予選大会最終日(2)
予選最終日の戦いもいよいよ佳境。残すところはそれぞれの決勝だ。
3位決定戦は予選では意味がないので、決勝まで終わった後に余興レベルでやるんだそうな。
「決勝の前にやって、引っ張るかと思ってたけど」
「あらロクコのマスター。魔国の連中はね、猪突猛進なのよ?」
「さっさと決勝やれ、ってなるわけね」
気性の違いが文化の違い、あると思います。
というわけで、ニクの予選決勝戦だ。
さすがのニクも緊張している――と思いきや、全くそんなことはなく。いつも通りの無表情と気負わない尻尾で対戦者と対峙していた。
「ニクの決勝の相手は、狼獣人か」
「いいえロクコのマスター。あれは人狼よ」
「……ん? ワーウルフって、モンスターの?」
「ええ。そうだけれど?」
魔国では普通にモンスターがモンスターという事を隠さずに、それでいて人間と同じように生活しているらしい。……帝国では、ミーシャが猫獣人って言い張ってたっけな。
「その辺は、魔国の方が懐が深いってことかな」
「ええ、強ければそれで良いのよ。もっとも私達から見るとモンスターはDPが少ないからあまり増えられても困るけれど」
「そうか。そういや人間とモンスターでどう違うのか分からなくなりかけてたけど、俺達が見たらそういう違いがあったな」
相手のワーウルフは全身毛だらけで頭は完全に狼、上半身は筋肉質で下半身はやや狼っぽい早そうな足。ケモ度75%くらいの、まさに『人狼』というにふさわしいワーウルフだった。
決勝の舞台で、向かい合うニクとワーウルフ。レフェリーの合図はまだもう少し後。
と、ワーウルフが鼻でフンと笑う。
「犬が狼に勝てる道理があるか?」
「勝てば勝ちですよ?」
「ハハッ! 言いやがるな小娘! 気に入った! 強い仔が作れそうだ、俺の仔を産め!」
「お断りですが?」
試合前の口上で何を言ってるんだあのワーウルフ。こっから股間を狙撃してやろうか。
「情熱的で素敵ね。私のマスターにもあれくらいの気概が欲しいわ」
「あら、アイディとセバスってそういう仲なの?」
「物の例えよ。けれど、強い雄は好きよ? 屈服させて侍らせたくなるわ」
アイディは手を頬にウットリと言う。小指を噛むように口端に添えてるのがなんか艶っぽい。……ロクコ、真似しちゃだめだぞ?
「始めッ!」
と、レフェリーの合図で試合は始まった。ここまですべての敵を瞬殺してきたニク。早速勝負が付けられるか――と思ったのだが、あちらも決勝進出するほどの猛者。ニクのナイフを掴んで受け止めた。
「む、斬れないですか。頑丈な毛ですね」
「ハッ! 俺を斬りたければ切れ味増大の魔剣でも持ってこい!」
「そうですか」
「え? ぬぐわッ!?」
それまで魔剣ゴーレムナイフを起動していなかったニクが、ナイフに魔力を注ぐ。
すると掴んでいた手がズバッと斬れ――いや、ギリギリで放したか、指は繋がっていた。手から血を流していたが。
「お、おま、それ魔剣だったのか! 使っていなかっただろうに!」
「……? 魔剣の使用も可能だったはずですが?」
「まさかここまで魔剣を温存してたのか……我が傷を癒せ――【ヒール】」
「使うまでもなかっただけです」
斬りつつ、避けつつ、回復しつつ、蹴りつつ。一体どうなってんのこいつ等と言わんばかりに戦いながら平然と会話するニクとワーウルフ。
よくあんなに体を動かしながら平然としゃべれるもんだ。まぁ魔王流はそもそも呼吸自体しないとかいう代物らしいから、それに比べれば喋るくらいなんともないんだろうが。
「はぁああ、食らえ、【スラッシュ】!」
ワーウルフが治したばかりの手で、爪を立てて振り抜いた。剣術スキルではなく爪術スキルによる【スラッシュ】攻撃。ニクはこれを軽く体をそらして回避するが――
「【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】!」
「むっ、はっ、とっ、よっ、ほっ、はっ」
素早い連続攻撃。爪が縦横無尽にニクを襲うが、冷静に2本の腕を見極めて避けきる。
