鍛冶の町コーキー 5
ふらりと立ち寄った錬金術師の工房で、とんでもない情報を聞いてしまった。
黒髪赤目の女性、しかも錬金術師。レオナの可能性がとても高い。
だとすれば、これ以上この町に居るのがヤバいくらいの危険人物だ。
……そういえばアイツ、帝都からわりと近い『白の浜辺』に捨てたんだっけ……ここからだと帝都挟んで反対側になるんだったかな。まぁ、あれから時間も経っているんだ、おかしい距離じゃない。
「ええっと、錬金術師らしく混沌神を信仰し、オフトン教も信仰していると言ってましたね。オフトン教はサブ宗教? と言う風に信仰してもいいらしいとか言ってまして」
オフトン教についてはどこかで小耳にはさんだのかな。だいぶ遠くの町なのに。
……オフトン教になった行商人も結構いるからなぁ……
「あ、それとその人から混沌神の薬もいくつか入荷したんですよ。あまりおおっぴらに表に出せない代物なんですが、ほらこれ、『フタナール』に『テイ・A』! 『マラハ・L』に『サオキ・L』もあるんですよ! 一晩限りの純度低い使い捨てから効果永続の最高純度のまで、いったいどうやって手に入れたのやら。自分で調合したって言ってましたけど。……どこかの貴族様から盗んだと言われた方がよっぽど信じられる話ですが、そういった噂も無いんですよねぇ」
そう言って店主はがちゃがちゃと薬の入った木箱を取り出した。それぞれ色が薄いのから濃いのまできれいに並べてある。
そこらに適当に陳列している商品とは違い真剣さが感じられるのは、その希少性故だろう。高く売れるのだ、整理整頓くらいするさ。
……というか間違いない、レオナだ。絶対レオナに違いない。
効果を聞いたがこんなふざけた薬をこんなふざけた名前で、かつハイレベルに作れるヤツを俺は他に知らないし存在してほしくない。
あと『テイ・A』はSじゃなくてAなのかよ。TSでトランスセクシャルで、性転換の薬だって。なんだよその無駄なひねり、絶対この世界の人には通じねぇよ。……それが狙いか?
「オークションに出せばすんごい高値が付く代物なんで、様子を見て少しずつ、と言われていたんですが……教祖様方には特別に! 仕入れ値でお譲りしてもいいです!」
「あ、なら『サオキ・L』で効果1年……いや、半年くらいでいいわね。それくらいのものを包んでもらえるかしら?」
「まいどっ! 金貨10枚となります!」
高いなっ!? っていうか何買ってんのロクコ!?
ロクコは【オサイフ】から金貨10枚を取り出し、支払った。
「これがあればシキナのを中和できるんでしょ? このくらいの効果のを1本持っておけば安心じゃないの」
「あっ、そうだな。……金貨10枚か」
一応シキナの月謝で回収できる金額だが、日本円にして1千万円。
なんてセレブな買い物なんだ。あ、でも俺もドンブリ勘定で村の運営に金貨100枚とか使ってたわ。ワタルのせいで金銭感覚おかしくなってるな。おのれワタル。
あ、でもよく考えたらうちの宿のスィートも1泊金貨25枚だったわ。
というかもしかして、シキナが被った薬もここから売られていった薬じゃないだろうな。可能性はものすごく高いぞ? ちなみにあれは金貨150枚で手に入れたそうだ。効果1年って言ってたから、えーっと……仕入れ値では金貨20枚だと。
「……しかし、効果1年で金貨20枚となると……永続のなんていくらだったんだ? よく仕入れる金があったな」
「最初仕入れた薬をオークションに流して、その利益でー、というのを繰り返し、最近ようやく1本ずつ仕入れられましてね、それぞれ金貨1000枚でした。いやぁあの人がいる間に仕入れられてよかったよかった」
仕入れ値で1本金貨1000枚……4本だと俺がワタルに背負わせた借金より高いじゃないか。
しかもこれ仕入れ値だからな。オークションだと一体いくらになるのか見当もつかない。金貨20枚が150枚になるオークションだと、1本でワタルの借金総額より高くなりそうだな。……うん、一般人なら一生遊んで暮らせそうなもんだ……
「……あれ? その、枕は3日前に仕入れたって言ってたよな?」
「売れ筋なので、定期的に持ってきてもらえるんですよ。ええと、大体1週間ごとに来てるので、次来るのは3、4日後ですかね?」
「そうか」
よし、それまでに町を出よう。そうしよう。
これ以上この町にいてはいけないと俺の勘が警鐘を鳴らしまくっていた。ゴゾーたちを説得して今日中にでも町から出よう。
あるいは、俺達だけでもいい。幸いここは帝都からほど近く、徒歩でも3、4日で帝都まで行ける距離だって話だし!
