ミーカンの町 (1)
(ちなみにワタルは馬使うより走った方が早いんじゃないかという指摘がありましたが、ワタルほどになれば確かに走った方が早いです。
しかしワタルはハクさんからの仕事で『街道の治安維持』も行っているため、普通に移動することでただの一人旅と油断させ、盗賊やモンスターを釣って狩ったりもしています。何気にゴレーヌ村へは遊びだけで来ているわけではないようです)
そんなこんなでツィーアの次の町、ミーカンまでやってきた。
ツィーアほどではないが、それなりに大きな壁が町を囲んでいるようだ。
あと、周辺が牧場になっているようでちらほらと羊や羊飼いの姿も見えた。
「長い道のりだった……馬車の中では寝れると思ったんだが……案外忙しかったな」
「道中、結構モンスター出ますからね。盗賊も出るかなと思ったんですが、今回は気合入ったヤツ居ませんでしたね」
モンスターはともかく盗賊は、貴族の紋章が付いているとよほど腕に自信があるやつでないと襲い掛かってこないらしい。
そりゃまぁ貴族を敵に回すって言ってるようなもんだもんな。
「馬車1台で見える護衛も連れてないから釣れるかと思ったんですけど」
「もしかして、それが目的だったのか?」
「盗賊はいいですよ、殺しても捕まえてもお金になりますから。金ヅルです」
ワタル、心の根っこまでこの世界に染まってるなぁ。こりゃ確かに日本には帰れないわ。
ところで道中は結局野宿だったわけだけど、こういうのって普通、小さな村でもあるもんじゃないのか? 宿場町というか、そんな感じの。
と、その疑問にはゴゾーが答えてくれた。
「宿場町? そりゃあるとこにはあるけどよ、そりゃもっとモンスターの出ないところだな。じゃねぇとあっという間に食いつぶされるし」
「……ツィーアの近くにも村とかなかったっけ?」
「ツィーア付近は開拓地だからな。ある意味自然との最前線だ。それに、そんな短距離に宿場町があったら護衛依頼が少なくなって、商売上がったりだろ」
……そういうもんなのか。
野宿は良く寝れなかったうえに交代で見張りもしなければならなかったので、そこの点は旅に出たことを後悔したよ。うん。……ってあれ? そういえば俺、ワタルを雇ってる身分なんだからワタルに全部任せればよかったんじゃ……
……ええい。まぁ御者さんから色々話も聞けたしいいとしよう。馬の餌はそこらの雑草だけど、無かった時に【コールファダー】で飼い葉を召喚ぶか【グロウウィード】で草を生やすかの派閥争いがあるとか、あと馬以外でも馬車を引く動物なら馬と呼んだりするとか、本当にどうでもいい話を色々。
「なーなー、さっさと町に入ろうや。ウチもうお腹すいたわー」
「おうイチカ、おねだりはケーマにしろよ。ま、さっさと入るなら貴族用の出入り口でいいな。……そうか、ロップ、俺らも正式にBランクになったらこっちでいいんだよな」
「あ、でもそっちだと通行料も高いですからね。今回はともかく、普段の依頼じゃそっちの通行料はタダにならないので僕は普段一般の門を使ってますよ」
「……そこを選べるのが冒険者貴族のいいところだな。夜中にも外に出られるんだろ?」
イチカが腹を空かせているので、貴族用の出入り口を通ってさっさと入ることにした。
審査はさらっとしたもので、マイオドールが言っていたようにスムーズに町に入ることができた。
ミーカンの壁の中はツィーアとくらべて長閑な農村と言った感じだった。
外壁や建物自体はさほど変わりがないのだが、間隔が広めというか。あれ、こっちの方が帝都に近いんだよね? と首を傾げたくなる人口密度だ。いや、多いことは多いんだけど。
「畜産はそれなりに広さが必要ですから、相対的に人が少なくなるんですよ。人口的にはツィーアの方が多いですね。あとはこの町ができた当時は羊皮紙の生産も盛んで人が多かったそうですが、勇者工房の紙の開発で需要が減り、職人とかが他所へ移ったというのもあったらしいです。……今では回復魔法で増やしたりしなくても羊皮紙の需要を満たせるとかだそうですよ」
なるほど。だから土地は多くて人は少なめ、となるのか。
「とりあえず冒険者ギルド向かいますか。御者さんお願いします」
「あ、サラダ巻きの屋台やて。ミーカンの定番やなぁ」
「サラダ巻き? どんなんだ?」
「小麦粉を薄く焼いたので、細切りの野菜と焼いた羊肉を巻くんよ」
普通に美味そうだな。生春巻き、いや、野菜系のクレープか? いやまて、そういうタイプのシシケバブもあると聞いたような。……勇者イシダカの痕跡だろうか。
「私も食べたいわ。買ってきてよケーマ、お金は出すわ!」
「あ、そんならウチが行ってくるわ。こういう買い物は任せとき」
「わたしは羊肉の串焼きがたべたいです」
「せやな、先輩はがっつり肉食いたいタイプやもんな。けど野菜も食べなあかんで?」
