ドラーグ村へ二度目の訪問(3)
(見直しは寝て起きてからするますでござるよ、にんにん
……水量まわりどうするかなぁ。直すー?)
「ところで、ひとつケーマ殿に話があるのだが……良いか?」
……なんだよ。面倒ごとならお断りだぞ?
そう思いつつも俺は友達(外交上)であるシドの誘いを断ることもできず、ドラーグ村村長邸にやってきた。お、壺が増えてる。
俺とニクを椅子に座らせ、それぞれ後ろに護衛たち。あとシドの家のメイドさんがそっとテーブルにお茶を出した。
「あの魔道具のお蔭で今後は水も気にせず使えそうだな」
「ん? 生活用水に使うならもっと水量多い方が良かったか?」
「十分だ。元々雨水とか水差しの魔道具でやりくりしていたんだ。この辺りはそれなりに雨も降る――っと、これはゴレーヌ村村長のケーマ殿には常識だったかな」
そうだね普通に雨も降るもんね。山の反対側で気候がまるっと変わったりもするけど。
「それで、話ってのはなんだ? 怪しい儲け話ならお断りするぞ?」
「悪い話じゃない。ケーマ殿にもいい話のはずだ」
「そう言うが、悪い話に誘う奴は素直に悪い話をしますとはなかなか言わないだろうよ」
「確かに……ええと、儲け話だが怪しくはない、ということになるかな?」
「いいからさっさと話せ」
聞いてやるから、と先を促すと、シドは一回頷いてからゆっくり話し始めた。
「要は、パヴェーラ家とケーマ殿の繋がりを強固なものにしたいという話なんだが」
「ほう。つまり俺とシドの友情をより強くするための話なのか」
「ああ。それにはやはり婚姻が手っ取り早いと思うんだが、どうだろうか」
「ふむふむ……つまりパヴェーラ家の誰かを娶って欲しいと?」
「いや――ああ、そういうことに、なるか。そうだな」
そうか。つまりこれはあれだ。ツィーア家でもあったように、婚姻で仲を深めようとする策だ。俺は詳しいから分かるぞ、貴族って奴はすぐ血の繋がりで縁を保とうとする。
「ダメだな。俺にはロクコがいる。お断りだぞ」
「いや。ケーマ殿じゃない。クロイヌ殿の方だ」
「うん?」
そう言ってシドはニクの目を見る。
「どうか俺と婚約してもらえないだろうか?」
真剣な声で言うシド。
「……ご主人様」
「おいまてシド。クロが困惑してるだろ。なんの冗談だ?」
「俺は本気だ!」
助けを求める視線を向けてきたニクを庇ったが、シドはさらにゴリ押してきやがった。
俺は少し目を閉じて考えた。あ、このまま寝たい。ダメ? ダメだよなぁ。そういえば俺ってば副村長から仕事しないように言われてるんだけどなー。もうなー。
……さて、現実逃避はさておき、どうにか対処しよう。
「というかだ、クロはツィーアのマイオドール様と婚約してる。シド殿と婚約する余裕はない」
「何を勘違いしているケーマ殿。マイオドールとクロ殿の婚約を解消させる必要などないだろう?」
「……え?」
「貴族には、第二夫人というものがある」
第二夫人。それは甲斐性の有り余る男に許された両手に華。
ただし第一夫人と第二夫人の仲が悪いと、間に挟まれる夫は大変なことになるし修羅場や火サスやなんかもう面倒なこと請け合いだ。
そして跡継ぎを産んだり遺産がどうのとなったり、まぁ、その、とにもかくにも面倒で面倒が面倒な面倒という面倒である!
