お泊りの相談
尚、この会話はアイディが隣にいる上で行われている。
当然のようにアイディ(とついでにロクコ)はばっちり搾り取る宣言を聞いていた。
「……つまり私はこれから理不尽に料金を上乗せされて請求されるという事かしら?」
「あら、それは心配ないわ。あくまでも適正価格で搾り取るだけよ。あなたはケーマさんの、この宿のサービスに満足してお金を払う。ただそれだけよ?」
「全く、流石は爺様の仇敵にしてテンランカー、ハク様ね。でもそれで私を説得した心算?」
「ただの事実を言ってるだけだから何の問題も無いわ。そもそも、問題があるならあなたやロクコちゃんの目の前でこんな搾り取れだなんて話をしないものよ」
「……」
アイディは少し目を瞑り、思考を巡らせる。
「……成程。それも道理ね」
そしてあっさり言いくるめられた。まぁいいけどね。
「ケーマ、つまりどういう事?」
「要は宿としてはお金を払っても満足いくおもてなしをすれば問題ないってことだ」
「なるほど分かりやすいわ」
ロクコも頷いた。
と、そういえばここでひとつ気になった。
「ちなみにハクさん、うちの宿のスイートは1部屋しかないのですが……ハクさんも同じ部屋に泊まるので?」
「他にどこに泊まれと? まさか一般部屋……などとは言わないでしょうね」
「本来お客様をお泊めするような所ではありませんが……ロクコの部屋で、姉妹の語らいなどいかがでしょう。ロクコの部屋の寝具はスイートと同等のものが使われていますし。お値段は――」
ダンッ、と、ハクさんの【収納】からテーブルに金貨袋が置かれた。……金貨100枚は入ってそう。
……スイート料金据え置きで、って言おうとしたんだけどなー。上乗せされちゃったかー。出されたモノ引っ込ませるわけにもいかんし、ハクさんにとってはこれだけ出してもいいと思ってるわけだし、受け取っておこう。
「とりあえず1泊分です。足りなければもっと出しますけど?」
「いえ。十分です」
「もしもしハク様? 真逆これも私の宿泊料金に上乗せ請求する気かしら?」
「さすがにそれはしませんよ666番。これは私のポケットマネーです」
なら良いわ、とアイディはそれ以上言及しないことにしたようだ。
「ちょっとケーマ、勝手に決めないでよ。……まぁ、他にハク姉さまをちゃんとおもてなしできるトコとかないし、いいけど」
「おう、ハクさんのおもてなしは頼れるロクコに任せた」
「……任されてあげるわ。じゃあハク姉さまは私の部屋に泊まるのね、ちょっと部屋片づけてくるわ」
「あら、私は別に普段そのままのロクコちゃんの部屋でいいんですけど?」
「そうもいかないです姉さま、散らかってるから私が恥ずかしいし」
「……それがいいんですけど? なんなら、片付けを手伝ってあげても」
「もう! 意地悪言わないでください!」
そう言ってロクコは少し赤い顔で中座し、自分の部屋を片付けに行く。ハクさんは満足げに見送った。
「……あ、ちなみに留学に関しては色々な密約を交わしているのでロクコちゃんの安全は保障されています。また留学期間中はこの村の冒険者ギルドにミーシャを派遣するので、ダンジョンの安全も私が保証しますよ」
「……ミーシャって帝都のギルドマスターですよね? こんなとこに来ていいんですか」
「どうせ寝てるだけですから」
ハクさんの保証なら安心なようなそうでもないような……まぁいいか。ハクさんがロクコを害すとも思えないし、任せてしまおう。
ってちょっとまってハク様。今「ロクコちゃんの安全は」って言ってたけど俺は保障されないんですかね。されませんか。ロクコにピッタリくっついて離れないようにして結果的に保障してもらうしかないな。
「とりあえず今回、私は2日程滞在できる見込みです。666番、帰りたくなったら冒険者ギルド経由で連絡を入れなさい、良いわね?」
「はい、分かりましたハク様。……それにしても、1泊金貨50枚分の宿というのは興味がそそられるわ。もし納得できないようならどうしちゃうか分からないけれど」
「あら大丈夫よ。私の保証が信用できないとでも?」
「いいえハク様、信用しているわ。それこそ、納得できなかったら留学時のロクコ達の宿は『村』でいいかなと心に決めるくらいには……ああ、もちろん手は出させないわ? ロクコのマスターは保証しないけど」
にこりと挑戦的に微笑むアイディ。『村』というのはもちろんロクコの教育にまったくよろしくない人間牧場のことであろう。ふざけんなこのやろう。そして俺にも手を出させるんじゃあないよお願いします。
「まぁケーマさんは別にいいわ」
「いや俺のことも保証してくださいよ……」
「ええ、大丈夫よ。私もケーマさんがアイディを納得させるおもてなしをしてあげられるって信じてるから」
うーん、なんだかんだプレッシャーをかけてきおる。さすがハクさん。
「ところで、ウチの宿は人間基準なんですけど魔剣型コアの人化したのって同じ感覚で大丈夫なんですか?」
「……きっとケーマさんならできるって信じてるわ?」
「えええ……どうなんだアイディ?」
「大丈夫よロクコのマスター。そこは先に宿泊料金を正直に提示した潔さに免じて、ニンゲン基準で判定してあげる。――もちろん、私本来の姿としても快適なら加点してあげるけれど」
「それはよかった。あと、俺の事はこの村では村長とでも呼んでくれ、ロクコのマスターロクコのマスターって人前でも言われたら色々と不自然だ」
「分かったわ村長。では私の事もアイディ様と呼びなさい? 国賓なのだからそれなりの態度でね」
「かしこまりましたアイディ様。僭越ながらこの宿、『踊る人形亭』で心ばかりのおもてなしをさせていただきます。どうぞごゆるりとお寛ぎください」
俺がそう言うと、面食らった顔になるアイディ。ん? どうかしたか?
「……案外やるわね。いいわ、今までと同じように接して頂戴」
「おやそうか。堅苦しいのは面倒だから助かるよ」
「その代わり、ちゃんと宿のおもてなしはしてもらうわよ?」
「ああ、そこは任せとけ。人間基準だけどな」
……それじゃ、自分でも本当に金貨50枚分の価値があるかどうかはわからんが、存分に堪能させてやろうじゃないか、この宿のおもてなしを!