『絶対命令権』の有効活用
#Side アイディ(666番コア)
モニターに隠れ敵をやり過ごし、反撃を仕掛ける……なるほど、面白い手だ、とアイディは思った。
「やはり、ロクコのマスターは他にない発想をする……」
それは言い換えれば「ひねくれている」とか「人の裏をかくのが得意」といった事実にもなるが、それはダンジョンコアの相棒としてはとても頼もしいことだ。
現に、ロクコとケーマの二人組はあのハクと同条件でダンジョンバトルを行い、打ち勝っているのだから。
もっとも現実として、『同条件』で戦争を行うなどということはない。ハクとしても教育してやる予定で油断があったのだ。そこにつけこまれたという事。本当に手段を選ばなければ、89番という初期コア組に600番台の最新コア組が勝てる道理は無い。
要するに、本来勝っているにも拘らず『負けてやってもいい』と心のどこかで思っていたから負けたのだ。
……前にロクコとアイディがダンジョンバトルした時も、アイディのマスターが『DPは俺達の強化につぎ込む。そのテストとして気楽に遊ぶか』と言っていた。
つまり、これも負けても良いと考えていたのだ。
だが、今日のアイディは負ける気が一切なかった。
「ふふ……はぁ、はぁ、楽しくなってきたわね……?」
全く苦しくないし疲れていない。しかし、肩で息をして見せる。無駄な動作だが、それによる疲労も無いので全く関係ない。
アイディはあらかじめマスターに『戦闘中は疲労を感じず、呼吸も不要になれ』という絶対命令権による『命令』をさせていた。
その一見無茶な『命令』だが、ことコア自身の内部の問題であればそれはとても高い性能を発揮する。
本来、ダンジョンコアは呼吸もしなければ疲労も関係ない球体のコアが本体であり、こうして出歩く体は化身といっていい。
本体が疲れを知らないのに化身が疲れるものだろうか? そう、本来は疲れるのが可笑しいのだ。呼吸が必要な方が逆に不自然なのだ。
人間に同じ命令をしたら体が限界を迎えて死ぬだろう。だがアイディはダンジョンコアだ。
故に、今のアイディは完璧に『疲労せず、呼吸が不要』な身体を得ていた。
「ふっ!」
564番コアの屋敷を探索しつつ、ガーゴイルを一蹴する。そして倒した後には紅い髪をかき上げて、呼吸を整え一息つく――疲労している演技をする。
なぜこんなことをするのか。それは、相手の戦力をより引き出すため。そして、あわよくば564番コアを引きずり出すため。
アイディは知っていた。このダンジョンバトルの勝利条件、それは、コアへの接触。
これに化身への接触は含まれない。が、化身を殺せば『相手が居なくなる』ので結果的に勝利となる。……これは1年前のダンジョンバトルでケーマ達に指摘された点でもある。
一方で、アイディが死んだところでこちらは敗北ではないのだ。もちろんアイディが死んだら個人的には敗北ではあるのだが、チームの敗北ではない。
当然アイディに死ぬ気はないが、『死んでも構わない』という気楽な立ち位置。
「ロクコのマスターはなんて酷い男なのかしら、ねぇ? 私が死んでも良いと宣うのよ?」
そう言いつつ、家具の物陰に隠れてガーゴイルを呼び出していたサキュバスに剣を突き付けた。
逃げ道を立ち位置で牽制し、塞ぐ。サキュバスから魅了の視線。必死の抵抗、それにアイディはうっすらと友好的な笑顔を浮かべる。
魅了が効いた? と、サキュバスがほっとしたのもつかの間。容赦のない袈裟斬り。サキュバスは、倒れ伏した。
「ああ、魅了されて思わず殺してしまったわ。愛おしい子って、やはり殺したくなるわね」
と、魅了されてましたよという演技も忘れない。
そう。演技だ。アイディに魅了が効くはずがない。だって『状態異常にかかるな』と『命令』されている。精神的な異常状態はまず無効。毒によるものもコアの機能で取り込めば無効。
食らうとすれば、外部から目隠しをされるといった程度だ。
そう、このように『暗闇』のトラップを仕込んだ部屋と言った場合だ。
次の部屋は闇に閉ざされていた。扉を開けて、そこから不自然なまでに暗い。
きっと部屋を綺麗に壊したら、黒い『闇』が四角く残るだろう。そんな立体感すらある闇の壁。
部屋の中からは息遣いは感じないが、敵意は感じる。呼吸の不要なアンデッドか、ガーゴイルのような無生物系が潜んでいるのだろう。他の罠もありそうだ。
「ふむ。この罠は空間を切り取ったように闇に包まれているというのが、少し面白いわね」
アイディは、躊躇なくその『闇』に足を踏み入れた。
1歩目の足音を立てた直後。アイディめがけて矢が放たれる。
こちらから見えず、相手からも見えない暗闇のトラップ。だが、相手にとっては見えずとも入り込んできた獲物を叩けばいいだけ――そういう絡繰りだった。
だが、アイディは飛んでくる矢を剣で斬り払い、そのまま踊るように闇に飛び込む。罠を跨いでステップを踏み、剣を振るい的確に敵へトドメを刺す。
「あら。其処に居たのね、気付かなかったわ、偶々当たって良かった」
当然、それが偶然な訳はない。
アイディには見えていた。こそこそ闇に隠れてこちらに狙いを定めるスケルトンやガーゴイル。なぜかといえば、アイディは元々『魔剣型』のダンジョンコアである。魔剣には目がわざわざ生えているものもあるが、アイディはその類ではなかった。
つまり、目で物を見る必要が無いのだ。故に、『命令』で『暗闇でもどうにかして空間を把握しろ』と言われれば、できる。できてしまうのだ。
はっきりと把握できている『暗闇』に、アイディは思わず笑みが浮かぶ。
「くすくす。ロクコのマスターも大概だけど、私のマスターも負けてはいないものね。帰ったらご褒美をあげなければならないかしら?」
アイディとそのマスターは、『絶対命令権』を使いこなし、有効利用していた。
疲労せず、呼吸せず、異常状態にもかからず、暗闇を見通し、敵を殲滅する。
止まらない。ひたすらに殺し続ける戦士。
ダンジョンコアは『絶対命令権』でここまでの事ができるのだ。
それは『絶対命令権』を放棄しているケーマ達とは全く逆のアプローチであり、完全に異なる戦闘スタイル。これこそがアイディ達の戦い方であった。
もっともケーマに言わせれば「じゃあ前衛なんだな。よし、そんじゃこっちは後方支援するからよろしく」と、軽く組み込まれる程度のものでしかないが。それはそれで。
(よぉーし、書籍化作業だいたい片付いた! あとはあとがきと店舗特典SS書くぞーい! ぞーい。ぞーい……
……ちょっと息抜きに全く関係ない新作書きたいんだけど、水曜更新もう1週休んでもいいかなぁ?)