「わかった、枕はそのままオフトン教の名前を使っていいけど、聖水の方は駄目な。別の名前で売るように。それでお咎めなしだ」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました」
「……あと、俺はこの錬金術師に凄く嫌な思い出があるので、俺のことは話さないように。薬の名前については、オフトン教の人が来てこんなの知らないと言っていた、変えた方が良い、くらいで話して決めてくれ」
「はい、分かりました! あ、枕に祝福はいただけるのでしょうか?」
と、店主は在庫の枕をごろごろ引っ張り出してきた。何個あるんだよ、枕屋かよここ。
……俺は枕に聖印を置いて、手をかざし「オヤスミナサイ」と唱える。
効果? 無いよそんなもん。こういうのは気持ちだよ気持ち。
*
そして俺達は宿に戻り次第、ワタルとゴゾーに連絡を取り、翌日にコーキーを発つことになった。
あの店主から俺の話が漏れる可能性も考えたら、さっさとオサラバするに限る。
尻尾を巻いて逃げるんだよォ! 逃げるが勝ちってなァ! って具合だ。
「……ったく、もうちょい滞在してく予定だったのに、なんだって急に出発なんだ?」
「すまん、すごく嫌な予感がしてな……」
「ま、いいけどよ。ケーマのことだ、なんか言えない理由があんだろ」
ゴゾーはやれやれ、と頭を掻きつつ言う。だが嫌々というのはポーズで、別に気にしていないようだ。
「そうですね、ケーマさんのことです。逆にコーキーが無事でいられるかが心配なくらいですよ。なんかヤバいものでもあったんですか? 鉱山特有の鉱毒の症状がみられた、とか」
「それだったらまだよかったんだけどな」
「え、本当になんかあるんですか?」
俺はワタルの肩にぽんと手を置いて、優しい笑顔を浮かべて言う。
「触らぬ神に祟りなし、っていう奴だ。お前も知らない方が良い、あれはそういう類だ」
「……SAN値ピンチそうなんで詳細は聞かないでおきますね!」
よろしい、ウカツなワタルにしては賢明な判断だ。
俺達は幌馬車に乗ってコーキーの門を出る。……振り返ったりはしない。うっかり黒髪赤目のポニーテールのアイツを目撃したくはないからな。
……あ、でも帰りにもここ通るんだよな? 帰りはハクさんに【転移】で送ってってもらえないかな……いや、あるいはそういう名目でゴゾーたちとは別れて『白の浜辺』経由で帰ってもいいな。
さ、そんじゃ行こうか。帝都。
馬車のための道も整備されてるし、本気でかっ飛ばせば今日の夜には着くらしいけど……まぁ、2日がかりでもいいよ、うん。
(レオナファンには悪いが、ケーマは逃げるときは逃げる男なんだぜ。
尚、レオナはオフトン教の噂を耳にした時点でオフトン教を自称しています。
また、某錬金術師にはたまにあることですが、「そういう由来(設定)のアイテム」をそのまんま売っている、というのもあります。
でも「フタナール」をはじめとする混沌製薬シリーズはレオナのオリジナルです。
そして書籍化作業やばぁい(汗))