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『愛しきリリアンティーヌ』

作者: 月森香苗
掲載日:2026/10/04

※ほんのりホラーテイストであり、不思議な話。

※複数視点による群像劇のようなもの。

※はっきりと答えの出るようなスッキリした話ではありません。

 天才画家アドルシュヴァイツの最高傑作『愛しきリリアンティーヌ』という絵がある。

 彼はその絵を完成させるのに十年の歳月を費やした。顔料からキャンバス、筆の毛質にすらこだわり抜き、命を削るようにして完成させたその絵は、まるで生きた人間を閉じ込めたような緻密で繊細で、光の当たり方も何もかもが計算され尽くしていた。


 白に近い金色の髪の毛は一本ですら手抜きはなく、真っ赤なドレスも重厚感を伴いながら最高品質と想像させる滑らかさ。

 何よりも特徴的なのはその目だろう。

 宝石のようにきらきらと輝く青、紫、オレンジがグラデーションになった不思議な色合い。目が合ったと感じさせる力強さ。

 年頃で言えば十八歳位だろうか。無垢な少女時代が終わり、匂い立つような大人の始まりを感じさせる色香を纏っている。

 肉感的でどこに触れても柔らかそうな肌。男の劣情を掻き立てながらも触れることを躊躇わせる潔癖さを感じさせていた。


 この絵はアドルシュヴァイツが死ぬ五年前まで彼の部屋に飾られていたが、死の五年前からは彼の家を訪れた者が目に出来る場所に飾られていた。

 そして、死の前日。

 彼は四人の友人を家に招いた。


『絵を四分割にした。そしてそれぞれを君たちに受け取って欲しい。捨てるも焼くも君たちの自由にしてくれ。ただし、決して四枚全てを一つに集めないでくれ』


 『愛しきリリアンティーヌ』は綺麗に四分割され、それぞれが一枚の絵のように整えられていた。顔がわかるものはまだしも、ドレスしか分からない下半身の方には手が加えられていた。


『他の絵も、私の死後君達に渡るように手配をしている。売るなりなんなり好きにしてくれ。ただ、この絵だけは一つにしてはいけない』


 四人の友人はアドルシュヴァイツに約束した。

 そして翌日、アドルシュヴァイツは自らの手で命を絶った。




 それから五百年。

 『愛しきリリアンティーヌ』が一枚の絵として復活した。

 アドルシュヴァイツが決して一枚にしてはならないと絵の裏にすら文字にして書き残したにも関わらず、とある国の王が命じたのだ。


 それが悲劇の始まりだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 皇国歴1571年(バレニア王国歴483年)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

Side/ハロルド・レズニック



 汗ばむ暑さの中、男は一枚の招待状を手にして眺めていた。

 ドルム皇国の貴族、レズニック侯爵家の次男ハロルドの元に届いた招待状の差出人はバレニア王国の公爵家。ハロルドの伯父の家からである。

 レズニック侯爵夫人ミレイユはハロルドの母であり、バレニア王国ノスティン公爵家の現当主セストの妹である。

 その縁で招かれたのは公爵家で行われる夜会なのだが、ハロルドはある噂を聞いていたのでどうにも行きたいと言う気持ちにはならなかった。


「ハロルド様、渋いお顔ですわね。どうされたの?」

「ああ、すみません。お出迎えもせずに」

「構いませんわ。ここまで歩くのがわたくしは好きですから。あら、招待状ですの?」

「はい。隣国の伯父の家からです」


 婚約者のアリーシャが侍女に案内されて応接室に来たのだが、本来はハロルドが玄関で出迎えるべきなのに、思考に耽っていた所為で怠った事は反省すべきだろう。

 アリーシャは伯爵家の令嬢で、ハロルドが婿入りする家の跡取り娘である。伯爵家に婿入りなど多くの希望者がいた中でハロルドを選んでもらえたのだから、彼女には誠実でいたい。


 ハロルドが手にしている招待状に気付いたアリーシャは、華やかな装飾に感嘆のため息を零していたが、ハロルドは正反対の憂鬱なため息を漏らした。


「何か思うことでもありますの?」

「はい……アリーシャ嬢は『愛しきリリアンティーヌ』という絵画をご存知ですか?」

「申し訳ないわ。わたくしの知識不足で。有名な作品なのかしら?」

「そうですね。好事家の間ではよく知られている、という事なのでやや一般的では無いかもしれないですが……」


 ハロルドは絵画の鑑賞をささやかな趣味としている。本格的な愛好家(マニア)ほど熱心では無いものの、曰く付きの作品などの歴史を知る事をひっそりと楽しんでいた。


「五百年ほど前の画家でアドルシュヴァイツという男がいました。アドルシュヴァイツは生前から天才として評価されていたのですが、彼の最高傑作が『愛しきリリアンティーヌ』なのです」

「そうでしたのね。その作品がどうなさいましたの?」

「実は、アドルシュヴァイツは自死しているのですが、その前日、彼は四人の友人にこの『愛しきリリアンティーヌ』を贈っているのです。一枚の絵を四分割にして」

「え?」

「驚きますよね?」


 そしてハロルドは、その『愛しきリリアンティーヌ』を一箇所に集めてはならないと言うアドルシュヴァイツの遺言の話もする。

 所有者が好奇心で集めないように、態々裏面にまできっちりと書き残していることも。


「何か、恐ろしい話ですわね。作品名からすると、女性の肖像画を連想するのですが」

「はい。記録や友人の手記から、その絵は一人の女性が描かれていることは間違いありません」

「それを、四分割に……?わたくしとしては、あまり気分の良くない話ですわ」

「俺もそう思います」


 アリーシャが少しだけ嫌悪を混ぜた声でいえば、ハロルドもそれに頷いた。

 人が描かれた絵を分割するのは、どうにも不謹慎さが拭えない。これが景色とかならばまだ話は違うのだが、人の体を分けるようなものである。


「その作品が、どうされましたの?」

「……バレニア国王が、集めさせたそうなのです」

「その画家が集めてはならないと、入念に注意したのですよね?」

「はい」


 バレニア王国の国王はアドルシュヴァイツの遺言を軽んじるように、四つに分かたれた絵を集めたのだという。

 一つに集めたら何が起きるのかを見たい。

 ただ、それだけの為に。


 ハロルドは招待状を眺める。

 王宮で行われる舞踏会ではなく、公爵家が行う季節の夜会。毎年誘われては家族の誰かが赴くのだが、今年はアリーシャとの婚姻を控えているのもあり、当分は皇国から出られないだろうとハロルドを指名しての誘いであった。


