落とし穴。
尚、オリハルコンゴーレムは腕を剣にするよりも手の甲から爪を生やしたほうが使い勝手が良かった。手首と指があって微調整きくし。
しかし、あんまりぐねぐねしてるもんだから、「まるでオリハルコンのスライムですね」とニクに言われてしまったほどだ。
まぁ、実験も一通りしたので、俺自身に戻るとしよう。……おっと、Lv6で【超変身】が重ねられるんだったな。着替えの服を用意して『俺』に【超変身】――
――気が付けば、俺は闘技場の地面で横になってロクコに服を脱がされかけていた。
「んん!? な、ななな、なにしてんだ!?」
「あ、起きたのねケーマ。いや、全裸で死んでたのよケーマってば。……いや、死んで全裸になってた、が正しいかしら?」
「え?」
「ん」
ロクコが指さした先には、涙を流してプルプル震えているニクがいた。
「ごしゅ、じんざま……ご無事、でじだが……っ」
「お、おう? 無事だけどどうした――って、ロクコ? 俺が死んでたって?」
「そうよ、ニク曰く、ケーマの身体からアイアンゴーレムの欠片がぼごんっと飛び出すようにして倒れてたらしいわよ」
「……は?……え、あ、あー……うわぁ……」
理解した。
どうやら俺は一度死んだらしい。死因は、異物が体内に残ったまま姿を変えたことによる形状変化。頭の中にも詰めてたアイアンゴーレムの欠片が、そのまま脳みそを圧迫して破壊したのだろう、即死だ。
それでその後、【超変身】の復活効果により全裸のまま復活したと。
……うわ、あっぶな。いつものように一旦自分に戻って、ってやってたらそのまま死んでたって事じゃねぇか。
「私が駆けつけたときにはもう全裸で寝てただけで、血の跡もなかったけど」
「……なんというかその、ごめんなニク。驚かせちまったみたいで」
「ぁい……ご主人様が、死んでじまっだがど、思いまじだ……」
ぼろぼろと涙を流し続けているニク。
こんなに感情が顔に出てるニクってのも初めて見るな、と思いつつ頭を撫でる。
……ちゃんと慕われてたんだなぁと。いやまぁ、倒れた音がして血のニオイに振り向いたら猟奇的死体と化した俺がいてビックリしたのもあるんだろうけど。
そして、異変に気付いたロクコが駆けつけるころには全裸の俺がゴーレムの破片の隣に倒れてて、縋りついて泣いているニクがいたらしい。
とりあえず色々べっちょりだったので『浄化』して、服を着せておこうとしたところで目を覚ました、と。
「そうか。驚かせちまったな、ニク。俺は無事だぞ」
「ううう……」
これはまだまだハンカチ代わりの『浄化』が必要そうだ。いつも抱き枕業務でしてるようにニクを抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩く。服がニクの涙とかに濡れるがまぁ何も問題は無い。
「んー、偶然だけどケーマのこの結果を見るに……飴玉にして食べたらお腹の中でそのまま戻る説はありえるわね。いや、ゴーレムの破片がちゃんと外に出てる事を考えるに、死亡までしたらお腹の外で復活する可能性もあるかしら」
「おいおい、俺が死んだってのに冷静だなロクコは」
「さっきも言ったけど、私が来た時にはいつも通り――全裸だったけど――寝てるケーマがいただけだからね。慌てる前に起きたし」
それじゃあその落ち着きっぷりも納得か。
「でも、その説ならそれはそれで一寸法師作戦が使えそうだな」
「イッスンボーシ……ああ、フェアリーナイト? オフトン聖典のアレね」
そういや書いてたっけか、昔ばなし改変シリーズで。
「丸呑みされたフェアリーがおなかの中からオーガを殺すやつ。たしか、物はよく噛んで食べましょうって教訓の話だっけ?」
「え、そっち側主観にしちゃうの?……それなら寄生虫に注意、みたいなところもあるかもな……」
ならいっそ寄生虫に変身した方が早いかもしれん。
「しっかし、毎回死ぬんじゃオリハルコンゴーレムに変身はつかえないなぁ」
「え? どうして?」
「え?……あ、いや、そうか」
不思議そうな顔をしたロクコに、何が言いたかったかすぐ思い至る。
「次は『鉄で水増ししたオリハルコンゴーレム』に変身すればいいのか。うわ、便利だなー【超変身】」
「え、そっち? 次は水増し分をぽいっと捨ててから戻るとか、最悪3日に1回は使えるって事かと」
「……まぁ、実験は72時間のクールタイムで残機が復活してからだな」
うっかりでも死んだら取り返しはつかない。その手の調査はちゃんと残機のある時にしよう。
*
「……ほう、これは中々興味深い話だな」
