襲撃
今日もゴレーヌ村は平和な村だ。
冒険者兼農民な一般村民たちが畑を愛でることに全力を傾けていた。
「いやぁ、今日もいい畑だ。愛しのキュウリ、大きく育てよ」
「ああ今日も葉がみずみずしく輝いてるよ! チラ見せの肌がたまらないぜダイコンちゃん!」
「ふっ、まったくモロだしとかチラ見せとか。大好物だがここは俺のジャガイモの奥ゆかしさを見習えよ」
オフトン教会に置いてある本から「植物は話しかけると良く育つ」という情報を得た彼らは、愛しの作物たち自慢もかねて野菜たちに話しかけるのが日課となった。
最初は疑っていたところもあるが、植物だって生きているのだ。
モンスターに動く食人植物がいるくらいだしここは当然納得だろう。ならば愛を注げばその分良く育つのは、確定的に明らかだと気づいてからは戸惑いも躊躇もなくなった。
そして実際、美味しくなった。
ならば、もはや話しかけない道理はないというものだ。
「そろそろ収穫時だなー」
「くっくっく、キヌエさんに美味しく料理してもらったりシスターさんたちにもぐもぐしてもらったり……うらやま、いや、誇らしいぞ自慢の我が子よ」
「ん? なんだアレ」
村民の一人が空に何かあることに気付いた。
はじめは小さい点、だがこちらに向かっているのか徐々に大きくなってきた。
赤い鱗に覆われた大きな身体。羽毛のない蝙蝠のそれにも似た羽根に、爬虫類な頭。大きな角まで生えている。
その正体は赤いドラゴンだった。
「ッ! ドラゴンだと!? 早く避難しないと!」
「何ィ! 俺の畑を狙ってきたのか!? この野郎、俺の育てた聖剣ダイコンで追い払ってやらぁ! 今抜くからちょっと待ってろ!」
「キュウリ欲しいのか!? 3本か!? 3本欲しいのかいやしんぼめ!」
「くそ、まともなのは俺だけか! いやヤバイって逃げるぞお前ら!」
火属性のレッドドラゴン、いや、体に燃え盛る炎がまとわりついている。レッドドラゴンよりさらに火属性に特化したフレイムドラゴンか。
それが分かる程度まで近づいてきたところで、ドラゴンはばさりとはばたき、空中に静止した。そして、ぐぁ、と口を開き――息を吸い込んだ。
「やべぇ! 初めて見たけどアレ絶対ブレスだ! ブレスがくるぞ!」
「お、おい、俺のダイコンを置いていけるか! あと少しで抜けるからもうちょいまって」
「マジで死ぬぞ!? ダイコンはまた作ればいい! ……って、う、うわぁああ!?」
直後。炎が地上を蹂躙した。
*
「……というわけで、村の一角がドラゴンに燃やされました」
「人的被害は?」
「ありませんでした。不幸中の幸いですね」
そうか、と副村長のウォズマから報告を聞いた俺は頷いた。まぁマップで見てたから知ってる。
ちなみにこのドラゴン、またリンみたいな理不尽系がやってきたのかと思ったが、ツィーア山山頂の方に飛んで行った。
野良ドラゴンだろうが、イッテツの方なら対処できるだろう……いや、お互い炎特化だと微妙か? 後で聞いてみよう。あ、レドラの親戚かもしれないな。
「いかがしますか?」
「ん? そうだなぁ、とりあえず実際の被害を確認しとくか。……ドラゴンについては、まぁ心当たりを当たってみるよ」
で、実際に燃やされた畑まで見に来たところだが、別段地面がガラス化しているといったこともなかった。
普通に撫でるように焼かれただけのようだ。ゴーレムを派遣して耕せば夕方には新しい種をまけるだろう。
「レッドドラゴンの上位なフレイムドラゴン、だっけ? 本気で炎吹いたらこんなもんじゃすまないし、遊ばれたっぽいな」
「おや? ケーマ村長はドラゴンに詳しいので? まるで一流冒険者ですな」
「……ロクコがたまたま詳しくてな。聞いてるうちに覚えたんだ」
実際知り合いにレッドドラゴンがいることは黙っておこう。
「ところであそこで娘が殺されたかのように号泣してるヤツは?」
「畑の持ち主です。手塩にかけて育てたダイコンが全滅したとかで」
