古代オフトン教
「こちらがオフトン教の聖堂となります」
そして護衛兼監視の騎士たちに連れていかれたオフトン教の聖堂。そこには確かに立派な石造りの聖堂があった。
纏う空気が古めかしく、それは確かに歴史を感じさせる建造物。窓にガラス等は無く、木の戸が観音開きに付けられていた。
「……ちなみにどんな歴史があるんですか?」
「はい。元々はこの聖堂は800年前、ダイード国ができる前からあったと言われています」
「元々はオフトン教とは関係ないという建物なわけですか」
なるほど、それなら歴史のある聖堂でなんらおかしくはないな。
そう納得しかけたその時、騎士が首を振って否定した。
「いいえ。こちらは古代オフトン教の建物なのです」
「古代、オフトン教」
古代オフトン教。それはかつてこの世界を創った、唯一なる創造神を奉る宗教であった。
その歴史は創生の時まで遡り、そもそもこの世界に『宗教』という概念が生まれる前の話であったという。
すべての人間、いや、すべての生き物は、安寧を信条とするオフトン教を崇め、そして祈りの眠りを捧げた。古代オフトン教はすべての生命体に信仰されていた。
――故に、古代オフトン教は何も特別なものではなく。生活そのものとなり、溶けるように消えて行った。
「今代に蘇ったオフトン教は『サブ宗教』という立ち位置ですが、本来は逆なのです。オフトン教こそがすべての基礎。今信仰されている神々全てがサブ宗教なのです」
「……ということは、オフトン教ってのは創造神を崇める宗教なわけですか」
「いいえ。古代オフトン教はそうでしたが、創造神はもうオヤスミになられたので……今代のオフトン教は神を信仰しない、人のための宗教となっているのです」
つまり、古代オフトン教の延長にありつつ古代オフトン教とは別物――ということか。
「それで、なんで今のオフトン教が『蘇った』になるんですか?」
「この聖堂は先ほども言いましたが国ができるより前から在ったものです。国民の誰もがなぜここにあるのか由来が分からなかった建物なのですが、シスター様が教えて下さったのです。そして、古代オフトン教の事も」
あーはいはいレオナレオナ。
腕の欠けた像や、誰も気にしていなかった柱の傷とかにも古い由来があったとか嬉しそうに教えてくれた。
へぇ、これが600年ほど前に寝台戦争で創造神の子によって投げられ壊れた石像。神代じゃなくて寝台。つまりどちらが2段ベッドの上になるかでの争い……子供か!
もちろん情報源は例のシスター。鑑定スキルを使って調べてくれたらしい。
「ちなみにそのシスターはいつこの国にオフトン教を広めていったので?」
「それが、定かではないのです。言い伝えでは10年前とも、1年前とも言われることがあります。まぁさすがに1年はあり得ないですが。私が子供の頃にはあった宗教ですし」
「へぇ」
見る分に、この若い騎士は20歳くらいではありそうなのだが。
と、ここでくいっとロクコが俺と腕を組んだまま空いてる手で俺の服を小さく引っ張る。
そして、内緒話をするように小声で話しかけてきた。
「おかしいわよね? どうなってるのかしらこれ」
「……記憶操作とか受けてるんじゃないか?」
仮にすべての人間に「長い歴史があるという記憶」を植え付けられ、「それを裏付ける建造物や完璧に捏造された証拠」がある「数日前に作られた町」があったとしよう。
それは、「歴史がある町」ということになるのだろうか?
