そのころの貴賓室。
「あの冒険者たちはハクの仕込みかね? なかなか統制が取れているようだが」
「あれは私というよりケーマさんの仕込みですね。なにやら作ったダンジョンに呼び込んで、不定期に訓練していたらしいですよ?」
「……冒険者たちも中々やるものだのぅ。それに、サキュバスに打ち勝つとは」
スケルトンやガーゴイルを一掃した冒険者たち。その動きは手慣れていた。それに、サキュバスの誘惑をあっさりと振り払って見せた。普通であれば冒険者はサキュバスに操られ同士討ちしていただろう。
そして圧倒的戦力としてサキュバスを薙ぎ払う勇者ワタルだ。
「ときにハクや。あれは勇者だよな」
「ええ、そうですよ」
「たしかあやつはお前の手駒だったはずだな」
「ええ、そうですよ」
「……魅了耐性の腕輪とはまた都合のいいものを持っていたのぉ」
「勇者が敵の手駒に落ちたら大変でしょう、当然の備えでは?」
「あの様子では最近まで持っていなかったと思うのだが」
「先日ふと思い立ちましてね。確かに今まで持たせていなかったのは不用心でした」
ならしかたないな、と6番コアは肩をすくめた。
モニターを見れば、今頃勇者に気付いた564番コアが動揺しているのが見える。自慢のサキュバス部隊があっさりと壊滅、敗走させられ、『どうするのだ!?』と叫んでいた。
……勇者、という1駒だけで十分だったのではないか、と言わんばかりの活躍だ。
しかしそれも、出入り口が1か所で、かつそこに勇者を的確に配置できる策略があってのことだ。
自分の仲間は襲わせず、自分の敵だけを勇者に狩らせる。ハクが上から命じたわけでも、ダンジョンの事情を説明したわけでもなく。自然な流れでこの状況まで持ってきたケーマの手柄である。
一方で、564番コアのダンジョンに殴り込んだ666番コアも活躍している。自身の『写し身』である炎の魔剣を振るい、ガーゴイルに囲まれつつもあっさりと切り捨てた。
露骨に肩で息をしたり、汗ひとつない額を腕で拭ったりと、疲れた演技をしてみせるくらいには余裕だ。6番コアとハクにはバレバレだが、攻め手が壊滅したことで動揺している564番コアは気付いているだろうか?
「666番も中々頑張ってるじゃない?」
「うむ。666番は反則技ではあるが師範級の力を得たからな」
「師範級? ああ、魔王流の。確か人化した上で疲れない身体になってからが本番という」
「そうだ。で、666番はマスターの糞餓鬼に『疲労を忘れろ』と命令させておるのだよ。まぁ自力でできるようになるまでは師範代のままじゃが、実際有効な手ではあるな」
「……ああ。絶対命令権ですか」
はぁ、とため息を吐くハク。絶対命令権を忌々しいと思っていても、それを口にはしない。目の前に『父』がいるからだ。深い考えがあっての事なのだろうし……
と、『父』がにやりと笑みを浮かべてハクに話しかけてきた。
「ハク、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ケーマ君に代わりに聞いてもらっていいかい?」
「もちろん、ご用命とあらば。なにを聞けばよろしいのかしらお父様?」
「666番が564番の攻撃をやり過ごしてたけど、あれはどこにどうやって隠れていたのかなって」
「ああ。あれは最初からあの部屋にいましたよ。『幻の壁』を使って隠れていたようですね」
そう、アイディは最初からあの部屋にいたのだ。ただし、564番の攻撃部隊が過ぎ去った後に唐突に実体のない壁の後ろから出てきていた。
ハクの見立てでは、実体のない『幻の壁(500DP)』というトラップを使用したものだった。あのようにして敵をやり過ごすとは、と感心せざるを得ない。
「うーん、僕の見立てだとちょっと違う感じがするんだよ。聞いてみてよ、頼むからさ」
「……分かりました、聞いてみましょう」
