魔国の訓練
(おかげさまで、だんぼる10巻がラノベニュースオンラインアワード2019年3月刊にて、総合部門・笑った部門の2部門で選出されました。ありがとうございます! やったね!)
アイディのマスターと運動場……ホーム闘技場までやってきた。ニクは一緒だが、アイディとロクコは一旦支度をするので後から来るそうだ。イチカはネズミレースの仕事へ行った。
「ところでアイディのマスター、お前のことは何て呼べばいいんだ?」
「……さて、適当な村で産まれて適当に番号で呼ばれて育ったからな、名前は無い。しいて言えば人間牧場5の52番、というのが名前だ」
なにその通し番号。これが魔国か。
「呼びにくいな。ダンジョンコアと被るだろそれ」
「俺達人間牧場の奴隷には、クソありがたいことにダンジョンコア様達と名前が被る可能性がある栄誉が与えられているんだそうだ」
口が悪いな、この執事。こっちが本性か? 本当に調教されてるのかねぇコレ。
「まぁ異世界人のお客様には呼びにくいことは間違いないだろう……そうだな。執事だし、セバスとでも呼んでくれ」
「あれ、俺が異世界人だって言ったっけ?」
「お嬢様が言っていた。それに、前は異世界の衣服を着ていただろうが」
そういやこいつと最初に顔を合わせた時はジャージ着てたんだった。
一瞬こいつも地球人でシンパシーでも感じたのかと思ったが、そんなことはないか。
「まぁいい。お客様のことは何とお呼びしましょうか?」
「微妙に敬語が混じるのはなんなんだ? まぁ、ケーマと呼んでくれ」
「教育、いや、調教ってやつだ。かしこまりました、ケーマ殿」
木剣を取り出すセバス。最初は素振りだろうか、なんて思っていたら俺に向けて剣を構えた。
……これあれか、素振りじゃなくていきなり模擬戦からってやつかぁ。いよっ魔国。
「準備運動くらいさせてくれないか?」
「……まぁいいだろう。だが魔国ではいきなり戦闘が始まるのは常識だ、朝起きたら必ず済ませておけ。準備運動前を狙ってくるのもいるがな」
ほんっと修羅の国だな、魔国。
「では、そのあいだはわたしが」
屈伸する俺に代わり、ニクが木剣を構えて俺の隣に立つ。どうやらニクはやる気満々のようだ。
強くなれるチャンスにホイホイ乗る子……魔国の空気が合うかもしれない。
「お前は準備運動は良いのか?」
「わたしは、ご主人様の道具ですから。いつでも使えます」
「良い心がけだ。魔国に向いてるぞ、お前。永住するか?」
「しません。わたしはご主人様のおそばに」
嬉しい事を言ってくれるニク。でも道具と言っても武器じゃなくて抱き枕なんだけどね、一応。
そしてニクは、すっと木剣を構える。ニクの持つ木剣は両手に1本ずつの二刀流だ。ただし、セバスの持つ木剣よりは短い。
「いつでもいいぞ」
「……」
ニクは特に声を出すこともなく、セバスに斬りかかる。
左下から斬り上げるような一撃。だがこれはセバスに軽く剣で受け流される。しゅりん、と木と木がこすれる音。真正面からぶつかっていない証拠だ。
だがニクは二刀流。右の剣がダメなら左の剣で襲い掛かる。が、これも軽く体捌きで回避される。
そして、2つの攻撃をはずしたニクの胴に、当然のようにセバスから蹴りが飛ぶ。
ニクは後ろに吹っ飛び、一回ごろんと回転するように受け身をとって立つ。
「ほう、声を出さないのか。攻撃するとき、犬系は特に吠えたがるもんだが」
「どうせ、私の声では威圧できません」
吠えるというのは自分を鼓舞し、相手を委縮させるための行為。威圧ができないなら鼓舞のみが効果になるが、所詮は自分の心の持ちようだ。必要が無いならやる必要はない。そういう考えらしい。
「良い判断だ。自分で後ろに飛んだのも含めてな」
俺には完全に食らったかのようにしか見えなかったが、ニクは蹴りにあわせて後ろに引いたらしい。ダメージは最小限とのこと。
……この1回のやり取りに、もはや俺にはついていけそうにない。
「早速戦ってるわね」
「来たわよケーマ! あら、ニクとアイディのマスターが戦ってるのね」
ここでアイディとロクコが合流した。アイディとロクコはなぜか体操服を着ていた。ブルマは帝都でも売ってたからいいとして……靴がスニーカーだ。これは帝都でも売ってなかったと思ったんだが。
「どうしたその靴」
「え、この格好を見てまずそこ? もっとこう、可愛いとか褒めなさいよ」
「いやまぁ、運動に適した格好に着替えてくるのはいいとしてもだな? そんな靴あったか?」
「ああ、ロクコがDPで出してくれたのよ。異世界の運動着と靴らしいわね」
「ちゃんとアイディには高く売りつけておいたわ! 友達価格で!」
友達価格なのに高く売りつけておいた、というのはあえて聞くまい。
まぁDPで出したっていうなら納得だけども……
「そういうのホイホイ出回らせていいのか?」
「構わないわ。『ダンジョン産の不思議な代物』は、魔国でもよく出回るから」
なるほど、答えに便利なダンジョン産。実際DPで出してるから嘘でもない。ただ選んで好きなものを出せるというだけで。
「それにしてもニクとアイディのマスターは互角って感じかしら? どうなのアイディ?」
「ああ、あれはウチのマスターが遊んでるわね」
「そうなの? ニクの方がガンガン打ち込んでるみたいだけど」
「完全に捌いてるでしょう……そういう見方もロクコに教えてあげないといけないわね?」
と、俺の隣に2人が立って話し込む。俺も良くは分からないが、セバスは余裕で、ニクにあまり余裕がないことくらいは分かるな。
その後も木剣で打ち合い、斬り合い、結局ニクの木剣が壊れるまで模擬戦が続いた。
当然、武器を壊されたニクの負けである。
……なんやかんやニクが負ける時って大体武器が壊れてる気がする。丈夫な武器を持たせてやるべきだろうか? オリハルコン混ぜればきっと壊れない武器ができるだろうけど。
「……暗殺者に向いてる犬だな」
「どうも」
「だが首を狙うのが見え見えだ。フェイントを入れても結局狙うのが急所だけでは読みやすい」
「……はい」
「それと、武器が壊れるということは無駄が多いということだ。戦闘ばかりで素振りをしていないだろう?」
「……」
図星なのか、ニクが黙る。というか、あれだけ動いて2人とも息切れもしないとか。汗は少し掻いているようだけど。
そんなセバスが今度は俺を見て言う。
「で、準備はできたのか?」
「あ。すまん忘れてた」
そうだった。俺が準備運動する間にニクが戦うって話だった。
すっかり見入ってて準備してなかったぜ。
「……おい犬。お前の主人は相当間抜けだ。これじゃ戦場ですぐ死ぬぞ」
「ご主人様はわたしが守るので」
「命懸けで守ったところで、お前が死ぬまでぼーっとしてたら意味ないだろう。ちゃんとそこんところ叩き込んどけ」
「むぅ」
酷い言われような気もするが、正論である。……というわけで次は俺とセバスの模擬戦なわけだが、ニクが勝てない相手に俺が勝てるわけもないよなぁ。