……「非実在の、歴史がある町」、というのが正しいか。漫画や小説でなく、現実でそれをやるというのはさすがレオナとしか言いようがない。
「一体レオナは何がしたいんだ?」
「壮大な実験でもしてるんじゃないの。私にはわからないけど」
俺にも分からん。
で、ミサが始まった。
普通の教会のような長机に長椅子が並んだ部屋。俺達は目立たずそこそこ真ん中あたりのいい位置での参加だ。
オフトン教の神父とやらが前にある教壇でオフトン教の物語を語っていく。
「かつて、この地には古代オフトン教があり――」
先ほど聞いたばかりの話と同じような事を話す神父。
騎士たちもこの説教を聞いて育ったということ――そういう「設定」なのだろうか。
そして最後は「今こそ人の世に神の無いオフトン教を。気まぐれな神に頼らぬ安寧を人の手で手に入れよう」と締める神父。どうやらこれでミサは終わりらしい。
……俺の知ってるオフトン教のミサと違う。まぁ信徒は勝手に寝こけてるから全く違うってわけでもないけど。
「いかがですか勇者様。オフトン教に入信していきます?」
「おいおい、こいつを見れば分かるだろう?」
男騎士がそう言ってきたので、俺は胸元から紐でつるした勇者の腕輪を取り出して見せてやる。幅が5mmくらいの、ペンダント代わりに吊るせる腕輪。
分かりやすいように軽く揺らしてみる。
「それは勇者の腕輪……?」
「分からないのか? オフトン教の聖印だよ。確信が持てなかったから言わなかったが、どうやら俺達の居たところにあったオフトン教と似ているようだ。何か繋がりがあるのかもしれない」
「なるほど! まさかオフトン教が勇者様の世界にも広がっていたなんて!」
俺がそう言うと、緑がかった白い石で作られたオフトン教聖印を取り出す騎士。ヒスイだろうか? こういうのもいいな。
カチン、と聖印同士をぶつけて挨拶した。この挨拶は、こちらのオフトン教にも伝えられているらしい。
ロクコと女騎士も聖印(ロクコの方は聖印のように首から下げた腕輪だが)で挨拶を交わしていた。
*
そして夜。俺とロクコは、トイ・ティンダロスとの面会を行うことになった。
晩御飯? 買い食いでお腹いっぱいだからとお断りさせてもらったよ。素晴らしい食文化だと褒めたら相手もニコニコしてた。
明日の晩は宮廷料理も味わってほしいから是非腹を空けておいて欲しいと言われてしまった。明日には何かしら行動を起こさないといけないだろうな。
兵士に案内され、魔術研究所所長室へとやってきた。案内してくれた兵士はそのまま先触れとして一足先に中に入っている。俺はロクコと2人、扉のすぐそばで待った。
「この部屋の中にいるわけだな、トイ・ティンダロスが」
「兵士の話によると、昔からお爺さんらしいけど」
俺の知るトイだとしたら、情報ではレオナの孫ってことになるんだが……レオナの孫でお爺さん……いや、あれで500歳くらい(本人曰く永遠の17歳だが)らしいからおかしい事でもないと思うんだけど。
同名の別人だろうか? レオナならそういう引っかけもやってくるかもしれない。
と、兵士が戻ってきた。もう入ってもいいとのことで、これを伝えた兵士は役目を終えたとばかりに帰って行った。
俺達はいよいよ満を持して、トイ・ティンダロスとの面会をすることにする。
扉をノックすると、しわがれたお爺さんな声で「どうぞ」という返答があり、俺は扉を開けた。
「失礼しま――」
「――ご主人様!」
そして、扉を開けた直後にメイド服を着た小さな子供が俺に飛びついてきた。
「え、ちょ!?」
「ご主人様ご主人様ご主人様っ! お会いしたかったですご主人様!」
その犬耳褐色幼女は俺の事をご主人様と呼び、犬のようにぐりぐりと俺に頭をこすりつけてくる。ちょ、というか――
「なんでニクがここにいるの!?」
「ふぉっふぉっふぉ、大喜びじゃのぉ」
「ありがとうございますティンダロス様、おかげでご主人様にお会い出来ました!」
――ロクコの吃驚した声。ローブを着た顔の見えない爺さんが、ソファーに座ったまま、俺達3人を笑って見ていた。
(書籍化作業が終わらないので来週はお休みするかもです)





































