秘策…
「おうケーマァ、お前ェウチの娘酔い潰してどうする気だよォ?」
「スマン。酒の強さに自信はあるって話だったからいい酒を用意したんだが、まさか酔いつぶれるとは思わなかった」
俺の目の前には、空になった酒樽と、酒に酔いつぶれて仰向けに寝るフレイムドラゴンと、保護者のサラマンダーがいた。イッテツは呼んだら出てきてくれた、ありがとう。
くしくも日本神話の龍の倒し方(酔い潰して殺す)がこの世界でも実用的であることを証明してしまったようだ。はっはっは、日本神話で異世界チート、なんちゃって……
「……いやぁ、止めようとはしたんだが、フレイムドラゴンの巨体は止められなかったわ」
「あァー……だなァ。せめて人化した姿なら……あ、ケーマ。おめェミノタウロスより頑丈か?」
「いや? って、いきなり何の話だ?」
「ああ、ンならむしろ良かったかもしれねェなって話だ。イグニは人化しててもミノタウロス平気で千切ってたからなァ」
物騒だなオイ。下手したら千切られてたってことかよ。
「しっかしケーマよォ。どうする気だァ? こいつァほっといたら朝まで起きねェだろ。下手に起こすと暴れるぞォ?」
「……暴れられると勇者にやられる可能性があるな……うーん」
「レドラに代役してもらうかァ? どうせニンゲンにはドラゴンの細けェ違いなんて分かんねぇだろォ?」
「……レッドドラゴンとフレイムドラゴンは外見が結構違うからバレるぞ、さすがに」
「そうかァ? あァー、まァ、そうかもなァ。でも結構似てるんだぜェ、仕草とかよォ。昨日マグマに入浴った後の固まったヤツ落とすトコとかさすが母娘って感じでなァ」
「嫁と娘の自慢は今はいいから」
風呂上りの体を拭く仕草が似てたみたいな話をされても困る。いろんな意味で。
……で、どうしよう。酔いがさめるまで待つか?
それとも途中で起きることを期待してゴゾーたちを呼ぶか?
酔いがさめるまで待ったら酒のニオイも消えてしまいそうだ。
うーん。気持ちよさそうに寝てるところ心苦しいが、やっぱり起こすか……。
「俺が起こすとすり潰されかねないからイッテツが起こしてくれよ」
「あァ……まァ、仕方ねェわな。おいイグニ、起きろォ」
ゆっさゆっさと前足でイグニの体を揺らすイッテツ。
ぐぉん、と丸太以上に太い尻尾が唸りを上げてイッテツを襲った。
「いてェなコラ。起きろってェのイグニ」
『うがゃぅ……あと3時間……』
しかしイッテツは動揺することなく尻尾を体で受け止める。
うん、まず俺だと揺らすのが無理。そして尻尾を受けて平然と起こそうってのが無理。
隣のニクを見る。……ニクならあるいは? いや、さすがにダメか。試すにしても命懸けになるから試したくない。
「というかイッテツは良く大丈夫だな」
「これなァ……結構やせ我慢してんだぞォ。父親の威厳ってェやつを見せてェからなァ」
「その割に家でゴロゴロしてるかレドラとイチャイチャしてるって印象だったみたいだけど」
「……おゥふ……言わねェでくれ……」
ごろんと寝返りを打つイグニ。さらに炎も吐く。それでも起こそうと懸命なイッテツとそれを部屋の隅で眺める俺とニク。大人しく邪魔にならないように体育座りだ。
……ボス部屋の床に寝ぼけたイグニの爪痕やブレスの跡が刻まれていく。まるでイッテツの苦労がそのまま刻まれているようだ。
うん。イッテツがいなかったらやばかったなぁ。俺やニクじゃ起こせないもの。ブレス浴びたら骨も残るかどうか。
「これ、下手したらダンジョンコア破損になったりするんじゃないの? 本当に大丈夫か?」
「バカ言え! 可愛ィ娘の寝返りで死ぬ父親がいてたまるかってんだァ! まァ俺の体の傷は大半はコイツにつけられたモンだが……いいかげん起きろってェの!」
『みぎゃ!?』
父親って大変なんだなぁ……と眺めていたら、ごづん! と人間相手なら首から上がトマトケチャップになるであろうゲンコツがイグニの頭に炸裂した。
『うぇ、痛いよとーちゃん……うぅー』
「よォし起きたか? まァだ酔ってそうだが大丈夫かァ?」
『ぁー……頭ぐわんぐわんするぅ……えぇっと、なんだっけ……?』
「酔ったフリ――はいいかァ。つかまったフリして、逃げるんだろォが」
『ぇーとぉ……あぁ。そう、そうだねぇ、逃げなきゃだっけ?』
「おーいケーマァ! なんとか大丈夫そうだァ!」
本当かよ。すごい不安なんだが。
「えーっと、それじゃあニク。【収納】から台車とロープ出してくれ」
「はい、ご主人様」
と、ニクの【収納】にしまってあった折り畳みの台車とロープを取り出す。
とりあえずはイグニをこれにセットすればいいわけだが……
よく考えたらイグニが動いてくれなきゃ台車に載せられないよな……俺とニクだけじゃ持ち上がらないだろこの巨体。
……台車の積載量も不安だなこれ。ってか、引っ張って外まで運べるのか? ワタルに任せれば何とかいけるか?