「【スラッシュ】【スラッシュ】【スラッシュ】スラッシュ【スラッシュ】!」
「ふっ、はっ、とっ、ぐ!? あぐっ!」
だが、執念とも思えるほどの更なる連続攻撃。ニクはこれを避けきれず食らってしまった。ただ、ガードはした。振り下ろしの一撃をゴーレムナイフで受け止め、その次の【スラッシュ】を脇腹に食らい吹っ飛ばされる。
「ちょ、ちょっとアイディ! ニクが吹っ飛ばされちゃったんだけど!?」
「今のは魔王流、『騙し』ね。子犬にも教えておいた技よロクコ」
「え、何。今のって何かあったの? 解説してアイディ」
「……スキルを使わず叫んだだけのが混ざってたでしょう? 人狼のアレは本来スキルではありえない軌道で攻撃を当て、崩れたところにスキルを当てるという姑息な技術よ」
なるほど、アレってそういう技……単に発動が早い単調なスキルを連発してただけじゃなかったんだな。ふぅん。
「それで、」
「ニク大丈夫かしら、蹲っちゃってるけど」
「ああ、大丈夫だ。あれくらいはセバスとの訓練でよくあった」
「え、そうなの?」
「……ええ。ロクコのマスターの言う通りよ。そもそもダメージ受けたくらいで精彩を欠くなら子犬は所詮その程度ということ。最期まで全力で戦えてこその魔王流なのだから。……もっとも、心配する必要はないわロクコ」
しかしニクは攻撃を受けた脇腹を抱えて蹲っていた。
そこに、追撃と言わんばかりに襲い掛かるワーウルフ――
「貰ったァ!」
――だが、それこそがニクの思惑通り。
ニクは、トドメを欲してほんの少しだけ大振りになったその隙を見逃さなかった。
ダメージを受けて動けなくなっているフリから、目の前から消えたと錯覚するくらいの勢いでニクはワーウルフの懐に潜る。そして、攻撃を外したワーウルフの首に、すっと音もなくナイフをあてがった。
当然、魔剣ゴーレムナイフは起動状態にある。首の毛を刈り、さらに少しだけ肉を斬ったところ、頸動脈のギリギリ手前でそのナイフを止めた。ワーウルフは、それ以上動く事ができなくなる。
「あの程度でわたしを倒せると思いましたか?」
「……参った。やるじゃねえかチビ」
「はい」
降参の言葉を得て、ニクは無表情のまま、尻尾をブンブン嬉しそうに振りつつ離れる。
「おおっと! これは大番狂わせ!! 前回本戦三回戦まで出場したスクジラ選手、まさかの予選敗退! 降したのは帝国からの刺客、『黒き猟犬』ニク・クロイヌ選手! 小さくも鋭いこの牙は、この魔国へどこまで食い込むのかーーッ!」
レフェリーの口上も派手さを増している。スクジラ選手は前の大会で本戦出場し、勝ち抜いた経歴を持つ本命選手だったらしい、さすが予選決勝戦。
と、ニクがこちらに手を振っていたので、振り返してやった。
「え? 何、スクジラ選手の『騙し』を食らったんじゃないの?」
「何を言ってるのロクコ。子犬のあれが魔王流、『騙し』よ? そう言ったでしょう」
「へ? そっち?」
うん、これはアイディの解説が悪い。
魔王流、『騙し』。
これは俺も教えてもらったが、本来は「やられたフリをして第二形態を出す」という実に魔王っぽい技なのである。
もっともニクには第二形態などないので、本気を出して動いたくらいのものだろう……あ、最後の跳ね方がちょっと不自然だったからゴーレムアシスト解禁とかかもな。
「えーっと。じゃあスクジラ選手のは? なんて技だったの?」
「? あの程度の泥臭いフェイントにいちいち名前なんて付けないわよ。少なくとも魔王流では、ね」
まぁ、そういうことらしい。
ともあれニクの予選突破が確定した。うちの子強い。
あ、それとセバスも予選突破した。こっちの相手はセバス基準では雑魚だったので特に語ることも無しである。
最後の1人も、ムゾーを降したガイガンキン選手が因縁のアルジャーロ・メノウェ選手に勝利して本戦出場を決めた。
こうして、この町からの4名の本戦出場者が決まった。
(だんぼるコミカライズ11話更新されました! 2カ月強ぶり!)





































