秘策
昼食休憩が終わったところで、俺達は『火焔窟』へと入り込んだ。
まぁ実際は休憩をとっていたあたりもウチの村と同様に『火焔窟』のダンジョン領域なので、すでに入っていたとも言えるが。
「そういえば、フレイムドラゴンって火の精霊とレッドドラゴンの子供と言われているんですよ、知ってました? 帝都の図書館に文献がありました」
「へぇ、そうなのか。だから火属性に特化してるのか。確かにレッドドラゴンに火の精霊の加護が加わったら火に対して無敵の存在と言えるな。ケーマは知ってたか?」
「……前に知り合いから聞いたな」
ニクとイチカに先行させてその後ろをついていく俺。そして俺を守るかのように後ろにゴゾーとロップ。
ワタルも俺と同じ中央にいるが、これは前後どちらにも迅速に対応できるようにだ。基本的に何もしない俺とは役割が違う。
ゴゾーとニクがレッドリザードを殴り切り捨て、イチカとロップが嵩張らないように最低限の解体をし、ワタルの【収納】にしまう。
俺? まぁ、あらかじめイッテツから聞いてた道を案内して、イグニのいる5Fの中ボス部屋まで誘導するだけのこの隊の獅子身中の虫だよ。ははは、役割分担バッチリだね。
ちなみに道があっていれば定期的にレッドリザードが、間違えるとすぐさまレッドスライムをけしかけられる。スライムは物理無効なのでワタルがなんかバシュって対処する。勇者ってすごい、魔法剣ってやつらしい。
え、俺にも教えてくれるって? ……よかったなーニク、折角だし習っておきなさい。
「ふぅ、これでレッドスライムも3匹目ですね」
「すまん、ちょっと引き返すぞ」
「え、またですか?」
「元々俺の調べたルートだとレッドスライムは出ないはずなんだよ。そういう道を調べたからな」
少しだけ道を引き返す。さっきのとこは右折じゃなくて左折だったか。
と、そこでゴゾーが話しかけてきた。
「ところで、今回はケーマの秘策頼りなわけだが……そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか? 秘策の内容」
「んー、そうだなぁ……」
「中身の見えない策に命を賭けてる俺らの身にもなってくれ」
「それ、むしろ良く賭ける気になったよな」
「そりゃ、策はともかくケーマのこたぁ信じてるからな」
おっと、このお飾り村長、意外にも信用があるらしい。
「まぁいいだろ。俺の策だが――こいつを見てくれ」
「これは……さっきイチカに食わせようとしてた唐辛子ペーストじゃねーか? こいつがどうしたんだ?」
「とある筋から、フレイムドラゴンは酒と辛い物が好きだと聞いてな」
ちなみにとある筋とは本人である。だから間違いはない。
人化したときの見た目が幼女だったので本当に酒飲ませてもいいのかとイッテツにも確認したが、ドラゴンだから問題はないらしい。
「俺の【収納】には、ダンジョンで仕入れた酒と、キヌエさん特製のコイツをたっぷり用意してある。まぁ要するに好物で釣ってその隙にカタをつけるつもりってわけだな」
「なるほど……俺も酒は飲みたい。少し分けろよ」
「帰ったら宴会用に同じ酒を用意してもらってる。今は仕事中だ、我慢しろ」
「ひゅぅ! こりゃ、ますます失敗できねぇな。なぁロップ、ワタル?」
「ドラゴンを酒で倒すとは、チームバッカスにふさわしい戦い方じゃないの。イカしてるよケーマ村長」
「ヤマタノオロチですね! 分かります!」
ワタルの日本神話発言は無視しておこう。
と、納得したところでさらに奥へ。そうして、目的地であった5Fの中ボス部屋までやってきた。
「お、いたいた」
「レッドミノタウロスを食ってる……あれが本来のここのボスか?」
部屋の中を窺うと、イグニがドラゴン形態でレッドミノタウロスをかじっていた。
中ボスを食っていいのかとも思ったが、上層の方に居るのは大体イグニのオヤツらしい。なんて食費のかかる娘だろうか。エンゲル係数爆上がりだな。
「それじゃあ行ってくる。失敗したらワタル、あとは頼むぞ」
「任せてください、骨は拾いますよ。最悪骨があれば蘇生できますからね!」
えっ、この世界って蘇生魔法とかあるの?