しかし『父』がそう言うので、ハクは仕方なくケーマにモニターを繋げる。頼まれては仕方ない。
「ケーマさん、少しよろしくて?」
『おや、なんですかハクさん。こちとら今ダンジョンバトルを見守るのに忙しいんですけど』
「ちょっと聞きたいのよ。666番コア、どこにどうやって隠れていたのかしら、って」
『あれ? マップとか見てなかったんですか? 最初からゲート部屋にいましたけど』
マップは見ていないが、勿論ハクも分かっている。それに、どうやって隠れていたかというのもハクにはお見通しではあるが……ちらりと『父』を見ると、紙に「どうやって隠れてたのか聞いて!」と書いてハクに見せていた。
「えーと。どうやって隠れていたの?」
『……タダじゃ教えたくないですね』
再びちらりと『父』を見るハク。今度は「報酬はこちらもちでいいよ、ハクにおまかせ」と書いていた。丁度いい報酬を考えるハク。
「ワタルにも持たせていたけど、強心のブレスレットでどうかしら」
『あ、じゃあそれで』
交渉成立だ。と、『父』はささっと強心のブレスレットを創り出した。効果は神パワーでマシマシであるので強心のブレスレット・神とでも言うべき状態になっている。
……ちょっと報酬出し過ぎかもしれない、とハクは思った。
「で、どうやって隠してたのかしら?」
『別に難しいことはしてないです。こう、部屋いっぱいにモニター広げて壁の映像を出して、その後ろに立ってただけなんで』
つまり、可視状態にしたモニターを目一杯広げて、その後ろに隠れていたということらしい。
「えっ。『幻の壁』使ったんじゃないの?」
『……幻の? ああ、トラップの。あれ高いじゃないですか、オフトン10個分ですよ。今回はダンジョンバトルなんで別にモニターで十分でしょ?』
500DPが高いかどうかはさておき、メニューの、モニターをそのように使うとは。
ハクは頭をガツンと殴られたような感覚を覚えた。
「……参考になったわ。ありがとう」
『いえいえ。お父様によろしくおねがいします』
そう言って通信を閉じる。
「……やはりケーマさんはお父様のこと気付いていますね」
「あっはっは! まぁケーマ君はそうだろうね。でもここは『おまえに父と呼ばれる筋合いはない!』とか言っといたほうが良かったかな? あいや、別に反対してるわけじゃないんだけど、形式美というかさ」
「好きになさったらよろしいかと……って、6番? どうかした?」
ハクが隣を見れば6番コアが腹を抱えて蹲っていた。
「ククク、ああいやなに。モニターの陰に隠れたと聞いた時のお前の顔が滑稽だっただけだ。許せ」
「……そんなに変な顔になってたかしら?」
む、と口や頬を手で揉むハク。
「おう。なっとったわ。眉と口端がピキッとなって固まっとった。クククッ」
「わかりました。今度の戦争では手加減なしで攻めますね。私の魔剣コレクションを騎士団に貸与する時が来ましたか……」
「まてまてまて! これは儂悪くないじゃろ? なぁ父上よ!」
「あっはっは! 女の子の顔を滑稽だなんて言っちゃう6番も悪いけど、そもそもハク。君はあれを『幻の壁』だって決めつけてただろう? ハクにはもっと柔軟に考えて欲しいと思ってさ」
……『父』は、本当はケーマに聞くまでもなく気付いており、その上で、それをハクに言いたいがためにあえて聞かせたのだろう。いたずらが成功した子供のようなそんな笑顔だった。
「知ってるかい? 異世界のシノビは壁と同じ色をした布をこう掲げて敵をやり過ごす、カクレミノジュツというのを使うらしいよ」
「……ケーマさんはそのシノビなのでしょうか?」
「それは夢が広がるね! っとと、ダンジョンバトル観戦に戻ろうか」
まだまだダンジョンバトルは序盤のぶつかり合いが終わった程度だ。
この後どのような展開になるのか、それは神のみぞ知る――否、神である『父』ですら予想せず楽しみに見守るのみであった。
(なう 作業 書籍化 オレ がんばる)