接客≒ウェイトレス
(閑話の章のため短めだけど更新!)
629番コアのダンジョンバトルを終え、ケーマたちはゴレーヌ村に帰還した。
そしてとくに何事もなく日常が帰ってきた。
「長いこと仕事していなかった分もうちょいなんかあるかと思ったんやけど、別に何ともなかったなぁ」
「ん、そうですね」
不在にしていた間も特に問題は起きていなかったとのことで、イチカやニクも、何の違和感もなく宿の仕事に復帰した。まぁ、あらかじめダンジョンバトルの終了に合わせて復帰するシフトにしていたが。
「なんかこうウェイトレスの仕事してると帰ってきたなぁって感じせん?」
「わかります。似たようなことはしてましたが、やはり自分の体を使うのは違います」
「ウサギ動かすのも楽しかったけどなー。宿でも飼わせてもらってマスコットにでもするか?」
「たしかに、マスコットがあった方が売り上げが……?」
そう言って考えるニク。
もっともケーマとしては、宿の収入はもはやあまり気にしていないのだが。
と、客が入ってきた。無駄口はここまでにして、仕事をしよう。
ニクはすっかり慣れた感じで、客の元まで行ってぢーっと上目使いをした。
「え、えーっと、く、クロちゃん? 何かな?」
「?」
こてん、と首をかしげるニク。ニンジンくれないのだろうか、と言わんばかりだ。
と、それを見てイチカが察した。
「先輩、先輩! ここ違うから!」
「はっ。す、すみません」
ニクは『ウサギの楽園』にてモニターを視界いっぱいに広げ、コントローラーで操作するとともに自分の体もつられて動かしていた。憑依型の操作こそしていないものの、没入型とでも言うべきか。そのせいで、すっかりおねだりの所作が身についてしまっていたのだ。
慌ててぺこりと頭を下げて謝るニク。ちなみに表情は相変わらずのほぼ無表情なのだが、イチカプロデュースのおねだりの所作は体全体で『可愛い』を表していた。むしろ無表情が表情の読めない動物の可愛らしさを醸し出してすらいた。
「い、いや! そ、そうだ。追加でプリン頼んじゃおうかなぁ! あはは! クロちゃんにも奢っちゃうぞー」
「えと、あ、ありがとうございます?」
なんか知らないがプリンを奢ってもらったニク。
「……なんか貰いました」
「この宿のマスコットは先輩で決まりやったか……しかし、そうか。そういうのもアリなんやなぁ」
イチカは次は自分もやってみようと心に決めた。
それからすぐに次の客が入ってきた。そこにこそっと近寄るイチカ。
「……」
「あれ、イチカさんじゃないすか。帰ってきてたんですね……どうしたんですか?」
「……」
中腰になって、上目使いで首をこてりとかしげるイチカ。だが客の視線は胸元に吸い込まれて見ていなかった。
イチカが中腰になると、ここのコスプレメイド服な制服だと胸の谷間がとてもよく見えるのである。故に、これは仕方なかった。
これで谷間を見ない男は某足フェチくらいなもんである。
「……」
「あ、あの?」
「ちっ、察しが悪いなぁ」
「え、谷間に食券差し込めばよかったんですかね?」
「は?(怒)」
「あ、イエ何デモナイデス……」
とばっちりな怒りを受け、食券を差し出す客。イチカはそれを受け取り給仕を済ませ、ニクの元に戻った。
「あれやな。やっぱり可愛いは正義やな」
「お客さんの気質では?」
「ウチは先輩と違ぅてセクシー路線やし? 可愛い系で攻めるのは方向性が合わんかったんや。それだけやな!」
魅力が足りなかったのではない。むしろ戦闘力がありすぎたのだ。
と、ひとしきり悪態をついたところで、イチカはニクににこっと笑いかける。
「ま、普通に仕事しよか。……次は間違えんといてな、先輩?」
「……むぅ、すみません」
そう。イチカは単に悪ふざけをしたのではなかった。ダンジョンの情報が漏れかねないニクの「うっかりミス」を完全に「おふざけ」とするために、わざと同じように遊んでみたのだ。
こういう細かいフォローができるあたり、イチカはさすがだなと、ニクは思った。
「この貸しはカラアゲで返してくれたらええよ」
「……別にご主人様に言ったらくれますよね?」
「銅貨払わなきゃならんやろ。ウチ、今月分はもうスッカラカンやねん」
「? ……ああ」
そういえば、イチカだけ際限なく食べそうだからという理由で購入制にしているとケーマが言っていた気もする。と、ニクはおぼろげなどうでもいい記憶を思い出した。
「はー、またご主人様におねだりしてお小遣い貰うしかないかなぁ」
ちなみにそのお金はスロット代を求めるイチカにお小遣いとして再配布されているそうなので、全く不公平ではない。……イチカがスロットを回す場合は、特に操作したりしてるわけでもないのに驚くほどあっさりとお金が消え去るそうだが。
「お小遣いですか」
「せやでー。ふふふ、まぁウチ美人やから? こう胸の谷間を強調してやな……」
「すると、ここにすぽっと?」
「ひゃっ! あ、いや、普通に手渡ししてくれるんやけどね」
なるほど。そのお小遣いが再配布ので間違いなさそうだな、と谷間から指を引っこ抜きつつニクは思った。
「先輩もおねだりしたらお小遣いくれるんちゃう?」
「(別段欲しいものとかないし欲しかったら言えばくれるから)特に困ったりはしていないので、いいです」
「そかぁ。ウチばっかりやとなんか優遇されてるみたいで心苦しいんやけどなぁ」
が、どうでもいいので数秒後には忘れた。
(次の水曜は更新70%くらい)