「良ければ婚約者殿も、とのことだけれど……その情報を知っているだけに、バレニア王国に赴くことが躊躇われて」

「ハロルド様の勘ですか?」

「はい。体に悪寒が走るような嫌な予感がして」


 ハロルドは幼い頃から予感、勘が鋭い子供であった。何か嫌な感じがする、と言った時には必ず問題が発生していた。

 ある年の話である。

 ハロルドは空を見ながら、ふとぞわりとした嫌な感覚に襲われた。空は晴れ渡っているのに、何故かこのままではいけないと感じたのだ。

 彼に出来るのはあくまでも予感なだけで何が起こるかは分からない。ただ、家族はハロルドのこれまでの積み重ねから警戒をしていた。

 それは正しく、一刻ほどすると空は急激に厚い雲に覆われ勢いのある雨が降り注いだ。山を有する侯爵領では土砂災害が起き、川も氾濫し、少なくない数の被害が出た。

 予兆も何もない急激な天候の変化に対処が遅れたが、土砂崩れが起きた場所に向かおうとする兄を泣きながら引き止めたのはハロルドだった。

 今は駄目、と叫んだハロルドの顔色はとても悪く、血の気が引いていた。

 しばらく時間を開けたあと、改めて向かう時にはハロルドの引き止めが無かった。

 土砂崩れは二度起きていた、とその後現地に赴いた兄は理解した。


 ハロルドは悪い事に対しての勘や予感に優れている。その有用性を理解したアリーシャが彼を望んで婚約が成立しただけあり、ハロルドの言葉を疑うことは無かった。


「ハロルド様がそうならばお断りしましょう?無理にバレニア王国に行く必要はないのですよね?」

「はい」

「わたくし達の結婚もありますから、問題に巻き込まれるのは本意ではありませんわ」

「そうですね」


 婚約者に同行を願うならば安全確保は必須だ。特にアリーシャは次期伯爵である。万が一の事態が起きてはならない立場である。

 伯父には申し訳ないが、今回の夜会は不参加と返事をする以外ないだろう。


「それにしても、『愛しきリリアンティーヌ』ですか……その、アドルシュヴァイツという画家とリリアンティーヌという方の関係が気になりますわね」


 くすくすと笑うアリーシャは忙しい日々の慰めに恋物語を読むのが好きだと言う。不穏な絵に込められた物語を考えているのだろう。


「俺も噂程度しか知らないけれど、若き日の恋人とも、初恋の人とも言われているらしいよ」

「そう……もしそれが本当なら、尚更切り分けた理由が気になりますわね」


 確かにそうだ。

 大切な恋心を抱いた人の肖像画を、最高傑作とまで言わしめた絵を切り分けるなど異常な行動だろう。

 少しだけ好奇心が疼いたものの、ハロルドは自分の身の安全を優先した。


 ハロルドの悪い予感は当たる。

 バレニア王国では、悲劇の幕が上がっていたのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 バレニア王国歴483年

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

Side/セスト・ノスティン



 ノスティン公爵家の当主セストは隣国に嫁いだ妹の産んだ次男から、夜会の不参加を詫びる手紙を受け取っていた。

 そこには、国王が集めた画家アドルシュヴァイツの『愛しきリリアンティーヌ』四枚絵に対しての嫌な予感がするという私信が記載されていた。

 甥のその悪しき予感の精度は高く、セストも度々恩恵にあやかっていたこともあり、深いため息が漏れるのを止められなかった。


「ジュセフ。ハロルドは欠席だ」

「そうですか。久々に会いたかったのですけどね」


 長男のジュセフは現在セストから仕事の一部を引き継いでいる最中で、執務室には彼用の机を入れている。

 ペン先にインクを付けてさらさらと数字を書き込んでいたジュセフは、一段落すると手を組み腕を頭の上にあげて、背中から腰にかけての筋肉を伸ばしていた。


「陛下が入手した絵に対して嫌な予感がするそうだ」

「ああ……アドルシュヴァイツとかいう画家の。殿下から話を聞いていますよ」

「お前は見たのか?」

「いえ。王族の居住区に置いているそうで、僕は見ていませんよ」

「ならば良い。ハロルドは四枚が一同に会すことが無いようにと画家が強く言い含めていたのだから、下手に近付かない方が良いと忠告している」


 歳が近い従弟の忠告にジュセフは眉をほんの少しあげた。

 ハロルドは絵画への造詣がそれなりにある。特に不穏な逸話のある絵画の歴史を調べる趣味があるだけあり、その忠告は侮れるものではない。


「ハロルドの勘は当たりますからね。僕からメルローズ殿下に一言添えておいた方が良いでしょうか」

「そうだな……世迷言と言われたならばそれまでだが、軽く告げておいた方が良いだろう」

「分かりました」


 静かな室内で交わす言葉。

 公爵家は王家に近い存在で、セストの祖父が王家の人間であった。父と前王は従兄弟の関係であったが、現在の王とセストはそこまで親しい関係とは言い難い。

 ジュセフは王女殿下と婚約関係にあるが、元々は血の存続の意味での政略的な婚約である。

 年齢の近さから一つ年上の第一王女と婚約しているが、父親として見ている分には上手く行っているように見受けられる。

 我が息子ながら、淡く柔らかい金色の髪の毛ととろりと蕩け甘そうな琥珀色の目をしたジュセフは中々な美貌の持ち主だと思う。妻によく似た息子の人気は知っている。

 第一王女殿下を婚約者としている為、割り込もうとする貴族令嬢がいないのは幸いだが、その分側室生まれの第二王女が成り代わろうとしているということも把握している。


「ジュセフ。第一王女殿下との関係は良好だな?」

「はい。ただ、第二王女殿下が少々。メルローズ殿下とのお茶会に乱入しようとするのは困りますね」


 メルローズ第一王女は現国王初めての子供で、王妃によく似た聡明さを感じさせる美しさを有している。

 妻によると、ジュセフの初恋はそのメルローズ第一王女と聞いている。外から見れば政略だが、実情としては初恋の人と結婚出来るジュセフにとって、障害となるものは全て排除したいところだろう。

