【閑話】川渡り
(この話は酔った勢いで書かれました)
翌日、俺達は南ドンサマに向かうために川にやってきていた。
ワタルから聞いていた通り、幅100mほどで整えられたまっすぐな川だ。2mほどの高さを階段で降りたところに船着き場があり、そこから渡し舟が出ているそうな。
もちろん馬車用に坂になってるところもある。
しかし俺達は渡し舟を出すところにいなかった。
「というわけで、今日は川を渡ってみましょう」
「おいちょっとまて」
「なんですかケーマさん」
「渡るのはともかく、その方法が『川の上を走る』というのはどういうことだ」
「それがこの町の名物、川渡りですから!」
そう、ワタルの案内について行ったら川渡りチャレンジスポットとかいうところにやってきていたのだ。
ワタルはここでは成功者としてちょっと有名なようで、チャレンジしてる人に「ワタルさん! コツ教えてください!」「ちっす! 今日もワタル先生の走りが見れるんですか!」「そちらの方々はお弟子さんですか?」と話しかけられていた。
尚、成功者はワタル含めて2桁はいるらしい。
「じゃ、軽くやってみましょうかケーマさん」
しねぇよ。川の上を走って渡る気はねえよ。つーかスポーツ感覚なのか。
「ちなみに昨日泊まった宿のオルテガさんも成功者です。この町では川渡りに成功すると英雄と呼ばれるんですよ」
「へぇ、どうでもいい情報をありがとう」
「というわけでケーマさんも1回くらいはチャレンジしておいた方がいいんじゃないかなと思いまして」
「どういうわけだよ。やらねぇよ」
「ケーマがどれくらいできるのか私も見たいわ」
ロクコが横からワタルの支援をしてきた。やらないから。絶対やらないから。
「川に落ちたら色々危ないだろ。溺れるぞ」
「あ、ご安心を。ここは名所ですから、常にレスキュー隊が泳いでます」
名所って。どんだけ暇なんだよレスキュー隊やってるヤツも。モンスター出るんじゃないのか? 大丈夫なのか? あ、時間帯的に大丈夫なんだ。へー。
「……濡れたら着替えとかが面倒だろ」
「それは『乾燥』とか『浄化』とかあります。大丈夫でしょう?」
くっ、生活魔法って便利だなぁ!
そんなこんなで、どうあってもワタルは俺に走ってみてほしいらしい。
「ま、そんなわけで気軽に一回走ってみてくださいよ」
「俺は無理なことはしない主義なんだ」
「そこをなんとか!」
「俺に何のメリットもない」
「私にいいとこ見せられるわよ?」
ロクコ、がどや顔で割り込んできた。しかしそれは俺のメリットではない。むしろ失敗するからデメリット確定だろ。
「……ご主人様」
ニクが川渡りをしたそうだ。尻尾がぴくぴくと動いている。うずうずしてる感じだ。
「クロ。川渡りしたかったら俺に遠慮せずやってもいいぞ」
「はいっ」
「お、それじゃクロちゃん参加ですね! じゃあまず僕がお手本を見せましょう」
そう言って、ワタルは川に向かってクラウチングスタートの体制をとった。
「勢いが大事ですからね! ケーマさんもよく見ててください」
「やらないよ?」
「ではいきます! とう!」
俺の話をさっぱり聞かず、ワタルは走り出す。いや、大砲の弾のように飛び出した。
ぱちん! ぱちん! と水面を蹴り、跳ねて、走り抜ける。
……右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出して進むってか。
そして向こう側に到達したワタルは、反対側から駆け戻ってきた。
「……と、こんな感じです。どうです、参考になりましたか?」
「人間辞めてるよな、さすが勇者」
「いやぁ、褒めないでくださいよ」
一応褒めてるのかなこれ。
「えーっと、クロ、無理しなくてもいいぞ?」
「いえ、やります」
「この姿勢はケーマさんも見習うべきですね」
チラチラ見てもやらないからな?
