第23章「喧騒の舞台」
一樹はいつも通り、一般の学園生が登校する時間に校門に着いた。
……なんだか騒がしいな?
何とか人だかりを抜け、そこで一樹が目にしたのは――
……なんだ、これ。
校庭が穴だらけだった。とても人の手で行われたとは思えない所業だ。
「よ、一樹」
と、小春から声を掛けられた。
「あ、ああ。おはよう」
「おはよう。分かりやすく動揺してるな」
「こんなもん見せられれば、誰だってそうだろ?」
「ま、今のうちの学園生に限って言えばそうでもないな。まずは教室に行くか」
「ああ……」
頷いて、一樹は歩き出す。
「それで、一昨日のお姫様とはそれからどうなった」
「あからさまに話題を逸らしに来たな」
「いや、逸らしてはいないな。あれとは関わらない方がいいって言っている。ちなみにお前が疑問に思っていることには答えてやろう、あれをやったのは生徒会長だ」
「生徒会長……」
……あれが、生徒会長の力……!
改めて能力の差というものを感じる。それを見せつけるためにやったのだろうか。それとも、そんなことは会長にとって些事なのだろうかとも思う。
「ま、痕跡だろうと実際に目にすると恐ろしいというか、圧倒的だな。だから、お前みたいな奴が近づくべきじゃない」
「随分と過保護だな。一晩で校庭を破壊し尽くすなんて、確かに人のすることじゃないが……」
「おや、一樹は一晩だと思っているのか?」
「え?」
「いや、それなら別にいい。で、一昨日のお姫様は?」
思わせぶりに笑いながらも、小春は先に疑問を口にして話題をアリスの事へと変える。
……そんなに小春が気にするとは珍しいな。
「……昨日も会ったよ」
「なるほど。で?」
「別に……何も話さなかった」
「何も?」
「ああ。実際に会ったら何も言えなかった」
……そう、何も言葉が出てこなかった。
一日の出来事を話そうか、自分のことを話そうか、彼女のことを尋ねようか……いろいろ考えていたが、会ったら話をする気が起きなかった。
「でも、本当は話したいことがあったんだろう?」
「そうだけど、今は一緒にいるだけでいいのかなって思って」
「はぁ、駄目だな……」
「そう思ったから『またね』とだけ言って帰ってきた」
……今は一言だけ、それでいい。
いつかは何か話す気になるかも知れない。その時まで待っていればいいと思う。
「全く参考にならんな。まあアテにはしてなかったが」
「それより、なんで僕が会った事を知っていたんだ?」
「ああ、俺はあの少女の調査依頼を受けているんだ。仕事だよ」
「仕事?『情報屋』のか?」
「そう。かなり大口の客だ。監視を続けろ。報酬は言い値で構わない」
「なんだそれ」
「美味しすぎて逆に胡散臭い話だ。だがまあ、断れない理由もあったんでな」
「理由?」
「悪いな。ここから先は、相手がお前でも喋れない」
その一瞬だけ、小春の口調が強くなった。しかし、すぐに普段通りに戻る。
「ま、そんな訳であの少女のことはこっちも追っていた」
……確かにこれなら、小春も気にするな。
怪しい依頼主に、変な監視対象、高額の報酬。分からないことが多すぎる。
……だが、尋ねることは一つだ。
「ああ……で、塔以外の出没場所は?」
「出没場所ってすごい言い方だな。しかし、お前も目的があると直線的になるんだな」
「御託はいい。早く教えてくれ」
「それも秘密――と言いたいところだが、残念ながらまだ掴めていない」
「じゃあ、現状は塔に居る所しか見つけられていないってことか?」
「そ、奇妙なことにな」
● ●
小春は一樹と話しながら空を見上げた。
……奇妙なこと、か。
実は、昨日の水月の報告にあったことを全て合わせれば、この事実はほとんど説明できる。
だが、それは同時に……一樹を、戦いに巻き込むことになる。
……それは避けたいな。
人間は最悪の事態を予測しながら、そうならないでくれと願う。だが、悪い方へ転がるものを、人の力程度で止められるはずがない。
「どうした?」
一樹が心配そうに覗き込んでくるが、なんでもないと手を振った。
……ああ、なんでもないさ。
だが、他にも懸念はある。
「今日は曇り空だな」
「そう……だな。もっとすっきり晴れてくれた方がいいよな」
……全くだ、こんな日に限って。
そして恐らく、予測は当たるだろう。今日が平和に過ごせる最後の日か。
「俺たちは、当たり前のことをやるだけだ。一樹」
「突然どうした?えっと……いつも通り過ごせってことか?」
……この平穏は、本当に今日までか?
このどことなく間の抜けた友人と、会話を楽しんでいられるのも今日までだというのか。
……冗談じゃない。
確かに人の力で出来る事なんて限られてる。でも人は――
「ああ。今はそうしていてくれ」
「分かった。それじゃあ――」
だが、次の言葉は突然の校内放送に遮られた。
『2年の鷹月 翼、鷺崎 飛鳥、雲雀 小春。至急生徒会室まで来てください。繰り返します――』
……生徒会長か、痺れを切らしたな。
「小春――」
「お前は気にするな。いつも通りやっていろ」
……そう、いつも通りを守ってやるよ。
ここからは、敵地に乗り込むつもりで行かなければならない。だが、恐れることはない。
「ま、すぐ戻ってくるさ」
小春は大胆不敵に微笑むと、騒がしくなる周囲から離れていった。