 そんな状況の中で曰く付きの絵が恋しい人の傍にある事は、さぞ不安になるだろう。


「ジュセフ。時期が時期だが、第一王女殿下と共に領地へ赴くのはどうだ。王都から少し離れておく方が殿下にも良いと思うが」

「そうですね……ええ。今ならば見所のある観光地が盛んですからね」

「急な事ではあるが、何れ王女殿下もジュセフと共に治める地。婚前ではあるが視察という名目で行くのが良いだろう」

「ありがとうございます、父上」


 本来、王女であれば公務などがあるのだが、メルローズ第一王女は降嫁する為、調整がされている。夜会まではまだ時間がある。大抵は二週間ほど前に出すのだが、ハロルドは隣国の人間で、婚約者もいる以上は早めに話す必要があると判断してひと月以上前に手紙と共に送った。

 残念ながら不参加ではあるものの、警戒するに越したことのない忠告をセストは優先事項として聞き入れた。

 暫くは王宮に登城するのも避けたいところである。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 バレニア王国歴483年

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Side/メルローズ・リュリ・ラドリオ



 メルローズは心に憂いを抱えていた。

 父の国王がアドルシュヴァイツの『愛しきリリアンティーヌ』四枚絵を揃えてしまったのだ。

 幼い頃より王女教育の中の教養の一環として芸術に触れる事は必須だった。その中で、雑談の一つとして曰く付きの絵画『愛しきリリアンティーヌ』のことを知った。

 自分の手で完成させた画家アドルシュヴァイツが、自らの手でわざわざ四分割にしたのにも意味があるとしか思えず。

 五百年前の絵画でありながら美しさを維持している絵に父は満足していたが、メルローズは少しだけ見て直ぐに目を逸らした。

 何故か、とても恐ろしく感じたのだ。


 婚約者のジュセフ・ノスティンが面会に来てくれた時はホッとしたものだ。

 美しい顔立ちのジュセフはメルローズをとても大事にして尊重してくれる。彼との結婚の日まで後数ヶ月。その日を待ち侘びているのはメルローズだけでなくジュセフも同じであると会う度に語られるので疑ったことは無い。

 ただ、ひとつ心配があるとすれば、異母妹の第二王女であろうか。

 彼女は側室から生まれたのだが、強欲な側室によく似た性格をしている。

 人の物はなんでも欲しがり、自分が上に立ちたがる。もっとも、側室はそんな性格のせいで排除されたのだから、異母妹も弁えた方が良いと思うのだけれど。

 王宮には使用人が多くいる為、ジュセフがメルローズに会いに来たのを見て異母妹にそれを教え、乱入させる愚か者がいる。きっと、何も考えていないのだろう。

 後ろ盾のない側室の子供がノスティン公爵家に嫁げるはずも無いのに、ジュセフを誘惑して婚約者に成り代わろうとする所は側室によく似ていた。


「メルローズ殿下、急なことですが、私と共にノスティン公爵領に視察に赴いてくださらないでしょうか?」

「視察ですか?」

「はい。今年には殿下もノスティン公爵家の者となります。間もなく領地では祭りが行われるのもあり、来年を待つよりは今年、共に行けないかと」

「よろしいの?」

「はい。殿下の予定に問題がなければ、ですが」

「ふふ。公務はほぼありませんわ。そうね、お母様の許しを得たら大丈夫かと」


 ジュセフの腕に手を乗せ、ゆっくりと庭園を歩く。王族とその婚約者しか入ることを許されない特別な庭園は、庭師が丹精を込めて整えているだけあり、とても美しい花を咲かせていた。


「それと……貴方様を王宮から離したいのです」

「……何故かしら?」

「『愛しきリリアンティーヌ』が揃っているからです」


 ぞわり。

 体が内側から一瞬で冷え、体が震える。

 メルローズの動揺を察しながら、ジュセフは声を落とし、小さな声でメルローズにだけ聞こえるように告げる。


「勘の鋭い私の従弟が警告を。私は殿下を愛しく思い慕っております。危険な場所から貴方を引き離したいのです」

「……ありがとう、ジュセフ様。何時からのご予定で?」

「出来るだけ早く。貴方をここから連れ出したいのです」


 真剣な眼差しはそれだけ危険を促している。

 本当にあの絵が危険なのだと言うならば。


「ジュセフ様……リカルドも、連れて行くことは、出来ますか?」


 王太子のリカルドは同母の弟で、まだ公務らしい公務を行ってはいない。メルローズ以上にその身を守らなければならないのがリカルドである。

 メルローズの母である王妃の他に、国王は三人の側室がいた。その内の一人は排除された第二王女の母だが、残り二人の側室にも子供が一人ずついる。

 三歳の王子と一歳の王女。

 リカルドに何かあれば三歳の王子が王太子になるのだろうが、血筋的に難しい。

 王妃は他国の王女でその血があるからメルローズとリカルドには高い価値がある。

 突発的に連れ出せる立場ではないのだが、危険だと分かっている場所に残す訳にはいかない。


「もちろんです」

「直ぐにお母様に話を通します。もしかしたら、今日直ぐにでもとなるやもしれません」

「万全の準備をしてお待ちしております」

「ええ。ジュセフ様、あの子が来る前に、お帰りになって」

「はい」


 メルローズの手を取り甲に口付けたジュセフを見送る。信頼している侍女に先導を任せる。抜け道はいくらでもあるが、侍女はそれぞれ一つずつしか知らない。

 分散させる事で安全を確保するのは当たり前の話だ。

 異母妹が来る前に庭園から去ったメルローズは、そのすぐ後に異母妹が庭園に駆け込み、誰もいない事に腹立てて地団駄を踏んだ事を知らない。



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 バレニア王国歴483年

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Side/レスティアーナ・リエラ・ラドリオ



 サウディア王国の王女として生まれ、バレニア王国に嫁いできたレスティアーナは、王妃として日々を過ごしながら、自らが産んだ二人の子供に思いを馳せた。

 メルローズが真剣な面持ちで王妃用の執務室に来たのは昨日の事である。

 婚約者のジュセフ・ノスティンより、現在王宮にある国王が集めさせた『愛しきリリアンティーヌ』に対しての危険から、メルローズとリカルドを公爵領に実質避難させる申し出があったそうだ。

