第21章「夢惑う朝」
主要登場人物紹介
・鷹月 翼……不死だが、戦うのには制約がある。本作の主人公。
・鷺崎 飛鳥……血を操る『吸血主』で、割とすぐキレて戦う子。
・鷺崎 京花…『統治機関』に殺された飛鳥の姉。
・高宮 千鶴……生徒会長。自信家で実力がある手におえない人。
・白羽 鶫…………副会長。会長に頭を悩ませる苦労人。
・白羽 秋時……会計。あんまり前に出ない裏方。
・雉本 一樹……弱い力しかない少年で、もう一人の主人公。
・塔の少女=アリス………………謎の少女。塔で一樹と出会う。
・雲雀 小春……一樹の友人で情報屋。いろいろ調べて知っている。
・鷲津 水月………小春のパートナー。人見知りが激しい。
暗闇を走り抜けていく人影が、ゆっくりと歩みを止める。
「はぁっ、はぁっ……」
……ここはどこ?
自分の体にはべったりと血が付いている。だが、その血が誰のものか分からない。自分のものではないようだが――
「おい!急げ!また一人やられたぞ!」
後ろで悲鳴のような叫びが上がる。本能的にそのまま駆け出すが、場所も時間も把握できずに走りまわるのは危険だ。
「駄目だ!相手は倒せない!反撃なんて効かないぞ!」
……反撃が効かない?
一瞬、歩みを止めそうになるが、回りからくる鬼気迫る声に押されてそのまま走り続けた。
「だが、このままやられるくらいなら、一矢報いた方が……」
「そう言って反撃に転じた奴がいたが、あいつらは奇妙な能力者たちを用意してやがる」
「奇妙な能力?」
「ともかく、反撃は無駄だ。逃げて、生き延びてから考えろ。いいな」
走りながら会話をしていた男たちは、そのまま分かれ道で散っていく。
「生きてまた落ち合おう。いいな、飛鳥も妙な事を考えずに逃げろよ」
……生きて落ち合う、か。
その言葉で、飛鳥は確信する。これは自分の過去を再現しているのだと。
● ●
気が付いても、飛鳥の体は勝手に終わりへと動いていた。だが、さっきよりも意識が傍観者的になっていると思う。
……興味深いわね、どういう仕組みなのかしら。
そんなことは誰にも分からないのだろう。おそらく、この世界とやらを作った悪趣味な奴に聞くしかない。
……この日は『統治機関』のクーデター当日ね
正確には『逸能連』の崩壊日だ。内部からの裏切りという事態に、通信は全て筒抜け。さっきから連絡手段は直接の会話という滅茶苦茶さも、この日の酷さを物語る一部でしかない。
「そして、私の仲間が一名を除いて全滅した日でもあるわ」
先ほどから逃げ惑っている隊員たちは、この後逃げ延びることはない。
……結末を知る映画でも見せられている気分ね。
「なんて言えたら楽だったのだけど、生憎と私にとってそんな軽い問題じゃないわ」
そうして、夢の自分の体は結末までの道を一気に駆け抜けていく。
「本当はもっと時間がかかったはずだけれど、さすがにそこまでやると時間不足かしら?」
辿り着いたそこはまだ、争いの跡もなければ、死体もなかった。
――ただ一つ、圧倒的な死があった。
「――っ」
夢の中とはいえ、飛鳥は思わず息を飲む。
相手は建物の上に立っているが、顔は見えない。いや、顔すら見ている余裕がなかったのだ。
……これが相手じゃ、殺されるわ。
凝縮された死、とでも言えばいいだろうか。改めて見ても恐ろしいと、飛鳥はそう思う。
圧倒的すぎる力が、あまりにもゆっくりと降りてきた。その死に触れまいと、必死で逃げようとした自分と、相手の間に、一つの力が生じる。
「『正義の乙女』……!」
どちらがその声を発したのか分からぬまま、戦場は固まった。
と、そこで意識が乱れていく。目覚めが近づき、夢が終わりを告げる。
――飛鳥は目を覚ますと、すぐに一言呟いた。
「せっかくお姉様にお会いしたのだから、もっといい夢をみせなさいよ」
そして、もう一言付け加えた。
「そういえば、あの子はどうしたのかしら」
● ●
朝。翼はいつもより早く起きていた。原因は前日の夜に飛鳥から届いた一通のメールだ。
『さっき、門の所で誰かを送った会長と会った。学園で何か起きたのかもしれないから、確かめるために明日は早く登校しなさい』
事務的に用事だけ伝えてくれるのは構わないと思う。だが、
……何で最後は命令形なんだ?
「まあいいか。とにかく急ごう」
早起きが無駄にならないよう、翼は準備を始めた。
● ●
翼は校門の所へと普段より早く着いた。早めに登校している翼が急いだこともあって、この時間はまだ誰もいないようだ。
「しかし、飛鳥も来ていないか……」
「翼」
だが、そんな翼を呼び止める者があった。名前を呼ばれたので思わず振り向いた。
そこに居たのは、少女――ではなかった。
「子供……?」
そこに居たのは小さな女の子だった。しかし、その一言に相手は眉をひそめる。
「翼。お主は妾の顔を忘れたか?」
「え?」
……顔、と言われてもこの子供とは初対面だろう。
それに幼い見た目でありながら、和服に地面に届きそうなほど長い黒髪と、一度会ったら絶対忘れられそうにない格好だ。ついでに口調も何だか見た目とかけ離れている。
「今日はいつだ?」
「え?」
唐突な質問に、翼は固まった。だが、すぐに相手が言い直す。
「今日は何月何日かと問うておるのだ」
「えっと、今日は――」
だが、答えようとした翼の言葉を遮るように、相手が話を始める。
「いや、もうよい。どうやら本当にお主には妾のことが分からぬのだな」
「……さっきから、そう言ってたはずだけど」
翼はムッとして言い返したが、相手はとても楽しそうに笑みを浮かべていた。
「ふむ。つまりお主との初対面の日に来た訳か。全く、千鶴が早く連絡を取りたいなどと抜かすので何かと思うたが、これは思わぬ収穫であったな」
「先輩の知り合いなのか」
「そうでもあるな。今はその認識だけで良かろう……で、生徒会室はどこだ?」
「さっきから質問ばかりだな」
だが、その翼の対応に対して、相手は可笑しそうに鼻を鳴らしながら笑った。
「初対面だというに、お主はすぐに真っ向からぶつかってくるな。怖いもの知らずというべきなのか、それとも考えなしの只の阿呆というべきか」
「どちらでもない。俺は相手によって態度をいちいち変えるなんて面倒なだけだ」
「それこそ、怖いもの知らずではないのか?」
「さあね、時と場合によるよ」
「ふむ、訂正しておこう。お主はやはり卑怯者であるな」
「やはりって何だよ!」
「先ほどから屁理屈ばかりであろう。それに、態度はいちいち変えないのではなかったか?」
「……くっ」
翼は言い返そうとしたが、それも言い訳じみていると思うと何も言えなかった。
「では、生徒会室まで案内せよ。妾は分からんのでな」
「なんで分からないのにそんな偉そうなんだよ!」
一応のツッコミを入れると、翼は相手の手を取って歩き出した。