メイド仮面2号 VS ハーヴィ
まず、ニクことメイド仮面2号はおもむろに近づき、右手を差し出した。
いわゆる握手を求める動作だ。これをみて、ハーヴィは握手に応じた。
しかしそれは握手というより悪手であった。
メイド仮面2号はその手をぐっと握りしめ、そのまま片手で力任せにぶん投げ、地面に叩きつけた。
びたーん、びたーん、びたーん。
と。正確には全身金属鎧なのでがしゃーんがしゃーんだけど。
まるで木の実を入れた革袋をテーブルに叩きつけるかように。魚の尻尾を持って船床に叩きつけるかのように。長ネギを振るかのように。メイド仮面2号が右手を振り上げ、勢いよく持ち上げられた全身鎧男ハーヴィはそのまま反対側に叩きつけられる。たまに横に振り下ろす。
くるくるくるくるびたんびたん。
小さな身体を起点として金属鎧の大人が振り回されるのは目を見張る光景だった。
ニクにもオリハルコン入りのサポーターを配給したが……そうか、これがいわゆる最強鈍器『地面』ってやつか……あ、兜と腰に付けた剣が飛んでった。白目向いてないかオイ。まぁ地面への激突を何回もさせられたらそうなるだろう。
「2号、それくらいにしてあげなさい。死んじゃうから」
「これくらいならまだ大丈夫ですが……はい」
ぺいっと放り投げられたハーヴィは気絶しているのかそのまま人形のようにガラガラ転がり、動かなくなった。
……生きてる、よな? DPになってないから大丈夫だよな。
というか「これくらいならまだ大丈夫」って、もしかして全身鎧を叩きつけるのに慣れてんの? 全身鎧を叩きつけるのに慣れてる幼女ってなんなの。
「……な、なんだ今のは!?」
「えーっと。とりあえずこっちの勝ちでいいかな?」
「あ、ああ、それはまぁ、見ての通りだ。認めざるを得ない……」
おやあっさり。今のは不意打ちで無効だとか言い出すかとも思ったが、悪い子というわけではなさそうだ。
いきなり決闘を吹っ掛けてきたのは置いておこう、そういうお年頃なんだろ。
「完全にノビている。しかし何だそいつは。子供なのに……女ドワーフか? いや、犬耳があるということは獣人。見た目通りの年齢のはずだが……」
「俺の部下、メイド仮面2号だ」
シドはハーヴィに駆け寄り、首筋に手を当てた。
「……脈はあるな」
「それはよかった。初めての会談で死者が出たら色々気まずくなるところだったぞ」
「すまない。だがこの決闘は必要だったことだからな。……ドラゴン退治の英雄本人に戦って欲しかったところだが」
ふむ。何かしら事情があるのか。
「何、それなら問題ない。こいつらはドラゴン退治の時のパーティーメンバーだ。むしろウチの切り込み隊長といっていい」
「……ということは、あれが『黒の番犬』、ニク・クロイヌ……!?」
おっと、メイド仮面2号の正体がバレた。最初から1号のイチカ程隠す気はなかったけど。あとなにその二つ名。ニクが喜びそう。
「なぜメイドの格好を?」
「メイド仮面2号なので」
「そ、そうか。……ええと、クロイヌ殿として称えさせてもらっても良いか?」
ちらりと俺を見るニク。うん、どっちでもいいって言いたげな尻尾してるな。
まぁここは許可してやろうじゃないか。
「いいぞ」
「感謝する。――聞け、皆の衆! このメイドはかのドラゴン退治の英雄が一人、『黒の番犬』クロイヌ殿である! その名声に違わぬ素晴らしき武威である! 勝者を称えよ!」
そしてシドは盛大にニクを持ち上げた。野次馬も「わー!」と歓声を上げる。
ニクは耳をぴくりと動かした。あれはそう、二つ名に喜んでるんだな。仮面をつけていても、まんざらでもないと尻尾が物語ってるぜ。
……あれ? ニクってもしかして仮面つけてても表情の情報量変わらなかったりする?
「……ところで、いきなり決闘を吹っ掛けてきた理由については、どういうことか説明してもらえるか?」
「うむ。後ほど説明しよう。ケーマ殿、貴公を我が村人たちに紹介しても良いか?」
「まぁ、いいけど」
「感謝する。――聞け! こちらがその『黒の番犬』が主、ゴレーヌ村村長、『ドラゴンテイマー』のケーマ・ゴレーヌ殿である! この決闘で勝者である彼は、友誼を望むということだ! 喜べ者共、ゴレーヌは強い!」
えっ。俺の二つ名それなの? テイムしてないってのに。
しかし俺の名前が上がると、少しの空白の後に再度歓声が上がった。いきなり決闘仕掛けられて何かと思ったけど、歓迎されてはいるようだ。これならお向かいさんとして仲良くやれる気がしてきたぜ。
*
その後、俺達はドラーグ村村長邸に案内された。他の建物と同じ、白い建物だ。
ちなみに道中では建設途中の家がいくつもあった。
「さて。まずはいきなり決闘を吹っ掛けた無礼を詫びよう。済まなかったな、ケーマ殿」
「ああ。それは別にいい、知り合いにもいきなり決闘吹っ掛けてくるような奴2、3人くらい居るからな。大した問題じゃない」
アイディ、ワタル、シキナ……うん、よくあるな。
「はぁ……これでもワイ、腕に自信あったんやけどなぁ……腕前を見せる前にケチョンケチョンにされてもうた……嬢ちゃん強いなぁ」
「ん。『黒の番犬』ですから」
そして決闘した代理人同士も意気投合しているようだし。
片方意気消沈してるけど、武人同士なにか通じるものがあるのだろう。そしてニクはまだ仮面を付けてるんだけど、いつまでつけてるつもりなんだろう。
「で、なんでいきなり決闘なんて吹っ掛けてきたんだ?」
「それは……その、我々、ドラーグ村の立場がゴレーヌ村より下であることを明確にしたかったのだ。ケーマ殿ならこれだけ言えば分かってくれると思うが」
「なるほど……?」
さっぱり分からんぞ。もったいぶらずに答えを寄越せよ。
「上とか下とか言わず、対等に付き合いたいものだが」
「そうはいかん。ドラーグ村は後発であるし、ダンジョンもない。所詮はゴレーヌ村に勝つ要素など、本人たちのやる気くらいしかないのだ。ここで対等に扱われては発展を忘れてしまうだろう」
ああ、分かった。そうか。つまりドラーグ村はゴレーヌ村をライバル視することで一気に成長したということか。だから目標には高い位置に居て欲しいと。
「そういうことだ。勝手に当て馬にするようなことをして済まない」
「良い、こちらはこちらでなんか副村長とか張り切ってたしな。張り合いが出て良いだろう」
副村長がやる気に満ちていたので、こちらもこちらでライバルができて良い感じの影響が出てたんだろう。
「まぁ、ご近所同士仲良くやろうじゃないか。取引を公正にできれば問題ない、ライバルだからと目の敵にしてぼったくったりしないでくれよ」
「そこはパヴェーラの商人たちだ、間違いなく公正な取引をすると約束しよう」
俺とシドの間で、硬い握手が結ばれた。
……これは悪手じゃないよな?
(よーし、そろそろ書籍化作業がひと段落着きそうなそうでもないようなな気配!)