 レスティアーナは迷信だと切り捨てることは出来なかった。

 何故ならば、彼女の母国サウディア王国では呪術師が生業として存在しているからである。

 『愛しきリリアンティーヌ』は遺言もあってか、五百年の間、一度も集められたことは無かった。

 何が起きるのかは分からないが、レスティアーナはずっと胸騒ぎが止まなかった。

 現在、次代の王族は五人の王子王女がいるが、王妃の子は二人だけである。スペアとして第二側室の王子がいるものの、生母の身分はさして高くない。

 リカルドこそが正統な後継者で次期国王なのは間違いない。

 だからこそ、今や不穏な場所に成り果てた王宮よりも、メルローズの婚約者で王家の血が流れているノスティン公爵家に預けた方が安全だと言うのが分かっていた。

 表面的にはメルローズが降嫁する公爵領への視察、そしてリカルドも体験させるとして、異例ではあるが速やかに本日王宮から送り出した。


「王妃殿下。気休めではありますが……」

「ええ。魔除のハーブね。量は十分にあるかしら?」

「はい」


 母国から連れて来た侍女は、母が呪術師で彼女自身もその知識を有している。

 バレニア王国で呪術はあまり知られていないのもあり、薬草などはハーブとして王妃用の薬草園で育てさせていた。


「『愛しきリリアンティーヌ』が呪物かは分からないわ。けれど、用心するに越したことはないわね」

「護りの札を部屋には貼っております」

「助かるわ」


 手首に付けたのは嫁ぐ前に母から譲り渡された護りのお守り。満月の夜、水を貼った深皿に沈め、水面に満月が映るようにして浄化し続けてきたお守りは、少しだけ濁りが出ている。


「これから王宮で異変が起きると思うわ……メルローズとリカルドを逃がせて良かったわ」


 もしも惨劇が起きたとしても、王家の血が途絶えると言うことはない。

 もしかすると、今生の別れになるかもしれないと覚悟を決めて、レスティアーナは二人の子供を送り出した。

 リカルドは事情を知らないまでも空気を読める子供だ。まだまだ子供と思っていたけれど、もう十五歳で立派に育っていた。

 メルローズが押し殺したような声で「御身を最優先にお考え下さいませ」とレスティアーナに囁いた。

 王ではなく、自らを守れ、と。


 この事態を生み出したのが国王だからこそ、守る価値はないのだとメルローズは示したのだ。

 レスティアーナは国王に対して愛は無い。王族として生まれ育ってきたレスティアーナにとって、結婚とは国益と同じ意味を持つ。釣り合いと損得勘定により定められる婚姻の中で、愛を育むかどうかは双方の努力によるものだ。

 その意味で、国王は愛を育むに値しない男だった。

 多情な男は自分好みの女を側室にしていった。

 第二王女の母であり、一人目の側室はレスティアーナを散々にこき下ろした上で、レスティアーナの殺害を計画したので処刑させた。

 国王は愚か者ではあるが、レスティアーナの後ろにあるサウディア王国を恐れていた。

 国王の名により処刑を言い渡された際の側室のみっともない姿をレスティアーナは笑顔で見下ろしていた。

 国内貴族出身の王妃ならばあの側室にも可能性はあったが、レスティアーナは生まれ持っての王族である。たかが下位貴族の生まれで国王の寵愛しか無い女がレスティアーナに勝とうなど考えることすら間違えているのだ。

