【閑話】その頃のダンジョン
(そろそろダンジョンが恋しくなったかなって)
ケーマ達がダンジョンを離れて早数日。ゴレーヌ村のダンジョン『欲望の洞窟』は、にわかに賑わっていた。
「ケーマ村長やゴゾーさんたちがいない今! 稼ぎ時に違いない!」
「村長なんかはいつも週1くらいでふらりと入って大量の宝を根こそぎ持ってくからな……その村長が居ない今、まさに獲り放題ってなもんだぜ!」
という考えで、結構な数の冒険者がパーティーを組んでダンジョンに潜っていた。
もっとも彼らはいつも潜っているわけだが、今回は特に気合が入っている。
そしてしばらくの探索の結果、迷宮エリアで地面に置かれた箱を見つけた。
ここのダンジョンの宝は、床の箱に放置される形で現れることが多い。
彼らははやる気持ちを抑えて、周囲を警戒しつつ箱を開ける。
「おお、ニホンシュだ! 1瓶丸ごと俺達のものだぜ!」
「すげぇ……いつもはケーマ村長かゴゾーさんくらいしか手に入れられないのに」
「むしろ村長がごっそり拾って酒場に卸してるとこあるからな」
いつも独り占めしやがって、という気持ちが無いわけでもない。しかしケーマは酒に興味があまりないようで、素直に酒場に卸してくれるだけありがたくもある。
定期的にニホンシュを酒場に卸すため、酒場でお金を出せば飲めないことは無い。
だが高い。希少な酒だ。
そうなるとやはりこれをダンジョンから大量に入手して荒稼ぎしているケーマを妬むような羨むような、そんな気持ちが湧いてくるものだ。
と、そこにゴブリンが現れる。5匹がパーティーを組んでいた。
出会い頭に風切り音。すとん、と冒険者たちの足元に矢が刺さる。
「おい! ゴブリンアーチャーいるぞ、なにはともかくニホンシュを守れっ!」
「またか!? つーか今日何度目の戦闘だよ! だがゴブリンだけなら……」
「さらに後ろからクレイゴーレム3体きてるぞ、いけるか? 逃げるか?」
「まじかよ! くそ、運がいいゴブリンめ。戦ってるうちに絡まれたらキツイ、逃げるぞ」
迷わず退却を選択した彼らは、ダンジョンを走り抜けた。
ちなみにこのダンジョンのゴブリンは、2種類に分類される。
まず雑魚のゴブリン。そして、武装ゴブリンだ。
見分けるのは簡単だ。武装ゴブリンは何かしらの武器を持っており、かつパーティーを組んでいることが多い。……武器の質は悪く、死体は雑魚ゴブリンと変わらないためうま味はほぼ無いと言っていい。
未熟な冒険者ならわりとあっさり負ける。下手を打てばCランクでもほうぼうの体で逃げ出すことになる。
尚、逃げる分にはあっさり逃げられるので、武装ゴブリンによる犠牲者はさほどいない。きっと罠を警戒して追わないようにしているのだろう、という噂もある。本当かどうかはさておき、油断ならない相手であることは変わりない。
そんなわけで彼らもあっさり逃げ切ることができた。
「はぁ、はぁ……よし、逃げられたか。しっかしお宝が多いのはいいが、なんでこんなにモンスターも多いんだ? 異常だろこれ」
「転換期か? ……遭遇が増えただけなら偶然ということも……あっ」
「ん? なにか心当たりでもあったのか?」
「……村長やゴゾーさんが間引いてないからじゃねぇの? これ」
そう。ケーマたちはアイテムだけでなく、モンスターも片付けていたのだ。
そのことに気付き、やはりあの2人のパーティーはすごい、と納得しかけたところで、一人がふと呟いた。
「いやまて。ゴゾーさんはそれほど狩ってないはずだ」
ゴゾーはきっちりと討伐記録と証明部位を出しているのだが、ケーマはそこのあたりがだいぶ適当になっており、どの程度討伐しているのか不明である。
だがゴゾーが普段使ってる金額から逆算するに……今出ているモンスターの殆どはケーマが討伐していたことになるのではないか?
「なんてこった……普段俺達が潜っていたここは、ケーマ村長が掃除した後の綺麗なダンジョンだったということか……」
「マジか。村長やべぇな」
一週間に一度程度のダンジョンアタックで、いったいどれほどのモンスターを狩っているのか。それも、散歩のような気軽さで、時にはソロでも潜っていくのだ。
……それで、この数のモンスターを相手にしているというのか。パーティーでも逃げの一手を打つようなところを、ケーマは気軽に、自分の家の庭を歩くがごとく進むのだ。
普段のぐーたらした姿からは想像がつかないが、そういえば勇者ワタルですらケーマには勝ったことが無いと言っていたような気がする。
であれば、ゴブリンやゴーレムの集団など散歩の片手間に片付けられる実力があるのだろう。
「……そりゃ、ニホンシュを独り占めにくらいできるわな」
「むしろ村長が拾ってきて酒場に卸してくれるから俺達が安定してありつけるんだよな……」
「ああ、ケーマ村長には頭上がらねぇぞこりゃ」
こうして、ケーマのあずかり知らぬ所でケーマの株が上がっているのであった。
*
マスタールームで、レイはネルネからの報告を受けていた。
「というわけでー、マスターとニク先輩が倒してたと仮定した分ー、モンスター増量で運営してますがー、この調子でいいですかー?」
「はい。この調子でお願いします」
普段はマスタールームでケーマが座るために置いてある椅子に腰を掛け、メニュー機能からモニターを見つつ、レイは思わず口角を上げる。
それは、ダンジョンの留守を任されたことによる喜び。
「ふふふ、マスターの留守を守るのはこの私! 吸血鬼のレイですよ! ふははは! 私が完璧にマスターが居ない場合のダンジョンを再現してみせます!」
と、湧き上がる感情を発露したところで、一旦深呼吸。よし、落ち着いた。
と、そばに控えて立っていたキヌエがぽん、とレイの肩を叩いた。
「レイ。ひとついいですか?」
「ん? なんですかキヌエ」
「これで完璧と、レイは本当にそう考えているのですか?」
やや不満そうに、キヌエは言う。ケチをつけられたレイだが、自分はケーマと異なり完全なことはできないと知っている。うぬぼれは無い。先ほどのはちょっと調子に乗って言ってみただけなので、素直に受け入れる。
「何か意見があるのですか? であれば聞きましょう」
「では遠慮なく。……まさか、マスターがこの程度だと?」
キヌエの言葉はつまり、ケーマが冒険者としてダンジョンに潜っているのであれば、倒されるモンスターの数は今増産している数では足りない。と、そういうことだった。
レイはそのことを瞬時に理解した。かしこい!
「……キヌエの言う通りですね! ネルネ、さらに増産してください! 倍くらい!」
「よぉしー、頑張りましょうー! 冒険者どもをみなごろしー……は駄目だからー、はんごろしでー!」
「おや? 半数は殺して良いということでしたっけ?」
「レイ、半殺しというのは殺さない程度に痛めつけることを言うのですよ」
こうして、現状ダンジョンの難易度はとてもとても高くなっていた。
相対的にケーマの評価も上がるため、レイの狙い通りであると言えよう。
……それがケーマの望んでいることかどうかは、また別の話として。
(尚、ニホンシュを酒場に卸すのはDP換金のためでもあります。
希少な酒であるため、換えた現金をDPにしても得になるほどの値段でも売れます。
現金をDPに換えるのはいつでもできるので、ケーマとロクコの【オサイフ】に山分けして入れています)