ハクさんとの報告会
さて。聖女を言いくるめて無事に帰還したのち、ナリキンは顔を変えた。
これでもうバレないだろう。宿は変えるけど、急いで逃げたらそれはそれで怪しい。クロマクの町からは出ないことにする。逆に動かないのも手だ。
今頃正気に戻って逃げた俺を捕まえるべく包囲網を敷いているかもしれないが、灯台下暗しな死角を狙うのだ。
「今度はケーマの顔ね!」
「これ、聖女に見つかったらなんて言い訳したもんかな?」
「ケーマの双子の弟、とかでいいでしょ。ナリキンなんだし」
「……それもそうか」
ちなみに大量の野次馬を作ってあるので、もしナリキンが見つかって聖女が言いくるめられたのを知ってても「そりゃ見てましたし知ってますよ」で言い訳できる。
が、顔を変えた以上はテロリストとも無関係だ。ナリキン達にはしばらくそのまま聖王国、クロマクの様子を見ておいてもらうことにした。
あとはハクさんの部下に預けたメロンやナイトキャップが届くのを待つだけ、だな!
*
数日後。町の噂話がテロリストと聖女の話でもちきりなためにナリキン達から有用な情報が得られない中、俺達はハクさんからお茶会と言う名の報告会へ招待された。
そしてそこには眉間にしわを寄せたハクさん。
「ケーマさん? 何か言うことはありますか?」
「……ハクさんが何を言いたいのか、皆目見当つかないのですが?」
はぁぁぁぁー、と大きなため息を吐くハクさん。
俺はきちんとハクさんに頼まれた破壊活動及び時間稼ぎをこなしたはずなんだが。
「教皇が失踪しました」
「えっ?」
教皇が失踪? どうしていきなり――いや、いきなりって程でもないけど。
ロクコがふむと頷いた。
「……もしかしてケーマが聖女煽ったせいなのかしら?」
「いやいや、あんなデタラメな言いがかりで」
「ロクコちゃんの言う通りでしょう。聖女が多数の信者を引き連れて教皇に突撃したんですよ。お題目に『教皇討伐』と叫びつつです」
うわっ、本当に突撃しちゃったの聖女? 余程普段から鬱憤を溜めこんでいたに違いない。教皇討伐を叫んでるとき凄く生き生きしてたし。
「なるほど。間違いなくケーマのせいね」
「教皇の部屋はもぬけの殻だったそうです。色々な資料も処分された後だったそうで……ここは突撃前にあらかじめ調べておけたので問題はさほどありませんでしたが」
時間稼ぎは十分できていたようで何よりだ。
「ケーマさんにはまだ革命の情報が伝わっていなかったんですか」
「……ええと、まぁはい。こちらで収集できるのは基本的に噂話になってからですし」
「混沌犬からは何か?」
「いえ、そういえば何も言ってきてないですね。普通にナリキン達のメイドしてます」
ともかく。本当に聖女が教皇討伐をしようとして、教皇が逃げたらしい、と。
教皇は余程後ろめたいことがあったのだろう。
「教皇が失踪して、その、どうするつもり……いや、どうなるんですかね、光神教?」
「さて、噂によるとあの時のテロリストを探しているようですよ。なんでも、上級神官になってもらいたいんだとか――出て行ってあげたらどうです? うまくすれば次の教皇になれるかもしれませんよ」
「なんかその……聖女、騙され過ぎでは?」
「本来、上級神官は勇者に無条件であてがわれるべき地位なので……ケーマさん相手ならあながち騙されたともいえませんけどね」
帝国でいうSランク冒険者みたいなもんか。
そして、教皇は上級神官から選出されるらしい。
「とはいえ、ここ百年以上は聖王国に勇者が召喚されていないため、今の上級神官はただの人間しかいません。教皇が失踪した今、元聖女候補の神官が一番の有力候補でしょう」
「聖女が教皇になったりはしないんですか?」
「あの聖女が教皇になったらそれこそ聖王国が終わりそうなものですが、幸か不幸か聖女は教皇にはなれない決まりだそうですよ」
なるほど。そこに教皇の追い出しの仕掛人である勇者が割り込んできたら、それはもう教皇になる可能性はそれなりに高いだろう。
と、ここでカットされたメロンが出てきてテーブルに置かれた。
俺がハクさんちの部下に渡した聖王国産メロンだ。【収納】で時が止まっていたため新鮮で瑞々しい。……すこし食べ飽きてたけど。
「そういえば、クロマクの町で何を調べてたんです?」
「教皇の正体についてですよ。……ああ、これは言っておかなければいけませんね。実は教皇の調査についてはこれまで何度か調査計画を立てていました。ですが、毎回適任者が見当たらず見送りになっていたのです――ということになっていました」
ん? とハクさんの微妙な言い回しに首をかしげる。
「……どうにも、教皇は『存在を消す』ことができるようです」
「存在を消す、ですか? それは、姿を隠す的な?」
「いいえ。違います。ええと、『敵の存在を無かったことにする』ですね」
なるほど。つまり実は毎回調査員を送っていたのだが、教皇に存在を消されたために『最初から送れなかった』ということになっていた、と。
そして、そのことも気付かれないから同じように調査員が送られ、毎回同じように消されていったと。……なにその初見殺しのハメ技。
「……そんなの最強じゃないですか。よく無事でしたね」
「流石になにか条件があるようですね、易々とは使えないような。……現に、今回はケーマさんが大事にしてくれたおかげでこうして情報が私たちの手元に届いたわけです」
「あら! ってことは大手柄じゃないのケーマ! これは姉様からの報酬も期待できるわね?」
「……ハクさん。存在を消すって。人間には到底できない所業ですよね?」
「ええ。つまり光神の御業でしょう。仮にも神である私に感知できなかったのですからこれは間違いないかと」
「姉様の認識を欺くことは光神でもなければできないって事ね!」
「もしくはお父様ね、闇神ですし。けれど、相手を考えれば光神でしょう。破壊の権能と考えれば間違いありません」
ああ、なにせ光神教だもんな。それも教皇だ。光神の力を使ってるのはしっくりくる。
「姉様、それじゃあ教皇の正体は光神自身ってことですか?」
「それは違うわね、お父様クラスの神が地上で長時間活動することはできない……天使の可能性はあるけれど、それなら逃げる理由が無い。逃げたということから、人ではない……むしろ光神教的に不味い存在だと思いますが」
一体教皇は何者なのだろうか。その正体を調べ尽くす前に、失踪してしまった。
「まぁ、おかげで色々と見当が付きました。教皇に逃げられたのは痛いですが、結果的には最適だったとも言えます。……報酬は弾みますね、ケーマさん」
「あ、はい」
メロンも大量に買ってもらったし、お金に困ることはなさそうだな。……まぁ、元々そんな困ったりしてなかったけど。