 他の側室たちも同席させた上で現実を教えこんだ。

 分不相応な望みを持つならば、死を与えると。


 そんな苛烈な性質を持つレスティアーナの大事なものは、国ではなく二人の子供である。

 二人の子供の為に国を平穏にしておきたいと思っているだけで、そうでなければどうなろうとも構わなかった。何なら母国に侵略させて支配させても良かったのだ。

 端から王を守るつもりなどなかった。


「ミレイユ。わたくし付きの侍女には一人での行動を禁じなさい」

「畏まりました」


 王を守るつもりはないけれど、この国に来てずっと仕えてくれている侍女達くらいは守る気でいる。

 窓の外を見て、レスティアーナは憂鬱な気持ちが増えた。

 空が厚い雲に覆われていた。



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 バレニア王国歴483年

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Side/リカルド・ノイル・ラドリオ



 三歳年上の姉メルローズと共に乗り込んだのは、姉の婚約者であるジュセフ・ノスティンが用意したノスティン公爵家の馬車であった。

 真剣な面持ちのメルローズとジュセフの生み出す空気を察して沈黙を保った。

 バレニア王国の第一王子であり、国の関係から立太子を済ませていたリカルドは本来簡単に外には出られないはずであった。

 姉の視察について行き、自由が許される間に国内を見て回る、という名目があるからこそ、母である王妃が急ぎ選別した騎士と公爵家が有する騎士を護衛に王宮から出された。


「リカルド。暫くの間、王宮には戻らないと覚悟しておいて下さい」

「姉上?」

「……あなたを失うわけにはいかないの」


 リカルドの隣に座るメルローズがリカルドの手をそっと握り締める。

 ジュセフは眉間に皺を寄せながら窓の外をそっと見た。

 まだ、夜も明けてすぐの時刻である。外は明るくなっていたが、こんなに早く起きることは早々無かった。


「ロゼットに見つからなくて良かったわ……」


 異母姉のロゼットは第二王女だが、品が無く王女として不適格でリカルドはロゼットを嫌っていた。

 母親だった側室は王妃殺害未遂で処刑されているのだから、幽閉するなりなんなりすればよかったのに、父はそうさせなかった。

 ロゼットが、メルローズの婚約者のジュセフを狙っている事をリカルドも把握していた。

 馬鹿な女だと心から思っている。

 分相応という言葉を知らないロゼットなど政略の駒にも使えないのに。否、使えるには使えるか。

 他国には多くの側室を集めている老王がいる。宝石を融通する代わりに若い女を寄越せというその王にならば、罪悪感を抱く事なく嫁がせる事が出来る。

 リカルドにとってロゼットとはそれだけの価値しかない女だった。


「姉上。事情を今聞くことはしませんが、いつでも構わないので話して下さいね」

「ええ。必ず話すわ」


 くぁり、眠気が込み上げてきて大きな欠伸をしてしまったリカルドに、メルローズは小さく笑うと「少し休みなさい」と言うので、その言葉に甘えて目を閉じる。

 最近、あまり寝つきが良くなかった上、今日に至っては朝早くの起床だ。睡眠時間は明らかに不足していた。

 眠気に身を委ねながら、一人王宮に残らざるを得なかった母を思う。


 父は王としては愚かであり、夫としては最低で、父としてはどうでもよい存在だった。

 王としてまともなら、してはならないと言い含められている絵を集めない。

 国王である以上、王妃の他に側室がいても良いが、政治的なものでは無く自分の好みを優先している当たりただの女好きでしかない。

 父親としては言うまでもなく、認めたくもない。


 王妃の母は苦労したことだろう。だからこそ、リカルドは護られる事を受け入れている。この身が無事ならば、国王がどうなっても国はどうにかなる。

 母もメルローズもジュセフもリカルドを最優先した。

 ガタガタ揺れる馬車。公爵家所有だからこそ王家所有の馬車と同じくらいには振動が抑えられているらしい。

 リカルドの為に声を潜めながら会話をする姉とその婚約者の声を聴きながらリカルドはゆっくりと夢の世界に落ちていった。



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 バレニア王国歴483年

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Side/ロレンス・ハーヴェイ



 深夜の王宮で働く騎士には二種類の仕事がある。

 高貴な方の部屋の前に立ち、不審者の侵入を許さない者。

 そして、王宮内を巡回する者。


 ロレンスは後者の職務についていた。二人一組で巡回するのは見落としを無くす為であり、万が一不審者に接敵した場合、一人が敵対しもう一人が応援を呼ぶ役割となっている。

 ロレンスの本日の相方は同じ部隊所属のエミュリオで、三歳年上の彼は先輩としてロレンスを厳しくも温かく育ててくれた信頼のおける人であった。


「南棟、確認完了」

「同じく南棟確認完了しました」

「このまま西棟へ向かうぞ」

「はい」


 エミュリオの言葉に頷きながらロレンスは静かな王宮内を歩く。

 王城は政治の中枢を司り、夜も更けた今の時刻でも働いている者がいるのに対し、王宮は王族の居住区域である為、この時間になると廊下を歩く者などいない。

 夜間担当の使用人達が足音を消しながら、夜だからこその仕事に励むのを確認しながらロレンスは何度もしてきた巡回をこなしていたのだが。


「先輩?どうしました?」

「シッ……声を落とせ……あそこの部屋は、確か絵の保管に使っていたはずだな?」


 不意に足を止めたエミュリオにロレンスが声を掛けると、緊張を押し殺したエミュリオの声が返ってきた。

 彼の指差す先には、扉が少し開いた部屋があった。


「は、はい。ですが、あそこの扉は……」


 ロレンスの声も固くなる。

 基本的には鍵を掛けられていて、夜間などは誰も立ち入りが出来ないようにされている部屋。

 異常が見受けられる場合は速やかに確認しなければならない。

 だが何故だろう。


(近付きたくない)


 それは本能の訴え。

 あそこに踏み込めば後戻りが出来ない、そんな予感がする。


「ロレンス。確認しなければ、ならない」

「はい」


 エミュリオも恐れを抱いているのは分かる。

 漠然とした不安に駆られながらも、職務を遂行しなければならないと言う義務感で恐怖を抑え込む。

 周囲を警戒しながら近付いた部屋。

 扉の隙間から漂う臭いに警戒が最大限に引き上げられる。


「ロレンス」

「先輩、応援が必要です」

「ああ。頼めるか」

「はい」


 これは駄目だ。即座に判断した二人。エミュリオが扉の前で剣を手に添え視線を逸らさない。ロレンスは他に巡回している騎士を探しに行く。


(酷い血の臭いだった!)


 幾分か気楽に巡回していた同僚と先輩を見付けて応援要請をする。瞬時に態度を引き締めた二人を連れて部屋に戻ると、エミュリオは変わらぬ姿で待っており、三人の姿を見て幾分か安堵していた。


