閑話:倉庫泥棒とパンダミミック
ゴレーヌ村は『踊る人形亭』倉庫。そこに一人の男が侵入していた。
従業員ではない。この宿の従業員に、男は一人しか存在しておらず、その一人は現在ツィーアに出稼ぎに行っている。
つまり、タダの狼藉者である。
「くっくっく、こんだけ裕福なんだ、倉庫の物をちょっと拝借するくらいいいだろう」
と、倉庫の中を物色する男。
そこには主に食料品が――持っていく場所に持っていけば高値で売れる『コメ』が置いてある。
が、これに手を付けるのはあまりにも早計。
これは他で手に入らない代物で、すぐに足が付く。重くて嵩張るし。もっとも、食べてしまえば消えるものなのでそれなりにいい方なのだが……
他に良いものが無ければ、これを持っていくとしようと記憶しておく。
また、小麦粉もある。多くは村の倉庫においてあるが、宿でも使う分、すぐに使う分はこちらにもある。
が、これに手を付けるのも良い手ではない。
なにせありふれ過ぎていて、足が付きにくいのはいいのだが、儲けも少ないのだ。
野菜なんぞも同様で、大して価値はない。
そんなわけで、男の狙いは倉庫に置いてある農具だった。
「あったあった。へっへっへ……」
鎌とかの鉄を使った農具があれば、それがいい。この村ではダンジョンからアイアンゴーレムが獲れるのでそれなりに安価だが、他の町に持っていけばそれなりに売れる。鍛冶屋がドワーフで腕がいいのもあって質も良いのだ。
もちろん、へそくりのような隠し財産があれば、もっと良い。
とはいえ、そんな財宝をあえてこんな、鍵もかかっていない倉庫に置くことはないだろうが――と、男は壁に掛けてあった鎌を手に取ろうとしたところで、小さな小箱を見つけた。
「なんだこれは?……もしかして、お宝か!?」
男はその箱に手を伸ばす。掴むと、それは丁度手のひらに載って持ち上げられる程度の小さな箱。それも、装飾のないシンプルな宝箱だった。
「これは丁度いい、何が入ってるんだ?」
わくわくしながら男が箱を開ける。
――直後、箱がまるで裏返るかのように広がり、白黒の毛皮を持つ巨大な獣が現れた。
「ヒッ!? く、熊!?」
『ぐるるるるる………ッ』
獰猛に、好戦的に笑う白黒の熊。見たことのない魔獣だ。男は慌てて距離を取り、倉庫の外へ逃げようとする。
逃げようと、した。
「あ、あかないっ!? そんな、鍵なんてかかってない木の扉だってのに!?」
『ゲッゲッゲッゲッ!!』
愉快そうに腹を叩いて笑う魔獣。男は、それを見て怯えかける。が、同時に心を奮い立たせる。戦うしかない。そう思い、壁にかかっている鎌に手を伸ばす――ひょい、と手が空を切った。
壁が、男の手から離れていったのだ。
「なん。なんだこれ!? え?!」
壁に向かって手を伸ばすが、男を揶揄うように壁が離れる。ぐにゃりと、落とした粘土細工のように歪んで。
『ゲッゲッゲッゲッ!!』
「なんだよこれ、なんだよこれぇ!!」
愉し気に笑う白黒の化け物。ぐにぃ、と肉食獣の牙を見せて獰猛に嗤う。
「やめ、たすけ……ひぃい!!」
男は、化け物に命乞いをした。それが無駄なことだと知りつつも、そうせざるをえなかった。
だが、当然獣に言葉は通用しない。男は絶望しながら、生臭い獣の口内を覗き込まされることになった。
――
――――
ニクが散歩していると、ロクコのペットであるパンダミミックのパックが男を引きずっていた。
30cmほどの小さなパンダの身体で、足を引っ張ってずりずりと。
「おやパック。どうしたのですそれは」
『ゲッ。ゲゲ、ゲッ!』
「ほう、獲物を狩ったんですね」
言葉は通じなかったが、パックは賢いのでジェスチャーで状況を伝えることができた。
倉庫のフリして遊んでたら泥棒を捕まえたのであとはよろしく、とニクに突き出す。
「……倉庫のフリしてるところを見られたんですか?」
『ゲッ……』
やれやれ、と肩をすくめるニク。
「では教会の牢屋に連れて行きましょうか。シスターに記憶を弄ってもらいましょう」
『ゲッ! ゲーフ』
「運ぶのはやってあげるので、説明は自分でしてくださいね」
『ゲー』
男の足を掴み、パックと共に教会へ向かう。パックは小さな小箱に戻って、ニクの頭の上に乗った。
……頭の上に乗られるのは許容できなかったので、ニクは頭の上から右手に掴みなおす。
『ゲッゲッ』
「だめです」
ギリッ、ときつく握られて箱がミシッと鳴ったのでパックは諦めて掴まれるままに運ばれる。ニクは両手にパックと男の足をそれぞれ掴んで教会に向かった。
パックがニクに引き渡すまでは倉庫から宿までの間だったので目撃されなかったようだが、流石に教会に向かうと村人や冒険者にも目撃される。
「く、クロちゃん? その男はなんだい?」
「この男は宿の倉庫に入ってきた泥棒です。教会で悔い改めてもらいます」
最近はクロと呼ばれるのも慣れてきたな、とニクは思いつつ、教会の出入口に男と小箱を置いた。
そして、本棚から1冊本を持ち出し、男の上にぽいっと投げ乗せる。
本泥棒を捕まえる罠が発動し、地面に穴が開く。
『ッ!?』
「これで通報完了ですね」
えぇ、そんな手抜きな! と箱に入ったままのパックは男と教会地下の牢屋へと落ちていった。
……その後、パックはサキュバスシスターに倉庫に入った泥棒を捕まえたと説明し、自分のやらかしも説明し、記憶を改竄してもらうことに成功した。
「ふぅ、夢の中で説明してもらうのが一番正確でしたね」
『ゲフー』
「……それにしても夢の中だと饒舌でしたね」
『ゲッフ』
「また箱にいれてくださいね……ぽっ」
『ゲッゲッゲッ』
サキュバスシスターとパックが夢の中で何を話したのかは、二人だけの秘密だ。
(以下お知らせ)
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