神の寝具
(ろすたいむじゃありません、ですよね?)
ダンジョンバトルも無事終わり、祝賀会も終わった、というか、今年もまた途中で抜け出したのだ。
で、ここからはロクコの時間である。
「さぁ! 今日は気合を入れるわよ!」
覚えているだろうか。『神の掛布団』、その真なる効果を。
365日ごとに1回だけ、願った相手と一緒に寝る事ができるのだ。
(※尚、さらっと因果律を操作するため朝まで邪魔は入らない模様)
あれからもう一年。たぶんそろそろ使えるはずだ……使えるよね? と、神の掛布団を取り出し、ロクコはぽんぽんと撫でた。うん、多分使える。そんな気がする。
「……前回はその、あれだったけど、今回は知識もばっちり仕入れてきたわ。ありがとうレドラ、今日こそケーマと、その、えと、あれをあれよ!」
虚空に向かって意気込みを語るも、恥ずかしくて言葉にできないロクコ。
知識提供、レドラ。レッドドラゴンにしてお隣『火焔窟』のダンジョンマスターである。イグニという娘もいるお母さんだ。つまり恋愛強者である。
曰く、「極論、ちゅーすれば子供ができるッ!」との事だ。
姉妹は大丈夫らしいが、ニクとツィーア領主の娘マイオドールとで婚約したことを考えると、女同士でも油断はできない。そこに気付くとはさすがロクコ、かしこい。
「……おふとんさま、おふとんさま。私はケーマと寝たいです!」
掛布団に祈りをささげると、きらっと光った。一年前も見た光だ。つまり発動したということだろう。
ちなみに今回はあらかじめ寝間着のネグリジェを着てるし、靴下もケーマ好みの黒オーバーニーソックス。下着もこの日のために用意した勝負下着というやつだ。勝負下着とかいう名前を付けたやつは分かってる、これはまさに勝負を挑むがごとくの気合が必要よね、とロクコは思った。
しばらくして、コンコンと寝室の扉がノックされた。
「ひゃひっ! け、ケーマかしら?」
「ああ俺だ」
「鍵なら開いてるわっ!」
「お、そうか? じゃあ入らせてもらうぞ」
扉を開けて、ケーマが入ってくる。いつものジャージ姿だ。
「ふっふっふ、今年も神の寝具を手に入れてしまったな、ロクコ」
「ええ。それもお互い1つずつ、ついにケーマも神の寝具の所有者よ」
「よせやい、ロクコなんて掛布団と毛布の2つ、対してこっちはなんか番外の目覚まし時計だぞ」
そう、なんか結局そういうことになった。ケーマとしては、大人しく普通に寝るのに使える物をさっさと頼んでおくべきだったと若干の後悔がある。贅沢な話ではあるが。
「それじゃ、お互い見せっこしましょうか、ケーマ」
「ああ。……いでよ、『神の目覚まし』!」
ケーマはそう言いながら【収納】から神の目覚ましを取り出した。いわゆるアナログな、丸い目覚まし時計。赤い本体に白い文字盤。そこに1~12までの数字が黒い字で書かれており、シンプルな黒い針が現在の時刻を指し示している。
下には細い棒が4本、脚として生えており、上には目覚まし時計の目覚ましたる所以、金色のベルがついていた。
「んしょっと。これが『神の毛布』よ」
ロクコが取り出したのはベージュ色の毛布である。一見何の変哲もない厚手のもふっとした毛布だが、マイクロファイバーもかくやというふんわりした触感を持つ。掛布団とは違ってしっかりとした、それでいて重すぎない重量感があり、それが安心感につながっていた。
「……なんというか、目覚まし時計と毛布だと毛布の方が寝具って感じだよな」
「まぁ目覚まし時計は起きるとき使うモノだものね。基本的に体に触れないし」
「ああ。除外されたってのもなんかそういう事なのかもしれない」
そんな風に神の寝具についての会話を交わしつつ、さりげなくケーマをベッドの、自分の右隣に座らせるロクコ。
ふと、ロクコはケーマの左腕、ジャージに隠れた手首についているブレスレットに目を引かれた。
「あら。これ姉さまから貰った『強心のブレスレット』?」
「おう、というかお父様製らしいぞ」
「え? そうなの? まぁ結構似合ってるわよケーマ」