「へへ、だろ? じゃあダンナ、約束通り――」
「勿論だ。チップを分けてやろう」
「さすが旦那は話が分かるっ! ヒャッハー、これでまたギャンブルができるぜ!」
聖王国は表通りにある賭場にて。酒を嗜みつつチップを積み上げていたナリキンは、情報屋の男に3枚のチップ(銀貨3枚相当)を雑に分けていた。
「あの、旦那様? 先程の情報は……それほど有用なようには思えませんでしたが?」
「む? そうか?」
「ええ、『迷子のペット捜索依頼であった話』なんて何の役に立つんですか。酒が回りすぎでは?」
ナーナの指摘通り、ナリキンの顔は確かに赤かった。ナリキンはリビングアーマーであるとはいえ、潜入の都合で人化している。当然酒が回ってしまう身体だった。
「だが、ペットのワニが迷い込んだ先で危うく食べられそうになっていたとか、面白いだろう?」
「面白い、ですか??」
「違約金を払わないために依頼料より少し高い値段で買い取ることになったんだぞ? 肉としてな。ハハハ、冒険者というのも大変なものだ。見つけるまでが仕事だったのだから、買い取りは依頼者に払わせればよかったものを」
「はぁ。いっそ依頼者がグルでそういう詐欺だった、というオチまであれば完璧ですね」
「ほぉそれは面白いな、よし、ナーナにもチップをやろう」
「……ありがとうございます」
上機嫌で話すナリキンに相槌を入れるナーナ。
まぁ、ナリキン達に休暇をさせるという目的ならこれはこれで成功なのだろうけども。
「しかし、このルーレットという賭け事は程々にチップが尽きませんね。気に入りました」
ロクファはルーレット――勇者由来で、地球におけるそれとほぼ同等のギャンブル――で、ディーラーがボールを投げたのを見てから残り所持チップの半分、5枚を14の数字のところにそっと置いた。
……出た目は14。チップは36倍の180枚になって帰ってきた。ディーラーが苦笑いをしている。
「……奥様、普通はそのような一点買いの賭け方を続けていたらすぐ尽きるのですが。もっと範囲を広くして買っていいのですよ?」
「尽きてないのですし、いいではないですか」
ロクファは目で球の軌道を観察し、球の落下場所を当てている。天使という種族は、そういう観察眼がとても高かった。本来なら戦闘で活用する目である。
もちろんその予測は完璧ではないが、5回に1回は当たる精度だ。……地球のルーレットと異なり、ルーレットの内側、ウィールにひし形の突起がついていないというのも、球の軌道を予測しやすくしていた。もはや未来予知と言ってもいい。
「球が落ちる穴の場所を当てるだけでいいなんて、簡単なルールですね」
「まだまだ遊べそうだな」
遊べる、と言いつつもナリキンが笑顔になっているのは情報収集に働けるからという理由だろう。
ナーナには残り5枚でそろそろ帰れるかと思っていたところの大当たり。まだ長引きそうでため息をついた。
……そして、収集している情報は本当になんでもない情報ばっかりだ。黄色いハンカチの落とし物があっただの、ネズミがどこぞの壁に穴をあけていただの、道具屋の店主が浮気をしているだの、本来情報を探すべき『秘匿されたダンジョン』に全く関係のない話ばかり。
仮にこんな情報をケーマに報告しても「お、おう」としか答えようがないだろう。
「さあさあ、我が妻がまた当てたぞ! まったく幸運の女神よ。さて、そんな幸運にあやかろうというものはいるか? いるならなんでもいい、妻を楽しませる面白い話を持ってこい!」
「旦那、旦那! 俺の話を買ってくれ!」
「いいや、私の話を!」
「ハハハ、順番だ順番。さあさあ話せ」
仮にロクファがただルーレットで儲けるだけではあっさり出禁を食らっていただろう。しかし、ナリキンがチップをばら撒く無茶苦茶な使い方をしているため、店側も特に口出しすることがない絶妙なバランスが成り立っていた。
ナリキンにより盛大にまかれたチップは、それぞれの客が躊躇なく使い、その勢いで更に課金するためむしろ店の売り上げを促進していたというのもある。
ナリキン達自身も、気前よく1日あたり銀貨25枚は軽くばら撒いているし。……本人達は宿に帰ってから「またノルマを達成できなかった」と嘆くのだが。
「……やれやれ、まぁ、これはこれでいいですかね。私も休暇ということで気楽に行きましょうか。あ、すみません。果物を」
ナーナはフロアにいたボーイに先程貰ったチップを払い、ブドウのような果物を受け取る。ぱくりとそれを口に運び、甘味と汁気で喉の渇きを潤した。