「……はいはい、買うのはいいけど後でだ。ギルド行ってからな。さすがにこの紋章入り馬車で寄ってくのは色々キツイし」
それに俺はさっさと宿屋に行きたい。この4日間は野宿で……馬車の中は女性で、男は外でテント張って寝てたからいいかげん部屋で寝たいのだ。
ワタルにゴゾーに御者さんと寝袋で同じテントなもんだから、狭くてオフトンも使えなかった。くそう、今日はオフトンつかうぞオフトン。あと抱き枕も。
「ワタル。この町には2日くらい滞在していこう。寝溜めしたい」
「物資の補充もありますから元々2泊予定ですよ」
それならよかった。俺は明日は宿から出ないことにする。
そうこう言っているうちに冒険者ギルドまで着いたようだ。結構にぎわっている。
「ここは牧畜を狙うモンスターが多いので討伐依頼目当ての冒険者も多いんですよ」
「あー、それでか」
「それじゃ僕たちは馬車預けたりしてきますから、ケーマさんたちは到着の報告お願いしますね。あ、これここへ配達依頼のあった荷物です」
「あいよ。……って、おい。ロクコとイチカは?」
気が付いたら2人が居なかった。迷子にでもなったのだろうか、って、ここまで馬車で一緒に来たのにそれはさすがにないか。
「近くに屋台があったとのことで、買いに行きました。すぐ戻ってくるそうです」
「……まぁ、イチカが付いてるなら大丈夫か。じゃあニク、荷物持つの手伝ってくれ」
俺はワタルから受け取った荷物を持って、ニクを連れてギルドに入った。
ギルドの中に入ると俺達を品定めするような視線を感じる。
「えーと、依頼達成のカウンターはどこだ? 配達依頼の荷物を持ってきたんだが」
「あ、こちらです。ようこそミーカン支部へ」
受付嬢っぽい人が案内してくれて、無事カウンターにたどり着く。
「んじゃこれと、あとこれな。確認してくれ」
「はい。……!? え、あ、ええっ、ワタ……ん、んんっ。はい、確認しました。報酬は協力者様全員に均等に分配で振り込み、でよろしいでしょうか」
「ああ、それで頼む」
と、ここまで対応してもらったところでワタルがギルドに入ってきた。ざわりとして、一瞬静まり返る。
「あれ? なんだ、ご無事でしたか」
「無事って。お前、もしかして俺がこの程度のお使いで騒動を起こすとでも思ってたのか?」
「ああいえ。実は僕、初めてここのギルドに来た時に『ちょっとの手数料で手伝ってやる』と強引に絡まれたことがありまして。やはり日本人は童顔に見えるのかと……ねぇ、ボールさん?」
「そ、その節は、勇者様であるとはつゆ知らずっ、大変ご無礼をいたしました」
ワタルに声をかけられたガタイのいい冒険者は気まずそうに顔を逸らす。
カモだと思って話しかけたらSランク冒険者の勇者様でした、と。……温厚なワタルがこれくらい言うってことは相当しつこく悪質に絡まれたんだろうな。
「そんなことがあったなら既に悔い改めてるだろうよ。黒髪の冒険者に気をつけろとか言われてたんじゃないか? おかげさまで何事もなく依頼達成の報告ができたよ」
「そうでしたか。いやぁボールさん、手を出さなくてよかったですね。この人は僕も何度か挑んでるんですが、一度も勝ったことがないんですよ」
「ええ!? 勇者様より強いんですか!?」
そういえば確かにイカサマギャンブルやハンデ付き模擬戦で勝ってたけど、それで強いっていうのは違うんじゃないかな。
「しかも先日フレイムドラゴンに挑んで無傷で勝利しました。この2人組で」
「あの災害、Aランク指定モンスターに子連れで!?」
まぁそういうことになるけど。あれはフレイムドラゴン(イグニ)がイッテツの娘だったからできた茶番だしなぁ。
「おいやめろワタル。俺がそういう騒がれるの嫌いなのは知ってるだろ」
「たまにはいいじゃないですか。どうせ普段は拠点からほとんど出ないんですから」
何気にさっきから俺の名前を呼ばなかったり、ゴレーヌ村を拠点と言ったり、個人情報を保護してる当たり、ワタルも意識して悪乗りしてるんだろうなぁ。
ニクは嬉しそうだな。尻尾ふりふりしてるぞ。
「……ちなみに俺よりこっちの小さいほうが強いぞー」
「ご、ご主人様?」
「勇者様より強い男より強い幼女……!?」
俺がニクを前に出すと、ニクは戸惑いつつ、ワタルを見て言う。
「えと、……こ、こちらの方が強い、です」
「勇者様より強い男より強い幼女より強い勇者様!」
「あははは、もはや何が何だか分からないですね」
ワタルが上機嫌に笑う。ボールとか言ったっけ? ノリがいいなコイツ。あとで酒の一杯でも奢ってやろうかな。
(そういえば下記URLから6巻のアンケートを回答すると、書下ろしSSが見れるので。購入された方はどうぞ。
http://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?pid=9784865542844
)