にわとり・金鉱・髑髏
「ここなのか?」
「らしいぞ」
寂れて朽ちた村の入り口を眺めながらバルーンに聞くポカリ。相変わらず抑揚のない声で返すポカリは、時々吹く風によって舞う砂ぼこりに顔をしかめる。
「悲しいところだな……。あむっ」
「なら食べるのをやめろ」
顔をしかめるバルーンの視線にはニワトリの丸焼きを食するポカリ。昼飯だとかなんとか言ってテイクアウトをしてきたのを、食べながらここまで来たのだ。
その強烈なにおいに胸焼けがしそうだと思いながらも、口にはしない。口にはしないが、視線やオーラが雄弁に語っている。
チクチクと視線が刺さるのをスルーしつつ中に一歩足を踏み入れる。
「バルーン。説明」
「わすれたのか」
「うん」
「頭かち割ったら思い出すんじゃないか?」
「うん……ってうおっ!?」
適当に返事をして、バルーンが不穏な言葉を吐いたのに気付くとあわててしゃがみこめば、フォンッという空気を裂く音が響く。
それはバルーンの蹴りがポカリの頭上を通過した音であり、しゃがみ込んでいなければ前方にかなりの勢いで飛ばされていただろう。
それを証明するために目の前に転がっていた木片や樽が破壊された。
「俺を殺す気か!?」
「チッ」
「いま舌打ちしたよなぁ!?」
バルーンの履いている靴『空気』が青い光を帯びているのは気のせいではないだろう。力を開放してけりかましてきやがったと、半泣きになりながら最後の一口を口の中に放り込む。
「この金鉱で違法薬を作っているという情報が入ったらしい」
「十数年前から使われてない場所なら、作るのにもってこいだな」
「それに……血のにおいがする」
「なんだと?」
ぽそりとつぶやかれバルーンの言葉に一気に表情を険しくする。ざっと周囲を見渡せば、朽ちかけている酒場の影、目立たない場所に髑髏が転がっている。
静かに近寄り風化具合を確かめてみる。
「二、三年前って感じだな」
「ここで働かさせられていて、用済みか口封じのために殺されたか」
髑髏に対して二人は手を合わせて静かに祈ると、ポカリは無表情で立ち上がりバルーンは眉間にしわを寄せながら奥に続く一本道をにらみつける。
突風が吹けば壊れそうな民家や酒場が立ち並ぶ道の奥から嫌な空気が流れてくる。
「行ってみるか」
「そうだな」
腰の鞘から引き抜いた銀の剣『爆裂』の柄頭の宝石を撫でると駆けだすポカリ。すでに『空気』を発動させていたバルーンは、地面から少し浮きその隣を滑空する。
ひゅうひゅうと耳元で風が鳴る、土ぼこりが巻き上がるのを横目で見ながら二人は会話する。
「何があると思う?」
「働かされている人間」
「それはあるな。何で作られていると思う?」
「わからない。あの特異な力=魔物のの力をどうやって液体に抽出するのかが分からん」
「それがわかったら研究者がわめかねぇよ」
いやそうな顔をしながら走り続けると開けた場所に出た、円形の広場で段ができている場所には人が二人くらい入れそうな穴が開いている。
どうやらここが中心地らしい。昔は夢が詰まった宝の山だったのだろう、だが今は見る影もない。
「あれは?」
「なんだ? でかい大釜?」
その中央に盛大に燃える炎の上にありえないほどの大きさの大釜があった。しかも大量の湯気が出ているところを見るとなにかを煮詰めいているらしい。
鼻が曲がるとまではいかないがかなりの悪臭が漂ってくる。
「バルーン、中覗いてこい」
「わかった」
すごい嫌そうな顔をするが、覗きこめるのが自分しかいないので空を駆けると湯気に当たらないように中を覗き込む。
そして顔をしかめた。
何とかして中を覗き込めないかと少し離れた位置をぐるぐるとまわっていたポカリは、バルーンに声を張り上げて問いかける。
「なんか見えたか―!?」
「……」
何も言わずにバルーンは戻ってくると有無を言わさずにポカリを担ぎ上げ、また空を飛ぶ。急なことで驚いたポカリだが、バルーンの顔が青ざめているので何も言わずにされるがままになる。
「中を……」
「うっ……」
かすれた声に促されて覗き込めば、中では白骨が煮詰められていた。しかもその中心には
「魔方陣?」
「儀式用か」
「つまりあれで魔物を呼び出すってか」