と、ニクは先ほどのワタルを真似てクラウチングスタートの姿勢をとった。
神経を集中させ……勢いよく駆け出した。ぱちゅん、ぱちゅんっと水面を蹴って跳ねるニク。
もしかして行けるか? ……と思ったのだが、川の半分くらいまで走ったところで沈んだ。
レスキュー隊に回収され、こちらに戻ってくるニク。
「あー、惜しかったですね。あそこまで行けたらあと少しですよ、半分を超えたら反対側に回収してもらえますから」
「むぅ……」
俺は不満げに尻尾をしょげさせるニクに『浄化』と『乾燥』をかけてやった。
と、ゴゾーが前に出た。
「おーし、そんじゃ俺もやってみるか! ロップ、骨は拾ってくれ」
「おー、頑張れゴゾー。渡り切ったらとっておきのお酒を出すよ」
「無理だな! 失敗したら慰めるために出してくれ」
今度はゴゾーが構える。やはりクラウチングスタートの姿勢だ。
……駆け出すが、1歩目で沈んだ。 近くに居たレスキュー隊が回収し、あっさり戻ってくる。
「くっ、やはりだめだったか……」
「2mくらいだったね。よしよし」
分かり切っていたようで、ゴゾーは特に落ち込んだ様子もなく自分に『乾燥』をかけた。
「よし、次はケーマだな!」
「いややらないから。どうしてお前らは俺に川渡りさせたがるんだ」
「ぶっちゃけケーマなら川渡りきってくれるんじゃないかと期待してるからな」
「僕もケーマさんなら」
「私も」
「なんか期待が重いんだけど……できないもんはできないからな?」
はぁ、仕方ない。こうなったら俺流の川渡りをみせてやる。
「よしわかった。それじゃあ向こう岸まで行ってやる」
「お! ついにケーマさんの本気が……」
それまでの全員を見習いクラウチングスタートのポーズを……とらなかった。
どうせいけないからな。普通に駆け出す構えだ。
「ほう。クラシックスタイルですか……通ですね」
ワタルが言うが、クラシックとか知らんわ。
俺は特に何も考えず無防備に一歩を踏み出し、あっさりと沈む。
そして、そのまま向こう岸に向かって泳ぎ出した。
「なん……だと……!?」
着衣水泳はかなり泳ぎにくいのだが、少し下流へ流されつつもゴーレムアシストのおかげでざぶざぶ進んでいく。
そして俺は、普通に反対側にたどり着いた。
「……はぁ、疲れた。おーい、お前らも早く渡って来いよー」
「思いっきり泳いでるじゃないのー!」
向こう岸からロクコがクレームをつけてきたが、俺は無視した。だって俺、一言も川の上を走っていくなんて言ってないもん。
*
結局、ロクコたちは馬車と合わせて船で渡ってきた。なんだよ、俺だけバカみたいじゃないか。
「完敗ですケーマさん」
ワタルはにこやかに俺にそう言った。俺は首を傾げた。
「え? 俺別に川渡りしてないよ?」
「いえ! 我々はそもそも川渡りの本質というものを見落としていたのです。本来、川渡りは向こう岸まで行くためのもの。そこに実は川の上を走っていくというルールはなかったのです! つまり、ケーマさんがクラシックスタイルでスタートした時点で原点に立ち返ったケーマさんの発想の勝利だったのです!」
なにその超展開のご都合主義的な解釈。引くわ。
ワタルが普段もてはやされてる分、俺に負けたがってるとしか思えない。こいつネルネにも翻弄されたがるドMだし。
「いや、さすがにケーマのあれはないでしょ。せめて1歩は水の上走りなさいよ」
「だよな? あれで俺が勝利とかありえないよな。原点とか知らんし」
よかった、ロクコは正常だった。
しかしワタルは勝手に満足したようで、それ以上何かを言うようなことは無かった。