押し切れ邪神ちゃん
唐突に響き渡る声にユダは驚いた。
周りには誰もいなかった、そのうえこのような姿を見られたのだから恥よりも恐怖が勝る。お供え物を勝手に食べる子供なんてなにをされるかわからない。
神はいるのだ。ユダは見たことはないから信じていないがお偉い人々はみんなが存在を信じている。誰かが信じてる以上は存在する、存在するものを貶めたと思われれば罰せられるのだ。
「だ、誰ですか……」
震える声で周りを見ながら尋ねるも、やはりどこにもいない。
「誰ですか!」
恐怖から声を張り上げるものの、目に付く場所には誰もいない。山の中を見たところで見つからず、姿を隠してなにをしようとしているのか、人身売買だろうかと不安が押し寄せる。
罰当たりの仕返しが神の教えに反する人身売買では皮肉が聞きすぎている。そう思いながらもキョロキョロと周りを見るがやはり誰も見当たらず、気配すら感じない。
『大きな声を出すでない……。耳がキーンとなってしまったわ。おー痛……。ワシは今お前の脳内に直接話しかけておる。そんな風に虚空に向かってギャーギャー騒いでおったら他から見たら発狂してると思われるぞ?まぁ、この周辺には誰もおらんがの。頭の中で会話しろ、念じれば通じるぞ』
そうは言われても脳内で誰かと会話経験はないし……。
『あーそうそんな感じ、それもっと強く持って、ほら会話したいな~って感じじゃ』
正直会話するのが恐ろしいが……。
『うっすら考えてることはわかるからな?』
『こうですか?』
言い訳よりも会話で押し切ろうとしたユダに載せられたのか、はたまた目を瞑ってやったのか、話しかけてきた脳内会話生物は上機嫌に『そうそう、出来るではないか!』と声が弾んでいる。
『それであなたは誰なんですか?』
『ワシ、ほらそこにいる道祖神』
『申しわけありませんでした!』
ユダの取れる唯一の手段は謝罪だった。お供え物を勝手に食べたことはまずいが、備えられた本人が話しかけてくる以上はもっとまずい。神だって信じるしかない。
『いや、時勢柄仕方がないんじゃが……。それ結構前のじゃぞ?ワシの神威でカビとか痛むのはだいぶ遅いけど』
『空腹で……』
『ワシこの辺一帯しかわかんないけど人の通りも少ないし相当まずい気がするんじゃが。あ、そうだ言い忘れてたけどワシ邪神な』
『じゃ、邪神……?』
『そうそう邪神、大昔に神の座を追われたんじゃけども』
『もともとは……なんの神様だったのですか?』
『元から邪神じゃよ?生と死と未来を司ってるからな、邪神みたいなもんじゃろ。担当は邪神みたいな括りじゃ』
流石に邪神と堂々と名乗られては恐怖が勝る。
ユダは幼い頃に聞いた話で邪神と言えば世界を我が物にしようと偉大なる神を追放したと聞く。
神の中の神になるにふさわしいと聞くが子供心になんでそんな神が負けるんだと思ったがキラキラした父の目を見てなにも言えなかったことを思い出す。
『昔色々あって追放されたんじゃけど元の神の地位に戻るの手伝ってくれんか?いまじゃこの程度の神が精一杯での。権能も使えるけど、いや今は神が何人いるのかわからんから最高位につけろとは言わん、ちょっと村で崇拝されてる程度のほそぼそとした扱いで良いんじゃ。今ならサービスで神力、今なんて言うんじゃ?権能?加護?天恵?』
『わからないです、村にずっといたので……』
『村……?ああ、あの村か……。前はちゃんとしてたんじゃけどなぁ……数年前からまるでダメじゃな』
『昔?』
『そう、昔々……もうワシも覚えておらんわ。それでどうだ?手伝ってくれんかの?』
邪神復活だなんてとんでもないことの片棒を担がされそうになったユダは勘弁してほしいと思うものの、お供えに手を付けた時点で言葉で何と言っても邪神が許すわけがないと思っていた。
わずか1日と少し前に村を追い出されるときと同じような、選びようのない選択が彼を追い詰めた。
『いや、別に長い間こんなもんだから断られても構わんが……。あと気にするなと言ったのにすごい気にしてるな。まだ神の力は強いのかの?そんな胸と器の小さいゼクテルじゃあるまいしネチネチ言うつもりはないぞ?』
神々の王は胸と器が小さいのかと思いながらユダは慎重に考えた。