禍々しい光を放ちながら徐々に魔方陣が大きくなり始めている。二人が見ている中で魔方陣は大釜を包み込めるほどの大きさになると、さらに強烈な光を放つ。
「おい、まずいぞ!」
「魔物が出てくる」
「叩くしかないな」
二人が地面に降りると同時に光は大釜全体を包み込み、徐々にその姿を変えていく。細長く伸びていき全長10mほどに、胴体は丸太のように太くなる。
「これは大蛇」
「バジリスクか?」
「石化してしまうな」
「いや、違うみたいだ」
『ギシャーーーー!!!!』
すさまじい叫び声をあげて光が解けるのと同時に、突っ込んでくるのを二人は別々の方向に飛んで避ける。
「ナーガだ」
「締め付けられたら死ぬなぁ」
「毒のほうを心配しろ」
緊張感のないやり取りをしながらバルーンが隣に戻ってくる、それを確認すると剣を引き抜く。すでに赤い光に包まれており、かなりの熱量が発せられている。
「蛇は熱で探知してくる。お前は不利だな」
「だよなぁ、だからと言ってバルーンの一撃じゃあ倒せない」
「私が囮になるから、一撃で倒せ」
「だな。しばらく攪乱ヨロシク」
ザクリと切っ先を地面に刺せばポカリの全身を光が包み込み始める。彼めがけてナーガは咆哮しながら突進してくる。
ポカリに近づけさせるわけにはいかないといわんばかりに、空を裂いて近づいて顎の下に潜り込むと下からの一撃を放つ。
「ヒュウッ、やるねぇ」
「さっさとしろ、こいつ堅い」
「へいへい」
ふらふらと頭を振っていたが、鎌首をもたげると怒りに満ちた目でバルーンをにらみながら突っ込んでくる。それを難なく回避してポカリとは反対方向に誘導する。
「ほらこちらへ来い」
「なんか変な気配するな」
バルーンが誘導をしているのを見ながら全身を赤に染めたポカリは、ふと小さくつぶやく。まるで誰かに見られているかのようにチクチクするのだ。
だが今この場を動くわけにはいかないのでもどかしいことこの上ない。
「早くしてほしいな」
ひらりひらりと優雅に見えつつもぎりぎりのところで避けているバルーン。巨体の割には素早いので毒の滴る牙や、太い尾から繰り出される一撃をぎりぎりで避ける。
「バルーン!!」
「蹴り飛ばす」
名前を呼ばれると同時にナーガの横っ面を蹴り飛ばしてポカリのほうに飛ばす。まるで岩をけったかのように足がジンと痺れた。
顔をしかめながらポカリの全身を包んでいた紅いオーラが巨大な剣になるのを見つめる。
「爆剣【雷火】」
頭上に掲げた剣を上段から振り下ろせば、動きに合わせてオーラでできた巨大な剣も上段から振り下ろされる。
ナーガを真っ二つにするのと同時にすさまじい爆発が起こる。その威力に吹き飛ばされそうになるのを何とか空中で堪える。
「終わったか?」
爆発は唐突に収縮する。地上に降りれば炭と化したナーガと油断なく剣を構えるポカリ。
「どうした?」
「でてこい!!」
不思議に思いながら小さく声をかければポカリが声を張り上げると同時にバルーンも気づく。すぐに目の目の空気を蹴り飛ばせば、目に見えない塊が飛び岩を粉々にする。
その後ろから現れたのはほっそりとしたシルエット。全身を隠すタイプの外套を身に着け、唯一あらわになっている口元は吊り上っている。
「さすがは『ネット』のお二人。ものの見事にナーガを倒してくれましたね」
「女?」
風に乗って届く声は低いが、あえて低くしているように感じる。ぽつりとポカリが呟けば、それに同意するかのようにバルーンが小さくうなずく。
「あんな風になっては仕方ありません。途中でこっそりと回収するつもりでしたが」
「まぁ、あの状態じゃあもってけないよな」
「そういう問題か?」
緊張感のない会話をしながらも二人は呼吸を整える。
「儀式はいつでもできますし、今回はここら辺で退散しましょう」
「おっとまてよ。お前誰だ?」
「そうですね、とりあえずブローカーとでも名乗っておきますか」
「商人か」
バルーンはつぶやくと同時にもう一度空気を蹴る。それと同時にポカリも駆け出し剣を一閃するがとらえたのは、外套だけだった。
「また、お会いしましょう」
ブローカーと名乗った女の声が奇妙に響いて消えたのを聞きながら、二人は悔しげに顔をゆがめた。