「あ、蘇生は成功率25%で成否にかかわらず金貨1万枚ですが、蘇生するまでやってもらっちゃっていいですよね?」
「……ワタルが払ってくれるならいいぞ」
よかった。少なくとも一般人には使えないレベルだった。
……あ、もしかしたらハクさんによる信者獲得のためのパフォーマンスかもしれないな。こう、ドッペルゲンガー(50万DP)とか使ったりした可能性が。
だとしたら、死んでもやっぱり生き返れないだろう。蘇生の後遺症がー、とか言っておけば記憶障害や性格の変化が起きてもおかしくないもんな。
「ぐっ……しかしケーマさんのためなら立て替えますよ!? 聖王国への旅費も負担します!」
しかも光神教かよ。うわぁ詐欺臭い。
それ蘇生成功した例ってあの聖女だけとかじゃないだろうか。
「まぁとにかく行ってくるよ。都合よくボス部屋だし、俺とクロだけで入る。秘策が首尾よく運んだら呼ぶから」
「本当に大丈夫ですか?」
「ま、秘策のなかでも秘中の秘はなるべく見せたくないからな。扉は閉めておくぞ……そうだ、俺が死んだら首輪でイチカが分かるだろう。そしたら入ってくるなり逃げるなり好きにしろ」
「……奴隷の首輪にそんな使い方が」
奴隷の首輪は、主人が死んで解放されたらそれが分かるらしい。
まぁ死なないけどね。
「ケーマさん、まさかそのためにこの二人を奴隷のままにしてたんですか?」
いや、ダンジョンの秘密をしゃべらせないためだけど。
「なぁご主人様、ご主人様死んだら今日の晩御飯抜きは解除ってことでええんか?」
「いや死なないからね?」
「万一ということもあるし!」
「わかった、上手く行ったときはイチカの首を軽く2回絞めるから」
「えー! 軽くな? 軽く頼むで?」
「奴隷の首輪による無線連絡……!? さしずめ『奴隷の首輪通信』ということですね、ケーマさん!」
なんだその薄い本のシリーズものタイトルっぽい名前は。
*
ともかく、ニクとボス部屋に入って扉を閉める。
……ようやく一息つけるな。
『お、きたか! まってたぞ、あ、ミノ食う?』
「おい声がデカい。勇者が聞き耳立ててる可能性があるだろ」
『あ、そっか。ゴメンゴメン忘れてた』
イグニはぽりぽりと頭を掻く。ちなみに会話はドラゴン語で行われたため、ニクは首を傾げる。……普通の人間の言葉も通じるんだよな。どうせワタルが聞いてたら変わりない、切り替えるか。小声で話せば大丈夫だろう。
『で、こっからどうするの?』
「ああ、とりあえず勇者が部屋の外にいるからな。秘策が通じたフリをしようか」
と、俺は酒樽と唐辛子ペーストの入った樽を【収納】から取り出した。
「ほら、手土産だ」
『お酒と辛い物? 本当に持ってきてくれたんだ』
「ちなみに分かってると思うけど、打ち合わせの2番の状況だぞ」
『ねぇねぇ、コレ飲んでいいんだよね? ね?』
「……その前に、状況を確認しようか。2番、覚えてるかー?」
『えーっと、えっと。余計なのが付いてきたけど、置いてけぼりにできた、だっけ?』
お、分かってるじゃないか。
ちなみに1番は俺一人のケース。3番は余計なのも一緒に入ってきちゃったケースだ。
3番の時はもっと複雑な茶番を状況に応じて臨機応変に――分かりやすく言えば、空気を読んでアドリブという超高度な高等テクが必要になるところだったので、俺としても避けたかった。助かったよ。
「まぁそんなわけで、それに比べたら多少余裕がある状況だ。少しくらいならつまんでいいぞ。不自然にならない程度に酒のニオイさせとく必要もあるし」
『ホント!? わーい! おじちゃん大好き!』
「誰がおじちゃんだ。イグニの方が年上だろ?」
『パパの友達でしょ、ならおじちゃんじゃん』
「……せめてお兄さんと呼んでくれ」
『お兄ちゃんありがとー!』
あとは、酔ったフリをしたイグニを拘束して奴らを呼び込み、そこで拘束を引きちぎって逃げてもらうだけ。そして山から逃げていく姿をどこかで目撃してもらえればバッチリのはずだ。
折角の帰省をすぐ旅立たせることになってしまったのは少し心苦しいが、うまく誤魔化せそうで何よりだ。はっはっは。
『うわぁ、なにこれ! アタシこんな美味しいお酒飲んだの初めて! こっちのは……辛い! なにこれなにこれ! 辛くて美味しい! うわぁ、赤ミノが進むなぁ!』
「……おい? 程々にしとけよ?」
『大丈夫大丈夫、アタシお酒強いし! っはぁあ、この辛いのミノ肉によく合うよぉ! お兄ちゃんも食べてみる?』
「いや、俺は遠慮しとくよ」
……んんー? なんだろう、嫌な予感がしてきたぞ?
(秘策にも穴はあるんだよな……)





