「キュウリはいいよなぁ、数本とはいえ収穫できたんだから! ジャガイモに至っては土の中でホカホカにいい具合になって、掘り起こしたのを美味しく食べれてよぉ!」
ああ、それで今日はジャガバタ祭りだったのか。俺も食べたけど。
ダイコン農家の友達で、同じく被害を受けた2人が俯くダイコン農家の肩を叩いた。
「はっはっは、これがジャガイモの奥ゆかしさよ。ジャガイモ大勝利!」
「ちなみに俺のキュウリはポテトサラダに混ざって美味しく頂かれたぜ?」
「テメェら鬼かよ!」
思いの外平気そうで何よりだ。
「というかダイコンは何とか食えるところ残ってなかったのか? 根菜だろ?」
「瑞々しい白いダイコンにニーソックス穿かせる計画が台無しだろうがよぉおお!」
「お前……そうか。それで最近精力的にダンジョンに潜ってたんだな。家に集めてた分も燃えたんだっけ? よし、泣いていいぞ」
……思いの外平気そうで何よりだ。
まぁこいつら本業は冒険者だし、作物を焼かれても即死ぬということは無いだろう。装備もギルドから貸し出してもらえるようだし……
というか、報告を真に受けるとドラゴン前でコントしてたっぽいんだけど、バカなのか根性据わってるのか混乱してたのかバカなのか生き残る秘策があったのかバカなのか悩むところだな。
「ええと、まぁ人死がなかったのは良かったよ」
「そうですねケーマ村長。ちなみに彼らはただのバカです。普通の冒険者なら足が竦んで動けなくなるか、即座に逃げるでしょう。ドラゴンの気まぐれに救われましたね」
「……そうか。ああ、あと家も焼けてたな。修繕中は宿に割引で泊めてやるとしよう」
「あ、そこ無料にはならないんですね」
「無料になったら働かないだろ」
ウォズマが俺のことを見てため息をついた。
うん、自分のことは棚に上げてるけど? 何か?
「俺はいいんだよ、働かなくて。お飾りだからな」
「……ケーマ村長は十分働いてると思いますよ?」
ははは、ぬかしおる。
働いてるとしても1日に数枚の書類にサインするだけの簡単なお仕事だ。村の運営の面倒なことはみんな幹部がやってくれる。
俺の仕事はせいぜい何かあった時に顔を出すくらいだ、こうして畑を見に来たりな。
うん、お飾りの村長っていい立場だよね!
「まぁ元気出せ。ゴーレムに手伝わせればまたすぐ農家できるさ」
「村長! ……俺、頑張ってまたダイコンを育てるよ! 今度こそ、ニーソを穿かせてやるんだ……!」
「そうか。って種は残ってるのか?」
「あ、そういえば俺の家と一緒に燃えてた……しばらく畑は放置か……」
「ん? 畑を空けとくのか、もったいないな。これを育ててみるか?」
俺は、腰にさげた袋をあさるフリをしつつ【収納】からテンサイの種を取り出した。前に砂糖を作って大儲けしようとして挫折したヤツである。
「おお……ありがとう村長! ところでこれはなんて作物の種なんだ?」
「テンサイっていう、砂糖の原料になるヤツだ。砂糖の作り方は教会の本棚にあったはずだから探せ」
たしかレシピをイチカに訳させて本棚の肥やしの一部にしてたはずだ。
「……村長、そんな種どこで手に入れたんだ?」
「オフトン教の秘密だ」
「マジかよ、オフトン教最高だな……感謝します! オヤスミナサイ!」
「うわー、いいなー。……村長、俺にもください!」
「俺も俺も!」
「いいけど、使った分は返せよ? 現物でいいぞ」
キュウリ農家とジャガイモ農家まで欲しがってきたので、俺は追加で種をくれてやった。どうせ余ってる種だしもってけもってけ。
あ、でも3人ともテンサイ農家になったらなんと呼び分ければ……まぁいいか。
「さすがケーマ村長。いつの間に手をまわしていたのですか?」
「さあな、だいぶ前だからもう忘れたよ」
やれやれ、とウォズマは苦笑して肩をすくめた。
……そんなおかしいこと言ったか?
(書籍化作業、そろそろひと段落つきそうです。この3連休が勝負だ…!
あ、11月発売予定です。)





