「中で物音はしないが」

「凄まじい臭いだな……」

「突入するぞ」


 一番騎士歴の浅いロレンスが扉の外を警戒する中、勢いよく扉を開いたエミュリオと先輩騎士が動きを止める。

 同僚は、叫び声こそあげなかったが喉奥で引き攣った音を鳴らしていた。


 ロレンスは振り返った事を後悔した。



 蝋燭に火が点っている――――有り得ないはずなのに。空き室の灯りが点っているなど。その所為で部屋の中が、よく見えた。


 四枚に分かたれた絵が一枚になるように計算されて置かれている。

 はっきりとは見えないが、人のようなものが描かれているようだが、直視出来ない。

 異常はすぐに判明した。


「五、いや、六人、か」

「息のあるものは」

「居なさそうだ」


 絵だけがあり、家具も何もかもが撤去されて侵入者がいないのはわかる。

 ただ、絵を中心に使用人の制服を着た者達が床に倒れている。

 無惨にも切り刻まれ血を撒き散らし、夥しい血液が絨毯に染み込んでいる。

 当然ながら四人でどうにか出来る問題ではなくなった。


 ロレンスはエミュリオと共に第一発見者として事情を聞かれたので、文官に対してきちんと答えた。


 ロレンスは恐ろしかった。

 あの状況はおかしかった事が、恐ろしかった。

 あれ程までに派手に血が撒き散らされておきながら、絵には一滴も血の跡が残って居なかった事が、恐ろしかった。

 ロレンスは絵を直視できなかったが、それが彼の命を救った。

 直視してしまったと思われるエミュリオが、それから三日後に絵の元で死んでいるのが発見されたからだ。

 信頼出来る先輩騎士の死にロレンスは嘆いた。


 あの部屋にあった絵が『愛しきリリアンティーヌ』という、一箇所に集めてはならない絵だと知った時に、ロレンスは国王を恨んだ。

 だが、悲劇はとっくに始まっていて止める段階を超えていた。



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 バレニア王国歴484年

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

Side/ある商会長の話



 ええ、ええ。

 覚えていますとも。昨年の王宮の惨劇の話ですよね。

 『愛しきリリアンティーヌ』の四分割絵の内の一枚を確かに私は所有しておりましたとも。

 ある家から代金の支払いの一つとして譲り受けましてね。

 これでも私は絵に目が無いものですから、『愛しきリリアンティーヌ』の事は知ってましたよ。

 勿論、曰くも知ってましたからね。手放すつもりはありませんでしたとも。

 このような仕事をしていると験担ぎというのは切っても切り離せません。

 迷信を侮ることもしませんよ。

 世の中には不思議な出来事はいくらでも存在します。

 ですから、アドルシュヴァイツの『愛しきリリアンティーヌ』を集めてはならない、という遺言を私は守ろうとしたのです。

 ですが、我が商会に乗り込んで来た前王の側近殿と騎士達に強引に奪われたのですよ。

 前王陛下は画家アドルシュヴァイツの遺言を信じてはいなかったのでしょうね。

 ご存知でしょうか。今から七百年前に存在していたヨルビア王国の宮廷画家ミドレヌシアの『赤の華』という作品を。

 ご存知ないですか。まあそうですよね。これは愛好家の間では有名ですが、当時は箝口令が敷かれていたようですので。

 ミドレヌシアは貴族の五男として生まれました。兄弟姉妹合わせて八人の六番目の彼は放置されて育ったようです。

 そんな彼はある日、絵画を知りました。初めは土に木の枝でなぞるだけでしたが、次第にのめり込みました。

 彼には才能がありましたが、家は子沢山のせいか裕福ではなく、しかも五男で放置されている子供でしたので、親は彼が初めて望んだ画材を与える事はありませんでした。

 彼は深く悲しみましたが、偶然にも家で交流のあったお家の子息が、ミドレヌシアが手慰みに描いた絵を見て才能があると気付いたのです。

 この家では満足に描けないだろう、と子息は彼の為にアトリエを用意しパトロンになりました。

 子息のミドレヌシアへののめり込みに当初は愛人の疑惑もありましたが、ミドレヌシアはその時まだ十歳程度。子息は二十歳で妻もいました。

 貪欲に絵の世界にこもるミドレヌシアを夫妻で支えていたのです。まるで我が子のように。

 ミドレヌシアは血の繋がりもないのに好きなだけ絵を描かせてくれる夫妻に、彼らが望む絵を何枚も描きました。

 そしてそれは評判を呼び、ミドレヌシアは宮廷画家となりました。

 彼の不幸は容姿が良かったことでしょうか。

 私が知る芸術家というのは、浮世離れした雰囲気を持つと言いますか、そこにいるのにそこにいない空気を持っているように感じるのです。

 ミドレヌシアはその浮世離れしている雰囲気と儚そうな見た目をしていた事で、王の寵愛を受けることになりました。

 彼は想像もしていなかったのでしょう。パトロンの夫妻は彼を子供のように可愛がっていたのであり、情欲の対象ではなかったのですから。

 彼の作風は変わらざるをえなかったのです。

 穢れを知らぬ無垢な心は穢され、醜い世界を突きつけられたのです。

 そしてミドレヌシアが『赤の華』を描く事になった事件が起きます。

 ミドレヌシアが王の寵愛を受けている事に嫉妬した者により、彼の最大のパトロンであった男が処刑されたのです。彼だけでなく、一族郎党です。

 元々男の家は裕福でした。それもあり、様々な思惑が重なって処刑されました。

 ミドレヌシアは深く深い狂気に陥り、一枚の大作を描きあげました。

 キャンバスに広がる赤い華はとても美しいのですが、見るものを恐れさせる狂気に満ちています。その赤にはパトロン夫妻が流した血が混ぜられているとの事です。

 絵を完成させた後、ミドレヌシアは自害しました。

 さて、ここからです。

 王はこの絵を飾りました。それがミドレヌシアが王に願った最初で最後の頼み事でしたから。

 パトロン夫妻を冤罪で処刑に追い込んだ者たちはその絵を見ました。邪魔な者が居なくなった、と勝利の気持ちを抱いて。

 しかし、それから程なくして関係者は全て死にました。体から『絵で描いたような赤い華』を咲かせて。


 このような曰く付きの絵画を私は知っていたので、『愛しきリリアンティーヌ』を渡したくはありませんでした。

 しかし、奪われてしまった以上、四枚が揃わないことを願っていました。


 結果はご存知の通りです。

 私が望んで渡したとお思いでしたか?

 まさか。

 私はね、画家の執念を多少は理解しています。パトロンの為の絵ではなく、自分の為に描いた絵には、画家の魂が宿るのです。



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 バレニア王国歴486年

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Side/元王宮侍女の話


 三年前に起きた王宮の惨劇の話、ですか……。

 いえ、大丈夫です。私は、大丈夫だとレスティアーナ妃殿下が仰ってくださいましたから……いえ、もう王太后様ですね。

 あの当時、私はメルローズ第一王女殿下の侍女でした。

 メルローズ殿下は公務の為に急遽王城を発ったのですが、私は実家に呼び出されていましたので、城に戻った時には殿下は不在でした。

 そこで、レスティアーナ妃殿下の専属侍女のミレイユ様からご指導を頂けることになりました。

 今思えば、私は匿われていたのでしょう。あの絵から。


 私は直接その絵を見てはおりませんのでどんな絵なのかはわかりません。しかし、その絵が原因で数多くの使用人の命が奪われ、騎士が亡くなり、幼い王子殿下や王女殿下、側室の皆様がお亡くなりになりました。

 そして、第二王女殿下が国王陛下を……はい。私は、見ておりません。ですが話に聞いております。

 第二王女殿下が、陛下の首を噛み切ったと……。

 夜会の最中に、椅子に座る陛下に近付いて……。その時、騎士達は動けなかったそうですね。目の前で陛下に起きた凶行を止められなかったとか。

 足が何かに拘束されて……後にその部分を見ると、酷く焼き爛れていたそうです。

 口元を真っ赤に染めた第二王女殿下は楽しそうに笑いながらホールに降り、その場にいた人々は一瞬の静寂の後、悲鳴と叫び声を上げながらホールの外に向かおうとしたとか。


 第二王女殿下は弓を使う騎士により足を貫かれ、それでも動くので遂には頭を狙われた、とか。

 これは全て聞いた話です。私はその場におりませんでしたので。

 それから程なくして私は王宮を辞し故郷へと戻りました。


 今だから申し上げられますが……私は第二王女殿下は……既に亡くなっていたのだと思います。荒唐無稽なことを申し上げているとは思います。

 ですが、ですが……どうしてもそう思わずにはいられないのです。

 第二王女殿下はとても我儘な方でした。メルローズ殿下に対していつでも傲慢で、そしてご婚約者様を奪おうと虎視眈々と狙っておられました。

 お顔立ちはたしかに愛らしいと言えたかもしれません。ですが、性根というのは表情に出るものです。

 ご存知ですか?

