第22章「道惑う朝」
女の子は翼に手を引かれ、生徒会室目指して歩いていた。しかし、その足が急に止まる。
「翼」
「どうした?」
「この手はお主が取ったものであるな」
……ここまで気付かなかったとはな。
見た目は女の子だが、中身は違う。しかし、翼のあまりに自然な動作に流されていた。さらに、翼から返ってきた答えは想像以上のものだった。
「ああ、迷子になられたら探すのが面倒だからな」
「くくくっ、あはははははっ!」
……探すのが面倒……か。
その唐突な笑いに、翼は呆気にとられていたが、別に構わない。しかし、初対面の妙な相手で、あまりまともな話もしていない相手を探すつもりでいるとは、何とも変な奴だと思う。
「やはり、お前は翼だな」
「何を意味の分からないこと言ってるんだ?」
「そうであろう。怖いもの知らずで、卑怯者で、そしてお節介……いや、これは責任感の強さの表れであるな」
「それは随分矛盾だらけだな」
「そうか?ま、妾の知る限り、とても人間らしい人物である」
「それは褒めてるのか?」
「最大限の賛辞である。喜ぶがいい」
女の子に見えるその人物は、翼と子供のように手を繋いだまま、上機嫌になって歩いていく。
「まだ着かんのか?」
「そんなすぐ着くわけないだろ!でも、見えてはいるよ」
と、翼が手を離して、建物の場所を指差す。
「ここからだとギリギリか……分かるか?」
「ああ。よく分かった」
と、そこで笑みと共に、届かない言葉を翼へ送った。
「――では、またな」
● ●
翼は、隣に居たはずの存在が消えたことに気が付いた。
「え……?」
だが、周りは開けている場所だ。簡単に人が消えるはずがない。
……待て、昨日は瞬間移動してきたのがいたな。
そんな事を思い出すと、これも何かの能力なのか、と割り切れてしまう。
と、校庭に会長と副会長の姿を見つけた。
「先輩!こんな朝早くからどうしたんで……」
だが、翼の言葉は途中で止まった。
「ああ、見れば分かるだろう」
……確かにそうだった。
校庭は誰かが大砲でも乱射したかのような惨状となっていた。
「つまり、これは先輩の仕業なんですね」
「そうだな。私以外にこんなことが出来る人間が思いつくか?」
「少なくとも、校庭を滅茶苦茶にしておいて誇るのは先輩くらいですよ……」
「まあ心配するな。昼までには直る」
「その分、私が働いている訳だがな」
と、鶫が会話に参加してくる。
「副会長。おはようございます」
「ああ、おはよう」
だが、鶫はいきなり考え込む表情になる。
「そうだな、君にはここで話しておいた方がいいか……」
「いや、鶫。あの話は全員集めてからにしよう」
「本音はなんだ?千鶴」
「こんな所で驚かしても面白みがない。ああいうのはまとめて驚かすのに意味があるのだよ」
……どうやら先輩は、またよからぬことを企んでいるらしい。
「あら、おはよう。翼」
「え?」
ふりむくと、そこには飛鳥が居た。
「お、おはよう」
突然の登場に、翼は前日の記憶が頭をかすめ、少しだけ戸惑いの表情を見せる。
「……それだけかしら?」
「え?」
……今、俺は何かマズかったのか?
一瞬だが、飛鳥の態度が変化した。具体的に言えば、ほんの僅かに不機嫌になった感じだ。
「まあいいわ。先輩方もおはようございます」
「ああ、おはよう。飛鳥……くんがいいかね?ちゃんがいいかね?今なら希望に答えよう」
「では、後輩で」
「ふむ。後輩くんか、なかなかいいセンスだ」
「いえ、そんな事を言った覚えはないと思うのですが」
「何か不満かね?後輩くん」
「いいえ。諦めました」
「いい判断だ」
「で、こんな翼くんはこんな朝早くと言っていたが、その二人は何故ここに居るのかな?」
その質問に、翼は返す言葉を失った。だが、飛鳥がスッと前に出ると、あっさりと答える。
「ええ、昨日の会長の動きが気になりまして、学校で何かあったのではないかと」
……って、それバラしちゃうのかよ!
「ふむ。つまり学校を心配することで、自分たちは敵ではないとアピールすることが狙いかね?」
「先輩、いつからそんなに疑り深くなったんです……?」
「用心深い、だ。別に好き好んでやっている事ではないよ。必要だからしていることだ」
「別にどう取ってもらっても構わないですよ。私たちが学校を心配しているのは事実ですし」
そこで、飛鳥の雰囲気が一変する。まるで殺気を放つかのように。
「それに――『統治機関』を倒したいのは、あなただけじゃありませんから」
「ほう、それは面白いね。実に面白い」
先輩も雰囲気を変える。まるでここで戦いでも始まりそうな空気だ。
――っ!
「はい、そこまでだ。千鶴もいい加減にしろ」
息を飲んだその瞬間、副会長が割って入った。一気に空気が緩やかになっていく。
「そうだな。続きはまた後にしよう。鶫、引き続き校庭の補修を頼むよ」
千鶴が立ち去ろうとした時、急に翼はさっきの変な女の子のことを思い出した。
「あ、先輩、ちょっと待ってください」
「ん、なにかね翼くん」
「あの、和服の女の子がさっき居たんです。会長の知り合いだから、生徒会室に案内しろって。ただ、いきなり消えてしまって……」
……この説明で大丈夫なのか!?
自分でも変な話だとは思う。だが、それに対する会長の反応は意外なものだった。
「ああ、あの人か……」
それが当たり前というような反応。加えて、その人物は会長にとって厄介であるようだ。
「その人の名前は……後輩くんに聞きたまえ」
「え?」
そこで飛鳥に振り向くと、楽しそうに微笑んでいた。
……嫌な予感しかしない。
「そうね。直接会ったのなら、そろそろ教えてあげてもいいわ」
「鷺崎 惑。あの人が鷺崎家の現当主よ」
「へ?」
これには翼でも理解さえ出来ず、ただ情けない声を出すのが精一杯だった。
「あれでも私たちより遥かに年上なのよ?」
「……え?」
そして、頭の中でゆっくりと言葉が認識され、理解すると同時に翼は叫んでいた。
「えええええッ!?」
だが、その叫びは誰に反応される事もなく、朝の空に消えていった。