「そうか? まぁジャージの袖の下に隠せるからな。なんでも『あらゆる精神効果を跳ね除けることができる』って効果らしい」
……そう言われてふと、去年のケーマと比べて今のケーマは随分「正気」だな、ということに気付いた。
神の寝具をケーマも持っているという余裕からくるものかと思ったのだが、もしかして。
「……」
「ん? どうしたロクコ。欲しいのか?」
「え、あ、いや、えーっと。……ほ、欲しいわね! けどケーマが貰ったものだし」
「ああいや、でもアクセサリーだしな。そうだ、ロクコが預かっててくれるか? 普段はロクコに持っててもらった方が俺も安心だし」
「え、うん。いいわよ」
そう言って、銀色のブレスレットを受け取るロクコ。ケーマの体温で温いそれにすこしドキドキしつつ、手首につけた。……と、そこでロクコをじっと見つめてくる視線に気付く。
「……」
「け、ケーマ?」
「お、おう、なんだ?」
「その、なんかぼーっとしてたから……」
「あー、その。……ロクコに見とれてただけだ」
「え!? そ、そー。へー、ほー、ふーん」
目を合わせられず、そっぽをむくロクコ。顔が熱い。
気恥ずかしさに、とっさに話題を逸らす。
「そ、そーだ。ケーマ、目覚ましってどういう効果なの? 毛布は攻撃無効らしいわよ。あと心が落ち着くんだって」
「攻撃無効ってぶっ飛んでるな。さすが神の寝具。こっちはあらゆる状態異常等の解除だとさ」
思い起こせば睡眠も状態異常の一種として処理されるのか、気絶耐性で予防できる。それをすっきり解除できるとなれば、目覚めは強制的にすっきりすることだろう。
「ちなみにベルはついてるが、電子音にしたり、12時間以上、100年単位で起きる時間を指定して鳴らすこともできるみたいだぞ」
「え、文字盤は飾りなの?」
「一応普通に時計として使えるってことだろう。時間調整は自動で合わせてくれるそうだ、なんて便利な時計なんだろうな」
そういうケーマではあったが、どこか遠くを見ていた。
「良い時計っていうならいいじゃないの。何か不満でも?」
「あー、そのな……音が鳴った時に効果が出るんだけど……」
「あ、そうなんだ。ちなみにどんな音が鳴るの?」
「えーっと……まぁ実際聞いた方が早いな。10秒後に鳴ってくれ」
ケーマが目覚ましに話しかけてからきっかり10秒後。「ピピピ、ピピピ、ピピピ」とさほど大きくない音が部屋に響く。ケーマがぺち、と目覚ましを叩くとそれは止まった。
そして、ほんのり感じていた眠気がすっかり消えていることに気付いた。
「なるほど。音自体は小さいのね」
「ああ。効果で目が覚めるから音はそんな要らないんだろ。だが聞いての通り目が綺麗に覚めるしスッキリした感じになる。……寝る前に使うもんじゃないな」
「さすが父様が力作って言うだけのことはあるわね」
スッキリ爽快な頭でロクコは頷いた。
「で、これで眠れるか?」
「……あ! たしかにこれじゃ眠れないわね」
「多分この時計の唯一にして最大の欠点がそれだ。これは寝具じゃない、目を覚ます道具だ」
「なるほど。言われてみれば確かに……」
それでも、起きなければいけない時間に確実に起きられるなら寝具として数えて良いのでは、とも思うロクコ。いや、起きなければいけない時間などというモノを意識せざるを得ない時点でコンセプトとして神の寝具から外れるのかもしれないが。
「じゃ、目も覚めちゃったし俺は部屋に戻るわ。寝具見せてくれてありがとうな。んじゃロクコ、また明日」
「あ、うん」
そう言ってケーマはスッキリした顔で部屋を出て行った。
「……あれ? え、ど、どうして? 掛布団の効果は?」
神の目覚まし。それは神の掛布団の効果すらも解除する強力なアイテムだった。
そのことに気付いたロクコは思わずこう口にした。
「……目覚ましは寝具じゃないわね!」
(生殖行為? 知るかそれよりキスだキス! 生殖行為で子供ができるって聞いたことないし! ところで生殖ってどういう意味?
という感じの異様に偏った性知識をもつロクコです。
それとまた書籍化作業がヤバくなりそうです。とりま次の水曜に更新する確率は30%程)