 常に人を嘲笑う方のお顔は左右非対称になるのです。口の片側を上げるので、そちらだけ吊り上がり、見た目は歪むのです。

 あれは何時のことでしたでしょうか。日付は覚えておりませんが、確か……第三側室様がお亡くなりになり、第二側室様の王子殿下もそのすぐ後にお亡くなりになった頃だったと思います。

 私は所用で王宮内を移動しておりました。その頃には一人での行動は禁じられ、他の侍女と共に足早に移動しておりました。

 回廊を通る際、そこに第二王女殿下がおられ、運が悪いと思いました。

 メルローズ殿下の侍女を見掛けると第二王女殿下は常に悪態をつきながら私達を嬲りものにしようとしていましたので。私は妃殿下の離宮におりましたが、お仕着せはメルローズ殿下の侍女のものでしたので、すぐに分かったはずです。

 ですが、その時の第二王女殿下は違っていました。

 立ち姿は美しく、そしてその顔はとても慈愛に満ちたものでした。

 労いの言葉を私達に掛け、そして足止めさせたことを詫びたのです。

 私ともう一人の侍女はそれがとても恐ろしく、非礼を詫びながら去りました。

 あの時の第二王女殿下は紛れもなく、完璧なる淑女。王女殿下にふさわしい振る舞いでしたが、だからこそ私には別人に思えたのです。

 そのことはレスティアーナ妃殿下にもお伝えしましたが、それ以降私達が第二王女殿下にお会いすることはありませんでした。

 ただ……妃殿下はひと言仰いました。『ナリカワリ』、と。

 私にはその意味がわかりません。ですが、私が知る第二王女殿下とあの時の第二王女殿下はあまりにも違っていたので、その時には既に亡くなっていたのかもしれないと、そう感じるのです。


 ですが、それでも。

 今でも思うのです。

 あの時の第二王女殿下は、一体『誰』だったのだろう、と。



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 XXXX王国歴XXX年

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Side/XXXXXXXX



 愛しい人

 私の愛しい人


 私を見て

 私に触れて

 私へ愛を囁いて


 貴方の瞳が好き

 私へ伸びるその手が好き

 私に囁くその声が好き


 ねえ、愛しい人


 私を見て

 私だけを見て


 私に触れて

 私だけに触れて


 私を、完成させて

 貴方の手で、私を――



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 バレニア王国歴503年

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Side/あるギャラリーの店主の話


 二十年前の王宮の惨劇の話を覚えておいででしょうか。

 ええ。あの時の話は風化し始めておりますからね。

 本来ならばその方が良いのでしょう……ですが、貴方をお呼びしたのには理由があります。

 この事件を風化させる訳にはいかなくなったからです。

 アドルシュヴァイツの『愛しきリリアンティーヌ』は既に破棄されたことは分かっています。

 レスティアーナ王太后陛下がサウディア王国より幾人もの呪術師を招き、清めた上で浄化の炎により燃やしましたね。

 この業界です。当然、私達画廊の人間の耳にも入りました。

 分けられていた四枚が、ひとつの場所へ集ってしまった。そして惨劇が起きた。ならば廃棄もやむを得ない、と私にも分かることです。

 昨年私はある国へ商談に赴き、そこでこれを手に入れました。

 これは、アドルシュヴァイツの手紙の書き損じです。

 遠く離れた国で、その国ではアドルシュヴァイツの名は知られておりませんでした。

 ただ、異国の文字で何となく価値がありそうだからと保管されていたものですから、私は金銭を支払い入手しました。


 アドルシュヴァイツは誰かに話したかったのかもしれない。

 けれど、話せなかったから紙に書き殴って昇華しようとしたのかもしれない。

 今となっては誰にも分からないことです。



 この書き損じ――いえ、敢えて『アドルシュヴァイツの独白』とでもしましょうか。ここにはある事実が書かれてします。


 『愛しきリリアンティーヌ』は生きていた、ということです。

 画家の命と引替えに描かれた絵には魂が宿る、という話をご存知ですか?

 ああ、『赤い華』の話を聞きましたか。

 そうです。時に絵が命を持つことはあります。そして『愛しきリリアンティーヌ』もそうだった。


 あの絵のタイトルは本来別の物でした。

 モデルはアドルシュヴァイツの初恋の女性でした。しかし、アドルシュヴァイツはその女性を目の前で見て描いたのではありません。彼の思い出の中の初恋の女性を描いたのです。

 当然記憶ですから実物とは異なり、次第に全くの別人となりました。

 彼の理想を詰め込んだ美しい女性に、アドルシュヴァイツは二度目の恋をしたのです。

 己の手で美しくなる絵の中の女性。

 さぞ、強い思いを込めたのでしょう。

 ある日、絵の中の女性が瞬きをしたのだというのです。

 愛を囁く度に絵の中の女性は表情を変え、熱を帯びためでアドルシュヴァイツを見るようになった。


 本来ならばそこで終わるはずの関係だったのです。

 しかし、しかし、芸術の神はアドルシュヴァイツを愛しすぎていたのでしょう。

 『愛しきリリアンティーヌ』という名をつけられたその女性の絵はアドルシュヴァイツを求めた。

 現実と平面の交わりを望んだリリアンティーヌ。

 アドルシュヴァイツは晩年になり恐ろしくなったのです。正気に戻ってしまったのです。

 絵は所詮絵でしかない。しかし、愛したのもまた事実。

 だからこそ彼は四分割にしてリリアンティーヌを動けなくした上で、友人に委ねてばらばらにした。

 アドルシュヴァイツが捕まらないように。

 けれど同時に願っていたのです。

 四枚が集まり一枚となった時、リリアンティーヌは復活する。

 今度こそ、永遠の命を得た彼女がアドルシュヴァイツのいない世界を生きることを。


 リリアンティーヌは、おそらく動けるようになっていたのです。

 王女の体を奪い、そして混乱の中で何かの絵に潜み、リリアンティーヌは今もどこかで生きているのです。

 時折不審死の話を聞きませんか?