「いやいやいや、ダメだ。第二夫人はダメだろう」
「だが俺とクロイヌ殿とマイオドールが綺麗にひとつにまとまるいい話ではないか?」
「どっちが正妻かとかで揉めたりは……それはないか」
「ああ、それは一見して明らかだろう?」
奴隷のニクと領主貴族のマイオドールであれば、明らかにマイオドールが第一夫人だよな。
「だがそこまでして婚姻を結ぶメリットがこちらには無いだろ」
「ボンオドール殿からクロイヌ殿はケーマ殿の子と聞いている。つまりクロイヌ殿と俺が夫婦関係になれば、ケーマ殿は俺の義理の父。同じく父であるパヴェーラ領主からの厚い支援を約束しよう」
なんなら契約書に残していい、と既にパヴェーラ領主のサイン入りらしき契約書を取り出すシド。
「ちょ、それ本物なのか?」
「本物だ。俺、シド・パヴェーラが保証しよう」
「といっても、こちらにそれを判断できるヤツが今いないんだが……」
イチカでもいれば何か分かったかもしれないけど、いや、ここは元々ハクさんの城で働いていたウォズマに聞くしか……
「ちょっと失礼であります」
「ん? どうしたシキナ……っとぉ?」
後ろに控えていたシキナがひょいと契約書を見る。そして手をかざして「契約に名を記した者を教えよ――【シグネイチャー】」と魔法を唱える。……『ソラ・パヴェーラ』と書かれた名前が、白くぽわっと光った。
「……うん、これは間違いなくパヴェーラ領主様、ソラ・パヴェーラの署名であります」
「今のは?」
「署名確認の契約魔法でありますよ。貴族にとっては生活魔法みたいなものでありますな」
なんと。この世界、署名とかも魔法で保証できるのか。
これは偽造サインとかできないんじゃないか? あるいは、偽造するための魔法とかもあるのかもしれないけど。鑑定内容をごまかす的な。
「……そういやシキナは貴族令嬢だったな」
「そうでありますよ? クッコロ家と言えばかなり有名なのでありますが」
「ダイン・クッコロさんが獣の王とか呼ばれてるテイマーなんだっけ……?」
「自慢の父でありますよ。いずれは超えて見せるでありますが!」
今更だけどウチの村の商人と同じ名前で紛らわしいな。いや、村のダインの方がシキナの父親、ダイン・クッコロにあやかってつけた名前らしいけどさ。
そう思ってたらシドが椅子から立って、シキナに頭を下げた。
「……シキナ殿といったか。クッコロ家のご令嬢であったか、気付かず失礼した」
「お気になさらずシド殿。自分がこうして護衛をしているゆえの事でありますので」
「よければ席を用意させるが?」
「いいえシド殿、今の自分は師匠――ケーマ殿の護衛でありますゆえ。今、口を挟んだのは……師匠が困っていたので、ただのお節介であります」
そう言って再び俺の後ろに立つシキナ。
シドは気を取り直し、さらに3枚のサイン入り契約書を置いた。内容は同じである。
「ケーマ殿用、パヴェーラ家用、それとツィーア家とギルドにも提出するために同じものを4枚用意してある。内容が不明確である内容ゆえに、父には少し無理を通させてもらった。もっともケーマ殿との縁をつなぐためと言ったらすぐに書いてくれたよ」
一応シキナに【シグネイチャー】を使ってもらい、確認。全て本物の署名であることが証明された。
……余計なことをしおってからに。
「だがやはりだめだ」
契約書の本文を読んだが、単純に『結婚してくれたらゴレーヌ村・ドラーグ村の両村を支援する』というようなことが貴族らしい言い回しもなく分かりやすく書かれていた。結婚以外はほぼ無条件で『ゴレーヌ村のためになる支援』なら何でもしてくれる勢いの内容だった。本当にこんな書類にサインいれちゃっていいのかパヴェーラ領主さんや。
……ま、ニクを第二夫人にさせる気はないけど。ただし本人がそれを望んだら別だが。
「なぜだ? 自分で言うのもなんだが、顔は整っている方だと思うし、頭の回転も評判もいい。ケーマ殿の前ではかすむが、神童などと呼ばれたりもしている程だ。……もし俺が逆の立場であれば、すぐに受ける話だと思うのだが」
「……クロのことは第一夫人として面倒を見てくれる優しい旦那でないと認めん」
俺がそう言うと、シドは首を小さく傾げた。
しかし神童は伊達ではなくすぐ思い至ったのか、手をポンと叩いた。
「勘違いしているようだな、ケーマ殿」
「……えっ」
シドは一本取ったと言わんばかりにニヤリと笑い、魔法薬を取り出す。
それは『テイ・A』という、性別反転薬であった。
「無論、俺が第二夫人だぞ、お義父さん」
……シド、お前正気か?
(今月25日、だんぼる9巻発売!
異世界ぬいぐるみ無双もよろしくね。
尚、9巻の書下ろし率は95%くらいかなって)