生き延びたサキュバス達
(はいはいロスタイムロスタイム。
というわけで、皆さん気になっていたようで、サキュバスの行方です)
魔国にあるとある森の中、ハイサキュバスと、サキュバスの2人組が道を歩いていた。
高い木に囲まれた頼りない細い道。本当にこの道で合ってるのかと聞きたくなるが、まぁ、1本道なのでその足取りに迷いはない。人目も無く、居るのは鳥とか虫とか、まぁそのくらいだ。
「それにしても死ぬかと思ったわよ。なんなのよリスって、リスがあんな凶悪な生物だとは思わなかったわ。しばらく夢でうなされるわねコレ」
「お疲れ様です、ナツノ様」
片方、ハイサキュバスの方は564番ダンジョン四天王、哀のナツノ。彼女は殺意のやたら高いリスの群れ相手に白旗を上げあっさりと逃げ去った。
そしてもう一人はというと――
「あなたは、564番の相手するのはもういいの?」
「ええ、もう全く痛くないんですもの。あんなのではちっとも気持ち良くなれませんから。それに、もっと素晴らしい悦びを見つけましたし」
564番にサンドバッグ代わりに殴られていたサキュバスであった。
どのような手段を用いたのかは不明だが、ちゃっかりあのダンジョンから抜け出してきていたらしい。そして今は、ナツノの前を歩いて案内人となっていた。
「それにしても、あなた私と違ってあのダンジョンで産まれたサキュバスだったのよね? よく裏切って逃げてこれたわね」
ダンジョンで産まれたモンスターは、生き死にをダンジョンと共にするのが普通だ。それを歪めて、ましてやダンジョンを裏切るようにこっそり出ていくというのは、その普通から考えてあり得ない事であった。
「それは簡単です。564番様は私に、いえ、私たちに興味があまりおありでなかった。だから私はあのお方と接触し放題だったのですよ。その中でも私が、私だけが選ばれたのは――特に理由はないそうです。しいていえば偶々ですね。神に感謝を捧げましょう」
「神、というか、あのお方にでしょう?」
「何か違いでもありましたか?」
「無いわね。あれは邪神か何かだと思うわ」
そうして、同僚だったサキュバス達が564番とミカンのダンジョンバトルで惨殺される中、このサキュバスは平然と姿をくらませたのだ。命乞いをして堂々と逃げたナツノも人の事は言えないのだが。
『あのお方』にスカウトされた、という意味であればナツノもそうなのであるが、このサキュバスの頭の中では自分こそ選ばれた存在という認識になっているようだ。
「どうせなら全員引き抜いちゃえば良かったのに」
「そこは彼女たちの犠牲があればこそ、私ひとりが消えたところで564番様に気づかれずに済むんですよ」
「最低の屑ってやつね。私も人の事いえないけど」
「ありがとうございます、ウチの業界ではご褒美という奴ですね」
「……あなたの主人の配下のサキュバスってみんなこうなの? 私、仲間になるの辞めようかしら」
「くすくす、そんなことおっしゃらないで。ナツノ様は今度のプロジェクトのメインキャストに予定されているんですよ?」
『企画』はともかく『主役』の言葉に嫌な予感を隠せないナツノ。
「ええと。ちなみにどういうプロジェクトなんだっけ? コンヤクハキザマァがどうのとか、よく分からなかったのよね」
「実験……いえ、劇のようなものですよ。ナツノ様はヒロイン役のイメージにピッタリだそうです。尚、我儘だった令嬢に『このままでは断罪されて死ぬ』という未来予測を物語調にした記憶を植え付けて人格矯正するなどの仕込みは既に済んでいるそうです」
「……うん、やっぱりよくわからないんだけど、あなたの主人は何がしたいわけ?」
「私には到底推し量ることは出来ませんが、これからはあなたの主人でもありますよ。もっとも、ナツノ様の身分は今後ダイード国のとある男爵令嬢ということになりますが」
「何がしたいかの答えになってないじゃない。……つまり、自分で考えろってことね」
にっこりと笑うサキュバスに、ナツノは「はぁ……」とため息を隠さずついた。
「あのお方はナツノ様の『行動』こそを求められていると思われますよ」
「なによそれ。ますます頭こんがらがるわね……」
「とりあえず、歩きながらこちらに目を通しておいてください」
と、サキュバスはナツノに紙束――資料を渡す。
妙に質のいいその紙には、『極秘資料』『社外秘』といった赤いハンコが押されており、書いてある字も妙に整っている。これが噂に聞く印刷物というものか、とナツノは思いつつ、ぱらりぱらりと1枚1枚に目を走らせていく。
「設定資料集? こういう風に、って要望かしら。……妙に細かいのが厄介ね。なによこの平民として生活していた貴族の隠し子とか。篭絡対象リストとか……」
「ハイサキュバスであるナツノ様であれば、容易いでしょう? ああ、それとそのリストはあくまで参考だそうで、一人だけを選んでも構いませんしリスト外の人物を篭絡しても構いません。現地ではナツノ様の采配に100%任せるとの事です」
「ほんと、何をしたいのやら。……あら、王子の攻略法とかもあるじゃないの。これ作ったのってやっぱりサキュバス? すごいわね、国も獲れるじゃないのコレ」
とにかく、ナツノの自由にしてよいという事らしい。それこそ、誰も篭絡せずに男爵令嬢として一生を過ごしても良いとか。篭絡対象の婚約者を篭絡しても良いとか。本当に、何をさせたいのか分からない。
「……お気に召さないようであれば、今からでも辞めて構いませんが?」
「やらないとは言ってないわ。こうなったら私も精々楽しませてもらおうじゃないの。うまくすれば国が獲れるかもとか、サキュバス冥利に尽きるわよね!」
「くすくす、賢明な判断です」
そう言って、サキュバスはこっそり出していたナイフを【収納】に仕舞う。肉厚で刃渡りが長めの、攻撃力が高そうな戦闘用ナイフだった。……尚、『夢魔殺し』の魔力付加もかかっていた。
下手にここで断っていたら、生命活動も終わっていたかもしれないことをナツノは知る由もなく、2人はダイード国へ向かって足を進めた。
「……ところでこれ、その、国外まで徒歩? まさかダイード国まで歩けとは言わないわよね?」
「……流石に、途中で迎えが来るとは思いますが……少なくとも森から出ないと難しい所です」
森の中、心底頼りない道を進む二人を尻目に、黒い鳥がばさばさと飛び立った。
(書籍化作業入るから来週からはまたしばらく水曜更新たぶん無し。N-Starの方は更新できると思うのでそっち見てくだしあ。それと、そろそろコミカライズの方も2話目更新されると思うので、今のウチに1話を読み返しておくのも良いかもしれません。
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=ZG0023&vid=&cat=CGS&swrd=
……もう1,2話閑話やったら新章かな?)