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ツィーア領主ボンオドールのゴレーヌ村(オフトン教)視察

(リクより、ボンオドールとオフトン教をば)

 ケーマ達が村に帰るいくらか前の事である。

 ツィーアの領主、ボンオドール・ツイーアの元にある知らせが届いた。


「何? ゴレーヌ村にあるダンジョンがモンスターで溢れている、だと?」

「はい、どうやら『欲望の洞窟』の間引きが十分でないようで……」


 部下の報告によれば、ケーマ一行がダンジョンから離れてから数日してから徐々にダンジョン内にモンスターが増えてきたという。

 おそらくケーマ、ゴゾーのパーティーが狩っていた分が増えたのだろうと考えてさほど気に留めていなかったことだったのだが……


「転換期の可能性もありますが、それにしては増え方がじわりじわりと静かなもので」

「……ふむ。単に差分の増量分が積み重なったということだろう。ケーマ殿たちが戻ってくるまでにはまだ期間があるな……よし、それではツィーアの冒険者ギルドの方に『欲望の洞窟』のモンスター間引き依頼を出すよう言っておいてくれ」


 そう言ってボンオドールは椅子から立ち上がり、外套を羽織った。


「お出かけで?」

「ああ。私自ら視察に行ってこよう。依頼の方は頼んだよ」

「はっ、おまかせください」


 ダンジョンの方はこれで良いとして、ボンオドール的にはゴレーヌ村に行きたい目的があった。

 オフトン教のミサ、それと聖女のマッサージである。

 最近、具体的にはケーマ一行が出立する前だが、オフトン教に聖女が生まれていた。

 元はゴレーヌ村の宿『踊る人形亭』の方でマッサージをしていたのだが、それが何故かどんなに乱暴にやっても痛くなく、気持ちいいだけという『奇跡』をもってして聖女認定された女性が居た。名前はレイと言ったか。

 不在の教祖ケーマに代わり、その奇跡のマッサージをもって教会をまとめているという。

 (元々ケーマの部下だったこともあってか、聖女が教会を取りまとめるにあたり混乱は特になかったそうだ)


 ボンオドールは週に1、2度ほどしか行けないのだが、すっかりオフトン教にハマっていた。

 オフトン教のミサではぐっすりと眠ることができる。また、聖女による奇跡のマッサージは積もり積もった疲れを消してくれる。

 普段領主として気を張っているボンオドールにはこれが貴重な癒しだった。


 ……屋敷を出る途中、娘のマイオドールに見つからないようにする。

 見つかっても別にかまわないのだが、連れて行くことになり護衛が面倒そうな顔をするからだ。ボンオドールとしても父親として娘から目を放すわけにもいかないため、オフトン教のミサに出るには不都合であった。


 *


 マイオドールの目を掻い潜り、ゴレーヌ村行きの乗合馬車に乗る。

 視察のため、服はただの町人が来ている粗末な服に偽装しているものの、体の動きや隠しきれない気品がにじみ出ており、少なくとも貴族のお忍びであることは同乗した客たちにも容易に想像がついた。


「あら?」

「む?」


 と、ここでボンオドールは1人の乗客と目が合った。一見一般人のような服に身を包んでいるが、隠しきれないその気品。そして何より見覚えのある顔。間違いなくそれはボンオドールの妻、ワルツであった。


「あなた。こんなところで奇遇ね」

「……ああ。お前こそ。ゴレーヌ村に用事が?」

「ええ。多分あなたと同じ目的じゃないかしら」


 そう言って、オフトン教の丸い聖印を胸元から取り出すワルツ。色は銀。一般人からしてみると、それなりに奮発した額の聖印だ。ボンオドールも同じく銀の聖印を身に着けていた。