 ええ。

 大抵は絵にまつわる場所ではありませんでしたか?

 ……この話を、風化させてはいけません。

 しかし、公にしてもいけません。生命の創造をアドルシュヴァイツは行ってしまったのです。もう既にいないアドルシュヴァイツですが、彼の名は悪しき者として断罪されることになる。

 だからこそ、芸術家の間でだけ、風化させずに語り継いでいくべきだとそう思うのです。



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 皇国歴1621年

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Side/ハロルド・ヴォーデン


 バレニア王国の惨劇から五十年の時が流れた。

 当時のハロルドは直感により関与を避けた。そしてその後、妻のアリーシャと結婚をして婿となり、ヴォーデン家に尽くしてきた。

 五年前に、連れ添った妻が安らかな顔で永遠の眠りについてからというもの、ハロルドは生きる気力を失いつつあった。

 十年前には息子に代替わりもしていたこともあり、余生を領地の別荘で過ごしていた彼は、最近自室から出ることがほとんど無くなっていた。

 世話をするための使用人達にとってハロルドは手の掛からない主人なのだが、最近は少しばかり気がかりであった。

 そんな心配もよそに、ハロルドは自室に置かれた一枚の絵に向き合っていた。


 可愛らしい少女が花冠をかぶり花畑の中で笑っている、それだけの絵のはずだった。

 しかし、妻が亡くなった後、懇意にしている画廊の店主が密かに持ち込んできた絵を見た時に分かった。

 その日からハロルドは部屋から絵という絵を運び出させ、その絵だけを残した上、使用人の自室への立ち入りを極端に制限した。

 清掃の為に入室させる際には、必ず布を掛けて目に入らないようにするほどの徹底ぶりである。


 花冠の少女の隣には優雅で美しい女性が日傘をさして微笑んでいた。


「リリアンティーヌ嬢。その絵の中は居心地が良いかね?」


 問いかければ、絵の中の女性は優雅にスカートを摘んでお辞儀をした。

 国内のあらゆる絵を転々としながら、リリアンティーヌは人の命を奪ってきた。

 彼女は人の体を支配することもあるけれど、大抵は絵の中に潜んでいた。

 永遠の命を得る為に人間を殺し続ける存在となったリリアンティーヌは、絵の中の少女に花を摘み、花冠を作り、時に少女の周りで踊っていた。

 少女に命はないので、リリアンティーヌだけが動く奇跡の一枚。


 これからもリリアンティーヌはきっと多くの命を奪って生きるつもりだったのだろう。

 だからこそ、ハロルドはこの屋敷にこの絵を持ち込むことを許した。

 終わりを与える為に。


 ハロルドの直感は健在だった。

 間もなく彼は死ぬ。

 そして『愛しきリリアンティーヌ』も、終わりを迎えなければならない。



 部屋の暖炉には火が入っている。季節柄のことで、リリアンティーヌが疑うことはない。

 彼女は一瞬で人の体に乗り移り、新たな寄生先を探してきた。

 だからこそ、ハロルドは命の終わりの直前に死を共にすることを選んだ。

 早くても遅くてもいけない。

 たとえ絵に布をかけて燃やしても、その布が先に燃え上がり、画面があらわになれば、それを誰かが見ていれば、それだけで体を乗っ取れるから。


 ハロルドは使用人たちに別れを告げた。子供たちにも手紙を書いた。

 もはや心残りはない。あるとすれば、リリアンティーヌをこの世に残すことだけだ。だからこそ彼女を道連れにしていこう。


「リリアンティーヌ。美しい淑女。私もあなたに魅了されたのだろうね」


 この手で彼女に終わりを。

 そして永遠を共に。


 既に安らかに眠るように死ぬ薬は服用した。

 暖炉に絵を入れると、火がちりちりと燃え移る。

 椅子に腰掛け、肘掛に手を置いて、じっと燃え上がるのを眺めていたハロルドはやがて目を閉じた。


 絵の中のリリアンティーヌがこちらに手を差し伸ばしたけれど、その時には既にハロルドの心臓は鼓動を止めていた。

 乗り移る先もなく、一日は扉を開けないようにと言われた使用人達は、涙を流しながら夜があけるのを待っていた。

 暖炉の火は消えていた。そして、何か燃やしたのだろうがそれが何か分からないほどしっかりと燃え尽きていた。

この話のカテゴリーをどこにするかを本気で悩みます。

ホラーほど怖くは無いのですよね。


裏話⬇

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1347077/blogkey/3718761/


ホラー、ホラーではない、世にも奇妙な物語風

と皆様の感覚に違いがあるのが大変に面白いです。


あらすじにも追加しましたが、この作品はホラーが苦手すぎてホラー映画は間違いなく泣きわめき最後まで見れないし、その後悪夢が約束される作者が書いたものです。

あと、この作品は


■絵画が動く↓

・ビル・ストーンハムの絵画

・ハリー〇ッターの「太った婦人」

・小学生の頃の七不思議の一つ「夜に動く音楽室のベートーヴェンの肖像画」

・ホラーゲーム「Ib」(私がプレイしたのはフリーの時のもの)


などを参考にしています。

他にも絵の中の人物が動くのはよくあるネタかと思います。

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― 新着の感想 ―
構成が上手すぎてゾクゾクしました! これはホラーでございます! 惨劇自体より、惨劇前の登場人物たちの心理描写がもう…とても怖かったです…ちょっと寝付けなくなりそうです(笑)
ホラーであり美し怖い物語ですね。
直接的に脅かしたり恐ろしいシーンを描かなくとも、じんわりと背筋に伝わる怖さと、怖いだけでは無い美しさや悲しさもあって、ちょっとゴシックホラーっぽいかなと感じました。 様々な人たちの視点から描く事で、少…
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