの、村長代理? 本当にその人物を移住させても大丈夫とお思いですか?」
「大丈夫です!」
「いやその、以前であれば人手が欲しいから来る者は拒まずという方針でしたが、今やこのゴレーヌ村は十分に大きくなってきておりますし……せめてもう少し確認を」
それはつまり、移住者を選ぶ余地があり、また、選ぶ必要があるということだ。
多少の犯罪者を受け入れていたものも断れるようになり、また、村の中にある財を狙う人物も来るようになっているとも言える。
そして、村の土地は無限ではない。
最近はなぜか移住希望者の申請が大量に増えているのだが、そのすべてをソトはポンポンと気前よく許可していた。
あまりに軽快な警戒しないハンコ捌きに、見かねた副村長ウォズマが声をかけたというわけだ。
「大丈夫です。ここに回ってくる時点で既に調査は終わっています。そう言うの得意な人が最近村人になったじゃないですか。ウォズマも知ってますよね?」
「え? えーっと。アメリア様のことですか? 今は外に出ていらっしゃいますが」
「そっちもですが、ほら、帝国四天王のドルチェさんの部下です! クーサンの嫁になったあの子ですが、元の上司であるドルチェさんとの折衝を任せてまして。ドルチェさんにもチェックの仕事回してるので、この部屋に書類が回ってくる時点で村に加えて大丈夫な人なんですよ」
さすが四天王とその元直属、優秀ですよね! とソトはニッコリ笑う。
そして四天王を顎で使っている。ウォズマからしたら想像するだけで胃が痛くなるような行いだが、村長代理としては頼もしすぎる。とても。
「それに、これで損害が出たら派遣元に責任をとって貰うだけです!」
「あの。派遣元って、その」
「帝国ですね。ぶっとくてくいっぱぐれナシ! 最高!」
なんという神経の太さか。前職を胃痛で辞めたウォズマは、少し憧れざるを得ない。
「いいんですかね……色々と、四天王様方を含め、そんな扱いで」
「大丈夫ですよぉ。四天王のみなさんは元々仕事するためにこの村に来てるんです。使わない方が失礼ですよ? パパならきっとそう言いますって! 適材適所!」
「ならいいのですが……ところで、あまり人を多くし過ぎてもそろそろ居住区が足りなくなりますよ?」
「なんのなんの。そのために外壁建築と開拓の依頼をギルドに出してます。いやー、ミーシャが居ると話がスムーズでいいですよねー。現場監督もさせてますから、冒険者たちもご安全に毎日労働してくださってますよ!」
いつのまにそんな依頼を出していたのか。そしてまたも帝国の四天王をこき使っているようである。本当に怖いもの知らずだ、この村長代理。
……なぜか四天王の方々も様付けで呼ぶし。
ウォズマはそっと気付かなかったことにした。
元帝国官僚のウォズマは、見てはいけないものを見なかったことにするのが得意なのだ。
でも、工事現場の監督など、四天王にやらせる仕事ではないのではなかろうか。
「えーっと。村長代理。それ、ミーシャ様は納得されているのですか?」
「大丈夫ですよぉ、サボってもいいって言ってありますから」
「そうなのですか」
「はい! この工事はスタート地点から両側に壁を伸ばし、それぞれをミーシャとクーサンに監督を任せていまして。先にゴールにたどり着いた方に門も任せる予定なんです」
クーサンには結婚祝いの大仕事ですね! と補足するソト。
それは、2チームを争わせ、仕事の士気を上げる戦略では? とウォズマは思った。
「ミーシャがサボればサボるだけ、クーサンが勝利しますよね? そしたら『ウチの大工は四天王に勝つほど優秀だ』って大々的に宣伝してあげようかなって」
「えーっと。それはつまり、ミーシャ様にはわざと負けてもらおう、という事でしょうか? よくご了承されましたね」
「え? いや別に。サボっていいって言っただけでわざと負けろなんて一言も言ってませんが? そんな八百長、私が頼むわけないじゃないですかぁ。やだなー」
もう、ウォズマってば悪徳ぅ、と謎の茶化しを入れるソト。
「えっと。それはつまり四天王が村人の大工に負けるかどうかは、ミーシャ様のプライド次第、ということですか?」
「おっ。その通りですウォズマ。もちろん、ミーシャには『サボって良い』と伝えた時に『負けたら宣伝に使わせてもらうので』とも伝えてますから。あ、勿論妨害はお互いナシですよ、そんな事したら名前に瑕が付くだけですしね!」
こういう勝負は正々堂々じゃなきゃね! とソトは笑顔を浮かべた。
つまりはこういう事だ。
ミーシャが仕事をしないのであれば、その名声を切り取って宣伝に使う。
ミーシャが仕事をするのであれば、それはそれで問題なしだ。
――勝つのであれば、クーサン一人に任せるより早く仕事が終わるという事。
――負けるのであれば、やっぱり宣伝に使うので問題ない。
どう転んでもソトの思惑通りというわけだ。そしてその対象は畏れ多くも帝国の重鎮、四天王……ウォズマはソトにケーマの血が立派に流れていることを感じた。
「別にサボってもクーサンが勝てば利益になりますし、逆に全然仕事しないでもクーサンが残りを仕上げてくれるだけですからまったく問題ないですよ」
「引き分けだったらどうなります?」
「何の問題もありません、『あの四天王と引き分けた!』と健闘を称えあいましょう!」
引き分けは負けよりすこしマシといったところか。なるほど。
「んじゃっ、さしあたりパパがいない間にツィーアの町くらい大きくしましょう! パパから全権委任された上に四天王が居る今が拡張チャンスなんです」
「……もはや今更ですが、村長に許可とらずに拡張してよいのですか? 今の今まで私も知りませんでしたけど」