 尚、ボンオドールは金の聖印も持っているが、流石に金の聖印を付けるのは裕福な商人か貴族だとバレてしまうためつけていない。


「お前もオフトン教に入っていたとは知らなかったよ。てっきり敬虔な白神教徒とばかり」

「あら。オフトン教は白の女神様も認めた『サブ宗教』よ? 何の問題もないわ」

「それもそうだ」


 そう言って、2人は聖印をぶつけてチリンと鳴らした。オフトン教の信者同士が行う挨拶だ。


「おやおや、お2人さんは夫婦でそれぞれオフトン教に入ってたのかい?」

「奇遇だな、俺もオフトン教なんだ。オヤスミナサイってな」

「今日はミサがあるよね、それ目当て? 私もなのよ」


 そしてそれを皮切りに、同じくオフトン教の聖印を首から下げた同乗者たちが声をかけてきた。この挨拶をしている商人の誰かが広めたのか、より徳の高い聖印とこの『挨拶』を交わすと運気が上がると言われている。

 銅より鉄、鉄より銀、銀より金、そして金よりも聖女様のもつルビーの聖印、そしてそして教会にある巨大な聖印の方が徳が高いらしい。

 恐らくその運気目当てで、銀の聖印と『挨拶』を交わしたいのだろう。ツィーア夫妻は快くこれに応じた。


「みてくれ、これは俺が自作した木彫りの聖印なんだ」

「ほぉ、それは良いな。ぜひ挨拶させてくれ」

「旦那、こっちは豊かな実りを祈願して麦のレリーフを入れてもらったんだ」

「素晴らしい。ツィーアは穀倉地だからな、こちらも挨拶させてくれ」


 また、別枠として手作りの聖印や夢を刻印した聖印も徳が高いものとして運気が上がると言われているあたり、オフトン教の寛容さがにじみ出ていた。


「麦ということは農家かね? どうだい、今年の麦の調子は」

「調子がいいね。パヴェーラからも買い付けの予約が入ってる」

「ほう? やはりあの洞窟の影響かね。パヴェーラとの距離がだいぶ近くなったものな」

「ああ、問屋を介さずに直接売ってくれって行商人も来るくらいだ。そういうのは怪しいから断ってるけどな」


 聖印による挨拶を交わした自然な流れで情報収集。今までも視察と言って町中に出たりして町民派領主とは呼ばれていたのだが、貴族と言う点が隠し切れず距離を取られていたというのがよく分かるほどに、親密な話ができていた。

 これもオフトン教のおかげと言えよう。


「ふむ……人の出入りが増えたということは、そういう輩もよく入り込んできているということでもあるな。知り合いにさりげなく注意するよう言っとくよ」

「おっ、ありがてぇ。旦那の知り合いならきっと安心だ。これもオフトン教の御利益ってやつだな、はっはっは」


 そんな風に有益な会話を交わしつつ、ゴレーヌ村に着く。

 馬車は普段使っている貴族用のものよりもかなり揺れてはいたのだが、ゴレーヌ村の特産品のひとつ、ザブトンのおかげでさほど被害はない。

 貴族の馬車にあるような厚いクッションとは違い、手ごろな値段で持ち運びしやすいザブトンは一般人が持っていても不自然は無い。おかげでお忍びの移動でも随分尻が助かる。最近は最初からザブトンが用意してある乗合馬車も増えてきたし。


「それではオフトン教のミサに行こうか。前の方の席を取りたいところだ。一番効果が早く出るからな」

「あら、私はいつも後ろの方よ。本がとりやすいの。開始まではいつも本を読ませてもらっているわ」

「……ワルツ、君は学園でもかなり好成績を収めていたと思ったのだが、そんな君が読んでも面白い本があるのかい?」

「ええ、それはもう。……あなた、まさかここの蔵書を確認していないの?」

「うっ……わ、私は実践派なのだ。……農業関連の本とかが置いてあるな、とは思ったが」


 はぁ、とワルツはため息をついた。

 オフトン教の教会には本棚がある。そして、そこには帝都の図書館にもあまり無いような民間に伝わっていそうな農法(パヴェーラから入ってきたであろう『貝殻を農地に撒く』といった)のメモが置かれていたりする。

 ちなみになぜかオフトン教の聖書は置かれていない。教会の本棚であれば聖書の写本こそ真っ先に置かれるものだろうに。あまりに教えを広める気がなさすぎて逆に心配になる宗教だ。かといって光神教のようにガンガン来られても困るが。


