怪しい男達
『踊る人形亭』食堂。そこで二人の少女が話に花を咲かせていた。
「やー、オウドン美味しかったでありますなぁマイ殿」
「そうですわね、シキナ様」
最近すっかりケーマからの扱いが適当になっているエルフ、シキナ・クッコロ。
そしてニクの婚約者、マイオドール・ツィーア。
ケーマ達が魔国に行っている間はツィーア家でシキナを預かっていたこともあり、2人はすっかり仲良くなっていた。
ちなみにマイオドールはこっそりニクからお土産を貰ったりしている。特に使い道のないタペストリーだったが、マイオドールは嬉しそうに抱きしめて受け取っていた。
「自分も個別のお土産欲しかったであります……」
「その分、クロ様……んんっ、クロに魔国で覚えてきた技とか教えてもらってるじゃないですか。それがお土産といっていいのでは?」
「おお! 確かにそうでありますな! さすがはマイ殿であります」
ちなみにゴゾー達等の村の幹部連中にはしっかりとロクコがお土産を用意していた。魔国のお酒とか。
「師匠も魔国の闘技大会で3位入賞とかいう好成績を収めた故、弟子としても鼻が高いでありますよ」
「ですわね。クロも本戦出場したそうですし……ああ、雄姿を見たかったですわ」
「クロちゃんならいつもと変わらず飄々と戦いそうでありますな」
はふぅ、とマイオドールはニクが闘技場で悠々と敵を倒す姿を想像し、悦のため息をついた。きっと将来の夫に相応しく素敵だったに違いない。
「師匠の必殺技も気になるでありますなー。魔法らしいのですが、自分には対抗できるでありましょうか?」
「そういえばケーマ様、ライオネル皇帝陛下から神の寝具の使用権を得られたそうですわ。その対価をどうするかは私達管理者側で決めて良いそうですし、それを使って必殺技を使ってもらうというのもありでは?」
「で、ありますな。クッコロ家にも通達が来たであります。……まぁ、もっともそれは自分の方で勝手に決めてはいけないとも言われたでありますが」
まぁ当然か、とマイオドールは頷いた。上手く使えば今話題のドラゴンを従えし者にして魔国の闘技大会3位入賞という実力者であるケーマと、より深い友誼が持てる権利なのだ。普通にお願いして聞いてもらえそうな事を対価にするのは勿体ない。
それに、許可が出たからと言ってホイホイと安易に貸してしまっては権威が落ちてしまうというもの。
「逆に対価を保留とし、後々の布石とするのもありですわね」
「あー、いいでありますなぁ。貸し1つ! でありますか」
そうして話が盛り上がってるところに、客が現れた。
当然ここは冒険者向けの宿の食堂である。客が入ってきて当然なのだが――
「ふむ、思っていたよりは手入れが行き届いているな。狭いが」
「王子。学園の食堂と比べていませんか? まぁそもそもが学園より小さな村でしょう」
「む、そうだな」
あからさまに育ちが良い男。普段この食堂に出入りする冒険者達とは一線を画した存在感の男3人だ。というかそもそも王子とか言ってしまっている。
「おい、食券はどこに出せばいいんだ?」
「はーい、こちらでお預かりしますっ。おっ、Cランク定食ですか」
全体的に薄緑色の育ちざかりなメイドさんが食券を受け取り、席に案内する。
今は空いているので配膳してくれるようだ。
「マイ殿、今のは珍しいでありますな」
「ええ。あれはダイード国の王子ですわね」
貴族であるマイオドールは、一応知識としてダイード国の王子の顔くらいは知っていた。さすがに王族レベルになると姿絵が出回るのである。……帝国の皇女の姿絵は、暗殺対策なのかマイオドールが知るだけでも3種類の人物が確認されているが。
だがシキナはそれに首を振った。
「いや、そっちでなく。食券の使い方を知ってたでありますよ?」
「……それって珍しいですか?」
「珍しいであります。初めてここに来た人は、大抵戸惑うんでありますよ」
「そうなんですか」
普通の大衆店では余計な手間をかけて食券を配るところなどはまずないし、高級店ではお客様を煩わせる食券など使わないのである。
帝国広しといえど、食券システムを採用しているのはこの『踊る人形亭』くらいのものであった。
「カウンターで教えてもらったのでは?」
「どちらかというと、食券と言う存在に慣れ親しんでる形でありました。あれは『ここに来るのは初めてだけど食券は知っている』という動きでありますな」
「……シキナ様って案外そう言うところ見てるんですわね」
「師匠には敵わないでありますけどな。クロちゃんの表情を読み切るんでありますよ?」
「え、クロ様――んんっ、クロは結構表情豊かですわよ? 顔はともかく」
それはそれとして、ダイード国の王子たちは早くもCランク定食を受け取り、食べ始めた。……なるほど、確かに特に驚いているような様子が無い。と、マイオドールも違和感に気が付いた。
Cランク定食は、牛肉のごろっと入っているシチューである。普通に考えて、こんな田舎の村で牛肉などがホイホイ出てくるのはおかしい。ダンジョンでミノタウロスが出るのであればミノタウロス肉と言う可能性もあるのだが……
この付近でミノタウロスが出現するダンジョンといえば、【火焔窟】。ケーマのような一流の冒険者でもなければ気軽に仕入れてくるなどという事もできないだろう。
牛肉が食卓に上がることを特に不思議に思わない。こんな他国の村にまで足を運んでいる王子のくせに、世間知らずにも程があった。
「……ケーマ様にお伝えするべきでしょうか?」
「受付から連絡いってるのでは? と思うのでありますが」
「今の受付はネルネさんですよ? そういう報告すると思います?」
いつも上の空でぽやぽやしてる印象しかないネルネ。……貴族の情報とか、まず気にすることはないだろう。王子の顔とかも知らない可能性が高い。勇者ワタルですら一般人扱いするネルネは、そもそも人の顔の区別がついているのであろうか? 恐らく2、3回会ったくらいの人間では顔を覚えられていないだろう。
むしろシキナも自分の名前も憶えられてる自信がない。
シキナも、これはちゃんと報告しておいた方がいいなと察した。
「……それなら自分が伝えておくでありますか」
「私もクロにお伝えしておきますわ。ふふ、褒めてくれるかしら」
「自分も師匠に褒めてもらえるかもでありますな!」
とりあえず、そういうことになった。
(書籍化作業中……12巻は1月発売……!)





































