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清流の蛇姫  作者: 海山 紺
第二章
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第12話 最強剣術〈無双〉

「何あいつ。酒飲んだら豹変するタイプ? キモ」


 桜夜たちが一歩も譲らぬ激戦を繰り広げている一方で、伊織が酩酊状態の菊星を一瞥しながら呟いた。


「アイツの実家が作った秘伝の酒を飲めば、誰だってああなる。極限まで身体能力を引き上げるあたり、一種の麻薬みたいなもんだぜあれは」

「へえ。そんな強くなれるんやったらボクも一回飲んでみたいわ。まあ、キモくなるのはごめんやけど」

「そうは言うがテメエ――」


 千萩は巨斧を大きく振りかざす。


「このオレを前にしてよそ見するとはいい度胸だ!」


 まるで刀を扱っているかのような軽々とした動作とそれを可能にしている持前の膂力(りょりょく)に、伊織はぴゅうと口笛を吹く。

 この斧もまた玄星石製だった。先ほど〈風刃〉を仕向けても一振りですべてかき消されてしまった。千萩いわく、味方に玄星石を扱える鍛冶師がいるという。


「いやぁ、ほんま厄介」


 玄星石の存在やその特質については周知の事実。だが、それを加工し武器化できる人間がいるとは想定外だった。ましてや、その人間が沈丁花側にいるなど。


「相手もそこそこ強そうやし、久しぶりに楽しめそうやな」

「ナメやがって」


 千萩は全身を回転させながら巨斧を大きく横に回す。その遠心力を利用してどんどん勢いをつけ、ついには触れるものすべてを弾き飛ばす鋭利なコマへと変貌を遂げた。


「すご。人間ゴマなんか初めて見たわ。三半規管強すぎやろ」


 それでも伊織の声調は変わらず呑気なままだ。

 漆黒の羽が悠々と舞い落ちるかのようにひらりとかわす。が、千萩はやがて伊織ではなく、後方で戦っている親兵たちに狙いを定めた。


「ちょっとちょっと」


 伊織はすぐさま部下たちのもとへ飛び、これまで納めていた第二の神器を引き抜いた。


「それは反則やで」


 沈丁花の武士たちとの戦いに夢中になっていた親兵たちが、驚愕と戦慄の色を浮かべる。同時に、伊織が二対の〈黒翼〉を交差させて千萩の巨斧を弾き飛ばした。


「何⁉」


 適所を見逃さず、的確に一撃を打ち込む離れ業に千萩は駭然(がいぜん)とする。

 巨斧は虚空で回転し、少し離れた地面に突き刺さった。


「副長、ありがとうございます……!」

「いいからさっさと雑魚ども始末して」

「は、はい!」


 部下たちも負けじと武士たちと再び刃を交え、鎬を削り合う。先ほどよりかは敵勢力も弱まり、こちらが優勢になりつつあるように見受けられた。


「さてと、そろそろこっちも決着つけよか」


 右手に打刀、左手に脇差を携え、伊織は凄絶な笑みをたたえる。


「ボクのかわいいかわいい部下を襲ってくれたお礼してあげるわ」

「打刀と脇差の二刀流……。もしかしてお前、宮原家の人間か?」


 問われて、伊織はさらに口角をあげて首肯した。


「ご名答。あの最強剣術〈無双〉を編み出した天才の末裔や。烏賀陽には、まあいろいろあって養子として引き取られた」

裏切り者(桜夜)といい、生き残り(お前)といい……ったく、どうなってんだ。いろいろ、ねえ」


 千萩がまじまじと伊織を見つめては神妙に呟くと、伊織はわずかに濃紫の双眸を伏せた。


「おしゃべりもここまでにしとこか。ボク、こう見えて気ぃ短いねん」


 一段と低くなった声を発するや否や、伊織は黒光りする翼で力強く扇いだ。


「〈黒風(くろかぜ)〉」


 唸るような轟音とともに漆黒の暴風が創出され、千萩を吹き飛ばす勢いで迫りくる。

 巨斧を弾かれて丸腰になってしまった彼は間一髪のところで〈黒風〉を避け、愛器のもとへ駆け寄る。


「どこ行くつもりや」


 すかさず伊織が〈風刃〉を放つ。