「今日は貸し出しをしてもらいましょう。写本の1冊でも作ればここの本のすばらしさが分かると思います」

「お、お手柔らかに頼むよ。というか、貸し出しをしているのかね?」

「本来であれば村民だけらしいのですが、そこは身分を明かし保証金を渡す形で交渉しましたから」


 高額な本を村民に貸し出すというのも、ケーマのこの村をどうしたいのかという意識の高さを推測させられる。だが、どうにも不用心というか性善説に基づき過ぎている、とボンオドールは考える。

 と、考え事をしつつ教会に入ろうとしたらボンオドールは襟首を引っ張られた。引っ張ったのはワルツだ。


「あなた。どうやら盗人がいたようです」

「む?」


 みると、足元に穴が開いていた。そしてその中で行商人らしき男がトリモチにからめとられ、身動きが取れなくなっていた。

 ……曰く、本を盗むとこうなるらしい。何かしらの魔導具をつかっているのだろう。どのような仕組みの魔導具を使っているのかは分からないが、たしかこの村には魔導具を作れる鍛冶師が居たはずだ。


 穴はゆっくり閉じた。その直前に穴の横からシスターが入ってきてこちらにお辞儀をしていたので、まぁ、無事犯人確保という事なのだろう。


「……うちの屋敷にも作ってもらいたいところだな」

「まったくですね。ただ、たまに巻き込まれて関係のない人も落ちるそうですが」

「それは困るな。苦情は出ないのか?」

「その場合は【浄化】とマッサージを無料でかけてくれるそうですよ。むしろ『悪いものを盗人に押し付けることができた』として縁起が良いんだそうで」

「何事も言い様だな……徳やら縁起やらは本当に便利な言葉だと実感するよ、宗教の強みだな」


 尚、わざと飛び込んだ場合は当然【浄化】やマッサージは無し。縁起も悪いそうだ。


 その後、無事ツィーア夫妻はミサに参加することができた。

 持ち込みのザブトンを二つ折りにして枕にひと眠り。目が覚めたときの気分は、相変わらずスッキリ気持ちのいいものであった。……座ったまま寝たので体は少し固まってしまっているが、この後はマッサージを受けて行く予定なので問題ない。


「時にあなた。聖女様のマッサージは今予約制となっていること、ご存じかしら?」

「……なん……だと?」

「おほほ、これがその予約チケットです。差し上げませんが」

「ぐう! なんということだ。そんな報告、密偵から受け取っていないぞ!?」

「最近モンスターが増えた影響でまた色々忙しくなったから予約制に戻したそうですよ。ミサの前に読書していたら偶々聖女様とお話しできましてね……まぁ、あなたは大人しくシスターさんのツボ押しマッサージを受ければ宜しいかと」

「ぐぬぬ! あれは痛いじゃないか!?」


 あらまぁ情けないことを、とワルツはクスクス笑った。


 そんなこんなで夫婦デートのようになってしまい、結局肝心のダンジョンを視察せずに帰ったボンオドールが「何やってるんですか?」と執事から極めて冷静に怒られたのはここだけの話。


 不幸中の幸いとして、ダンジョンにモンスターが溢れていた件はギルドへの依頼増量で無事解決したそうな。



(そろそろ書籍化作業とかもな……まぁ、多分もうしばらく閑話は続きます。次回水曜更新の確率は60%くらい。

 というかN-Starの方も結構忙しくてな、8月は毎週日・火曜12時更新なの。↓にランキングタグのリンク貼ってあるからそっちも見てくれると嬉しいですのん)

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新作、コミカライズお嬢様ですわー!!
TsDDXVyH
― 新着の感想 ―
[一言] オフトン教の拡大がとどまるところを知らない…なんか知らない間に挨拶とかも出来てるしレイが聖女とかになってるし…レイってあの五万DPでマッサージスキルでも取ったのか?幻影にマッサージが必要だか…
[一言] 攻撃力0の利点がこんなところに笑
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