生贄になるのかも知れないし、自分が神の依代になるかも知れない、あるいは失敗したら殺されるのではないかと考えるが邪神は『ワシの信用なさすぎるの、当然じゃけど』と待ちの姿勢を貫いていた。
時間にすれば数分、ユダにとっては数時間に及ぶ長考の結果。断ろうと口を広交としたところで……。
『おう、そうだ!ワシの神力を授かれば飯くらいは腹いっぱい食えるぞ』
『何なりと命じください我が神よ』
『えぇ……?これが末法かの?何やってんだ他の神の連中は……』
断る空気を察して放ったジャブ一つでユダの心をテクニカルノックアウトした邪神は今の時勢思ってる以上に悪いなと思いながら少し引き気味であった。
それは少し前のユダそのものの反応であった。
『それじゃ、そうだな……うん、ワシは小さな村で祀られる程度に回復したい。そのために努力してくれ』
『はい!喜んで!』
『なんならお前の村でも良いぞ』
『村の連中の畑に塩水をまいてきたんで無理です』
手堅く行こうともう一度ジャブを放つ邪神に対し、ユダのストレートパンチが放たれた。さしもの邪神もドン引きである。
聞き間違いかな?と思っても言葉に嘘がない。真実だと思うものの心が邪悪でもない、つまり今でもろくな村ではないということを理解してしまった邪神はこれ祀ってもらうほど余裕ある村ないんじゃ……と行き先が不安になり始めた。
『あれ?ワシ邪神を使徒にしたのか?邪神のワシが?』
『理由を聞きたいですか?』
『やめておくわ、ろくなことではないしの。覗こうと思えば覗けるが他人の不幸なんか見ても楽しくない、我が子ならなおさらじゃ。嫌いなやつの不幸はそりゃもう極上じゃけどな』
『もしかして邪神様が自分の母なのですか?』
『比喩ってわかるかの……?わし生娘なんじゃけど?ワシを崇めるように協力するならワシの信徒みたいなもんじゃから我が子よ。神は皆が父であり母であるぞ』
『邪神様は父でもあるのですね?』
『比喩ってわかるかの?あれ?比喩の意味が長い年月で変わったか?ワシ女だから母が精一杯じゃぞ?』
『邪神様は女性なのですね?』
『この声で!?今の男みんなこんなかわいい声してるのか!?性別がわかることに安心して良いのか、自慢の可愛い声が現世で通用しないことを不安に思えば良いのかどう反応したらいいんじゃ!?』
『姿が見えないものは信用しないことにしてるのです』
『なんでワシを信用したんだ……?』
『脳内に語りかける時点もう死ぬ前の幻覚か本当に神かのどちらかしかないからです』
『まぁ、たしかにそうじゃの……。賢いんだか賢くないんだかわからんの。まぁええか、じゃあユダ。お主に……神力?でいいのか?今は何が流行ってる?超パワーとか?流行りに合わせて神力の名前ワシが修正しておくけど?』
『なにが流行ってるかまではわかりません』
考え込んでいるような邪神は『ゴッドパワー、なんか違う……神代の写し身、違う……』とぶつぶつと呟き……。
『ユダ、永遠なる神の権能と恩寵にして恩恵に天恵ってどうじゃ?』
『長いです』
『そうじゃのう、戦う時の名乗りで長いと隙だらけだしな。でも技もロマンだし……。もう加護でいいか、よし加護で決定じゃ!』
考えた割には雑に決めた邪神はなんでもいいやと思ってるユダに対して見えないであろう胸を張って『加護じゃ!』とダメ押しで決め台詞のように言い放つ。
『それでその加護ってなにがあるんでしょうか?』
『ワシの力に依存するからなぁ、弱ってる今だとそんな強くないぞ?』
『例えばなんでしょうか?』
『死なないとか、未来が見えるとか。あ、でも未来は流石にそこまで見えんぞ!』
『死なないで十分ではないのですか……?』
『でもワシは頑張れば結構未来が見えるけどユダは見えないじゃろ?一旦ワシを通すのめんどくさくね?』
『別にいいのでは?脳内会話ですし……』
『欲がないの……。それだけ即物的な時代なのかの?まぁええわ、じゃあ加護をやるぞ……』
『はい……』
『ところで加護の渡し方わかるかの?』
『知りません』
邪神の計画は出だしから躓いた。それから数分後に多分これだと15回目の加護譲渡チャレンジに成功してユダは一応死なない体になった。




