アイディとのお話
「中々良い剣筋ね、子犬」
「……ありがとう、ござい、ます……はぁっ……!」
カンカンと硬い木同士がぶつかる音がする。その発生源はアイディとニクの模擬戦だった。
ずっと洞窟に籠っていては体も鈍る。というわけで、広々とした草原で2人は模擬戦をしているのだ。
それを少し離れて見守るギャラリーの俺とロクコ、それとイチカ、あとミカン。
「どっちが勝つか賭けたかったとこやなぁ」
「だめだぞ」
「ちぇー」
「あら良いじゃないケーマ。私は……そうねー、アイディの勝ちにメロンパン3個賭けるわ!」
とロクコはいうものの、この賭けは不成立だ。現状を見てニクが勝つとは思えないのがその理由である。
最初はニクも素早い動きで挑みかかっており、ニクの木ナイフ二刀流をアイディが両手で握っている木剣で弾くようにいなしていた。それが徐々にアイディからの攻撃が増え、今ではアイディが片手で振り回している木剣をニクがナイフで受け止めている。
うちの対人最高戦力が対人戦でコレか。これは単にアイディが強いってことだと思うが――
「アイディ、前のダンジョンバトルであんな戦い方してたっけか?」
「してたんじゃない?」
「多少『型』がちゃうな。けど対単体、対集団の差やろ。ありゃウチらと違ってまともに剣術を――それも対人戦向けも想定しとる流派を修めとるっちゅーこっちゃな」
と、イチカ先生の解説はいりましたー。ふむふむ。ようするにちゃんと人間相手にするような剣術を身に着けたやつと、冒険者の剣の差が出てると。
「ねーアイディー。あんたってなんか剣術みたいなの習ってるのー?」
「ええロクコ、私は魔王流剣術を修めているわ。師範代よ」
ロクコが戦ってる最中のアイディに尋ねると、剣を振り回しながらあっさり答えてくれた。魔王流剣術なんてあるのか。
「師範代ってなぁにー? 強いのー? 偉いのー?」
「蛆虫を雑兵にする程度に鍛えられる実力がある、といった程度ね」
そしてアイディは両手で剣を持ち、思いっきり振り下ろした。
ニクが手にしていた木のナイフは、その1撃で2本ともボキッと折れてしまった。勝負ありだ。
「ほら、這い蹲って私の靴をお舐め? 敗者は勝者の慈悲を乞うものよ」
「……」
煽るアイディに、俺をちらりと見るニク。
これ、舐めても良いかと俺に許可を求めてる顔だな。負けはしっかり認めてる。……俺は止めに入った。
「その辺にしとけ、これは模擬戦だからな。いちいち靴を舐めてたら腹壊すだろ」
「あらロクコのマスター。随分とお優しいのね、だからこの子犬は甘噛みしかできない愛玩動物なんじゃないかしら? それとも代わりに貴方が私の足でも舐める?」
「そいつは魅力的な提案だが、ロクコの前だからな……」
「……そうね、私とした事が仇敵の前ではしたないことを。ついいつもの癖で」
手で口を隠し、クックッと照れ隠しに笑うアイディ。
ロクコが見てなかったらうっかり頷いていたかもしれん。あ、でも靴は脱いでもらったけどな?
「アイディってば強いわね。あ、ケーマ。賭けに勝ったからメロンパン3個頂戴!」
「思いっきり不成立だろ。まぁメロンパン3個くらいならいいけど」
むっはー、と手を差し出すロクコ。
俺はそんなロクコにメロンパンを3個渡した。【収納】に入れておいたキヌエさん特製メロンパンだ。焼きたてをそのまま入れてある。
「ありがとケーマ! はいアイディ、友達だからひとつあげる。私の好きなパンなの、美味しいわよ?」
「あら嬉しい。……ねぇ、毒は入れてくれないの?」
「入れないわよ!? 何言ってるのよ、友達にそんなことするわけないでしょ」
「そうなの? 残念、宣戦布告されたら遠慮なく遊べたのに。……ふむ、美味しいわね」
はむはむとメロンパンを齧るロクコとアイディ。うん、こうしてみると普通に友達にしか見えないな。……こいつら敵対派閥のお姫様同士なんだぜ。片方は言ってることがやたらと物騒だけど。
「爺様に食べさせたらこれ目当てにロクコのダンジョンに攻め入りそうね」
「え、た、食べさせちゃダメよ絶対! 友達同士の約束だからね!?」
「勿論。これはロクコの仇敵という地位を勝ち取った私への報酬みたいなものだもの。爺様はハク様から何か貰えばいいのよ、あむ……うん、美味」
とりあえず大魔王から攻められたら逃げられなさそうなので勘弁してください。
「ニク、どうだった?」
「……強い、です。本気を出したんですが……一撃も入れられませんでした……」
「あら、見込は有るわよその子犬。蛆虫よりはよっぽどいい、ただ魔王流を極めるには呼吸の不要な身体が必要だから、最高でも師範代までだけど」
呼吸の不要な身体とかなんだよ、ってそうか。ダンジョンコアは呼吸の必要ないんだったな。なるほど、大魔王が生み出した流派らしい。
「ねぇロクコ。魔王流を修めてみない? そうすれば毎日決闘できるわよ?」
「え、遠慮しておこうかしら」
「というか、ハクさんあたりも何かそういう流派とか創ってたりするんじゃないか? ロクコが習うならそっちだろ」
「そういえば。帝国には帝国式剣術が在ったわね。……他流試合、楽しみにしてるわ」
「いやいやいや、私のレイピアは飾りだからね!? しないわよ!?」
「……ダンジョンコアが自分の身を守れずして如何するというの?」
アイディは首を傾げた。冗談かと思ったが、純粋に疑問に思っているようだ。
ここら辺は文化の違いなんだろうなぁ……となると、同じく魔王派閥の文化の564番コアは……
「そうね、564番コアは私と同じ師範代級よ。楽しみね?」
やっぱり攻撃担当はアイディに任せた方が良さそうだ。下手に手を出したくないな。
あと、いちおう殴り込まれたときのための防衛も考えとこう……前のアイディたちみたくダンジョンコア抱えて突撃されたりする可能性もなきにしもあらずだし。
「……そういえば、アイディのマスターはどのくらいの腕前なんだ?」
「私と同等……いえ、少し上よ。でもアレ、一応人間だから師範代ね。……あと、今回のダンジョンバトルでは戦力の勘定に入れないで頂戴、武闘会に向けて爺様に躾けてもらっている所よ」
翻訳すると、魔王流の開祖にして頂点の6番コアに修行をつけてもらっているとのことらしい。……にしても、ニクより強いアイディよりちょっと上かぁ。
魔王派閥のマスターは、コアに似て武闘派のようだ……きっとそうじゃないと生き残れないんだろうなぁ。武闘会と書いてダンスパーティーって読むんだもの。
おっと、そろそろまたウサギダンジョンに居る冒険者たちを襲撃してこないとな。次はガーゴイル操作して襲ってみるか。
(進捗やばたにえん……)