「はっはっは、これはアメリアさんからの献策ですよ? 私がどんどこ移住を許可しちゃって、住むところが足りないの……って相談したら、『なら住める場所を増やせばいいのでは?』って言ったので。言質はとってます」
絶対誘導したな、とウォズマは思った。そして関連書類はすべてウォズマに回らないようにされていた。恐らく村人の会話も操作されていたのだろう。
でなければ、副村長にして情報の集まる酒場のマスターでもあるウォズマに、外壁建築の話が聞こえない筈がないのだ。
「なぜ、今私に開示されたので?」
「ああっごめんなさい! そういえばウォズマさんに言ってませんでしたね! でももう工事始まっちゃったので今からはもう止められないんです!」
「なるほど理解しました。回答ありがとうございます村長代理」
「どういたしましてー」
もう引き返せないらしい。末恐ろしすぎる子だ。
最近異様に急増した移住希望者も、間違いなくこの関係だろう。
「……ところで、外壁用の資材と資金はどこから?」
「大丈夫です、村の資金には一切手を付けてません! ちゃんと私の個人資産から出してます!」
「町の外壁を建造できるレベルの個人資産を、村長代理がどのように稼いだのか非常に興味があるところですね」
「あら、ウォズマさんってば乙女の秘密を知りたいだなんて大胆ですね! 特別に教えてあげます」
「あ、やはり結構です」
「まぁまぁそう言わずに。子供の自慢話を聞くのは大人の義務ですよ?」
こういう話は聞いても碌なことにならない、というのがウォズマの経験上の真理だ。
まさか10歳程度の子供相手に使うとは思わなかったが。
結局押し切られて聞く事になった。
「バジリスクっているじゃないですか。生物を石にするヤツ」
「いますね」
「あとトレントっていう木材になる魔物いるじゃないですか」
「いますね」
「これを組み合わせて、トレントを『石材』にしたらメチャ凄くなるくね? と思ったんですよ。そのアイディアをアメリアさんに売りました!」
「なんと……!?」
言われてみれば単純な事。しかし、さらに考えるとトレントをわざわざバジリスクで石にしようなど、誰が試すだろうか。誰が試せるだろうか。
まずバジリスクを飼いならせる凄腕のテイマーが必要だ。そして、トレントの群生する森や、森から石材を運ぶ人手も。
そんなものを揃えるのは、国の主導でもなければ難しい……ああ、だからアメリア――四天王に売ったのか。つまりは、国に。このアイディアを試せる、正しい相手に。
「アメリア様がたびたび席を外されるのはその関係ですか」
「そうですね。帝都から派遣された専門家の相手をさせてます。いやぁ、丁度この村に来ている四天王のうち2人が凄腕のテイマーってのは運命感じちゃいますね!」
全般を扱うのはドルチェだが、バジリスク等の蛇系ならアメリアらしい。
ついでにこのツィーア山の森林地帯には、ツィーア山に住むドラゴンの影響か、結構な数のトレントが生息している。
……つまり。格好の実験場でもあるということだ。
トレント狩り、そして、実験。
言い換えれば、開拓、そして、建築である。
「もしかして……外壁とも話が繋がってますか?」
「正解ですウォズマさん。開拓はトレント石材集めも兼ねており、外壁建築はトレント石材のテストも兼ねてます」
なんて無駄のない手配か。と感心せざるを得ない。
間違いなく、あの村長の娘であると確信する。本当に、末恐ろしすぎる。
「村長代理。もしかして村に対する報酬等を着服してませんか?」
「失敬な。確かに補助金はガッポガッポですが、そのお金はちゃんと労働者の皆さんの給料及び福利厚生費にしていますので、私は銅貨一枚たりとも着服していません」
そう言って、あらかじめ用意していたらしい出納帳を見せてくる。
見れば、労働者全員に新品の靴下を毎日支給するほどの福利厚生っぷり。
もっと他に支給すべきものがあるような気もしなくもないが……ソトの収支は『手紙代に銅貨1枚提供』しかなかった。
銅貨1枚でもポケットマネーはポケットマネー。言葉に嘘はない、と言い張るためだけの提供なのは見え見えだった。
「…………一体何を企んでおいでですか、村長代理?」
「両親によくやったと褒められたい――そんな子供らしい心情ですよ? ふふふ、パパ相手にはこれくらいしないとサプライズにはならないでしょ? 偉大な親を持つと子供はツライですねっ」
「分かりました。今はそれを信じておきましょう」
「じゃっ、私は小遣い稼ぎにゴミ拾いのバイトにいってきますね! 今日の分の書類は片付けたので! 残りはウォズマさんとアメリアさんでも処理できるやつなので!」
「あ、はい」
そう言って、村長代理はまるで宝さがしに向かう子供のようにウキウキとした上機嫌を隠さず執務室から出ていった。
そのゴミ拾いの報酬は補助金――つまり村から出るわけだが、それはゴミ拾いという仕事に対する正当な報酬なので着服ではない。問題は一切ない。
「まさか、小遣い稼ぎのための仕事をつくるためにこんな回りくどい事を? いや、さすがにそんなはずはないか……」
尚、国主導の実験という注目度の高い事業において、四天王であるミーシャが『ただの村人に負けた』など言われては尚更沽券にかかわるわけで、流石のミーシャも必死に働かざるを得なくなっているのだが――
それも含めてソトの計算通りかどうかは、そっと目をそらしておいた。
ウォズマは、見てはいけないものを見なかったことにするのが得意なので。
(色々ふざけきってる新作が1か月毎日投稿してました。
バニーにあらずんば人にあらず ~バニーガールに支配された世界でニンジン屋を営む~
https://kakuyomu.jp/works/16818093083361398334 )