「イグニ、台車に乗ってくれ。俺らが運ぶにはその体はデカすぎる」
『あぁ、そーぉ? ならアタシ人化するよぉ……』
「あ、いや、普通に台車に乗ってくれれば」
と、言ってる間にイグニは人化した。打ち合わせの時に見た幼女ヒトドラゴン状態だ。
「ふあぁ……それじゃ、おやすみぃ」
そして台車の上でちょこんと丸くなって寝た。人化を解かずに。
「……えーっと。イッテツ。これ大丈夫かな……」
「俺が言うのもなんだがなァ……ダメじゃね?」
ごつごつとイッテツが頭を叩くが、イグニは起きそうにない。
「……これは起きるまでに時間かかるだろォなァ」
「えぇ……」
「やっぱレドラに代役頼むかァ?」
「いやだから無理だってバレるって」
どうしようコレ。
と、そのときニクが口を開いた。
「……ご主人様。いっそこのままイチカたちを呼ぶのはどうですか?」
「このまま、というと……この状態でか? 幼女が台車に乗って寝てるこの状況で」
「はい。……強さは、見ればわかると思います。これが本物のドラゴンというのも。で、その、ワタルは甘い、ので……」
なるほど、ニクの言いたいことが分かってきた。
勇者ワタルは甘い。なにせ、リン――ウチのダンジョンを一時占拠していた黒い狼――ですら、話が通じるからといって倒さなかったヤツだ。
人間の姿をしていてしかも幼女。これであればいきなり殺したりはしないだろう。
起きるのを待って交渉をしようと言うはずだ。むしろワタルが言わなきゃ俺が言い出す。
そこでイグニには逃げるなり降参するなりしてもらえれば……
「……本当に、この幼女を見て強さ分かるかな? 酔いつぶれてぐでんぐでんだけど」
「ワタルなら確実、です。ゴゾーやロップ、イチカにも分かる、と、思います」
俺にはさっぱり分からんが、ニクが分かるっていうなら分かるんだろう。
「うーん、まぁ、それならイグニは死なずに済みそうだ」
「いけそうかァ。なら俺ァ戻るとするわァ。ケーマ、頼んだぞォ?」
そう言ってのそのそと去ろうとするイッテツを、俺は肩?を叩いて呼び止めた。
「まってくれイッテツ……ひとつ不安要素が残ってる。起きた時のイグニが余計なことを口走る可能性だ……」
「……あァ……ケーマならなんとか誤魔化せねェか?」
「場合による。そこである程度備えておきたい……手伝え、イッテツ」
「娘のためなら吝かじゃァねェけどよォ、何を手伝えばいいってんだァ?」
「いくつか口止めの一撃を放てるトラップを用意してくれ、スイッチ発動型のな。それと万一の時だが――」
俺は、ワタル達を呼び出す前にイッテツと入念な打ち合わせ(1日ぶり2度目)をした。
……まったく、予定通りにはいかないもんだ。やれやれ。
(6巻11月25日発売です。書影出ました。詳しくは活動報告にて。
もうアマゾンとかで予約もできるみたいですね)





