 巨斧に手を伸ばしたところで、すべてを斬り裂く鋭利な羽が阻み、千萩は苛立ちを募らせて舌打ちする。


「今ここで大人しく捕まってくれたら、痛い目は見んようにさせてあげるわ。まあ、加減できるかどうかわからんけど」

「輪皇の犬がっ!」

「犬とちゃう」


 烏や。


 双眸に宿る紫光が閃いた刹那、千萩に向かって漆黒の翼が滑翔する。


「〈無双(むそう)疾風(はやて)〉」


 瞬きする間に伊織が千萩に詰め寄る。そして、目で追えない速度で交差の二連撃を繰り出した。

 疾風が吹き抜ける。刹那、千萩の胸部に赤いばつ印が刻まれて血潮が弾けた。痛みを感じる暇もないまま千萩の視界は暗転し、巨躯がその場で頽れる。


「浅めに斬ったから死にはせんやろ」


 言いつつ伊織は脇差だけ鞘に納め、打刀を軽く血振りした。


「一応、マスらに止血頼んどいたほうがええか」


 兄妹を探そうとしたところで、


「伊織」


 聞き慣れた呼声が鼓膜を震わせ、伊織は後方を振り返る。


「おっ、ちょうどええとこに」


 増長と増美がこちらに駆けつけており、伊織は幼子のように「こっちこっちー」と大仰に手を振った。


「そんな手を振らなくても見えてるわ。で、こいつが?」

「そ。幹部の猪飼千萩君。序列第七位なんやって。すごいよなー」

「……お前」

「殺してへんって。ちゃんと手加減したから」

「その割には出血量が多いな?」

「うん。やから傷口焼いて止血したほうがええかなって」

「てめえの獲物くらいてめえで処理しやがれ」

「それ、弾さんの受け売り?」

「ああ。って、話を逸らすな。自分で止血しろ」

「ええー、止血剤持ってへん」

「はあ? ……ったく。今回だけだからな」

「やっさしい! 流石、雑賀たいちょ」

「チッ」


 まったく、とあからさまに溜息をつきつつも、増長は膝を折り千萩の止血に勤しむ。

 ここは兄に任せておこうと、増美は無表情のまま伊織に尋ねた。


「桜夜さんは?」

「あっちでまだ応戦中」


 伊織が指さした先には、泥酔して凶暴化した菊星の刀を懸命にいなす桜夜の姿が。だが、彼女の手元には愛刀が無い。


「あれ。〈水牙〉はどこに……」

「実は――」


 伊織は幹部たちが玄星石製の武器を有していること、そしてその武器を製造できる鍛冶師が敵方に与していることを伝えた。


 傷口を焼いていた増長は聞き耳を立て、「マジかよ……!」と息を呑んでいた。

 普段は感情の読めない恬淡な面持ちをしている増美も、今回ばかりはかすかに目を瞠り、一抹の懸念を露わにする。


「ただでさえ玄星石は希少で手に入れるのが難しいのに。しかも、それを鍛造できる凄腕が沈丁花にいるとはね」

「まさに神器所有者(ボクら)の天敵やな」

「俺たちの神器と違って、桜夜さんの〈水牙〉は彼女自身が持ちうる神力で生み出されたもの。いわば高密度の神力の塊だ。だからこそ、下手に奴の刀にはぶつけられないってことか」


 千萩の応急措置が終わり、増長は立ち上がって同じく桜夜のほうを見やる。


「助太刀したほうが――」

「いや」


 増長が言いかけたところを、伊織が制止する。


「これは桜夜ちゃんの戦いや」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

「他でもないあの子が仕掛けた戦いに、ボクらが横槍入れていいもんとちゃう。桜夜ちゃんもちゃんと自分でケリつけたいと思ってるはずや。ていうか、マスらも神器メインで戦ってるんやから援護射撃の意味ないで」

「それは、そうかもしれないけど……」


 苦戦する桜夜をただ見守ることしかできない歯痒さに、増長と増美は煮え切れない思いを持て余す。だが、伊織だけは依然として笑みを浮かべたまま、体術で抗戦する桜夜を静観するだけだった。


「大丈夫。あの程度、桜夜ちゃんなら蛇女にならんでもこてんぱんにできる」

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