ナリキン達の方は。
#Sideナリキン
『……は、暫く休暇、ですか? 好きに観光していい、と』
「ああ。まぁ休暇だな。とりあえず一週間くらい。定時報告はしてもらうけど、それ以外は自由時間ということで」
主、ケーマに身体を貸しての連絡で、小鳥に憑依したナリキンはそんなことを言われていた。ケーマのさらに上司、帝国のトップであるハクに現状を報告したので、果樹園については任せていいそうだ。
『かしこまりました、マスター』
「うん、ロクファも分かったな? あと特別報酬ってことで金貨5枚くらいまでなら好きに使っていいぞ」
「……!? あ、ありがとうございます」
「では定時連絡を終了する」
そう言ってケーマは『憑依』を解いた。ナリキンも同様に解いて、自分の身体に戻る。
ロクファがふぅと息を吐く。
金貨5枚といえば庶民なら1家族が節約すれば2、3年は暮らせる額。一週間で使うには過分すぎる大金だ。
「……一週間で金貨5枚とは。マスターはハク様に仕事を取られたのを余程腹に据えかねていると見えますね、ナリキン」
「ああ。特別報酬とは言っていたが、我々は特に何をしたわけでもない。これは金貨5枚に見合った成果を一週間で立ててみせよということだろうな」
と、会話を聞きつつ部屋の壁際にそっと控えていたメイド姿のナーナが首を振る。ケーマは本気で純粋に休暇と金貨5枚を与えようとしていたようにナーナは思う。貴族になった勇者にはよくあるのだ、金銭感覚が緩くなることが。その分稼いでいるということでもあるのだが。
「いやいや、奥様、旦那様。案外ケーマ様の意図は単純に、気楽に、休暇を楽しめと……言葉通りに受け取っても良いのではないでしょうか?」
「そのような事はないだろう。そもそもハク様へ報告した怪しい場所の調査もほぼマスター自身がし、我々は鳥になって控えていた程度だぞ?」
「ええ。ナーナも鳥かごをもって控えていただけ。それで金貨5枚というのは明らかに多すぎるとは、理解できるでしょう?」
「おや? 今の言い方だと報酬として金貨5枚を使う中に、私も入っているのですか?」
「当然です。外部からの出向とはいえ、同僚でしょうに。ねぇナリキン?」
「無論だ。おぬしもこの資金の使い道を共に考えてくれ、頼りにしているぞ」
てっきり自分は警戒され、監視された上で利用されているものだと思っていたナーナは、その認識に『まったく誰かに似て甘ちゃんですね』と呆れた。ケーマは多少トイを警戒しているようではあるが、それでも甘い。元の身体を拘束したところで、こうして自由に外を歩かせて、監視も最低限なのだ。
主従共にもっと鍛えねば、前の主に敵対させるのも一苦労ではないかとナーナは頭を掻いた。
「では金貨5枚を元手に、どれだけ増やせるか試してみるというのはいかがでしょう?」
「ふむ、商売をするということか? だが、目立つのは諜報員としては失格では?」
「情報を探るには有効でしょうが、そもそも私達に商売は向いていないと思います」
「いえいえ。この世界には賭け事というものがあるのです、このサンシターにも」
とはいえ、大規模な馬レースのようなものはこの地では数か月に一度の興行だ。日頃で賭場と言えば当然のようにダイスを振れる酒場の事を指す。
「……賭け事か。あまり好かんのだが」
「増やすどころか減る可能性の方が高いですしね」
マスターに似たのか堅実を好む2人。ナーナはこの2人を休ませるのも仕事のうちかと言いくるめることにした。
「ちなみに、そう言う場所にはえてして情報が集まるものです。どうです? ここは調査と割り切って賭場にて散財するのも一興かもしれませんよ」
「調査……はっ、そういうことですか……」
「何か気付いたのか、ロクファ?」
「ええ。賭場とは、いかにも『休暇』らしくはないですか?」
「……! そういうことか!」
少し思った方向とは違う気がするが、賭場で遊んでくれるなら一応休みということになるだろうか? どうせそんな場所はハクが調査していないはずもないだろうし、目新しい情報が入ってくることもないだろうとナーナは思った。
「ええっと、一週間と言っていたから、1日銀貨50枚くらい使えばいいのかしら?」
「そこは80枚くらい、ではないか?」
「一応言っておきますと、金貨5枚、つまり銀貨500枚を一週間の7日で割るとおよそ71枚ですからね」
「……では、1日に70枚を軍資金としましょうか。3人で分けると」
「ふむ、30枚ずつだな? では手分けして調査を」
「23枚ずつ分けて1枚余りますが、手分けするより3人まとまって行動する方が旅行者としては自然かと思いますよ。夫婦と従者という組み合わせですし」
むしろ休暇中に計算を勉強させるべきかなと考えるナーナ。
というか、本気で私も混ぜる気ですか? とナーナは二人を見るが、その決定は揺るがないらしい。しかも金を持たせて単独行動させる気だったとか本当にもうこの2人は甘すぎる。
「安心したまえ、一応トランとシーバはナーナに連れて行ってもらう心算であった」
「私が鳥かごを置いて逃げたらどうする気ですかまったく」
「あら。マスターから監視は頼まれていますが、ナーナは別に逃げないでしょう?」
確かに逃げる気はないけれども、これほど危機感皆無の二人にそう言われると何かしでかしてやりたくなってくる気も湧いてくる。しないけれど。
「資金が残ったり増えたりした場合は保管してマスターに返金するとしよう」
「そうですね。ではナーナ、賭場の情報を教えてください」
「……かしこまりました、奥様」
こうしてナーナは二人を連れて賭場へと情報収集という名の休暇に向かった。
(来週は確定申告やるのでお休みです。
納税は大事だぞ!)